あいつのパンツが白いはずない!
「黄色、薄い青、白とピンクのストライプ」
俺の言葉に示し合わせたかのように、一際強い風が天に昇ろうと舞い上がる。
「やだー、もうっ!」
風によって重力から解き放たれようとしたスカートは、躾のように手で押さえられて大人しく首を垂らす。
「ふっ」
「凄ぇな秋斗。今日も百発百中かよ」
「当たり前だろ?」
瞬きほどの時間に垣間見た最後の防衛砦の配色を、俺はピタリと当ててみせた。
人は俺を尊敬の念を込めて『パンツ士』と呼ぶ。
——パンツ士
それは表情や言葉遣い、僅かな行動の違いから、その日の下着を見破ってしまう、恐ろしいチート能力者だ。
初見の相手でも色は当たり前。
普段から接する相手ならば、形や生地までも看破してしまう。
「じゃあ、秋斗。あの子はどうだ?」
隣を歩く陽介が歩道橋から降りてくる女子高生を指さした。
「くっ。陽介、お前分かってて言ってるだろ」
「気になっただけだって」
陽介は狙って選んだのだ。
170cm近い高身長。少し右に寄った短いポニーテール。
スカートから恥ずかしげもなく見えるジャージ。
我が校の女子バスケ部のエース。『(胸が)壁の巨人』と呼ばれる高島 美琴だ。
……そう呼んでいるのは俺だけだが。
「またくだらない遊びしてんの?」
俺を見つけて駆けて来たかと思えば、その剛力でチョップをかまそうとしてくる。
俺は咄嗟にバックステップしようとしたが、時すでに遅し。
脳天からヒヨコが飛び出そうな衝撃が爪先まで駆け抜ける。
「ぐわぁぼぅ! ――くっ、頭が割れたらどうすんだ!」
「なに面白いこえだしてんのよ。だいたい大袈裟なのよ。ちょっと当たっただけでしょ?」
ちょっとだと?
足がアスファルトにめり込みそうな衝撃がちょっとだと!?
隣で陽介がゲラゲラと笑っているが、一度でも巨人の一撃を喰らえば二度と笑うことはないと断言できる。
「俺の大事な脳細胞が二割は死滅したぞ」
「大事な脳細胞? どうせ朝っぱらから『あの子のパンツは何色〜?』って変態妄想してたんでしょ?」
「はい、高島さん正解!」
「でしょ? で、あたしの色は分かったの?」
得意満面で俺を挑発しているが、別に高島は自分の下着の色を自慢したい痴女ではない。
そう、上級パンツ士たる俺が唯一見破れない相手。それが高島なのだ。
他のやつならばはっきりと脳内に映像が浮かぶのに、高島のだけは壊れたテレビのノイズごとく断片すらも映らない。
俺にもパンツ士としての誇りがある。
当てずっぽうで言うわけにはいかない。
「くっ、残念ながら俺の力は人間専門で、巨人は専門外だ」
「秋斗の方が身長高いでしょうが!」
再び振り落とされる手刀。
だが何度もやられる俺ではない! ーー後ろがダメなら前に活路を見つける。
身を屈め前に飛び出すと、何故か顔にはむにゃりとした感触。
なんだ? ビーズクッションのような、それでいてやけに奥行きのないような。強いて言うなら平べったい……つきたての餅?
その正体を探るべく顔のそばに手を持っていこうとした瞬間、「秋斗ー!」と巨人の声が鳴り響き、俺の腹が爆発した。
視線を落とせば鳩尾を的確に貫く膝。
激痛に耐えかねて俺はその場に蹲った。
「おーい、大丈夫か? 高島さん、怒って行っちゃったぞ」
「ぐぐぐぐっ。これが大丈夫に見えるか?」
「いや、ちっとも見えない」
腹が抉り取られたかと、思わず目で確認してたがどうやら穴は空いていないみたいだ。
何度か呼吸を繰り返してるうちにじんわりと痛みは引いて来たが、ここで咳でもしようものならきっと吐血するだろう。
足元が定まらないながらも立ち上がるが、痛みで腰を伸ばすことができない。
追い討ちをかけるように、周りを歩く生徒たちが俺を見て、口を押さえて笑う視線が痛い。
「くそっ。壁の巨人め。いったい俺が何をしたってんだ」
「そりゃ胸に顔面ダイブされたら怒るだろ?」
「はぁ? 胸?」
胸って何だっけ?
胸って言ったらおっぱいだ。
誰のおっぱい?
壁の巨人は名の通り断崖絶壁のはずだ。
……あいつおっぱいあったんだ。
「さすがにそこまで赤面されると、見てるこっちが恥ずかしくなるぞ」
「ち、違う!」
俺は頭を激しく振って抗議した。
俺が巨人に赤面なんて、巨人のおっぱいに赤面なんてこの世がひっくり返ってもありえない。
そう、これは暑いからだ。きっと今日は真夏日なのだ。
だから汗だってかいている。
……もう冬だけど。
なんとかダメージを回復させて学校に向かい歩き出すと、たわけた言葉が隣から聞こえてきた。
「秋斗さぁ。高島さんの下着が分からないのって、好きだからじゃないのか?」
「……陽介、脳が寒さにやられたか?」
可哀想に。きっと今日は真冬日だから思考が凍りついたんだ。
巨人とは小学校五年生の時からの腐れ縁だが、そんな感情を抱いたことは一度もない。
一ミリもだ。
だいたい巨人の下着が見破れないといっても、小学校六年生まではハッキリと見えていたんだ。
ただある日を境に見えなくなった。
何故かその日のことは覚えている。
「今日のお前、ピンクのクマさんパンツだろ? 意外と可愛いのはいてるな」
その一言に顔を真っ赤にして激怒した巨人から、右ストレートをおもいっきり捻り込まれた。
その時の衝撃で脳が半壊したせいか、翌日からは高島の下着が見破れなくなっていた。
恐らくだが、拳によってトラウマを植え付けられたのだ。
「じゃあさ、秋斗の好みのタイプってどんな子だ?」
「そりゃ決まってるだろ。純白のパンツが似合う子だ」
「なんだそれ? どこの変態だよ」
「なんか変か?」
陽介は馬鹿にするが、俺は至って本気だ。
下着は人を映す鏡だと、確か歴史上の偉い人も言っている。
その金言こそは世界の真理だ。
「まぁ、秋斗らしいっちゃ秋斗らしいけどさ。今までの秋斗の彼女はタイプがバラバラだったしな。って、彼女っていうほど付き合ってもないか」
高笑いする陽介だが、言い返せない。
巷でパンツ士と呼ばれる俺だが、意外とモテるのか過去に三度告白されたことがある。
だが全てにオッケーを出したのに、どれも三日を待たずして振られてしまった。
一人目は、付き合った翌日「今日は青のパンツなんだね」と微笑んだら、ビンタを喰らって振られた。
二人目は、つい癖で目の前を歩く女の子のパンツの色を口走ったら「最低!」と振られた。
三人目は、間違いを犯すものかと口に気をつけたのだが、二人で歩く邪魔をするように現れた巨人が「彼女が出来たんなら、もう人のパンツを見ちゃダメだよ」、なんてふざけたことを言ったが為に振られた。
「心配するな陽介。俺、次の彼女とは絶対上手くいくから」
「はい、はい」
握り拳を掲げて決意表明した俺を置いて、陽介は先に行ってしまうのだった。
――——
教室に足を踏み入れると、出待ちのファン数人が俺を待っていた。
まぁ、野郎だけなので信者としておこう。
「秋斗、今日は遅かったな」
「来ないんじゃないかと心配したぞ」
ふっ、みんな目をキラキラさせてやがる。
巨人のせいで遅れた俺を心配していたようだ。
「さっそくだけど今日の麻宮さん、針原さん、漆崎さんをお願いします!」
麻宮さん、針原さん、漆崎さんは我がクラスが誇る三大美少女。
まったく仕方のない奴らだ。
俺は教室で話をしている三人に目をやった。
「麻宮さん、上下薄いピンク。針原さんオレンジ。今日は柄ものだな。漆崎さんーーっ!」
俺は言葉を失った。
この事実を教えていいものなのか。
だが、餌をお預けされた犬のように、潤んだ瞳で俺を見るコイツらを裏切ることが出来ない。
「……黒」
「黒かよぉぉぉーー!」
しかし興奮のるつぼと化した少年達に、残酷な現実を教えなければならない。
「あの刺繍やレースは高額な物。間違いなく――勝負下着。漆崎さんは……今日の放課後、彼氏とデートだ」
「う、嘘だろっ!」
「そ、そんな。漆崎さんはフリーじゃなかったのか!?」
その場に座り込み、床を涙で濡らす男達。
俺は慰める言葉を持たなかった。
クラスの男子が悲嘆に暮れても授業は待ってくれない。
チャイムが鳴り、朝礼が終わると現国の山田先生が授業を始める。
今日はいつにも増して生え際がおかしいのだが、みんなそれどころではないようだ。
授業が始まり20分が経過すると、俺の腹に異変が起きる。
巨人の一撃に遅効性の効果があったのか、胃の奥から針で突くような痛みが襲ってきた。
これはお腹を下した時の痛みとは別物。
冷や汗がダラダラと流れ落ちる。
我慢しようと思ったが、痛みは止まることを知らない。
俺はひょろひょろと腕を上げた。
「せ、先生。お腹が痛いので保健室に行ってもいいですか?」
「確かに辛しょうだね。保健室に行きなしゃい」
普段なら「ウンコかぁ」と冷やかしの声が上がるところだが、今の奴らはそんな気力も残ってはいないようだった。
壁に手をつき、生まれたばかりの仔牛のような足取りでなんとか保健室にたどり着く。
保健の先生は俺が症状を話すと「これでも飲んで寝てなさい」と、錠剤を手渡した。
早退も視野に入れていた俺だが、仕方なく薬を飲んでベッドに横たわる。
しばらくすると痛みは和らぎ、俺はいつの間にか眠ってしまった。
————
「あれっ、先生いないの?」
やけに元気な声が聞こえて、俺は目を覚ました。
聞き覚えのある声。
俺は静かに体を起こすと、間仕切りカーテンを少しずらして覗き見る。
予想はついていたが、そこにいたのは体操服姿で立つ壁の巨人だった。
どうやら体育の授業で怪我をしたようだ。
チクリと痛んだ腹に手をやると、無性にムカムカしてくる。
なにせ俺は巨人のムエタイ級ニー・キックで病院送りにされたのだから。
――俺は閃いた。
これは復讐のチャンスだ。
もちろん巨人といえども女の子。暴力を振るうつもりはない。むしろ返り討ちにあうし。
だが、幸い巨人はこちらを背にしている。
後ろから驚かせば、さぞびっくりするだろう。
俺は細心の注意を払いながらカーテンの隙間に体を忍ばせて、巨人に近づく。
音を立てないように細心の注意を払いながら。
すでに手の届く距離まできたがまだ巨人は気付いていない。
大声を出そうと手を伸ばした瞬間だった。先ほどまで仔牛状態だった足が力尽きたかのように膝がカクンと折れてしまう。
――マズイ!
咄嗟にしがみつこうとして目の前のものを掴んだはずが、それは俺の体と共に床へと落ちる。
前のめりに倒れた俺はゆっくりと顔を上げた。
俺の手が掴んでいたのは灰色のジャージ。
さらに俺は視線を上げた。
ベージュ?
なんだ、巨人のパンツはベージュ色か――と思ったのだが、やけに形の良いそれはプルプルしている。
あっ、これ……生尻だ。
すかさず視線をずり落ちたジャージに戻すが、下着らしきものはない。
そうか!
どおりで俺が巨人の下着を見破れないはずだ。
巨人はノーパ――。
激しい痛みが頭に降り注ぎ、そこで俺の意識は途切れた。
————
ズキリとした痛みを感じて俺は再び目覚めた。
身を起こすとベッドの横には、顔を赤らめ激怒する巨人が座っている。
「秋斗が悪いんだからね!」
プイと顔を背ける巨人。
ようやく記憶が蘇った俺は、巨人に文句をつけた。
「ノーパンなんてズルいぞ!」
「はぁ? 一言目がそれ!?」
当たり前だ。
言わば一等が入っていないくじ引きや、絶対に倒れない射的の豪華景品だ。
履いていない下着など分かるはずがない。
これが詐欺でなければ俺俺詐欺も合法だ。
が、仮にも俺は女の子のお尻を見たわけで……さすがに頭を下げた。
「ご、ごめん」
「……そんなにアタシのパンツが知りたかったの?」
あれは事故だと反論したくなったが、復讐のために驚かそうとしたとも言えず、もっともらしい嘘も咄嗟には出てこなかった。
「それは……その……まぁ」
「……そっか。……なんでアタシが履いてなかったか分かる?」
恥ずかしそうに俯く巨人。
ノーパン健康法……なんて言ったら再び俺の意識が途絶えそうだ。
「俺に……知られたくなかったから?」
「うん。ねぇ秋斗にクマさんパンツを言い当てられた日のこと覚えてる? あの日、恥ずかしくて、悔しくて、次の日は絶対に分からないようにしてやるって履かずに学校に行ったの。そしたら秋斗が分からないって慌てて……」
「俺にとっても衝撃の日だったから覚えてる」
なにせ俺の初めての敗北だ。忘れるはずがない。
「このまま履かないでいたら、秋斗も自信を無くして辞めるかなぁって思って。それに……好きな人にパンツがバレちゃうのは恥ずかしい」
「えっ!?」
かなり小声だったけど、もしかして告白された?
あれっ?
恥じらう巨人が……高島が妙に可愛く見えて、俺は声を出すことが出来なくなった。
心臓がバクバクとうるさい。
えーっと、これって。
その時狙ったように、保健室の扉が開く音が室内に響いた。
「あら、高島さんどうしたの? あら貴方まだ寝てたの? 起きたんなら授業に戻りなさいよ」
「あっ、はい」
結局俺は高島に返事をすることなく保健室を出ていった。
だがとても教室に戻れる状態じゃない。
俺は教室にあるカバンも持たずにそのまま家に帰るのだった。
————
「昨日は早退したんだろ? 今日も元気なさげだけど体調悪いのか?」
「まだ、ちょっと、な」
まだ気分がスッキリしない。
正直学校を休みたかったが、昨日は家に無断早退の連絡があり、親に怒られ渋々手ぶらで登校中だ。
「ほら、目の前に可愛い女の子がいるぞ」
「いや、今日はいい」
「おいおい、本当に大丈夫かよ?」
いつもなら登校時に欠かせない前を歩く女の子達の下着当ても、とてもじゃないがする気分にはなれない。
陽介は心配そうに覗き込んでくるが、俺は昨日の高島の言葉で頭がいっぱいだった。
あいつが俺をずっと好きだったとか、悪い冗談にしか思えない。
「なら、あの子はどうだ?」
「だから、今日はーー」
陽介は歩道橋から降りてくる女の子を指差していた。
170cm近い高身長。少し右に寄った短いポニーテール。
だけど、いつもスカートからはみ出していたジャージの姿が見えない。
俺は気まずくなって顔を背けた。
「おはよう、前田くん……秋斗」
「おはよう、高島さん。今日の秋斗はちょっと変なんだよ」
「……おはよう」
いったい高島はどんな顔をしているだろうか?
気になるのに俺の視線はアスファルトに釘付けだ。
「あ、あの、秋斗。昨日のことは忘れてね」
「えっ、何? 膝蹴りで早退したのは秋斗が悪いんだって。なぁ、秋斗」
「あっ、あぁ」
そこまで高島に言わせてしまった俺は咄嗟に顔を上げた。
無理してるような、消えてしまいそうな、ぎこちない笑顔の高島。
「――えっ?」
思わず俺の口から驚きの声が漏れてしまう。
脳裏に今まで見ることが出来なかった映像が流れ込んできたからだ。
「えーっと。その変かな?」
「いや、変っていうか……めちゃくちゃ似合ってる。って、俺の言葉のほうが変か」
俺と高島を交互に見比べる陽介は、何かを察したのか実に楽しそうだ。
頭に浮かんだ純白のパンツは凄く高島に似合ってて、俺は口元を緩ませた。
お読み頂きありがとうございます!
作者の好みはは黒派です(爆)
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※尚、これは作者が勝手に楽しむもので集計等は行いません。
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