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1話 異世界に来まして

その日は大好きなゲームのオンリーイベントだった。

私、天野小羽はたくさんの戦利品をキャリーバックに入れ、これから友人達とオフ会をしに電車に乗るためただおしゃべりをしながら歩いていた。

予約したお店でみんなで食事をしながらカップリングについて語ったり、次の新作についての話をしたり…

ついでにみんなにスケブを描いてもらおうと話しているときに空を見上げた。

たったそれだけの行為が私の人生を変えるものだとその時は夢にも思わなかった。

空を見上げると人間が浮いていた。その人間は古代ギリシャ人が着るような薄手の布を纏っていた。

遠目でも分かるくらい美しい容姿をしていて男か女かわからない。

私が呆気にとられていると、その人と目が合った。

我に返り、隣を歩いている友人にそのことを言おうと振り返るとそこに友人はおらず、ただただ木々が広がっていた。


「は?」

あたりを見回しても隣を歩いていた友人も周りに広がっていたビルもなかった。

冷静に考える。

まず手にはキャリーバックが握られており、肩にはカバンが下げられている。

頬をつねってみるが痛い。

つまりは現実。

「もしかして…い…異世界…トリップ…?」

私が!?オタクなら誰もが憧れる異世界にトリップした!?

「いいいぃぃぃぃいいいいやっっっっっほおおおおおおう!!!異世界トリップだ!!やった!!!ファンタジーじゃん!!!」

右手を天に掲げ思わず大声を上げてしまった。

正直嬉しい。舞い上がるくらい嬉しいが一度深呼吸をして落ち着こう。

まずこれからどうするかだ。

あたり一面森で道も整備されていない。

人気もなく動物の声しか聞こえない。


―――これはまずい


舞い上がっていた脳が一気に冷めてく感覚がする。

知り合いも誰もいない。言葉も通じるか分からない。そんな場所に投げ出されたのだ。

「ど…どうしよう…」

スマホを確認する。当たり前だが圏外だ。時間は十五時。

このままこの場所に留まっていても時間が過ぎるだけだ。

私は歩きにくいがキャリーバックを引いてその場から移動することにした。


「キャリー重い…しんどい…」

いつもなら愛が重いとか幸せの重みとかそう思うのだが今はそうは言っていられない。

道はボコボコで木の根も張っていて歩きにくい。もうこのキャリーバックを置いていきたいが、なんせこの中には男と男がいちゃついている薄い本が山ほど入っている。

私は齢十六の女子高生で18禁の本は購入できないがなんとこのキャリーバックには二十歳超えた友人が自分のカバンに入りきらないからと言って無理やり入れられた18禁本が3分の1占めるほど入っている。

もし中身を言及されたら、オタク友達にはいくらでも説明がつくがそれ以外の人に見られたら死ぬしかない。

スマートフォンで時間を確認するが、小一時間も経っていない。それなのにもうへとへとだ。

森の出口も街も人間も見つけられない。

森で遭難なんて十六年生きてきて遭遇するなんて思ってもみなかった。

とりあえず少し休憩しようと手ごろな岩の上に座った。

座った瞬間お尻にぐにゃりとした感触がした。

「ぎぃやああぁぁ!!」

驚き飛びあがるとそこには灰色のアメーバのようなものがうぞうぞと蠢いている。

大きさは自分と同じか少し大きいくらいだ。

アメーバに切れ目が入りぎょろりと大きな一つ目がこちらを見た。

もうその時点でだめだった。

私はその場から逃げ出した。

葉や枝で腕や足をかすめ切ってしまったがそんなこと気にしている場合ではない。

あんな化け物がいるなんて聞いてない。言われてもいないが…

後ろを振り返るが追いかけてくる気配はない。

近くの木に隠れ様子をうかがってみるが他のものに気を取られているようだった。

化け物が気を取られている方向に目を向けてみる。そこには私が先ほどまで手にしていたキャリーバックが置いてあった。

化け物は動きが遅いようだがキャリーバックが気になるのかそちらにうぞうぞと近づいていく。

このままではあの化け物に食べられてしまう。

命には代えられないが、ずっと楽しみにしていた作家さんの本を、私はまだ読んでいない。あとこっそり18禁本読みたい。

動きが遅いから走れば間に合うか?しかし恐怖で足が竦む。

「ど…どうしよう…」

「あんた何してんのぉ?」

「いぎゃああああああ!!!!」

背後から突然話しかけられ大声を出してしまった。

振り返ると背の少し高い夕焼けののように鮮やかなオレンジ色の髪をした美少女が立っていた。

その右手には剣が握られている。

「えっと…あの…あれ…」

「何してるのか聞いてるんだけどぉ」

美少女は少し小馬鹿にしたような口調で再び聞いてくる。

そんなことは気にしている余裕は私にはなかった。もはや無意識的に彼女に助けを求めた。

「あのっ!!さっきここにトリップしてきちゃったみたいなんですけどっ!!

 歩いてて休憩しようと思って岩に座ったらそれがスライムで!すぐ逃げたんですけど

 そしたらキャリー置いてきちゃって!なんかあいつあれ食べそうで!」

ここまでで一息だ。さすがに息が苦しくなり息を吸い込む。

化け物を見るともうキャリーバックを手にし上に下に振り回している。

「たっ……助けてください!!」

私は思いっきり膝をつき頭を地面にこすりつけ土下座する。

少し額を擦りむいた気がする。痛い。

もうほぼ泣きかけていたが、なんとか助けを求めることができた。

恐る恐る彼女の様子を窺うと彼女は何故か笑っているようだった。

「ひひっ…初対面でそんな必死に土下座する奴初めて見たよぉ…まじかぁ…ふふふ」

そんなに笑うことだろうか。確かに私も土下座をしたのは初めてだったが…土下座の仕方に何かおかしい所でもあっただろうか。

「あんた面白いから今回は助けてあげるよぉ。あれ、取り返せばいいんでしょ?」

そう彼女が言うとスタスタと化け物に歩み寄り剣を一振りした。

たった一振りしただけて化け物は悲鳴を上げることなく崩れ落ちた。

「つっよ…」

彼女は私のキャリーバックを持ち私の方に歩み寄ってきた。

「これ重すぎじゃない?」

そういうと私にキャリーバックを投げつけた。

慌ててキャッチしようとするがタイミングが合わなくキャッチし損ね足のすねをぶつけた。

「おぇあ!!」

変な奇声を上げてしまった。足はきっと青なじみになっているだろう。

美少女は鼻で笑っている。

私は痛む足を抑えつつ姿勢を正し、再び深々と頭をさげた。

「本当にありがとうございます!この御恩をどうお返しすればいいか…」

私はカバンを探り飴やチョコを入れいているお菓子袋を取り出した。

今の私にはこれしか渡すものがない。

「つまらないものですがこちらをお納めください。」

お菓子袋を差し出し頭を深々と下げる。

「一応受け取っておいてあげるよぉ。」

彼女はにやにやしながらお菓子袋を受け取ってくれた。

「久々に笑わせてもらったしね。」

「ありがとうございますっ!」

私はまた深々と頭を下げた。

そうしていると奥の草むらがガサガサと揺れた。

またあのアメーバみたいな化け物だろうか。身構えるが、それと同時におーい、という男の人の声が聞こえた。

「おい、カシス。声の主は大丈夫だったか?」

声のする方を見ると白衣を着た黒髪の少年が歩いてきた。

年は私と変わらないくらいだろうか。かなりのイケメンだ。

「大丈夫だよぉ」

「おい、あんた大丈夫か?」

そう言いイケメンは私の事を心配してくれた。優しい。

「頭と体のあちこちが細かい傷だらけじゃないか。どこが大丈夫だよ。」

「うるさいなぁ。あたしが来た時にはもうそうだったし、第一あたしの仕事はあんたの護衛だけだよぉ?その子の護衛は含まれてませーん。助けただけでもありがたいと思いなよぉ」

「お前な…」

イケメンと美少女が口論している。なんかひどいこと言われてる気がするけど助けてもらったのは事実だ。

「あの、その人に私助けてもらったんです!そのおかげで荷物が無事だったので…ありがとうございました!!」

私はまた深々と頭を下げる。今日は頭下げてばかりだな、と思ったが条件反射でやっているから仕方がない。

「君見た所異世界人みたいだな。とりあえず手当しないとな。報告もかねてギルドに戻るぞ。ついておいで。」

「はいっ!…ん?」

今彼の口から異世界人という気になる単語が出た気がする。

「あの!聞きたいことがたくさんあるんですけど!とりあえずここはどこですか!?私どうしてここに来ちゃったんですか?やっぱりここって異世界なんですか!?あとなんで言葉通じるんですか?それから」

そこまで言うと私の瞳から涙がこぼれた。感極まってしまったのだろうか。

イケメンはぎょっとしていたが涙が止まらない。

「あれ?ごめっごめんなざ…う…うおえええええぇぇぇ!!!」

そして私が汚い声を出しながら大泣きした。もう顔中の汁が出まくってびしゃびしゃだ。

後から考えれば混乱していたのと助けられて安心して気が緩んだのと色んな感情が入り乱れて泣いてしまったのだろう。

いきなり頭を下げられてマシンガントークして、しまいには大泣きをする女の子がいたら誰もが困惑すると思う。

実際目の前のイケメンは困惑していたしドン引きしていた。

しかし美少女は違った。困惑するでもなく、私を指さして近くにある木をバンバン叩きながら爆笑していた。

「泣き方きっっっったなっ!!ははははははは!!!駄目だ…おなか痛い…やめてよもう…ぶははははは!!!」

号泣しているのにそれを指さして爆笑する人が今までにいただろうか。この人最低だ。

この美少女は私に対して爆笑しかしていないのではないだろうか。

そう思うと少し頭が冷静になった。ぐっと涙をこらえようとしたが、涙は自然と出てしまう。

「お前泣いてる子に対してそんな爆笑する事ないだろう。最低か。」

「だってだめだってこれ…ひひひひひ」

美少女はともかくイケメンは困惑しつつも大丈夫だよ、怖かったねと言いながら私の背中をさすってくれた。優しい。

私は何か話そうとすると嗚咽が止まらなくなり余計うまく話せない。

まずこの涙を止めなければならない。

(奮い立て!!天野小羽!!!)

私はそう心の中で唱え自分の頬をぱぁんと両手で叩いた。

私はくじけそうになった時はいつもこうして己を奮い立たせている。

昔友人にいきなりそれやられるとビビるし頭おかしい行動に見られるからやめろと言われたことがあるが効果があるのでやめるつもりはない。

その証拠に今もぴたりと涙が止まる。これをやると頭は冷静になるし己を奮い立たせることができるのだ。

「私の今の状況が分かるのであれば説明していただいてもよろしいでしょうか?」

イケメンは先程よりかなり困惑していたが、美少女は腹を抱えて爆笑していた。



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