91 愛すべき侍女へ
連邦軍がまとめて消滅したあと、戦車から降りたサリィはリーズレットへ駆け出した。
「お嬢様! 大丈夫ですか?」
「サリィ! 私は大丈夫ですけど、そのバトル・タンクは……」
リーズレットはサリィが乗っていた戦車を見上げた。見覚えのあるデザインとカラーリングだが、形や武装が少し違う。
山の中腹から飛び出して来た事もあって、サリィは拠点を見つけて持ち出したのだと既に察していたが。
「ユリィ様から引き継ぎました」
サリィはピンと背を伸ばし、真剣な顔でリーズレットに告げる。
「お嬢様、ユリィ様をお迎えに行きましょう?」
サリィはそう言って、彼女を発見した拠点へ誘う。
2人は主要メンバーと1小隊を連れて山を登った。目的地は脱出したサリィが不時着した場所だ。
「こんな場所に入り口が?」
「これは気付きませんね」
木の下に開いた穴を見たブライアン達はこれは見つけられない、と声を漏らす。
リーズレット達はダストシュートを1人ずつ降りて拠点の中へと侵入。
『確かにアイアン・レディの拠点です。造りとしては兵器用のハンガーに近いですね』
広い空間と開かれた扉だけがある拠点にロビィが推測を口にした。
置かれていたのはバトル・タンク1機だけだったようだが、もっと準備に時間があったら拠点の中には戦車などの兵器でいっぱいになっていたんじゃないか、と。
「そうですの? ユリィ?」
リーズレットは椅子に座る白骨死体の対面に座った。確かに着ている服はユリィ専用の……チーフ専用のメイド服。
膝の上に置かれた色褪せて薄くなった写真も見覚えがある。
テーブルの上に置かれたティーセットは……いつか再会した時に、と思っていたのだろうか。
「ごめんなさい、ユリィ。随分と長い間、待たせてしまったようですわね」
そう言って、リーズレットはユリィを寂しそうに見た。
「この方が……」
コスモス達もユリィの事はよく知っていた。淑女物語に登場する、リーズレットを支え続けた侍女。
伝説の淑女であるリーズレットの次に人気のある人物だ。嘗ての伝説と伝説を支えた人物が遂に再会を果たした。
「サリィ、お茶を淹れてくれるかしら?」
「……はいですぅ」
サリィはカップを2つ用意して、それぞれに紅茶を注ぐ。
1つはリーズレットへ。もう1つは、ユリィの前に。
「どうかしら? この子も貴女に負けず、美味しいお茶を淹れるでしょう?」
そう言って、紅茶を一口飲んだリーズレットはやはり寂しそうに笑った。
「……マム。一度、国へ戻りませんか。ユリィ様のご遺体を埋葬しに帰国致しましょう」
「そうですわね……。そうしましょう」
マチルダの提案にリーズレットはユリィから目を離さずに頷いた。
「お嬢様……」
サリィは彼女の隣に立つと、テーブルの上にあったリーズレットの手に自分の手を重ねる。
「大陸にはもうすぐ冬が訪れますわ。一度帰国するにも、丁度良い頃合いでしょう」
リーズレットはそう言って、サリィが握ってくれた手を握り返す。
共和国に侵略を開始してから既に2ヵ月は経った。夏の真っただ中に行動を開始して、季節はそろそろ冬の気配を覗かせるだろう。
冬が訪れれば軍行は強制的に中断を余儀なくされると予想されていた。
理由は大陸に吹き荒れる吹雪だ。季節によって気温や天候が極端に変化するこの大陸では、冬になると大陸全域が吹雪で覆われる。
大地は真っ白に染まり、吹き荒れる吹雪で視界は数メートル先も見通せない。
そんな状態では戦争なんぞ出来やしない。敵味方、冬は内に篭って春の訪れを待つしかないといったところか。
ユリィの遺体を埋葬して、彼女の墓の前で思い出を語るには丁度良い。
リーズレットは彼女との語らいは銃撃音など聞こえぬ静かな空間でしたい、と願う。
それから、拠点を隈なく探索して残されている物資がないか調査した。同時に外へと繋がる別の入り口も。
結局は物資も入り口も存在しなかった。
仕方なく、バトル・タンク出撃用のハッチを開けてそこから部隊が侵入。
技術班が即席で作り上げた棺を運び込み、ユリィの遺体を収めると軍人達が敬礼して作った道を通って外へ運び出された。
「帰りましょう」
ユリィの遺体を回収したリーズレット隊はリリィガーデン王国へ向けて帰還を開始。
制圧した共和国を経由して1週間程度の時間を有して無事に帰国する。
事前にユリィの遺体が運び込まれると知った王城では準備を整え、厳かな雰囲気で彼女を迎えた。
建国の母達と呼ばれた3人が眠る墓の横に用意されたユリィの墓下に、正式な棺に入れ替えられた遺体を大量の花束と共に埋葬する。
「どうぞ、安らかにお眠り下さい」
埋葬式の最後、女王としてガーベラが感謝の言葉を述べてから参列した者達によって棺の上に土がかけられた。
参列者が墓を後にしていく中でリーズレットだけは1人その場に残り続け、じっと墓標を見つめる。
察したサリィが心配するコスモスやガーベラを連れて、リーズレットは嘗ての侍女と2人きりになった。
『偉大なる初代チーフ ユリィ ここに眠る』と刻まれた墓標の前に座り込んだリーズレットは小さく笑う。
「ありがとう、ユリィ」
手に持っていた一輪の花。彼女が大好きだった白いユリの花を添えて。
「あの時……。貴女が傍にいてくれなかったらどうなっていたでしょう?」
最初の婚約破棄。学園の前まで馬車で駆けつけて、逃げようと言ってくれた。
復讐を果たすと言った自分に文句も言わずに着いて来てくれた。
傭兵となって傭兵団を創り上げてからも、ずっとずっと隣にいてくれた。
「貴女がいなかったら、今の私はありませんわよ。貴女がいてくれたから、ここまで戦えたのよ?」
常に隣にいてくれた。どんな時も否定はせずに、全力で彼女が行う行為を支えてくれた。
侍女であった彼女は家族でもあった。妹のような存在でもあった。
彼女はリーズレットが世界の悪と囁かれようとも離れはせず、ずっと、ずっと支えてくれたのだ。
「愛しているわ」
冬の訪れが近付く空は雲一つ無い。透き通るような青空の下、彼女は嘗ての侍女と語り合う。
「ずっと愛しているわ。何度生まれ変わろうと、何度転生しようと、貴女を忘れませんわよ。ありがとう、ユリィ……」
淑女は愛すべき侍女へ愛を囁くと――墓標の傍に、ぽつぽつと大粒の雫が落ちた。
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