89 継承
難民兵部隊に比べて10倍はあろう規模の連邦軍大部隊がリリィガーデン王国軍に向かって進軍して来るのが確認された。
ドローンによる上空監視によれば難民兵が使っていた防御型魔導兵器の数は30以上。
さらにその後方には見慣れぬ魔導兵器まで連れているようだ。
「チッ! マチルダ! ロケット砲で相手の足を止めて――」
相手の足を止め、その間にまた突っ込んで防御兵器を壊すしかない。
そう考えたリーズレットであったが……。
「敵、止まりました!」
「え?」
ドローンのカメラ越しに相手の動きを監視する情報部の男から更に続報が入る。
リリィガーデン王国軍が足止めするまでもなく、相手は動きを止めた。
しかし、それはマギアクラフトの支援を受けた連邦にとって予定通りの行動であった。
「敵の車両が……? あれは砲身?」
情報部は端末のモニター越しに見た。連邦軍の率いる車両部隊最後尾に位置する、長い砲身を持った4ツ足の魔導兵器を。
戦車の砲身よりも太い、巨大なカノン砲を背中に積んだカメのような自走兵器。
長く太い砲身の射線から連邦兵が退避すると、砲身の先に魔法の光が収束されていく。
距離の離れたリーズレット達には小さな光がパッと光ったように見えた。しかし、その光は遠目で見ても徐々に大きくなっていくのが分かった。
「――ッ! 退避なさい!! 後続部隊、逃げなさいッ!!」
あれはマズイ。直感的に察したリーズレットが山の麓に陣取る自軍へ叫ぶ。
だが、彼女の叫び虚しく砲身に収束する魔素のチャージは完了。
そして、1本のレーザーのような攻撃がリリィガーデン王国軍を撃ち抜いた。
魔法のレーザービームは麓に停車していた多連装ロケット砲魔導車を破壊。爆発したロケット砲魔導車に巻き込まれ、1機のイーグルが中破。
何より被害を出したのは兵士達だ。魔導車を運転する者や整備兵達を兵器諸共殺害した。
「ぐ、く……」
後方で指揮を執っていたマチルダや情報部の男は爆発の余波で吹き飛ばされたものの、何とか無事であった。
しかし、再び前方に魔法の光が収束しているのが見える。
「イーグル、全機上昇!」
マチルダは敵のレーザー攻撃でイーグルが破壊されないよう、空へ逃げるよう指示を出した。
彼女の指示通りにイーグルの操縦士達は機体を急上昇させて空へ逃げる。
しかし、これも悪手となってしまう。
「対空兵器ですッ!」
「なにッ!?」
レーザーを撃ち出す魔導兵器の更に後方から空に向かって発射される魔法の弾。
共和国首都で見た、イーグルを撃墜した対空兵器がまだ控えていたのだ。
上昇したイーグルに狙いを定めた対空兵器は真上に撃ち出されると、角度を変えて4機のイーグルへと向かっていく。
リーズレットが空が空を見上げ、指示を出そうとした時――対空兵器とイーグルの間に黒いヘリコプターが割って入る。
『お嬢様、時間を稼ぎますぅ~!』
ナイト・ホークを操縦しているのはサリィだった。彼女はフレアを展開して対空兵器を無力化、そのまま加速して敵陣へとロケットランチャーを撃ち込んだ。
連邦軍は防御型魔導兵器を起動して全て防ぎ、空を飛び回るサリィのナイト・ホークに向かって全対空兵器を起動した。
「サリィ!」
リーズレットはハンドルを握ると一気に敵へ向かって加速した。
侍女が体を張って時間を稼いでくれている。そのチャンスを無駄にしてはいけない、と。
難民兵を殲滅した時と同じく、加速しながら敵陣へ突っ込んで魔導兵器を破壊しようと試みるが……。
「全員構え! 撃て!」
連邦軍が難民兵を先に向かわせて使い捨てた理由は、リリィガーデン王国軍の……いや、リーズレットが行う対処方法を見る為だったのだろう。
リーズレットが駆る魔導車やコスモス、他チームの接近を許さぬよう前面へ分厚い射撃の壁を作った。
連邦軍兵が行う射撃はとにかく途切れないよう、接近を邪魔できれば良し、当たらなくても良いといった雰囲気があった。
まずは空を飛ぶイーグルやロケット砲などの兵器から潰し、歩兵は後からゆっくり。そんな考えなのだろう。
兵士による射撃の弾幕、そして極めつけはレーザーをリーズレットへ向けて発射する。
「チッ!」
魔法銃の弾なら多少は喰らっても良いと考えていたものの、さすがのリーズレットもレーザーは回避せざるを得なかった。
ここへ来て、最強のリーズレットもただの連邦軍に苦戦を強いられる。
理由は明白だ。圧倒的な数の差である。
最強と名高いリーズレットであっても大量の高火力魔導兵器と大量の歩兵の射撃に対して無敵とは言い難い。
確かに抜群のハンドルさばきでジリジリと距離は詰めてはいるが、一気に距離は詰められなかった。
彼女に苛立ちが募る。こうしている間にも空ではサリィが戦っているのに。
対空兵器の攻撃を避け、無効化されると分かっていながらも機銃とロケットランチャーを撃ってリーズレットを援護しようとしているのに。
「ファック! ファック! ファック!」
距離を詰められずにいるリーズレットの口からは相手へ向けて怒りの声が漏れた。
こうなったら、とことんやってやろう。相手が弾切れするまで粘り切ってやる、と決意したが……。
先手を取ったのは連邦軍であった。
対空兵器の連続攻撃に対し、サリィのナイト・ホークはフレアや旋回で躱していたが遂にフレアは在庫切れ。
急旋回で攻撃を躱そうと試みるが、迫り来る7発のうち1発がナイト・ホークのテイルローターに掠った。
掠った事で大きくバランスを崩し、次の一撃がナイト・ホークの腹に直撃。
「サリィッ!!」
空中で被弾したサリィを見て、リーズレットは悲痛な叫び声を上げた。
空でくるくると機体を回転させながら徐々に高度を下げて行くナイト・ホーク。
「マズイですぅ!」
何とか機体を安定させようと操縦桿を握っていたサリィに通信が入った。
『チーフ、脱出を』
麓に残してきたロビィからの通信であった。彼女はロビィの指示通りに脱出ボタンを押した。
ナイト・ホークのコクピット部分上部が弾け飛び、サリィが座っていた操縦席がボンと火を噴いて空へ射出された。
空中で射出され、更に高高度へと飛び上がったサリィはパラシュートを展開。そのままユラユラと揺れながら、拠点があると示された山の中腹へ堕ちた。
「早く戻らなきゃ! お嬢様が!」
山の中腹に落下したサリィは体を固定していたシートベルトを外す。すぐに下山し、またリーズレットの支援をしなければ、と思っていたのだが……。
「おや?」
落下地点の目の前には不自然な形の木があった。幹が太く、歪な形をしているソレは周辺にある木と比べて違和感を感じる。
まるで作り物のような、敢えて自然の中に品のない贋作を紛れ込ませたような……。
気品溢れる美を見続けて来た者、美的センスに溢れた者ならば違和感を感じてしまう。それすらも計算なのでは、と思ってしまう作為的な気持ち悪さが垣間見える。
サリィは木に近づいて何かないかと調べてみると、根本に生える草の向こう側がポッカリ開いている事に気付く。
草を掻き分けて中を見ると木の根本部分がくり抜かれていて、木の中には地下へと続くダストシュートのような狭い通路が隠されていた。
「もしかして」
これが拠点の入り口かもしれない。
ナイト・ホークが撃墜されてしまったが、代わりに探し物は見つかった。
「やったですぅ! って、はわわ!?」
下に伸びる通路の先をよく覗き込もうと体を伸ばしていたサリィはバランスを崩して頭から通路の中へ落下してしまった。
「あひゃ~!」
スルスルと落ちていくサリィの体。途中で通路の壁に手を伸ばし、何とか止まろうとするも止まれない。
このまま下に落ちて怪我を……最悪の場合は死んでしまうかも。
そんな考えが過った。
しかし、違う。
彼女がこの通路の入り口を見つけたのも、落下したのも。全ては運命だったのだろう。
アイアン・レディ2代目チーフ。リーズレットの侍女となった彼女の運命。
「あひゃ~! ばふ!」
落下したサリィが怪我をする事はなかった。死亡する事もなかった。
彼女の体は柔らかい物体で受け止められたのだ。
「ぷはっ! え?」
サリィが顔を上げると真っ暗な世界があった。
その暗闇の中でピピピと微かな電子音が聞こえると天井にあった照明に光が灯る。
彼女はとても広い空間にいた。自分の体を受け止めたのは巨大なクッションだと分かった。
「扉~?」
目の前には巨大な扉があった。100メートルはあるだろうか。
サリィは巨大クッションから降りて巨大な扉へ近寄った。扉の端っこにコンソールがあるのを見つけて駆け出す。
ここは拠点かもしれない。だが、今は地上に戻ってお嬢様の支援をしなければ。
コンソールに触れて何とか外に出る方法を見つけようとしたサリィだったが――
『アイアン・レディ製のメイド服を検知。パターンを変更します』
コンソールに触れた途端、ロビィに似た声が発せられた。
声にびっくりしたサリィは1歩後退り。すると、コンソールに付属していたモニターに人の姿が映った。
『ごきげんよう。愛しいお嬢様の、新しい侍女さん?』
モニターに映し出されたのは――サリィと同じメイド服を着て微笑みを浮かべるお婆さんだった。
「貴女は……!?」
モニターに映るお婆さんを見たサリィは思わず背筋をピンと伸ばした。
彼女は感じ取ったのだ。侍女としての格の違いを。
気品。気高さ。優雅。そして、主を支える為に生きると決めた信念。
それら全てがモニター越しからも感じられるほど、彼女の顔には長年積み重ねた貫禄があった。
自分など赤子に過ぎぬ。サリィがそう感じてしまうほど。
ピンと背を伸ばして緊張するサリィであったが、逆にモニターに映ったお婆さんは可愛らしくお茶目に笑った。
『お嬢様クーイズ!』
「ひょ!?」
そして、突然始まるお嬢様クイズ。
『問題! お嬢様が最もお好きな食べ物はなんでしょう!?』
お婆さんが問題を告げると、モニターに選択肢が現れた。
1番は『肉』2番は『魚』3番は『紅茶』4番は『自分で狩った獲物の肉』と表示される。
『対応する番号のボタンを押して下さいね』
「これはお嬢様のお好きな物でしょうか? うーん……これですぅ」
サリィは少し悩みながら4番を押した。
『正解!』
「わぁ~! やっぱりリーズレットお嬢様のことでしたぁ!」
モニターの中にいるお婆さんはリーズレットの事を言っているのか、と理解したサリィ。
『お嬢様が好きな言葉はなんでしょう?』
1番は『ファック』2番は『金銀財宝』3番は『犬畜生』4番は『豚野郎』
「これは引っ掛けですぅ。正解は1番ですぅ!」
一体何が引っ掛けなのかは常人には全く理解できない。
『正解!』
しかし、サリィの選択した答えは正解だった。
ここからクイズが何問も続いたがサリィは見事全て正解。
『全問正解おめでとう~!』
「わぁ~!」
モニターの中にいるお婆さん、モニターの前にいるサリィ。2人は揃って喜びの声を上げながらパチパチと拍手した。
すると、数秒モニターにノイズが走る。
先ほどまで笑っていたお婆さんの顔が少し悲しげに歪んで、再び表示された。
『全問正解パターンを聞いているという事は、貴女は本当にリーズレットお嬢様の新しい侍女なのね』
お婆さんの顔はやはり悲しみに満ちていた。本当ならば自分が隣にいたかった、とでも言いたげに。
彼女は少しだけ顔を伏せる。再び顔を上げた時には真剣な表情に変わっていた。
『私の名前はユリィ。リーズレットお嬢様の侍女であり、侍女隊のチーフをしていました』
「ユリィ……様」
サリィは以前、リーズレットやロビィから聞いた事がある。
前世の頃、自分と同じく彼女の世話をする侍女がいたと。リーズレットと共に世界を敵に回した良き理解者がいたと。
『お嬢様は元気かしら? 笑っているかしら? お嬢様は、ああ見えて少し寂しがり屋なのよ?』
モニターの前にいるサリィへ問いかけるように言ったユリィの目には涙が浮かぶ。
『本当は……。私もずっと……隣にいたかった』
叶わなかった願いを涙と共に零して、モニターの中にいる年老いたユリィは涙を拭う。
『どうか、お願い。貴女だけは、どんな事があってもお嬢様の傍にいてあげて。いられなかった、私の分も』
「ユリィ様……」
サリィが小さく呟くと、巨大な扉が可動して開き始めた。
ゆっくりと開いた巨大扉の先にあったのは――
『貴女がお嬢様をお助けできるよう、とっておきのお掃除道具を残しておきます。どうか、お嬢様をお願いね』
侍女隊初代チーフ、ユリィが次世代のチーフへ残したとっておき。
お掃除道具と称したソレはユリィとサリィが身につけるメイド服同様に白と黒でカラーリングされていた。
アイアン・レディ製の可変式機動戦車『強襲用バトル・タンク:アイアン・クリーナー弐式』と銘打たれたアイアン・レディ製機甲兵器の最高傑作。
巨大な主砲砲塔、両サイドには多連装ロケットランチャー、マルチロックオンを可能としたミサイルポットを装備して。
カタパルトデッキの上に残されたアイアン・レディ製の大型リアクターで動くバトル・タンクは世に溢れる全ての汚れを払うだろう。
しかし、サリィが目を奪われたのはバトル・タンクじゃなかった。
扉の向こう側にあったバトル・タンクの前にはお茶会用のテーブルと椅子が二脚あった。
そして、片方の椅子には白骨化した死体が座っている……。
「貴女は、ずっとお嬢様を待っていたのですか?」
白骨化した死体はボロボロになったメイド服を着て、経年劣化で薄くなったリーズレットとのツーショット写真とティーセットをテーブルの上に置きながら。
サリィは白骨化した初代チーフの前で……スカートを摘まみながら綺麗なお辞儀をした。
「お任せ下さい。私、サリィは、貴女の意思を継ぎます」
サリィは彼女をその場に残し、バトル・タンクへ歩み寄る。
戦車モードで置かれるタンクの上によじ登り、中央上部にコックピットハッチを開けるノブを見つけた。
ノブを捻りながら持ち上げると分厚いハッチが持ち上がって、サリィはコックピットの中へ潜り込んだ。
このバトル・タンクは戦車であるがコックピットにあったシートは1人分しかなく、1人乗り用だった。
サリィはコックピット内部あったキーを差し込んでリアクターを起動する。
ヴゥゥゥ、と独特なリアクター起動音。アイドリングが完了するとコックピットの前面180度がモニターが暗転した状態で起動。
『強襲用バトル・タンク:アイアン・クリーナー弐式 起動開始』
次は暗転状態のモニターに緑色の文字列が並び、バトル・タンクに搭載されたOSとサポートゴーレムの起動が始まる。
『新しい搭乗者を確認。所属と名前を教えて下さい』
「アイアン・レディ、チーフのサリィですぅ」
搭載されたサポートゴーレムに要求された問いに対し、サリィは継いだ役職と名を答えた。
『搭乗者名及び声紋登録完了。おはようございます、チーフ。私はアイアン・クリーナーに搭載されたお掃除支援用のサポートゴーレムです。オーダーをお申し付けください』
「外に出てお嬢様をお助けします! 拠点の外に向かいたいですぅ!」
『ラージャー。カタパルト・デッキのスタンバイを開始』
瞬間、ゴゴゴと山全体が揺れた。
カタパルトに固定されたバトル・タンクがくるりと反転。背にあった壁が開き、先には光が見えた。
どうやら外へと続く道が開かれたようだ。
機体を乗せたデッキが前進して、背後にあった扉が閉まる。代わりにカタパルト機構が起動して、真横にあった指示灯が赤から青に変わる。
『射出準備完了。いつでも行けます』
「出発、しんこーですぅ!」
サリィがコックピット内にあった2つの操縦桿を握ると、カタパルト・デッキが外へ続く道へと勢いよく動き出した。
9/12 17:00 一部書き加えました。
読んで下さりありがとうございます。
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