81 淑女へ捧げる愛の軌跡 1
「さて、今度こそ順を追って話そう」
サリィの淹れたお茶を飲みながらアドラは再び語り始めた。
「私が知る限り、魔女が動き出したのは君の父上と結婚するよりもずっと前だ。私が暗殺されそうになり、母上が毒殺されるよりも前だから……彼女は随分と若い頃から暗躍していたのだろう」
アドラに母親の事を覚えているか、と問われたが実のところリーズレットもあまり母親と過ごした思い出はほとんどない。
元娼婦だった母親は帝国で娼館の顔を務めていた。まだ独身だった父親が帝国との外交交渉で帝都に訪れた際、接待の一部として連れて行かれたのがヴァイオレットのいる娼館だった。
彼女に一目惚れした父親は求婚してアドスタニア王国へ戻る。家の反発もあったようだが、それでも結婚まで至った。
その後、自分が生まれた……と聞かされているが、ヴァイオレットはリーズレットの貴族令嬢教育にほとんど関与していない。
リーズレットに貴族令嬢としてのマナーや知識を授けたのはお抱えの教師と父親だった。
今思えば、ヴァイオレットはほとんど屋敷にもいなかったと彼女は前世の幼少期を思い出す。
「そうか……。ヴァイオレットが君の父上と結婚したのは私が暗殺されかけた時よりも後だが、もしかしたら父上との結婚も計画の一部だったのかもしれんな」
アドスタニア王国へ入り込めれば良かった。結婚は計画の一部に過ぎず、求婚した父親は利用されただけに過ぎないのかもしれない。
アドラの予想が正しいかは不明だが、裏で暗躍していたと聞くと納得できてしまう。
「とにかく、私と母は王家から排除された。兄が次期王になったわけだが、兄の王国運営方針としては外国を徹底的に排除する方針だった」
「あら? だったら貴方の兄を排除して、貴方を王に据えた方が話が早かったのではなくて?」
「そうでもない。当時の私も自国至上主義といった教育を受けていた。私が王になっても外国との連携や同盟は結ばなかっただろう」
アドラは暗殺されかけた事でアドスタニア王国へ恨みを抱いた。当時の政治を行う父親と兄、それと貴族達に復讐を誓った。
その気持ちを抱えたままアドラは帝国へ渡る。そこで出会ったのがベインスだ。
「私はベインスと出会い、世話をしてもらった事で彼に恩を感じた。世話をしてくれた事もあって、当時は不思議に思わなかったが……祖国への復讐を肯定してくれたのも彼だ。むしろ積極的に復讐を成し遂げるようサポートしてくれた」
ベインスはアドラに王国と帝国の違いを教えた。その教えも偏っていたのだろう。
当時のアドラはベインスに自分の知らぬ様々な技術や考え方を教えてもらい、大きく成長できたと思っていたのだ。
例えば、当時の帝国で開発されたばかりの『銃』という武器。
鎧を着て剣と盾を持ちながら一列で突撃するアドスタニア王国の戦術が古臭く思えるほどの画期的な武器だった。
銃に使われる技術は一般人の生活にも転用され、帝国人はアドスタニア王国人よりも未来的な生活を送っていた。
一部の思想や外国を利用した経済学など、王国では教育係に排除されて学ぶ事すらも禁じられていた手法を教えてもらった。
しかし、それもベインスと魔女がアドラの考え方を『自分達寄り』にする為の洗脳に近い行為だったのだろうと今は思う。
「私は帝国の素晴らしさを知って、復讐の為にアドスタニア王国へ戻った。傭兵としてな。ここで、リーズレット。君が登場する」
父親と屋敷の使用人達の教育によって立派な貴族令嬢に成長したリーズレットだったが、婚約していた王子に婚約破棄されてしまう。
それどころか、父親も反逆者として処刑されてしまった。
この時、初代チーフであるユリィから母親であるヴァイオレットは王城の騎士に連行されたと聞かされた。
その後、母親がどうなったかは分からない。リーズレットが独り立ちした後も彼女は母親の痕跡を追わなかった。その理由は、彼女にとって母親という存在が薄すぎたためだ。
母親からの愛情はほとんど受け取っていない。教育にも口を出さない。屋敷にはほとんどいない。
リーズレットにとって母親の存在はいないも同じだった。たまに屋敷で顔を合わせたら挨拶する程度で、母親はリーズレットを残して外へ行ってしまう。そんな存在だった。
騎士に連行され、生死不明。だが、別にどうでも良い。全てを失って1人の傭兵として立ち上がったリーズレットにとっては、自分の生活の方が大事だったから。
彼女にとって母親とはその程度の存在感だったのだ。こんな事なら母親を探し出してぶっ殺しておくべきだった、と今更後悔してしまう。
「私の婚約破棄も計画の一部でしたの? 父の処刑も?」
「そうだ。君の父上が処刑されたのは、彼がヴァイオレットの何かに気付いたからなのかもしれない」
リーズレットの父親はヴァイオレットが裏で何をしているのか、アドスタニア王国で何をしていたのか、を知ってしまったから処刑された可能性がある。
「婚約破棄は……?」
「あの時、君は王子を支援する貴族を殺したろう? あの貴族が所有していた土地は、災害で爆発した超高濃度魔素液生成に使われる素材が採取できる場所だった。当然、彼等はその利権を持っていた」
当時、転生者の存在にいち早く気付いた帝国は転生者を確保して異世界技術を取り込んで国を大きくしている最中だった。
銃の誕生はその一端であり、他にも魔導具が研究・開発されつつあった。
「当時は知らなかったが、ベインスは帝国異世界技術研究所の運営メンバーだったようだ。あの頃からアドスタニア王国の資源は狙われていたんだ」
魔導具、魔導兵器を開発する上で必要となる素材が帝国には存在しなかった。
隣国であったアドスタニア王国に存在するが、当時の王国王家は外国の侵入を許さなかった。
「当時、帝国と同等の国土と人口を持っていたのはアドスタニア王国だ。帝国が王国と戦争を始めれば他国が漁夫の利を狙う可能性があるとヴァイオレット達は考えた。故に、我々が利用されたのだ」
帝国は手を出さず、王国を内から滅ぼす方法がクーデター。
王家の血筋を持つアドラがクーデターを起こしても正当性がある。その正当性を作り出したのは魔女達であったが、当時のアドラは気付きもしない。
魔女達によって「外国へ目を向ける考え」と「ベインスから受けた恩義」を持ったアドラはクーデターに成功。
その裏にはリーズレットという存在がいたが、彼女もまた魔女の作り出した存在。
「どういった理由かは分からないが、君の持つポテンシャルにも気付いていたのだろう。ベインスが銃を君に教えたのも最初から扱えると知っていたからだ」
ここまで聞いて、リーズレットは疑問が浮かび上がる。
自分は、何者なのか。
魔女である母親はリーズレットに秘められた才能を知っていたんじゃないか、とアドラは言った。
仲間であるベインスが銃を紹介して、使ってみろと勧めたのもリーズレットの力を知っていたからだとしたら。
「私は……。本当にお父様の子だったのかしら?」
「……分からない」
アドラはリーズレットが『何者』なのか、正確な正体を本当に知らないのだろう。
なんとか答えようと頭の中を探ったようだったが、適切な答えを見つけられずに首を振った。
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「私がアドスタニア王国の王となってからは帝国と同盟を結んだ。そこからは君もよく知っているだろう?」
帝国と同盟を結んだアドスタニア王国は帝国が開発した異世界技術の一部を買い取って国を大きくしていった。
同時に帝国は大陸の覇者になろうと他国を侵略。リーズレットが参加したリング聖王国との戦争もそれに当たる。
「しかし、帝国の国土拡大政策も魔女の入れ知恵のようだ。世界中に誕生していた転生者の発見と回収。異世界技術研究所の成果確認、実戦データ収集……様々な思惑が含まれていた」
「まさか、私が参加したのも計画通りだと?」
「確かではないが、そうだろうな。当時、私は皇帝から聞いたが帝国貴族がリング聖王国と繋がっていただろう? クーデターで開花した君の能力を更に調べる為、君が参戦するよう仕向けたんじゃないか?」
リング聖王国との戦争中、ベインスはリーズレットへ武器や兵器を供給していた。新しく登場した戦車を真っ先に彼女へ与えたのもデータ収取の為だったのだろう。
帝国貴族がリング聖王国と繋がっていたのも魔女の仕業である説は簡単に推測できる。
「あれもこれも全部、あのファッキンクソババアの仕業だったわけですわねッ! ファックッ! ファックッ! ファックですわァッ!!」
リーズレットは魔女の手の上で踊らされ、良いように使われていた。
無自覚に利用される、それは彼女が最も嫌う事だ。リーズレットはテーブルに拳を叩きつけて怒りを露わにした。
「しかし、悪い事だらけじゃない。君は才能を開花させ、成長し続けていった。魔女達が制御できぬまでにな」
リーズレットの圧倒的なまでの戦闘能力。人を惹きつけるカリスマ性。
最強の淑女として成長し、アイアン・レディという組織を結成した事は魔女にとって痛手となった。
「君は戦争に介入しながら組織を大きくしていった。ベインスが君に異世界技術の素晴らしさを教えた事で、各地の転生者を確保していった。これは魔女達にとって大きな障害となったようだ」
世界中の戦争に介入して圧倒的な強さを見せつけたアイアン・レディ。次第に組織の力は国と同等とさえ言われるようになる。
集めた転生者達が次々と新しい技術を生み出し、独自の軍事力を持って世界を圧倒させ続けた。
「君を殺そうと戦争を起こしたり、裏で糸を引いていたみたいだが結局はダメだったようだな。魔女達はアイアン・レディの介入で帝国すらも革命の炎で失った」
リーズレットを殺そうと画策するが対抗できる人物はいなかった。アイアン・レディに国をぶつけても強大で独自の軍事力には勝てなかった。
最終的には帝国は革命によって堕ち、帝国研究所の転生者すらも回収されてしまう。
「だが、君にも弱点はあった。寿命だ。魔女達はエリクサーを飲んで延命できるが、君は歳を取る」
魔女達は息を殺して闇に潜む。手に負えなくなったリーズレットが寿命で死ぬまで。
彼女が死んだ後、最大の障害が消えた事によってマギアクラフトは活動を再開。アイアン・レディを潰しそうと動き出す。
「私が奴等の拠点から逃げ出した後、アルテミスとユリィ君と合流したと言ったろう? その際に私の知り得る情報を伝えたが、既にほとんどの情報を彼女達は掴んでいたよ」
アドラは鼻で笑いながら優秀な部下達を揃えたもんだ、と言った。
「当然ですわね」
リーズレットは胸を張る。自分の愛した見習い淑女達ならば当然だ、と。
「合流して私は彼女達の持っていた情報を聞いた。アイアン・レディが君を復活させようとしていた事、マギアクラフトは君の復活を阻止しようとしていた事」
当時、アルテミス達はリーズレットを復活させようと『Lady Revive作戦』を計画していたが、マギアクラフトに情報が洩れてしまった。
よってアイアン・レディのメンバーは時間稼ぎをしようとマギアクラフトとの戦闘を開始。
その間にアルテミスとユリィが計画を進めるつもりだったが、このタイミングで大災害が起きたとアドラは経緯を聞かされた。
それを聞き、アドラの中で全てが繋がる。あの大陸全土をターゲットとした人為的な大災害はアイアン・レディのメンバーを殺す為だったのだろうと。
マギアクラフトが掴んでいた『Lady Revive作戦』を阻止する為にやったのだ、と。
「しかし、アルテミスとユリィ君は生きていた。他の一部メンバーも生存していた。これが今の君に繋がる」
計画のコアメンバーであったアルテミスとユリィを殺害できなかったのはマギアクラフトにとって最大の失敗だっただろう。
既にリーズレットを復活させる為の鍵は完成していて、2人はそれをしっかり持っていたのだから。
「2人は君を復活させる為の鍵――『 Lady Factor 』を完成させていた」
Lady Factor ―― リーズレットの体内にある特殊な因子であり、この特殊因子こそが『淑女』を完成させる最大の要因だとアルテミスは気付いていたとアドラは語る。
彼女が死亡する前に採取した血液の中から因子を見つけていたアルテミスは、特殊因子と生前の遺伝子に異世界技術を加えればリーズレットを復活できると考えていたそうだ。
「しかし、拠点を失った2人は計画を進められなかった。そこで、私はこの場所を提供したのだ」
元々はアドスタニア王国王家が所有していた別荘だが、マギアクラフトがエリクサー提供時に要求してきた研究所の成果を独自に利用しようと考えていたアドラが秘密裏に作り出した隠し研究所。
ギリギリ爆発範囲外に建っていた事もあって施設は無事だった。
アドラはこの研究所を2人に提供してリーズレット復活を手伝い始める。
「アルテミスが考えていたファーストプランは人工的に作り出した肉体――前世の君から採取した遺伝子の一部と特殊因子を組み合わせ、人工的に作り出した素体に定着させる事だった。つまり、前世の君を複製しようとしたんだ」
アドラが顎で指し示したのは部屋の奥にある培養槽。あれは素体となる肉体を生成する装置だ、と言った。
だが結果的にプランは失敗に終わった。
人工的に作り出した肉体に因子を埋め込むも『人間』として活動する前に命が尽きてしまう、因子が上手く作用しないなど、復活させるには結果が不安定で難しいと判断された。
その結果、リーズレット復活には別の案が考え出されたのだが……。
「まぁ、全てが失敗というわけじゃなかった。この成果を経て、ラムダが生まれたのだから」
「ラムダが?」
リーズレットがアドラの隣に座っていたラムダに顔を向けると彼はニコリと笑った。
「11回目の生成実験で素体の核が因子と上手く結合したのだが……肉体が男になってしまってな」
因子は奇跡的に素体の核――アルテミスが作り出した人工受精卵と結合したものの、結合した結果からなのか、失敗だったのか、人工受精卵は男の胎児として成長。
性別が男性と判明したものの、奇跡的に結合した結果を見ると全てを無にするには惜しい。アルテミスは研究データを得て次に活かす為にも成長を続行させた。
そうした結果、リーズレットと同じ因子を持った中性的で可愛らしい男の子が誕生した。しかも、ラムダは人工的に作られた素体の中で奇跡的にも生命活動が安定したのだ。
ただ、ラムダがリーズレットの複製かと問われればNOだろう。
因子と一部の遺伝子は継承しているものの、素体は男性で人格や考え方はまるで違う。
「だから言ったでしょ? ボクと君は同じだって」
しかし、ラムダの言葉は正解とも言える。リーズレットと同じ、この世に彼女しか持っていなかった因子を持った別の人間がこの世に誕生したのだから。
「この前、私達が惹かれ合うと言ったのは……」
「その因子のせいだな」
惹かれ合うのはお互いの体内にある因子が共鳴しているのでは、とアドラは推測を述べた。
正確な答えは作り出したアルテミスにしか分からないのだろう。
完成したラムダはアルテミスによる検査とデータ採取を終えると一時的に培養槽に戻された。
アルテミスとユリィが用意した『教育ビデオ』と共に後の計画に使用される事となった。
「計画とは何ですの?」
リーズレットの問いにアドラは何とも言えぬ、苦笑いに似た複雑な顔で告げる。
「アルテミスが……。男運が壊滅的な君の婚約者にすれば良いじゃないか、と言い出してだな……」
「まぁっ! じゃあ、ラムダが私と許婚だと言い出したのは本当の事ですのね!?」
「私が言い出したんじゃないぞ! 発案者はアルテミスだ! 私は彼女の計画に基づいて教育を施しただけだ!」
ラムダが言っていた事は全て本当だった。
本当にラムダは自分の旦那様候補のようだ。
「しかし、良かったじゃないか。君の男運は最悪だっただろう。彼女達が君の相手を用意してくれたんだ。それも、君同様に強い相手を」
これで結婚できるじゃないか。夫婦喧嘩になった時、少々心配だが。
そう言ったアドラにリーズレットはため息を零す。
「貴方、ぶっ殺しますわよ」
まさか見習い淑女達と侍女に自分の結婚相手を『創造』されるとは。
何とも言えぬ複雑な気持ちを抱えながら、彼女はアドラに話を続きを促すのであった。
読んで下さりありがとうございます。
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