78 慈悲深い軍医と別行動
東の街防衛に参戦した共和国軍人の数は8000。民兵として加わった住民の数は2000人弱。
対し、リリィガーデン王国軍は5000の兵士。
約2倍の数で防衛に当たった共和国軍であったが、蓋を開けてみれば何とも呆気ない戦いだった。
空を飛ぶイーグル、優秀な特殊部隊2チームとマチルダ、コスモスの奮闘。
先陣を切って相手の最終防衛ラインをランページ一台でぶち抜いたリーズレットとラムダの猛攻。
第三者がこの戦闘を見ていたら「これは虐殺である」と評するだろう。それくらい圧倒的であった。
兵士数での有利状況といった戦争の勝ち負けに一番影響をもたらす要因が作用しないとあっては共和国側も絶望しながら笑うしかない。
クソの山に変わった領主邸から領主である伯爵の死体が見つかるとリリィガーデン軍によって死体が吊るされた。
半壊した領主邸に踏み込んだ部隊が地下で伯爵家一家を見つけると指揮を執っていた伯爵と同じく処刑されて吊るされた。
処刑された伯爵家一家を見て憤慨し、拘束された体を暴れさせた軍人達を見せしめに殺すと他の者達は大人しくなった。
所詮、こんなものだ。
「人の心なんて、支えを折って差し上げればこの程度。脆いモノですわね」
ラディア王国で行った事の繰り返し。処刑を見せて、見せしめを作って、恐怖を植え付けるのだ。
あちらではこれで終わりだったが、今回は少しスパイスが加わる。
「さぁ、手当しましょう」
そう言ってニコリと笑うのはリリィガーデン王国軍所属の軍医。彼は街の中に臨時医療所としたテントを建てて、民兵を中心に怪我の手当てを施した。
やっている事は簡単に傷の消毒や包帯を巻く程度であるが、これらの者達全てに共通する処置は『夢見るクスリ』を投与した事である。
痛み止め、麻酔薬として説明されたクスリを投与された者は確かに痛みが無くなった。重傷者であっても命が助かりそうな者には投与して軽傷者に世話をさせる。
彼等はふわふわとした感覚の中で命が助かった事に安堵するだろう。
「伯爵家の処刑は戦争として正当な行為でした。ですが、我々も一般人まで命を奪いたくはないんですよ」
怪我の治療中にそっと囁くのだ。液体のクスリを腕に注射して、効果が現れた証拠である目が虚ろになった瞬間を狙って。
「ああ……。そうなんですか」
ふわふわの夢心地。確かに敵であったが、そこまで非道な者達ではないんだ。患者達は安心する。
こうして共和国の一般人、軍人の中から選ばれた広告塔はしばしの安息を得るが、制圧から1日経つとクスリの効果が切れて体にはまた痛みが戻って来た。
「痛み止めをくれないか」
「ええ。構いませんよ」
2度目の投与。投与は1日1回、厳守。これは情報部が独自に得た後々に向けての『適量』である。
それからまた1日後、クスリが切れた患者は3度目の投与を求めた。
「実は痛み止めの在庫が少なくなってきまして。与えられる人数には限界があります」
そんな、まさか、とクスリを求める者達から悲痛な声が上がる。
リリィガーデン王国軍は投与する者の人選を行い、約半分の患者に3度目の投与を施した。
その際、一部の者にそっと聞かせる。
「共和国軍に物資を奪われてしまいましてね。北部には似たようなクスリがあると聞きますがね」
北部に同じクスリがあるみたいだよ。
そのクスリは貴族が使っているらしいが、闇市で取引されているらしいよ。スラムには仲介人もいるらしい。
「近いうちに貴方達は解放されるでしょう。重傷者は北部に連れて行くと良いかもしれませんね」
患者を完全に治療できない事へ罪悪感を覚えているような……申し訳なさそうに顔を歪めて軍医はそう告げた。
「ありがとう、先生。そうしてみるよ」
「ええ。こんな事しか出来ず、申し訳ない」
簡易医療場として作られたテントを後にする患者へ軍医は頭を下げて見送った。
「本当に。申し訳ないなぁ」
彼は顔を上げると歪んでいた顔から一変して笑顔になる。カラになったムラサキソウ麻薬の瓶と注射器を片付けている最中も笑顔が止まらなかった。
「調子はどうですか?」
軍医の元に情報部の男がやって来ると、軍医は治まらぬ笑顔のまま男を迎えた。
「順調ですね。患者の半分は明日にも弱い中毒症状が出るでしょうね。すぐにリリースする事をオススメしますよ」
「なるほど。では、そうしましょう。一緒に向かう諜報員に持たせるクスリを頂いても?」
「ええ。そこの箱に入ってますよ。お好きなだけどうぞ」
軍医が指差した箱を開けると中には大量の麻薬があった。数にして200本以上。同じ形をした箱は少なくとも3つもある。
「クスリの売上はどうなんです?」
「順調も順調。連邦西部ではラディア難民が連邦人を襲って金を稼ぐ輩も出ているそうですよ」
軍医が問うと情報部の男は心底嬉しそうに言った。
共和国は残り首都と北部のみ。このタイミングで連邦西部で小さな事件が起きてくれるのは非常に有難い。
計画通りに進めば首都を堕としたタイミングで傷害事件の数は増えるだろう。その状況で首都に住んでいた大量の共和国人が北上する。
北部の街では全てを抱え込めまい。共和国人は連邦内に入り込むはずだ。
連邦は西と南に癌を抱える。国を蝕む癌共はジワジワと連邦内部を腐らせるだろう。
「王国内でムラサキソウ関連事業に携わっている者の所得が増えているそうで」
今やムラサキソウの栽培農家は野菜を栽培していた頃よりも10倍以上の儲けが出ている。
薬の製造業者もウハウハ状態。少し前までは雑草以下の扱いだったムサラキソウで御殿が建てられそうな勢いである。
「良い事じゃないですか。孤児院も携わっているんでしょう?」
「ええ。子供達は十分に食えていると思いますよ」
ムラサキソウを摘む仕事は孤児院の子供達が行っている。よって、還元された金は王国内の孤児院にも分配されて子供達に不自由なく食事を与えられているようだ。
「まったく、良い事尽くめですな」
軍医は麻薬の瓶を持ち上げながら心底嬉しそうに笑った。
-----
一方、街の制圧を終えたリーズレット達は更に東へ出向いて皇国との国境を守る砦の攻略へ向かっていた。
砦に常駐していた軍人はリリィガーデン王国軍と相対したものの、ほとんど相手にならなかった。
それも当然だ。常駐していたのは暇すぎて半分農家集団となった軍人達。それも半数は街に戻って防衛にあたっていたのだから、砦に残った軍人の数は少ない。
砦を堕とす際、リーズレットとラムダが出るまでもなかった。
空を飛ぶイーグルの支援、マチルダのバックアップが付いたコスモスとブラックチームとグリーンチームが他の部隊を統率して内部に突入。
突入当初は抵抗があったものの、砦内部へ単騎突入したコスモスが司令室を押さえた時点で共和国軍は降伏した。
街の制圧、国境の砦を制圧して2日後。
制圧した砦で捕虜となった共和国軍人を街への移送を終えると、リーズレット・ラムダ・サリィ・ロビィの4名は独自に準備を始めた。
4人が向かう場所はベルバルド皇国西部。東の街を制圧したので隠れて暮らしているというアドラに会いに行く事が次の目的となる。
「本当に4人だけで行くのですか?」
コスモスはマチルダと共にリーズレットへ問うと、彼女は頷きを返す。
「ええ。共和国首都が動き出すかもしれませんもの。その時は人手が多いほどよろしいでしょう?」
軍として一時的なリーズレットの離脱は戦力の大幅な低下をもたらす。
だが、彼女はアドラに色々と聞きたい事もあるし、彼が渡したいと言っている物を受け取りに行くのも重要だ。
アルテミスの件がある以上、長くは放置できない。共和国東部にいる今が会いに行くタイミングだろう。
戦争中の領土からイーグルで他国に潜入すれば新たな戦争の火種になる可能性も懸念して、陸路でひっそりとアドラの元へ向かうつもりだ。
陸路を使う以上はそれなりの時間が掛かるだろう。
その間、共和国首都で動きがあればリリィガーデン王国軍だけで対処せねばならない。
故に向かう人数は最小で、共和国内に残る数は多い方が良いとリーズレットは判断したのだが……どうにもコスモスの心配事と噛み合っていない様子。
コスモスはラムダをまだ疑っているのだろう。
向かった先にアルテミスの痕跡があるのかどうか、本当にアドラがいるのかどうか。これはラムダの罠なんじゃないか、と。
「しっかりと指揮を執りなさい。貴女は私が認めた見習い淑女でしてよ」
コスモスがラムダを疑っている事は知りつつも、リーズレットは向かわざるを得ない。
故に彼女はコスモスの目を見つめながら発破をかけた。
自分が認めた、と言えばコスモスは断れまい。
「~~ッ! はいッ!」
効果は抜群だった。口をもにょもにょ動かしたコスモスは両頬を叩いて気合を入れると敬礼と共に返事を返す。
彼女も少しチョロイ部分があるのは師がチョロイからだろうか。いらぬところまで似てしまうのが師弟という間柄なのだろうか。
「マチルダ、貴女も。なるべく早く帰りますわ」
「はい。お気をつけて。我々は街でお待ちしております」
コスモスとマチルダに先導されながらリーズレット達は砦の外へ。
リーズレットとラムダはランページへ。サリィとロビィはリリィガーデン王国製のオフロード仕様魔導車にそれぞれ乗り込んだ。
「それでは、行ってきますわね」
「はい。お気をつけて」
軍に見送られながらリーズレット達はアドラの住む場所へ出発した。
彼と会った時、彼女は何を聞かされるのだろうか。愛すべき子達がどうなったのか、全て明らかになるのだろうか。
「アドラ……。洗いざらい話してもらいますわよ」
嘗ての友を思い浮べるリーズレットは強くハンドルを握りしめながら、ラムダの示す目的地へと向かうのであった。
読んで下さりありがとうございます。
面白いと思ったらブクマや☆を押して応援して下さると作者の自信と励みになります。




