73 ダンスの末に
「さすがはボクのリズだ! さぁ、さぁ! もっと愛し合おうよッ!」
振り抜いたナイフがアイアン・レディと接触すると火花を散らす。
最強たるリーズレットと相対しながら笑う性別不明の者は、バックステップで離れた瞬間ににまた距離を詰めてナイフを振った。
「チッ! 何なんですの!?」
その距離を詰めるスピードはリーズレットが相手に銃口を向ける隙すらも与えぬ程の速さ。
再びアイアン・レディでナイフを受け止めるリーズレットは、もう片方のアイアン・レディを抜いて銃口を相手へ向けた。
銃口と相手の顔との距離は数10センチ。撃てば間違いなく当たる。
リーズレットがトリガーを引くと発砲音と共に弾が発射された。しかし、相手はまだ笑っている。
数10センチだけの隙間ともなればヒットまでの時間は1秒にも満たないだろう。弾は顔の左側にある緑色の瞳に当たると思われたが――
「あはッ!」
危機的状況、確実かと思われた状況にも拘らず、相手は顔を少し傾けただけで弾を躱した。
風で泳ぐセミロングの髪が少しだけ撃ち抜かれて風に攫われていく。性別不明の者は超至近距離での発砲を完全に見切り、最小限の動きだけで躱したのだ。
「なッ!?」
その事実にさすがのリーズレットも驚きを露わにする。
「あははッ! 驚いた? 当然でしょ! ボクはリズと愛し合う権利を持った唯一の人間なんだよ!」
言っている事は意味不明であるが、確かにリーズレットは驚いた。
こんな相手、これまでの人生で見た事も遭遇した事もない。
それは前世の頃も、2度目の人生である今も含めて。
前世で戦った敵の中でこれ程までに強い相手はいなかった。アイアン・レディという最強の組織の中にもいなかった。
2度目の人生であっても現代最強と謳われた魔法少女であっても、これ程までの脅威を感じる事はなかった。
驚いた?
確かに、と彼女は内心で頷く。
まさか自分と同等の力を持つ相手が現れるなど思ってもいなかった。急速に冴えて行く思考とは裏腹に心臓の鼓動が早くなって体が熱くなっていく。
笑いながら自分を見ている中性的な顔から一瞬も目が離せない。
「ええ。驚きましたわ。私と本気でダンスできる相手などそういませんもの」
故に、彼女は――華が咲き誇るかのように笑う。
「あはッ! 嬉しいよッ! 夢にまで見た、リズの笑顔を間近で見れるなんてッ! やっぱり君は笑顔が似合うね!」
そして相対する性別不明の者もまた、華が咲き誇るかのように笑ってみせた。
これ以降、戦う2人のスピードが徐々に上がっていく。
リーズレットはリリム戦で見せた時と同じような、大胆で激しい動きを織り交ぜながらも相手を突き放そうと距離を取る。
砂浜の上で、しかもハイヒールを履いて戦っているとは思えぬほどの俊敏な動きを見せて、両手に握ったアイアン・レディを連射。
しかし相手もリーズレットと同等の者。
迫り来る弾をナイフで弾き飛ばすという芸当を見せながら、距離を取ったリーズレットに対して先ほどまでよりも更にもう1段スピードを上げて追う。
三度接触した武器同士はガチンと金属音を鳴らしながら火花を散らす。
もう一度近接戦になった瞬間、リーズレットがハイキックを放つと相手は蹴りを屈んで躱し、低い体勢からの突きを見舞う。
突きの軌道上へ銃を置くように腕と手首を利用して銃の腹で受け止める。手首を回転させて銃をズラし、相手のナイフをいなしながら相手の顔面にもう一方の銃を向けてトリガーを引いた。
ドン、と発砲音が鳴ったと同時に相手もまた横に飛んで弾を躱す。
砂浜の上でゴロリと一回転すると、地面に着いた手と足で勢いを付けてまた接近。
ナイフの刃が見えぬ程のスピードで細かくナイフを突き出すと、リーズレットは両手に握った銃をクロスさせて防御してみせた。
ガチン、ガチン、ガチン、と響く音だけが他者に対して「防御できている」と認識させた。
凡人の目には追えぬほどのやり取りを行う2人に対し、コスモスは焦りを募らせる。
「クソ! マム、援護を――」
「ダメだ! 今撃てばマムに当たる!」
何とか援護をしようとするコスモスだったが、リーズレットと相対する相手はそれを理解しているのか巧みに位置を変えながら自身を捉えさせない。
それに今撃てば、かえってリーズレットの邪魔になると察したマチルダがコスモスを制止した。
レベルが違いすぎる。
マチルダだけでなく、リーズレットの戦いを見守る全員にそう思わせるほど高次元な戦いを披露する。
確かにマチルダ達の考えは正解だっただろう。2人の間には独特の空気が流れていた。
同等同士。強者と強者。最強と肩を並べる存在。
まるでお互いに心を通わせて、最高のダンスを披露するパートナーのような。
煌びやかなダンスホールの中央を独占して、他の者達が思わず踊るのを止めてしまうような。見ている者全てを魅了してしまうような。
最強と最強が魅せる激しくも美しいダンスがそこにはあった。
「やっぱり君は最高だよ、リズ!」
2人だけの空間でお互いに笑顔を浮かべながら、物騒な物をスパスパと振り抜く相手。
「そう、お褒めにあずかり恐縮ですわ、ねッ!」
振り抜かれたナイフを銃で弾きながら、相手の僅かな隙に銃口を捻じ込んでトリガーを引く。
振り抜かれたナイフは銃で弾かれ、撃ち出された弾はナイフの腹を当てて軌道を逸らされ。
一進一退の攻防が続く――と、思われたが。
「まだ見ているの?」
相手がリーズレットへそう言うと、彼女はピクリと反応した。
「初めて戦う相手を観察しちゃうのはリズの悪いクセだよ」
ニコリと笑った相手は更にナイフを振るうスピードを上げる。リーズレットは顔を歪めながらもしっかりと対応するが、相手の背が小さいせいか至近距離で身を屈められると一瞬だけ視界から消えるのが鬱陶しい。
それを理解しているのだろう。一瞬だけ死角に入り込み、そこからの強襲を繰り返す。
リーズレットは視野を広く持とうと距離を取ろうとするが、執拗に相手は距離を縮めて来る。
「貴方に、何がッ! わかりますのッ!」
それでもリーズレットは銃撃と得意の蹴りを織り交ぜて対応してみせた。
リーズレットはワザとつま先を砂浜に捻じ込んで、蹴りと同時に砂を撒き散らす。目潰しを嫌がった相手が大きく避けると、彼女はそのタイミングでバックステップして間合いを離す。
間合いは十分。あとは近寄らせなければ良い。リーズレットは素早くリロードを終えて迎撃に備える。
「わかるさッ! だってボクはずっと君を見て育ってきたからッ! 君だけを見せられて育てられたんだからッ!」
このタイミングで相手の動きが大きく変化した。
接近して一撃を加え、防御された瞬間に大きく横へ飛び退く。
撃ち出された弾をすり抜けながら再び接近して一撃、時折身を屈めて死角からの攻撃を織り交ぜて簡単には動きを読ませてくれない。
リーズレットの反撃を察知したらまた左右どちらかへ飛び退く。
何度かそれを繰り返したあと、相手はナイフを振るうと見せかけて膝蹴りを繰り出した。
バックステップで膝蹴りを躱したリーズレットは飛び退きながら銃を撃ち、また相手が躱すか弾を弾くの繰り返し。
徐々に2人の押し退きが大きくなって行き、リーズレットの背後には砂浜に着陸したイーグルが。
(この子……!)
反撃はしているものの、相手に退く位置を誘導されていると悟ったリーズレットは、体術に関しては自分よりも相手の方が上だと認めた。
相手は決定的な隙を見せない。グレネードなどの爆発系を使って巻き込もうにも味方がいるし、使えば味方を盾にされる可能性は高い。
リーズレットにも決め手が無く、相手の動きやクセを見破ったとしても決め手に欠ける。
もう距離を離すのは無理だ。完全に接近戦でやり合う事を覚悟したリーズレットは、背中側が行き止まりな事もあって前へ出ようと決めた。
さぁ、前へ出るぞ。両手に持ったアイアン・レディを構え、踏み込もうと足に力を入れた瞬間。
タイミングを見計らったかように相手がジョーカーを切った。
「やっぱりねッ! 君はボクのモノなんだよォッ!」
相手の右目が紫から赤へと変わる。リーズレットがそれを認知した瞬間、彼女の動体視力でも追えぬほど相手の動きが爆発的に加速した。
その加速時間は1秒にも満たない。ほんの一瞬だった。
しかし強者にとって、強者同士の戦いにおいてその一瞬だけでも致命的となる。
「えッ!?」
気付いた時には、もう相手は銃を構えて伸ばした両腕の間に入り込んでいた。
リーズレットは前へ踏み込んだ瞬間だった事もあって避けるのは難しい。
してやられた。動きを読まれた。完全に前へ出ようとする瞬間、動きが限定される瞬間を狙われた。
驚愕の表情を浮かべるリーズレットの目の前に、笑顔を浮かべる可愛らしい中性的な相手の顔があった。
「だって、ボクは君の許婚だからね」
「許婚ってふへ!?」
両手の間に入り込まれ、胸にナイフを刺されると覚悟していたリーズレットだったが……彼女に向けて突き出されたのは相手の顔だった。
相手はナイフを捨てて彼女の両手首を掴むと、飛びつきながら顔を近づけてリーズレットの唇に自分の唇を押し付けた。
ごちん、と唇同士がぶつかるような荒っぽい強引なキス。一瞬何をされたのか理解できなかったが、リーズレットは慌てて顔を仰け反らせた。
「な、な、なッ!? 何を!? きゃっ!!」
突然のキスに戸惑い、動揺していると背中に衝撃を受ける。彼女は手首を掴まれたまま、砂浜の上に押し倒されてしまったのだ。
逃れようと手足を動かすが、想像以上に凄まじい力で押さえつけられて脱出できない。
リーズレットに覆い被さった相手は彼女の顔を見ながら自身の唇をペロリと舐めてサディステックに笑う。
相手は顔を近づけると再びリーズレットの唇を奪った。
「ちょ、まっ……あっ」
今度はついばむような情熱的なキスを。必死に逃れようとリーズレットが体を捩るが、相手も彼女を逃がすまいと押さえつける。
最初は抵抗していたリーズレットだったが、あまりに衝撃的な初めての体験が彼女の思考能力を奪い取る。
それも当然だ。リーズレットは人生において初めてキスをしたのだから。
彼女は前世で何人かの男性とお付き合いをする経験はあった。だが、精々服越しに相手の体へ触れたり手を繋ぐくらいしか進まなかった。
所謂、清いお付き合いというヤツである。それ以上の関係に進む前に何らかの事件があって相手が敵となったり、相手が突然姿を消したりと機会に恵まれなかった。
だが、遂に彼女は経験してしまった。相手が男性か女性かわからぬ性別不明の者だったとしても、確かに彼女は人生初めてのキスをしてしまった。
次第に彼女の体から力は抜けて、相手の全てを受け入れてしまう。徐々に激しくなっていく相手のキスを受け入れ、遂にはアイアン・レディを握る握力さえ出せなくなった。
人生2周目、17歳の夏――遂にリーズレットは人生初めてのキスを体験したのである。
それも初めてにしてはとんでもなく激しいヤツを。
10秒以上の情熱的で激しいキスを終え、ようやく相手が唇を離すとお互いの唇の間には透明な糸が伸びて間接的に繋がったままだった。
顔を真っ赤にしながら虚ろな目になったリーズレットの顔を見て、相手は満足気に微笑む。
「ふふ。これでもう、君はボクのモノだね。誰にも渡さないよ」
「は、は、あひ……」
なんという事でしょう。伝説の淑女、リーズレットはキスをされて戦意喪失してしまったのです。
戦場で激しいダンスを行うための両足には全く力が入らず、立ち上がることさえできないだろう。それどころか、頭の先から首まで茹蛸のように真っ赤に染まって腰が抜けてしまった。
相手に腰を持たれて上半身を持ち上げられる。脱力して成すがままのリーズレットを愛おしそうに見る相手は、彼女のカクカクと揺れる首を支えておでこに優しいキスをする。
おでこにキスを終えるとリーズレットの体を強く抱きしめた。
「ああ、なんて美しくて可愛らしいんだ。絶対に離さないよ!」
「あっ……は、はひ」
相手に抱きしめられ、まともな返事すらもできない。ふにゃふにゃのクタクタとなったリーズレット。
いつもの優雅さや気品など一切感じられぬ、ただの乙女と化していた。
「マムが……負けた?」
マチルダが驚愕するのも無理はない。事実上、リーズレットは負けた。
決まり手がキスだったとしても、相手に致命的な隙を与えて負けた。
相手がリーズレットに対してナイフを突き出さなかったから良かったものの、確かな殺意を持っていた相手であればリーズレットはナイフの一撃を喰らっていただろう。
リリィガーデン軍の間に動揺が広がる。あの伝説の淑女が負けた。相手はリーズレットと同等、もしくはそれ以上の力を持つと目の前で証明されてしまったのだ。
「あああああッ!!??」
動揺が広がる中、コスモスが絶叫を上げた。
「マムから離れなさいいいいいッ!! マ、マムを殺すなんて、私が、許しませんからああああ!!」
彼女は絶叫しながら目を血走らせ、般若のような形相で銃を構える。
彼女に対し、リーズレットの体を抱きしめる相手はコスモスを見て「ふふ」と小さく笑った。
「殺すわけないでしょ。ようやく会えたんだから。まだボクの愛は伝え終わってないもん」
これからまだ愛し合うんだよ、と言いながらリーズレットの顎を持ち上げて再び軽く唇へキスをした。
それを見たコスモスは――
「あ、あ、ああああああ!!??」
そう言われて一体どんな事を想像したのか、コスモスは絶叫した後に口から泡を吹いてその場に倒れた。
「おい!? コスモスッ!?」
ぶっ倒れたコスモスに駆け寄るマチルダ。
「あー……。その、君はマムを傷つけるつもりはないんだな?」
マチルダに代わってその場の収拾を図ろうとブライアンが問う。
「うん。当然だよ」
「そ、そうか。では、うん、そうだな……。どうするか……」
ブライアンも正直言えばどうしていいか分からなかった。
軍の超絶エリートコースを歩んで来た彼でさえ判断に困る。いきなり戦闘が始まったと思いきや、最後は情熱的で激しいキスを見せられて終了になるとは思うまい。
どうすりゃいいんだ。内心ではそう素直に困惑を漏らす。
「あ、あのぉ……」
そこに沙汰が保留となっていたダナが声を掛ける。
「落ち着ける場所を用意しましょうか……?」
突然の出来事に置いてけぼりになっていた彼女からの提案。
ブライアンは「あー……」と少し迷った後、
「すまないが、そうしてくれるか?」
申し訳なさそうに頷いた。
読んで下さりありがとうございます。
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