72 異種族と乱入者
リリィガーデン軍が共和国の街を制圧している頃、夜の空に響く爆発音を聞いたのは共和国人だけではなかった。
「…………」
「どうだ? 何が起きた? どうなんだ?」
最南端の街から海を挟んだ先、異種族が暮らす孤島の海岸に立って双眼鏡を覗き見る異種族の女性と彼に対して執拗に問いかける若い異種族の男性がいた。
双眼鏡越しに共和国軍の施設が爆発しているのを見ていた異種族の女性は虎のような耳と尻尾を持っており、覗き込んでいた双眼鏡を下ろすと鋭い目つきを見せる。
「共和国軍の施設が攻撃されてる」
虎種の女性は隣にいた自分の弟分に顔を向けると鋭い目つきのままそう告げる。
「嘘だろ!? どこの国が共和国を攻撃してるってんだ!?」
興奮気味にそう言った男性は虎種の女性と同じく虎の耳と尻尾を持っているが、毛の色が白いという特徴を持った彼の顔には笑みが浮かんでいた。
「共和国の支配を抜け出せる可能性がある……。いや、でも……」
虎種の女性――ダナは事態がどう動くのか予想しながら隣ではしゃぐ弟分、いや、この異種族の島を統括する族長に就任したばかりのレオに事態は思っている以上に重要であると言った。
「共和国を攻撃しているヤツに勝負を挑んで大陸を取り戻すんだろ!?」
「違うよ! バカ!」
しかしながら、ダナが思っていた事とは全く違う事を言い出したレオの頭に拳骨を落す。
「いてえよ、姉ちゃん!」
どうやらレオは相当な脳筋のようで。
「あの共和国を攻撃するような相手よ!? 敵うはずがないでしょ! お前も族長なら少しは考えろ! ばかたれ!」
つい最近、族長だったレオの父親が病死した事で息子である彼に族長の座が引き継がれた。しかし、ご覧の通りレオは脳筋がすぎる。
力こそが全て、といった思考の持ち主で島にいる魔獣を倒せる者こそが最強! といった具合である。
逆に彼よりも3歳年上で幼馴染でもある、代々族長を支える側近としての役目を持つ家に生まれたダナは冷静に相手を分析していた。
自分達を島に閉じ込めた共和国人。嘗ては奴隷のように働かされていたものの、最近は飼育したドラゴンを出荷する事で人権を得た。
奴隷のような扱いは無くなり、大陸に異種族が連れて行かれて二度と戻って来ない……なんて事も無くなった。
だが、それでも共和国人は異種族を下に見ていた。横暴な態度と無茶な要求。それに何とか応えて今の安定した生活がある。
抵抗したい、自由を得たい。そんな気持ちは異種族の誰もが抱いてはいるものの、相手は圧倒的な数と最先端の武器を持つ者。
一時は飼育したドラゴンを使って反抗しようという案もあったが、共和国人が持つ魔導兵器搭載の船や銃には敵わない。
しかも共和国本土には銃を持つ兵士がウン十万といて、異種族はたったの1000人程度。抵抗したところで皆殺しにされるのは目に見えているし、皆殺しにされなかったとしても奴隷時代に逆戻りするのは確実だった。
つまり、異種族はどう足掻こうとも共和国人に勝てる見込みがなかった。
異種族は内に溜まる不満を見て見ぬ振りして生きて行くしかないのだ。
「共和国を攻撃した相手がどうするつもりなのかは知らないよ。でも、敵対は絶対にダメ! 共和国よりも強かったら……今度こそ終わりよ」
「じゃあどうするんだよ?」
拳骨を落とされた頭を撫でながら涙目でレオは問う。
「現状維持よ。それしかない。相手がこの島に来たら穏やかにお伺いを立てるしかない。私達が生き残るには、静かに息を潜めるしかもう道はないのよ」
ダナは冷静だった。
数の減った異種族が人間に反抗するなど出来やしない。
昔を知る老人達は大陸に戻りたいなどと戯言を言うが、異種族にとってこの島だけが全てになってしまった事を受け入れるしかないのだ。
「じゃあよ、相手と商売するのはどうだ?」
「商売?」
レオが言い出した事に首を傾げるダナ。
「共和国にドラゴンと物を交換してたろ。共和国を攻撃した相手に商売すればいいじゃん。俺、まだジブエ食いたい」
彼が最後に言ったジブエとは共和国がジブエという葉を使って特殊な技法で作り出した燻製肉の事である。
レオの大好物であり、島でも人気の商品となっていてドラゴンとの物々交換で要求する1品であった。
彼は本能のままに発言したのだろう。共和国の施設が攻撃された = 攻撃した方が強いからもっと敵わない……という図式がダナの説明で出来上がったようだ。
ダナは共和国が攻撃された事で、相手が共和国全体を占拠した後に自分達異種族にも手を出すんじゃないか、という事を心配していたが族長のレオは食い物の心配をするという。
もう成人しているクセに何ともアホな子供思考を晒してみせた。
しかし、ダナはレオの発言を聞いて「ちょっと待てよ」と悩み始めた。
自分達は共和国を攻撃した者が何者なのか、どんな相手なのかも知らない。それを知る手段として案外、商売というのは良い手かもしれない、と。
商売を通して相手を知り、もしも共和国より異種族に対して負の感情を持っていなければ……。
相手が共和国よりも強く、勝てる見込みがある者ならば、そちら側に着けば自分達は戦勝国の一員になれるんじゃないか? と。
なんたってこちらには共和国が常に欲するドラゴンという商材がある。交渉次第では島を出てるかもしれない、と思い始めた。
試してみる価値はある。ダメだったら……その時は覚悟を決めようと決意した。
「レオ、たまには良い事を言うわね」
「え? そう?」
ダナは珍しくレオを褒めると彼の頭を子供時代のように撫で始める。
確かに彼女の考えは正しい。戦争においてより強い相手側に着く事が生き残る最善手と言えよう。
もしも、彼等が島を訪れた際は下手に刺激しないよう仲間へ徹底させた。海の向こう側にある共和国領土で起きた事を伝えた上で、まずは相手の出方を伺おうと皆を納得させて。
ダナの意見は受け入れられ、皆が意見に賛成すると彼女はホッと胸を撫で下ろす。
しかし、彼女は海を渡って島を訪れた相手を初めて見た時に思う。
何で鉄の箱が空を飛んでいるの、と。
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リーズレット達はイーグルで孤島を目指して海を渡った。
空から見た孤島の姿はまさに人の手が入っていない無人島と言うべきフォルム。と言っても、異種族が住んでいるので無人ではないのだが。
上空から見る限り、異種族は島にある自然を破壊せずに共生しているようだ。島には森林資源が多く残り、島の奥側には小さな山も存在する。
島の中心には島を覆う木々を伐採したのかぽっかりと丸く整備された場所が見えた。異種族は島の中心地に集落のような居住地を作って生活している様子が窺える。
2機のイーグルは島の海岸に着陸すると後部ハッチを開けて乗せていた者達を外へ誘う。
「クリア!」
「クリア!」
ブラックチーム、グリーンチームが先行して外に出るとアサルトライフルを構えながら周囲警戒。敵の待ち伏せは無いと判断すると、その場で銃を構えながら片膝を地面に着いてポジションを確保。
2つの特殊部隊に続き、更に歩兵2小隊が続く。
「良い島ですわね」
最後に姿を現したのはマチルダとコスモス、サリィとロビィを連れたリーズレットであった。
リリィガーデン王国南東にあった白い砂浜と同じようにゴミ1つ落ちていない綺麗な砂浜。振り返れば透明な海から穏やかな波がさらさらと砂浜を濡らす。
前時代の大惨事から逃れたこの島には森林資源も残っており、海とは反対側の内側に目を向ければヤシの木がたくさん生えていた。
住んでいる住人が手入れしているのか、奥へと続く一本の道が木々の間に作られているではないか。
島民の少ない静かな孤島にログハウスを建てて、豊かな自然と海に囲まれたバカンスも良いかもしれない。と、考えるリーズレットの視界にブライアンが握った手を上げるのが見えた。
彼は握った手を全体に見せると、先にあった木々の方へ5本指を伸ばして指し示すと銃口を向けた。
ブライアンが銃口を向けた方向に他チームのメンバーも警戒の目を向け、場に緊張感が満ちる。
チームメンバーが銃のトリガーをいつでも引けるよう、軽く指を添えた時――木々と生い茂った草の間から白い布で作られた手作り感満載の旗がピョコンと生える。
「て、敵意はありません!」
姿を現したのは虎のような耳と尻尾を持った異種族の女性。
緊張しているのか、顔を強張らせた彼女は白旗を持ちながら両手を上げてゆっくりと砂浜に展開した部隊へと近づいて来た。
「わ、私は島に住む者です。ご用件を伺ってもよろしいですか」
そう言った彼女にブライアンはチラリと後ろにいるリーズレットを見た。彼の反応を見逃さなかった異種族の女性は奥にいるドレスの女性こそがリーダーなのだ、と悟る。
彼女の推測は正しい。
「ごきげんよう。私の名はリーズレットと申します。私達はリリィガーデン王国からやって来ました」
リーズレットはスカートを摘まんで優雅に挨拶。
「……わ、私はダナと言います。こ、こんにちは」
ダナも失礼のないよう、精一杯の礼儀知識を絞り出して頭を下げた。
「ご用件を、と仰いましたわね。簡潔に申し上げると、我々は共和国人をぶっ殺している最中ですのよ。そこで、共和国が兵器として使うドラゴンを量産させないよう拠点を叩きに来ました」
やはり共和国と戦争をしている相手か。それを知ったダナはピクリと体を反応させた。
同時にドラゴンを飼育している拠点を潰す、と言われた事で彼女の脳内に警鐘が鳴り響く。
目の前にいるのは共和国の軍施設を攻撃した相手。共和国と同じような銃を持ち、更には空を飛ぶ鉄の箱でやって来た未知数の人間達。
彼女達は自分達を皆殺しにするつもりだろうか。どうやったら生き残れる? と思考をフル回転させた末に――
「我々が共和国にドラゴンを提供しているのは理由があります。どうか、聞いて下さいませんか?」
両膝を付きながら命乞いをするかの如く、懇願するように頭を下げる。
「お聞きしましょう?」
「生き残る為です」
リーズレットがその場で問うと、ダナはまず最初にシンプルかつ的確に事実を述べた。
「共和国人に差別され、大陸を追い出された私達は共和国人に勝てません。昔から属国になる事を、従属する事を強要されました。そして彼等が私達の魔獣を使役する術に目を付けて、ドラゴンを飼育するよう要求してきました」
情報部が尋問で得た情報とほぼ同じ。やはり異種族は共和国人に従わざるを得ない状況だという事が再確認できた。
「逆らえば殺されます。従えば殺されず、僅かながらに物々交換で生活に必要な物が得られます。生きる為にやった事です」
彼等がドラゴンを共和国に渡すのは生き残るため。そのせいで間接的に他国――リリィガーデン王国にとって『敵』と認識される状況になっていたとしても、生き残る為には仕方なかった。
「なるほど。弱者特有の考えですわね」
「え?」
素直に答えたダナは顔を上げると、先ほどまで笑っていたリーズレットの顔には道端のクソでも見るような目を向けられていた。
嘗て彼女が立ち寄ったラインハルト王国内にあったホープタウンの住人と同じだ。人の尊厳を捨てた豚以下の臭いを放つ死人同然の者達がこの島に住む異種族の正体だったのか。
人としての尊厳を捨てるくらいなら抵抗して全滅しろ。それがリーズレットの流儀である。
それを聞いた者は押し付けるな、と言うだろうか? だったらそのまま死ね。私は救わない、と彼女は言うだろう。
しかも今回の場合はホープタウンのケースとは違って、ダナ達はリリィガーデン王国の敵国に協力する組織と言える。
敵に協力する組織を生かしておいて、後々足元を掬われるなど笑い話にもならない。
加えて、積極的に協力しているならまだしも相手は豚以下の屍同然で生きているクズときた。ここで彼女を殺すのはリリィガーデン王国軍とリーズレットにとっては当然の選択だろう。
リーズレットはサクサクと砂浜の砂を踏みながらダナへと近寄る。彼女の前に立つとアイアン・レディを抜いて額に銃口を押し付けた。
ああ、やっぱり殺されるのか。銃を向けられた事で交渉は無理か、と早々に諦めてしまった。
覚悟を決めたダナは額に当たった銃口に自らより強く額を押し当てる。
「私の命1つでご勘弁して下さいませんか。どうか、他の者達の命は見逃して下さい」
この展開をダナは想定していた。共和国の施設を攻撃した者が島に来て、異種族に危害を加えるのであれば自分の命を差し出そうと。
それが族長家を支える側近としての役割を務めてきた家の者の役目。異種族を導く族長家と年々人口を減らす仲間達を守る事こそが、自分の使命である。その信念だけは捨てていなかった。
「…………」
一方でリーズレットは内心「おや?」と首を傾げる。搾取される側に成り果ててはいるが、銃口を自らの額に押し当てながらリーズレットを見上げる瞳には確かな意思と信念があった。
「貴女……」
この強き瞳は豚以下の生きた屍とは違う。
ホープタウンの住人とは違って、態度では屈しながらも己の命よりも大事な物は絶対に渡さないという強い意志と信念があった。それは銃口を向けられた今でも変わらない。
察したリーズレットが彼女の額から銃口をズラそうとした時――
「姉ちゃんッ!」
島の中心へと続く道を駆け、ダナの元にやって来たのは白い獣耳を持つ男性。
「レオ! 来ちゃダメ!」
「嫌だ! 俺が姉ちゃんを殺させやしないッ!」
ダナを救おうと再び駆け出したレオ。彼に向けて軍人達の銃口が一斉に向けられるが、リーズレットが手を上げて制する。
それによって、ダナはレオに抱き寄せられると彼の背後に隠された。リーズレットと相対するのはダナに代わってレオとなる。
「俺がこの島の族長だッ! 俺と勝負しろッ! 俺が勝ったら島から出て行ってもらうッ!」
レオはそう叫びながら、腰にあったナイフを抜いて構えた。
周りには銃を構えた軍人。目の前には伝説の淑女。
状況を理解している者ならレオに勝てる見込みは全く無いと言うだろう。
レオは相手の強さを理解してはいない。それでもリーズレットの前に立ちはだかって、ダナを救おうと武器を取った。
「ダメよ! レオは下がって!」
ダナはレオを生贄にはしたくない、と彼の腰に縋りついた。
彼女の守りたい者はレオだったのだろう。レオの腰にあるナイフ収納用の革ベルトを引っ張りながら「絶対にレオを害させない」という強い意志をリーズレットへと向ける。
「んふふ。まだ殺さずにいてあげましょう。話を聞く価値がありそうですわ」
最初から示してくれたらよかったのに。
リーズレットの好む、抗う者の決意と尊厳を持った者の瞳を見せてくれたら銃は向けずに最初から話し合いの道もあったろうに。
彼等をどうするかはリリィガーデン王国が決めるべきだろう、とリーズレットが考えを改めた。
といっても、彼等が『敵側の組織』という関係性は変わらない。まだこの場で問答無用に殺すか否かが保留になっただけだ。
「え?」
銃口を下ろして笑ったリーズレットを見たダナは、混乱しながらも撃たれなかったという事実に安堵する。
「説明が下手ですわね」
コスモスやマチルダから「無茶言うな」といった視線が向けられる。
敵国に協力している弱小勢力が、圧倒的な武力を持つ戦争相手を前にしたらダナが行った行動と言動はベターと言える。
リーズレットを全く知らぬ者が彼女好みの反応をするなど無理だろう。ただ、その文句を言わせぬのがリーズレットという最強の存在。
今回は彼女達の運が良かった、説明不足だったと割り切ってもらう他ない。
「おい! 俺と勝負するのか!?」
「しませんわよ。貴方では私を殺せませんわ。安心なさい、殺す時はそこの方と一緒に殺して差し上げますわ」
だから大人しくしていなさい、と年少の子供をあやすように言ったリーズレット。
その反応にムッとしたレオが再び声を上げようとした時――
「そうだよ。君じゃリズを殺せない」
全く別の声が聞こえてきた。声の方向にその場にいた者全員が顔を向けると、そこには黒いパーカーと緑色のカーゴパンツを着用した者がサクサクと砂を踏みながら近寄って来るではないか。
「ようやく会えたね。リズ」
そう言って被っていたパーカーのフードを下ろして素顔を晒す。
薄く紫が混じった銀色のセミロングの髪が風で揺れ、左右違った色の瞳がはまった整った容姿。男か女かも判別できぬほどの中性的な顔がニヤリと歪む。
「さぁ、愛し合おう!」
突如乱入してきた者はパーカーのポケットから黒い刃のタクティカルナイフを取り出して、リーズレットへと駆け出した。
「止まれッ! ……え、はぁッ!?」
駆け出した乱入者を止めるべくマチルダとコスモスが銃を構えるが、2人が反応するよりも遥かに早い。2人の間を一瞬で駆け抜けて、リーズレットに至るまでに立つ軍人達の間をヘビのようにスルスルと抜けて行った。
「――ッ!」
相手を見ていたリーズレットにとっても一瞬の出来事だったろう。瞬きもしていないのに、相手の姿がもう目の前にあった。
「あはっ」
リーズレットに肉薄し、笑い声を上げた乱入者はナイフを振り抜く――が、リーズレットは相手の超スピードに反応してみせた。
アイアン・レディでナイフを受け止め、2人の持つ武器の間にはバチリと火花が散る。
「さすがはボクのリズだ! さぁ、さぁ! もっと愛し合おうよッ!」
読んで下さりありがとうございます。
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