64 ラディア王国滅亡後
ラディア王国王都がリリィガーデン王国軍に占拠された後、王都にいた一般人は様々な負の感情を抱えて日々を過ごしていた。
王族が処刑された翌日、彼等は目を覚ますと街を我が物顔でうろつくリリィガーデン王国人を見て「昨日の出来事は夢じゃなかった」と再認識。
同時に「本当に国は負けたのか?」と多くの人が現実を受け止められなかった。
王族達が建国当初から行っていた『神への信仰』を行えば救われるんじゃないか。王都に住む人々は教会に向かうも、教会の中は既に破壊されて信仰する神の像は破壊されている。
祈りを捧げる像を失くし、国に危機が訪れれば助けてくれると言われていた神は現れない。
王都に住むラディア人達の最後の支えはハモンド王子が最期に言った言葉。
『叔父が助けてくれるだろう』
天に祈りを捧げながらその言葉に縋った。
……が、王族処刑からぴったり3日後。
リリィガーデン王国軍によって通達が成される。
ラディア王国北部にいた抵抗勢力を撃滅。ラディア王家の血を引く最後の1人を殺した、と。
城の前で焼かれた王族の遺体の横に最期の国王となったヘルモンドの弟、ヘルベルド大公と彼と協力していたラディア貴族達の首が雑に投げ捨てられた。
これによって、事実上ラディア王家は完全に滅んだ事となる。どこかに隠し子でもいれば別であるが、そんな噂は昔から王都で暮らすラディア人ですらも聞いた事がない。
ラディア人達はようやく現実を受け入れ始める。
自分達は負けたのだ、と。
この土地はもうラディア王国ではなく、リリィガーデン王国になったのだと認識し始めたのだ。
すると、そこからは早かった。
希望を断たれたラディア人が起こしたアクションは二通り。
故郷を捨てて東にある同盟国のベレイア連邦へ逃げる者。
こちらは元豪商などほどんどの商売人が起こしたアクションである。リリィガーデン軍に全財産を没収されようとも、家族を連れて連邦で再起を図ろうというつもりなのだろう。
もう1つは故郷にしがみ付く者。
ラディア王国という文字は地図上から消えた。
だが、自分達はラディア人なのだと愛国心を捨てられぬ者達は元の土地から動こうとはしなかった。
重税と労働、軍による監視社会になろうとも故郷を捨てられぬ者達。一時はラディア人全員を一ヵ所に集めて隔離生活させるという噂もあったが、それでも彼らは別の土地へ行く事を選択しなかった。
連邦に逃れた者が全体の7割、元ラディア王国領土内に残ったのが3割といったところか。
ただ、ラディア王国王都陥落、北部抵抗勢力殲滅戦後のラディア人全体人口はかなり減っている。
出て行った者、残った者が今後どういった運命を辿るのかはまだ分からないが、残った者の人生が明るいとは言い切れないだろう。
さて、こうしてラディア王国という国が地図から消えた日の数日後を語ったが……。
リリィガーデン王国にとっては想定内の動きであった。
ラディア王国を最初のターゲットにしたのは3ヵ国の中で一番弱かったからだ。
加えて、元々リリィガーデン王国の物だった鉱山を取り戻して国内の資源保有量を元に戻す事。
そして、第三に残り2ヵ国へ衝撃を与えて動揺を誘う事。
この3つ目は連邦に逃げ出した者達に紛れた情報部が現在遂行中である。
連邦に逃げた難民に紛れて連邦西側に潜入。肩書はラディア王都にある小さな新聞社の従業員として。
西側最大の都市にある連邦西部新聞社に行って王都で行われた事をメモした手帳を見せた。
リリィガーデン王国軍が街の住民に対して行った事、王族処刑の様子など。軍事秘密は明かさず、真実と嘘をごちゃ混ぜにした情報を連邦に流したのだ。
特に王族の処刑、捕虜となった軍人を片っ端から処刑した事や街の住人でさえ処刑したという事実は連邦新聞社の担当が口元を痙攣させるほどに『大ウケ』した。
「本当にこんな酷い事が……?」
「……ええ。そうです。彼等は悪魔だ……。国に残った者達は殺されるでしょう。どうか難民だけでも生き残れるよう、受け入れるよう動いてくれませんか」
「わかりました。上に掛け合ってみます」
連邦新聞社の担当者の返答を聞き、情報部の者は頭を深く下げながらほくそ笑む。
これであの土地から逃げ出したラディア人が持つ恐怖心をこの国に植え付ける事が出来る。
国境沿いを守る戦力は増強され、睨み合いが続く間に我等の希望たるレディ・マムが次の行動に移せば……。
連邦は難民を抱えたままリリィガーデン王国の反抗に対して対応せねばなるまい。この難民を受け入れる事で連邦に恐怖を植え付ける事、そして食糧事情などに一撃を入れられれば万々歳。
同時に、リーズレットが北に向かった時より平行して行われていた例の作戦もこの難民達を媒介として連邦を蝕む事となろう。
「ありがとうございました」
ラディア王国で起きた事を連邦西部新聞社に伝えた情報部の者は、建物から出ると帽子を被りながら振り返る。
「どうぞ、よろしくお願いしますね」
そう言って笑いながら宿への道を歩き出した。
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ラディア人が国から脱出している頃、まだ元ラディア王国北部に残っていたリーズレットはヘリに乗りながら空中散歩を楽しんでいた。
地上にはヘリを追うマチルダ隊が続き、目指すは元ラディア王国の北北西にある場所だった。
その場所には嘗てアイアン・レディの拠点があった場所。セーフハウスではなく、大きな施設として稼働していた場所だ。
北部抵抗勢力殲滅戦を終え、北西にあったラディア王国の街を占拠した事でルートを確保したリーズレットはリリィガーデン王国首都へ帰還する前に立ち寄ろうというつもりであった。
街を越えた先、海沿いはかなり高い崖の下で海から波が押し寄せる。周辺には何もない。
相変わらず前時代に栄えていた街の残骸と黄土色の土がある地面だけ。
森林資源の残っていたリリィガーデン王国北部からかなり離れている事もあって、山は木々の生えぬ丸裸。山に埋まっている鉱山資源も世界が復興した当初から掘り始めた影響で、手を付けた地点はほとんどスッカラカンのようだ。
山の中腹部分を大きくくり抜かれたような、今は使われていない鉱山の麓にヘリを着陸させると陸路で着いて来たマチルダ隊と合流した。
「この山に?」
「ええ、今度はこの山の地下でしてよ」
マチルダが場所を問うと、リーズレットは背後にある山を指差した。
マチルダは表情には出さなかったものの「今度はこの山を掘るのか……?」と不安でいっぱいだ。マチルダ隊の男も連れて来ている事もあって、真面目な表情を保つので精一杯だった。
そこにヘリの中からシャベルを持ったコスモスが登場。マチルダは内心で冷や汗を掻き始める」
「あら? シャベルなんて持ち出してどうしましたの?」
「え? 山を掘るんじゃないんですか?」
コスモスの返答に口を抑えて笑うリーズレット。相当おかしかったのか、笑いが止まらない。
「もう、違いますわよ。本当に貴女は可愛いですわね」
「あ、う、す、すいません……」
髪を撫でられたコスモスは頬を赤く染めて縮こまる。その傍でマチルダは安堵の息をバレぬよう漏らす。
「こっちに入り口がありましてよ」
着陸地点に何人か人を残し、百メートル程度の距離を山の上へと続く斜面の左方向に向かって歩き出す。
山の麓には前時代に使われていた防空壕のような穴がいくつも空いているが、入り口から数メートル先でどれも崩れたかもしくは人為的に埋められている。
複数ある防空壕はいくつかは塞がれた入り口を撤去して中を見た痕跡が残されていた。恐らくマギアクラフトやラディア人も調査を行ったのだろう。
目的の場所も調査の手が入ったのか近くには積み上げられた土砂や岩が散乱していた。調査した者達は奥まで調べて「何も無し」と判断したのだろう。
しかし、奥の行き止まりに仕掛けがある。
リーズレット達が灯りを持って中に入り、行き止まりの岩壁へ到達すると――
「ここですわ」
リーズレットが岩壁の端っこに手をついて、数秒待つ。すると、彼女が手を当てている部分がゆっくり沈み始める。
丁度リーズレットの手と同じ大きさと同じ四角形に3センチ程度沈むと「ピピピ」と音が鳴った。
手を離すと岩壁がスライドして元帝国領土にあったバンカーと同じ電子錠付きの扉が姿を現す。
「入りましょう」
電子錠のロックを解除して拠点の中へ。バンカーの時と同じく埃が積もった廊下を歩き、奥へと向かった。
すると、奥には40畳程度のフロアだけがあった。フロアにはいくつもの機材や金属素材が乱雑に置かれ、それらには大量の土埃が積み上がっていた。
置かれている機材を見て驚くと同時に、長い間誰も足を踏み入れなかった痕跡に安堵するリーズレットとロビィ。
それもそのはず。ここに置かれている機材はとても重要な物である。
「まさかファクトリーの一部でして?」
『そのようですね』
機材に近寄ったロビィが調べると彼女の言葉を肯定した。
ファクトリーとはアイアン・レディで使われる装備品や兵器類の生産を行う施設を指し、ここに置かれていたのは転生者達が異世界技術を駆使して作ったファクトリーを形成していた工作機器の一部。
現代では失われた異世界技術であるが、この工作機器があれば当時のレベルを少しは取り戻せるだろう。
『レディ、こちらは妖精を作る加工機です』
「まぁ。それは運が良いですわね!」
妖精と呼ばれるのはアイアン・レディの兵器類をメンテナンス・加工する小型ゴーレム達の事だ。妖精さん達を生産すれば、首都の拠点で新しい兵器の建造も可能となるだろう。
例えば新型の魔導車やナイト・ホークなど、時間は掛かるが製作する事が可能となる。
軍が一新する装備品を生産する事も可能だが、こちらはリリィガーデン王国の技術力向上も担っているのでガーベラと要相談か。
「皆を連れてきて正解でしたわね」
マチルダ隊の男達が同行したのは道中で反抗勢力の生き残りがいた場合、戦闘になる可能性があったからだが機材を運ぶ人員として連れて来て正解だったようだ。
「こちらを全て外に運び出し、首都に持ち帰りますわよ」
ファクトリーを形成するには機材が足りないが、それでも今のリーズレット達にとって最重要物資には変わりない。
男達は慎重に機材を持ち上げるとゆっくり外へ運び出した。
ヘリに積めるだけ積んでロビィとサリィは一度首都へ帰還。
2人はそれぞれヘリを操縦し、2台を駆使して拠点の中にあった機材と素材類を全て首都へと持ち帰る。
全てを回収し終えた頃には辺りはすっかり真っ暗になっていた。
「素晴らしい収穫でしたわね」
リーズレット達はカラになった拠点を再封印して、魔導車に乗り込むとリリィガーデン軍が駐留する街まで戻り始めた。
「マム。ラディアは堕としましたが、次はどうしますか?」
共に魔導車の後部座席に座るコスモスが問うと、窓際に肘を置いて外を眺めていたリーズレットはコスモスへ振り向いた。
「次はグリアを狙いますが……。首都で例の作戦がどこまで進んでいるか聞きましょう」
北に向かう前、ラディア侵略と平行して行われていたベレイア連邦とグリア共和国に対して麻薬を流すという作戦。
2ヵ国の一般市民、それと軍人に対してどれだけ浸透しただろうか。まずはその報告の最新情報を聞かねばなるまい。
「貴女はどう致しますの?」
リーズレットは助手席に座っていたマチルダへ問う。
彼女は元々故郷を取り戻す為に戦っていたが、既に故郷はラディアから解放された。
故郷を侵略される前のように復興へ尽力するのか? と聞くと、彼女は首を振ってニヤリと笑った。
「お供しますよ。街の復興は住人と他の者に任せます。私はすっかり豚狩りに魅了されてしまいましたから」
マチルダは今後の狩りもリーズレットと共に行くと言った。運転手であるマチルダ隊の男達も着いて行くと。
それを聞き、リーズレットもまた嬉しそうに笑う。
「そう。貴女達が来てくれるとなれば頼もしいわね」
「光栄です。マム」
マチルダと話しながら、横にいるコスモスの顔を見る。
マチルダとコスモス。それにマチルダ隊の男達。
首都に戻ったら自分の部隊を正式に作るべきか? と考えるリーズレットであった。
読んで下さりありがとうございます。
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