1 Lady Revive
「ローズレット。君にはガッカリだ」
そう告げたのはラインハルト王国の王子、ライル・ラインハルトであった。
「まさか、このような簡単な魔法すらも防げないなんてね。やはり女はダメだな」
ラインハルト王国は男尊女卑の思想が強く、特に国防の要である魔法が使用できるかどうか重要視する傾向が強い。
その中でも魔法適性が遺伝子的に不利な女性にとっては風当たりが強く差別されていた。
王族であるライルは特にその思想的な色が強い。サディスティックな表情を浮かべて弱い者を可愛がるのが大好きな王子だと有名だった。
学園内にある訓練場に這いつくばるローズレットも彼に可愛がられている女性の1人。
己の魔法適性を見せびらかせる為に弱い女性をターゲットとする、彼の自尊心と捻じ曲がった性欲を満たす為の儀式に強制参加させられていた。
「も、もうやめて下さい……」
腹に風の塊を受けて悶えるローズレットがライルに懇願した。緑色の瞳にはたっぷりと涙を浮かべて、心は恐怖に支配されながら。
だが、それを見たライルの顔は心底楽しそうに歪む。
「ふふ。やはり、お前は最高だな。お前は美しい。その美しい顔が歪むのは最高だッ!」
ライルの性癖は最悪だが、ローズレットに向けて言った容姿に関する言葉は正しい。
ローズレットはとびきりの美人だった。整った顔、エメラルドのような緑の瞳、美しいプラチナブロンドのロングヘアー。そして、男の為に生きろと教育されるこの国で生き残る為に磨いたスタイル。
他国であれば即お姫様候補だろう。もっとまともな形で。
だが、この国では違う。彼女はライルの婚約者候補であったが、それは奴隷に似たニュアンスだ。
この国の王は女性を何人娶ってもいい。婚約、もしくは結婚関係さえ結べば思いのまま。女性は男性の『所有物』となるからだ。
そんな下半身に直結したような法が適応される最低の国である。
この国の女性はこの国に生まれてしまった事を呪う。
徹底的な男尊女卑思想。女性は幼い頃から徹底的に教育され、抵抗する心を奪われる。
その犠牲者の1人が彼女、ローズレット。
ライルが恐怖に歪む彼女の顔を触ろうと手を伸ばす。
「もうイヤッ!」
だが、ローズレットは彼の手を払いのけた。徹底された教育の中でも人としての尊厳を失わなかった彼女は、王子の手を払いのけてしまった。
パシンと弾かれたライルの手。彼の手には少しだけ痛みが走る。そして、彼の顔は怒りに染まった。
女性が男性に逆らうなどあってはならない。それは罪である。特に国のトップであるライルに歯向かうなど、その場で殺されてもおかしくはない。
「このメスブタがッ!」
ライルはローズレットの美しい髪を掴み、顔を殴った。
唇の端が切れて血が滲む。殴られ、床に叩きつけられた衝撃で彼女は意識が朦朧となった。
(もういや……。こんな生活はもう……)
彼女はこの国の貴族であるオーガスタ家の1人娘。父親も当然、ライルのような思想の持ち主だ。
彼女が物心付く頃から男の為に生きろと他よりも強く教育され、そう生きてきた。
だが、心のどこかでは「こんなのは間違っている」「なぜ女性の立場は弱いのか」そんな想いを抱きながら耐えてきた。
手を払いのけたように、人しての尊厳を失わないよう心を強く持って。
しかし、もう我慢の限界だった。もう生きるのも辛かった。この人生を終わりにしてほしいとすら願った。
「この僕の手を払いのけるなんてッ!」
ライルの怒りは殴っただけでは収まらない。彼は手に魔力を溜めて、ローズレットを殺そうとした。
だが、彼女にとって今日は終わりの日じゃない。今日はもっと特別な日だ。
母を愛する天使達に祝福された、素晴らしき日である。
「せっかく、僕が目をかけてやったのに! お前なんて――」
だから、愚かな豚は口にしてしまう。
「ローズレット、貴様のような女と婚約したのが間違いだった! お前は僕の妻候補として相応しくない!」
世界を変えるキーワードを。この国を終わらせるキーワードを。伝説を復活させるキーワードを。
「婚約破棄だ!」
言われた瞬間に朦朧とするローズレットの意識は闇に墜ちた。そして、真っ暗な中に1つの光が生まれる。
1つだった光は分裂して複数の線になると螺旋状になって闇を駆ける。光る螺旋状の線は弾け、光は夜空に浮かぶ星のような輝きを放つ。
いいや、これは夜空じゃない。これは宇宙、第3の意思が作り出した人工的な宇宙だ。彼女はその作られた宇宙で真実を知る。
輝く星が加速していく。時が逆行していく。封印されていた記憶が彼女の中に復元されていく。
クーデター。戦争。そして、救済。
保存されていた記憶がフラッシュバックしながら、宇宙の中心にウィトルウィウス的人体図が浮かぶ。
闘争と繁栄。繁殖行為で築いていく未来。男と女。
人は男女どちらかだけでは生きていけない。愛し合って生きるのが摂理であると語るかのように。
故に女性は理想の旦那様を得る為に戦う。
だが、理想の旦那様を得る為には――『力』も必要だ。
何者にも負けない、圧倒的な力が。地獄さえも創造する力が。
彼女の中で自分と全く同じ声が響く。
『理想の旦那様を得るための力が欲しい?』
それは神の声か。いいや、違う。
加速していく作られた宇宙に光が満ちた。真っ白になった視界の奥に赤いドレス姿の女性が佇む。
彼女との距離はどんどん近くなっていき――佇む女性の正体はドリルのような巻き髪をした自分自身だった。
今の自分との違いは、自信に満ち溢れている事だろう。今の自分よりももっと気高く、獰猛で、気品に満ち溢れている。
そして、何より地獄を創造する事を恐れていない。
『理想の旦那様を得るための力が欲しい?』
もう1人の自分はもう一度問う。ローズレットは答えない。答えられない。
だが、問いかける彼女は華が咲き誇るかのよう笑みを浮かべてローズレットを抱きしめた。
まるで、答えなくても知っていると言わんばかりに。
彼女は耳に口を寄せて、小さく呟いた。
『貴方は淑女。レディ・マムよ。リーズレット』
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「貴様との婚約は破棄だ! 破棄してやるッ!」
そう言ったライルは虚ろな目をしたローズレットの顔を見て婚約破棄するよりも「もっといい事を思いついた」と邪悪に笑う。
この場で殺すよりも顔を焼こう。顔を焼いて、美しい容姿を壊してやろう。そして、生かすのだ。
今よりも酷い地獄のような環境、惨い地獄のような苦しみを与えてやろうと。
手に溜めた魔力を炎に変換する。もう一方の手でローズレットの顔を掴んで持ち上げる。
彼女の美しい顔に手に浮かぶ炎を近づけた時、彼女は――笑った。
「え?」
彼女が浮かべた笑顔は華が咲き誇るかのような美しい笑顔だった。顔を焼かれる寸前の女性が浮かべるには似合わない笑顔を見て、ライルの動きが一瞬だけ止まる。
「小汚い手で触らないで下さいまし」
「アグゥ!?」
そう言われた瞬間、ライルの喉に強烈な痛みが走る。
ローズレットの華奢な手がライルの喉を突いたのだ。彼女は一瞬にして急所を突き、ライルを呼吸困難に陥れる。
「ふう」
ローズレットは立ち上がって、パンパン、と着ていたズボンの汚れを払った。
そして、喉を抑えながら苦しむライルを見下して笑う。
「とんだ性欲豚ですわ。随分と可愛がってくれましたわね。ですが、もう終わりにしましょう?」
「ギ、ギザマァ!」
未だ激痛と苦しさが残る。それでも立ち上がったのは男の意地か。それとも心底馬鹿にするようなローズレットの目を見たからか。
ライルは咳き込みながら立ち上がり、手に魔力を溜めた。
彼は一流の魔法使いだ。一方でローズレットは体に宿る魔力量が少なく、魔法をロクに使えない。
正真正銘の魔法使いと攻撃魔法すら撃てない女性。この国では立場も実力も違いすぎる。
しかし、それは相手が一般的な女性であればの話だ。
「知っておりまして? 性欲豚を殺すには魔法なんて使わなくても十分なんですのよ?」
手に炎を浮かべたライルはそれをローズレットの体に押し付けようと手を伸ばすが、それを素早い動きで絡め取った。
見事なCQC。
復活した淑女にとって豚を素手で殺すなど、便所のレバーを引くよりも容易い。
腕を取って背後に回る。固めて、ボキリと腕の骨を折った。
「アアアアッ!!」
腕の骨を折られた王子は観客が見守る中で絶叫を上げる。ザワザワと騒ぎ始めた観客を気にも留めないローズレットは処刑を続けた。
「あらァ! 炎がまだ消えておりませんわ! 消火しないと火事になってしまいますわよォ!」
おーっほっほっほ、と笑うローズレットは骨が折れてプラプラと振り子のように動く腕を掴み、未だ手にあった魔力の炎を絶叫するライルの口に手ごと突っ込んだ。
口の中は大火事。下は大洪水。
苦痛で失禁したライルは、顔を両手で持たれて勢いよく回転させられる。ボキリと音が鳴って首の骨が折れた。
死んだライルが地面に倒れる。
ローズレットは彼の死体に唾を吐いて、
「ファッキュー、ピィィッグ」
淑女は中指を立てて華が咲き誇るように笑った。