55 復讐者の色に染まる街 1
ステキな野生の王子様と出会いは予想もしていなかったが、それでも豚狩りに手を抜かないのがリーズレットの流儀である。
「こ、ここがリリィガーデン国民のいる区画、こちらがラディア人の上流階級が住まう区画ですわね?」
「はい。そうです」
そう。水魔法で多少小綺麗になったロウから情報を聞き、横目で彼のイケメンフェイスをチラチラ見ていたとしてもだ。
頭の中では「イケメンだな」「私好みだな」とロウに関する事が6割は占めていたとしても、残りの4割でしっかりと殲滅戦を組み立てる事が出来る。
それが伝説の淑女なのだ!
「では、部隊を分けますか?」
提案するマチルダも気が気じゃない。リーズレットの様子もそうだが、彼女が気にするのは横にいるコスモスだ。
先ほどからハンカチの端っこを噛み締めながら殺気がムンムンである。男達も「まさか銃は構えないだろうな」と冷や汗が止まらない。
「正面から堂々と突っ込みますわよ。正面の門を突破したら国民を確保しに行く部隊と二手に別れます。貴方達はロウと共に国民全員の安全を確保したら、周囲にいるラディア人を残さず殺しなさい」
男達の中で最も動きが良いチームを救出部隊に抜擢。ロウを連れて国民の安全を確保した後、状況判断は任せると指示を出した。
ベテラン揃いの彼等ならば上手くやってくれるだろう。
「突入チームは正面突破した後に街の中央まで進みますわ。そこから軍の宿舎と上流階級がいる西側へ。道中、目に映った敵兵はなるべく殺しなさい」
取りこぼしても構わない。どうせ、後で全員殺す。そう付け加えた。
「南、東、西で暴れて北側にある屋敷に敵が集まったら……。全員で堕とします。貴女達、全員で」
地上からの突撃と空からの支援で有象無象を散らし、北にある司令室代わりになっている元ローマイン家の屋敷を敵兵が固めに入ったらいよいよ大詰め。
ここからは全員で。何たって、この街を奪還する主人公達は彼女等だ。
マチルダ隊全員を揃えて攻め込む。マチルダ達が憎き相手に銃弾をぶち込んで、愛しき者達を奪われた恨みを晴らす事で終いとする。
「承知しました。我等、全員……マムのご助力に感謝申し上げます」
作戦の組み立てが終わるとマチルダ達は敬礼しながらリーズレットへ感謝を述べる。
その感謝を受け取ったリーズレットは「ふぅ」と大きく息を吐いて、全員を見渡した。
「貴女達に本物の地獄を用意して差し上げると言いました。故郷が死に場所であると、私は言いましたわ」
彼女等は愛する故郷を取り戻す為に3年間も泥に塗れて耐え続けた。
彼女等は愛する家族の仇を討つ為に屈辱を噛み締めて耐え続けた。
「必ず取り戻しなさい。必ず仇を討ちなさい。自分の命と引き換えにしてでも、1匹でも多くの豚を殺しなさい」
大事な物を取り戻す為に。死んでいった愛すべき者の為に。自分達が掲げた信念の為に。
豚を殺せ。
手に持った愛銃で無慈悲な死を与えよ。銃が使えぬのであれば刃物で切り裂け。両腕を失ったのであれば相手の喉元に喰らい付け。
殺して、殺して、殺しまくれ。
己が信念を姑息で下劣な豚共を殺す事で世に轟かせろ。
リーズレットは彼等に向かってニコリと笑う。
「復讐を終えて生き残った者は私に続きなさい。まだまだ地獄を用意して差し上げますわ。故郷を取り戻したら、今度は貴女達が豚共から故郷を奪う番。ラディア王国産のロイヤル・ピッグ共を殺すハンティングツアーへご招待致しますわよ」
彼女がそう宣言すると、マチルダと男達の口角が上がった。
「ククク、それはそれは……」
「はっはっは! そんな楽しそうなツアーが後に控えているなら、まだまだ死ねそうにないですなァ」
狩人共は獰猛な笑みを浮かべて、夢想するは憎き相手の豚王一族を狩り尽くす殺戮ショウ。楽しい楽しいツアーに胸を高鳴らせる。
「さぁ、私の愛すべき地獄の使者達。準備はよろしくて?」
リーズレットはマチルダ達へ広げて見せた両手を力いっぱいに握り締める。
「私の用意した地獄を貴女達の色に染めてみせて下さいまし」
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街の門を守護するラディア兵は数時間前まで今日も一日、昨日と何も変わらぬ普通の日を送れると思っていただろう。
彼等は数時間前に山の上にある軍事基地が敵による攻撃を受けたと上司から聞かされていた。
軍事基地が落ちたのは何かの間違いだろう。誤報なんじゃないか。損害は受けたものの、3ヵ国から同時に攻められるリリィガーデン王国が基地を堕とす程の力を持っているはずがない。
長く続いた優勢状況が彼等の気持ちにどこか緩みを与え、現実を受け止める力を奪う。
だが、しっかりと現実を見据えなければ。
「なぁ、ありゃあ……?」
「え?」
空に浮かぶ黒い物体。その下には10台の魔導車が泥を巻き上げて向かって来るじゃないか。
「て、敵だ! 敵襲――」
そう。現実をしっかり見据えて、備えなければいけない。
シュポポと軽快な発射音が空から鳴ると、次の瞬間彼等は大空を舞っていた。
門は爆発し、瓦礫が街の中へと飛散する。ラディア人が営んでいた商店の屋根や、軍人の夫と共に街へ越して来た妻が住まう家の屋根に突き刺さる。
一瞬の出来事に街に住むラディア人は何が起きたのか理解できなかったろう。
だが、門の残骸が屋根を突き破って中にいる住人を殺した事で、それを見ていた他の者が悲鳴を上げるとようやく住人達は理解する。
『敵が攻めて来た』
街の住人は逃げ出し、街のあちこちにいた軍人達へ叫び声を上げながら助けを求める。
が、もう遅い。
「おーっほっほっほっ! 殺せ、殺せええええッ!! 1匹たりとも逃がすんじゃございませんわよォォォッ!!」
先頭を走る魔導車の銃座でミニガンのグリップを握るリーズレットの叫びが木霊する。
彼女の叫び声から1秒後、アイドリング状態だった銃身が回転すると街の中にいる者を手当たり次第射殺し始めた。
リーズレットの背後、2列目を走る魔導車の銃座にいるコスモスも数秒遅れて射撃開始。
門に殺到したラディア豚共を挽肉へ変えて、タイヤで肉を踏み潰しては引き延ばしながら街の中へと侵入する。
「マム! マチルダ様! ご武運をッ!!」
「ええ。貴方達も!」
門を突破すると東側へ向かうチームが合図しながら別れを告げる。
リーズレット達は彼等へ激励を飛ばして中央を目指した。
「豚ッ! 豚ッ! 豚ァァァッ!! どいつもこいつも汚らしい声で鳴きますわねェェッ!!」
変わらず先頭を走るリーズレットは真正面にいる豚共を殺しまくり、2列目から後に続く者達は左右に隠れた豚共を建物の壁ごと射殺していく。
石畳の道はバキバキに割れて弾け飛び、種類問わずニョキニョキと生えていた建造物は復讐者達の手によって穴だらけに変えられて。
空中を旋回するヘリも機関銃で豚を追い詰めるような撃ち方をして、地上部隊の支援を行った。
「まぁ! 中央に趣味の悪い像がありましてよ! マチルダ、ぶっ壊しなさい!」
「イエス、マム!」
街の中央広場に到達すると広場の中心にはラディア人が崇拝する神の像が建てられていた。
嘗てマチルダ達が住んでいた街を占拠して、我が物にしたという象徴。
それを元の持ち主がぶっ壊す事で最初の意趣返しとする。
マチルダは最初に殺したラディア兵の名がついた銃で、彼等が崇拝する神の頭部を撃ち抜いて砕いた。
どうだ、見たか。最高の屈辱だろう、と笑ってみせる。
「ハッハッハッ! 神なんてモンも大したことねえな!」
「ラディア野郎と同じく頭が無くなってやがるぜッ!」
西側へと曲がり出した中、男達は頭部が砕けた神の像を指差して大爆笑。
罰当たりが! と耐え切れずに叫んだラディア人を大好きな神様のお膝元へ送り出して更に笑う。
西の区画に入ってからもやる事は変わらない。
道中うろつく豚共を殺し、建物の中で震えているであろう豚を殺す。
3年前、同胞達の血で染まった故郷は3年越しに憎きラディア人の血に染まっていった。
「お前達~! 敵の宿舎が見えましたわよ~!」
ニッコニコに笑うリーズレットは後ろに続くマチルダ隊へ可愛らしく手を振って、準備はいいかと問う。
「へ~い! 準備万端でさぁ~!」
同じくニコニコと笑う男達が手に持つはグレネード。一斉にピンを抜いて宿舎へと投げ込んだ。
ドンドンドン、と爆発音が街に響き、建物が斜めに傾くと中に人がいたのか、いくつかの悲鳴が上がった。
「マチルダ、お任せしますわ」
「はい」
マチルダは愛銃を魔導車の中に置いて、ロケットランチャーを構えながら窓から身を乗り出した。
崩れかけだった壁が崩れ落ちると、瓦礫に下半身を挟まれて身動きが取れないラディア兵が絶望した顔でマチルダ達を見る。
このラディア兵は何を思っただろうか。自分は足が潰れて動けない状態で、目にはニコニコと笑う敵兵の姿。
「死ねッ! ラディアのクソ野郎ッ!」
シュボッと放たれたロケットランチャーは宿舎に命中。崩壊寸前だった建物は大爆発を起こし、最後に目が合った敵兵の姿は消え失せていた。
「ヒュウ! たまんねえなッ!」
「お見事です! マチルダ様!」
建物の崩壊とラディア人の死に大盛り上がりの男達は大声で隠れている者達へわざと聞こえるように叫び続けた。
これで嫌でもわかるだろう。お前達は終わりだ、遂に街の正当な所有者が取り戻しに来たのだぞ、と。
「さぁ、お前達~! どんどんぶっ壊して回りますわよ~!」
「「「 へ~い! 」」」
リーズレットは背後と空に向かって合図を出すと西側の主要施設を破壊する為に魔導車を発進させる。
こうして街の中にはリーズレットとマチルダ隊による爆発音と笑い声が響き渡るのであった。
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