51 北へ
オブライエンにエスコートされながらサバスのいる執務室へやって来たリーズレットは、来る途中で摘んだムラサキソウの花を一輪机の上に置いて見せた。
「ムラサキソウですか?」
「ええ。これは麻薬の原料になると聞きましてよ」
「はい。国内では既に禁止されておりますが、その通りです」
サバスはリーズレットの言葉を肯定しつつ、禁止されている事を強調した。
「麻薬の作り方はまだ残っておりますわね?」
「え? ええ。残っておりますが……」
まさか麻薬を復活させ、軍の即席医療薬にでも使うつもりかと思ったサバスとオブライエン。
過去に副作用で死亡者が多発した事を知る2人の顔が強張った。
しかし、リーズレットは麻薬の製造を復活させようと考えてはいたものの、自国に使うというわけじゃない。
「最初は通常の物を。次にもっと効果を強くした物を東と南に流通させましょう」
「2ヵ国にですか?」
「ああ、なるほど……」
リーズレットの提案に2人はピンときた。
彼女はベレイア連邦とグリア共和国に麻薬を流通させて2ヵ国の国民を麻薬汚染させようという作戦を思いついたようだ。
「時間は掛かりますが、住んでいる人間が汚染されれば国の地盤は揺るぎましてよ。それに良い収入源になりますわ」
少々時間は掛かるものの、麻薬が蔓延した国では様々な効果を齎す。
例えば麻薬に溺れた者による犯罪率の増加。犯罪増加によって国内が荒れれば鎮圧の為に軍などの組織に所属する人員を国内へ割かねばならない。
麻薬を販売する者達を捕まえる為に動員もされるだろう。内側の事に人員を割けば、外に向ける人数は多少なりとも少なくなる。
「まずは国内で禁止された、幻覚効果を持つ麻薬を作って流通させますわよ。麻薬の流通が上手く行った後、効果を上げた物を流しましょう」
最初はリリィガーデン王国で禁止されていたレベルの物を。
手を出せば夢へと堕ちて、とっても気持ち良い時間を堪能できる素敵なクスリとして流し込む。
戦争中という事もあって心の弱い者から手を出すだろう。ここで期待したいのは軍人への蔓延である。
一度快楽に墜ちればなかなか抜け出せないのが人間というモノ。それは軍人だろうが一般人だろうが変わらない。
とっても気持ちよくなれる。嫌なこと忘れさせてくれる。そんな薬がありますよ。
噂が流れ、手に取る人間が多くなったところで流す薬を差し替える。
より強力なモノへ。
国内で禁止されていたレベルでも夢の中にいるような感覚、幻覚を見て事故や自殺を行う者が続出したのだ。
それよりも更に効果が高ければどうなるか。
「即死するような毒へと変えるのですか?」
「いいえ。夢は見せますわよ」
ここでミソなのが、使用した瞬間に死ぬレベルを蔓延させない事だ。
使用者が即死してしまっては流石に怪しまれ、手を引く者も出てしまうかもしれない。
即死ではなく服用した瞬間に脳が弾け、暴走するレベルになってしまうのが望ましい。あくまでも数日間は良い夢を見せて他人へ好意的な感想を伝えさせるのだ。
「北には流さないのですか?」
「ラディア王国は他の2ヵ国と違って国としての規模は小さいですからね。すぐに堕とせますわ」
北側にあるラディア王国はリリィガーデン王国の領土を切り取ったものの、国としての規模は小さい。
軍も2ヵ国に比べて大きくはないし、そもそも国民の数が少ないのだ。リリィガーデン王国に勝てたのはマギアクラフトの支援があったからこそである。
「弱者から叩き、根こそぎ奪う。戦争の基本ですわね」
北を一気に制圧し、鉱山資源を手に入れてから厄介な東と南を処理するのがベター。そこに麻薬の汚染を組み合わせようという作戦であった。
「私が北を制圧する間に東と南に流し込みますわよ。北を落として2ヵ国を動揺させたタイミングで大量に流入させましょう」
想定しているタイミングも適切か。
3ヵ国同時で攻めているにも拘らず、踏ん張って耐えていた敵国がまさかの反撃。その末に同盟国の1つを堕としたとなれば2ヵ国には動揺が走るに違いない。
国の上層部が動揺して混乱すれば、その国に住んでいる国民達にも動揺は伝播するだろう。
そこに『夢に堕ちる薬』『嫌な事を忘れさせてくれる薬』があったとしたら。心が弱い者は当然、手を伸ばす。
「なるほど。その為には……ラディア王国は徹底的に潰し、起きた悲劇を他国へ伝える必要がありますね」
サバスはいつも通り、冷静で鋭い目つきのまま言った。口にしている事は随分とオブラートに包んでいるが、頭の中に描くのは地獄のような有様だ。
「ええ。その通りでしてよ。とっても、とっても悲惨な目にあってもらなければなりませんわね」
そんな彼を見てリーズレットは「わかってきたじゃないか」と言わんばかりにクスクスと笑う。
「ラディア王国内にリリィガーデン王国の民が残っている、なんて事はありまして?」
「元領土内だった街には残っている可能性があります。ですが、元々ラディア王国領土内であれば皆無かと」
オブライエンが把握している現状を伝えると、リーズレットの笑みはより深まる。
「そう。では、マチルダという女性と共に北の入り口は早急に制圧しましょう。お楽しみは首都に取っておきましょうか」
「お楽しみ、ですか?」
どのように攻めいるのか。オブライエンは純粋な興味で問うが、
「人はリアルな死を見せられたら絶望しましてよ。王族の公開処刑は確定ですわね。その為にも多少はラディア王国国民を生かしていかねばなりませんわ」
「そうですな……失礼」
彼女は『方法』を語らなかったものの、敵国のトップである王族と国民を対象に語っていた。
オブライエンもリーズレットがやろうとしている事に合点がいったようだ。内心では聞かなきゃよかったと後悔する。
リーズレットの瞳の中にある地獄を見て、緊張したからか胸ポケットからタバコを取り出して火をつけた。
それを見たリーズレットが小声で「タバコに麻薬を混ぜるのもアリ」と呟いた事で恐怖が更に増した。
彼は作戦が開始されたら禁煙しようと心に決めた。
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準備開始から1ヶ月後。リーズレットが撒いた種は徐々に芽を出し始めた。
まずは軍が一新する予定である小火器の生産。
リーズレットが提供したアイアン・レディ後期で採用されていた『IL-10』を国内技術者が解析。
構造を理解した彼等はさっそく生産に取り掛かった。各部コピー生産ではあるものの、生産に使われる工業機械の精度は当時よりも低いせいか部品の品質が落ちる結果となった。
特にスペック上の最高連射速度にバレルが耐えられない、想定通りに排莢しない等、バレル部分・機関部周辺の欠陥が続出。より品質向上を目指すべく技術者達は眠れぬ日々が続く。
しかし、アタッチメントなど現在のリリィガーデン王国軍には無かった概念が誕生した事で、触発された開発者達がアイアン・レディ製の完全コピーではなく国内独自開発も行うべきという風も吹きつつあった。
今はまだプロジェクト自体が動き出していないものの、そういった意見が出る事は国にとって良い方向に動いていると評するべきか。
次に麻薬に関して。
こちらは首都にある医療関係者が集って開発を実行。
すぐさま封印されていた当時のレシピを解き、リーズレットの指示通りに生産を開始されて一定数の生産が完了した。
国内で処分されていたムラサキソウの採取と同時に領土南にある街や村ではムラサキソウの栽培が開始。
これによって国内の産業が1つ増えた事になり、国民の仕事が増えて就業率の増加という実績にも繋がりつつあった。
栽培業の良いところは加工しなければ麻薬にならないところだ。花を育て、摘む事は子供にもできる。
親を失くした戦争孤児が金を稼ぐのにピッタリな仕事になったのは良い事なのかもしれない。
ただ、監督官などを置いて適切な教育と麻薬への脅威を徹底させる事。そういった細かいところまで絶対順守の厳命を出したガーベラの手腕も評価された。
今の国内を見れば国民の中で暇を持て余している者などいないだろう。
どこも人が足りてない状態で戦争中でありながらも活気に満ちている。誰もが戦争に勝って、自由と土地を取り戻そうと1つになりつつあった。
そんな中で、淑女たるリーズレットはコスモス達と共に首都西側、城の真横に増設されたヘリポートでナイト・ホークへ乗り込んだ。
「では、行って参りますわね」
「はい。お姉様。お気をつけて」
リーズレットを見送るガーベラと軍関係者。
「マム。こちらは手筈通りに進めておきます。端末で随時連絡を行いますので」
「ええ。よろしくお願いしますわね」
敬礼したサバスは渡された端末を大事に胸ポケットへ仕舞って後の手順を確認。
「マチルダ伯爵には連絡済みです。合流地点付近で既に待機中との事です」
「了解ですわ。ブライアン、東と南には適度な刺激を与えておきなさい。すぐに戻りましてよ」
「ハッ!」
オブライエンとブライアンの親子も揃って彼女を見送りに来た。
司令官であるオブライエンは合流地点の確認、ブライアンはリーズレットがいない間に行う任務の再確認を終えて後ろに下がった。
「マム。首都に入る前で合流致します。それと、東に潜入させる部隊にはマムが仰っておりました傭兵団の名前と特徴を伝えておきました。数日以内には接触できると思われます」
「よろしい。北に来る時は紙とペンだけ持ってくればよろしくてよ。バカンスついでに来なさい」
「ふふ。承知しました」
最後に敬礼しながらそう言ったのは情報部のサイモンであった。
敵同盟国にラディア王国の顛末をより詳しく伝える役目は情報部の役目だ。首都攻撃前に合流して他2ヵ国へ動揺を促す重要な役割と言えよう。
「サリィ、ロビィ、コスモス、出発しますわよ」
「はいですぅ!」
『ウィ、レディ』
「はいッ!」
コスモスが席に着いたのを確認するとリーズレットはヘリのドアを閉めた。
サリィが操縦するナイト・ホークは空高く舞い上がり、北に向かって進み始めていくのであった。
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