50 視察と訓練
「お待ちしておりました」
軍の施設でリーズレットとコスモスを迎えたのはブライアンとリリィガーデン軍本部の司令官であり、軍部のトップであるオブライエン・タンザー侯爵であった。
2人揃って敬礼している男達を交互に見るリーズレット。
どうにも2人の顔には共通点……というか、顔の造りが似すぎている。
「親子です」
「まぁ」
ブラックチームリーダーのブライアンが横にいるのは父である、と告げるとリーズレットは納得した。
「マム。息子を救ってくれた事、感謝申し上げます」
東部戦線での事を言っているのだろう。片目に眼帯をつけ、顔中に傷を持つオブライエンは見事な敬礼をして礼を言う。
「感謝される程の事ではございませんわ。ただの成り行き、彼の運が良かっただけでしょう」
事実、リーズレットは救おうとして救ったわけじゃない。
コスモスと出会い、成り行きで救出しただけだ。自分のおかげじゃない、と告げるとオブライエンは「それでも」と言ってもう一度感謝を述べた。
リーズレットが感謝を受け取ると、2人は仕事に取り掛かる。
「まずはどこからご覧になりますか?」
「軍の装備から見ましょう」
タンザー家親子に案内されたのは厳重に施錠された軍の武器庫であった。
オブライエンが保管庫の係員に指示を出し、武器庫の鍵を開ける。中に入って備蓄されている装備品を1つ1つ確認していくリーズレット。
「IL-6ですわね」
軍の標準装備として使用されている銃器の中で特に生産数が多いのはアサルトライフル。アイアン・レディが独自開発・生産したモデルであったが、少々古いタイプだ。
これはリーズレットがアイアン・レディを創設後、初めて独自開発を行って安定した性能を目指したモデル。
構造はシンプルで水や泥が内部に入り込んでも清掃が容易と、当時の苛烈でまさに泥沼状態だった戦争時代に適応した作りである。
シンプルで安定した性能を持つ銃は扱いやすい。だが、アタッチメント等の拡張性は皆無な事もあって特別な優秀さも無い。
アイアン・レディ後期に開発されたバリエーション豊かなアタッチメントの取り付けが出来ないのもあって、現代戦においてもこれ一本で全ての状況に……とは難しい。
応用が利かないと言うべきか。
「これはどこで入手を? マーガレット達が用意したのかしら?」
気になるのは入手経路。これだけ数が揃っているという事は追加生産もしているはず。
オリジナルはどこから入手したのだろうか。
「はい。建国の母達が当時はまだ民兵だった祖先達に与えたのがこの銃でした。構造がシンプルで我々でも生産し易い為に継続採用が続いています」
恐らく拠点の倉庫で埃をかぶっていた物を引っ張りだしたのか。これが正式採用銃と言われると少々心許ない。
というのも、現在の世界的に主流な小火器は魔法銃である。
各国が使用している魔法銃はサイズ・形状は様々で開発国の特徴が出るものの、共通して核となる機関部はマギアクラフトが独占生産していて各国マギアクラフトから利用権利を獲得して購入せねばならない。
マギアクラフトと敵対するリリィガーデン王国が魔法銃を手にする事はなく、代わりにアイアン・レディ製の生産が容易な銃器を使っているというわけだ。
魔法銃ではない別の形態を用いた銃を使える……が、連邦軍などが使っている最新型の魔法銃と比べて性能は劣ってしまうだろう。
銃の性能自体も劣るが、こちらは銃弾という消耗品が付きまとう。生産コストも大きく国に負荷を掛けてしまっている。
世界的に見れば使用する武器のレベルとしてはリリィガーデン王国は他国に大きな遅れを取っていると評価すべきだ。
しかし、今から主流となっている魔法銃に切り替えられる事も技術的に新規開発する事も不可能。消耗品という問題が付き纏おうともこちらはこちらでやっていくしかない。
「遺産の中に後期モデルがありますわ。アイアン・レディが世界的に躍進していた頃に使われていた正式採用品です。そちらを何丁か出しましょう。解析して生産なさい」
後期モデルはアタッチメントも豊富に取り揃えた、当時では最新鋭の銃であった。
「街の南にある2番工場。あそこにいる技術者が一番優秀に見えました。彼等に依頼なさい。行き詰ったらロビィを講師として派遣するので、まずは独自に解析と開発ができないか試行錯誤するように」
リーズレットは首都にある銃器生産工場の質をも調査済み。工場を指定し、尚且つ1ヵ月以内に解析と開発までの目途を付けろと期間指定まで行った。
3ヵ国に攻められている中で1ヵ月の解析期間は長いと言っていいかもしれない。余裕を持たせたのは解析する銃が現行モデルよりも数段上がっている為、リーズレットなりの慈悲とやってみせろという技術者への発破でもあった。
「承知しました」
オブライエンは驚きもせずに頷いた。既にリーズレットという女性がどのような人なのか、息子からの情報も含めて把握しているからだ。
故に彼女が既に生産工場の質に対して評価を終えていても驚きはしない。調査力という面では内部にいた豚を狩った淑女ならば当然だと思っているからであろう。
「なるほど……」
リーズレットは他の携行品であるグレネード等も手に取るが、やはりどれもアイアン・レディでは初期に使われていた物ばかり。
グレネードを箱に戻した彼女はオブライエンに告げる。
「まずは主力となる銃の一新に注力なさい。戦場にいる兵士が戦闘中に最も頼る物は銃でしてよ」
銃が最新式であれば兵士は死なない……というわけじゃない。銃はあくまでも道具であり、戦況を左右するのは人の力である。
しかし、兵士1人1人が携行する銃もまた、戦争において重要な要素。
まずは銃の一新と安定供給を目標にして、次に他の携行品開発に移行すべきと軍の装備品に関して道筋を語る。
「3ヵ国をぶっ潰した後、占領後を考えるとあまり余裕はありませんわ。しかし、質をちゃんと維持するよう厳命なさい。粗悪品の暴発や事故で兵士が死亡するなど笑い話にもなりませんわ」
「ハッ。承知しました」
武器庫を後にした一行が次に向かったのは訓練場であった。
基礎訓練用のランニングコースとは別に用意された訓練場には障害物を模したアスレチックや泥の中を匍匐する為の場所など、様々な野外訓練用の設備が用意されている。
現在、首都に常駐する部隊とエリートである特殊部隊が入り混じって訓練しているが常日頃からというわけじゃない。
今回はリーズレットが視察に訪れるという事もあって、新兵と熟練兵の差を見てもらおうという試みである。
軍の男女比は対等くらいか。新兵だけで言えば若干数だけ男性が多い程度。
男も女も分け隔てなく鬼教官と呼ばれる者にしごかれているようだ。
「昔と比べてどうですか?」
訓練する兵士達全体を見渡すリーズレットにコスモスがゆる~く聞いた質問であったが、
「まだまだですわね。全員、目が豚を殺す目になっていませんわ」
アイアン・レディの全盛期に比べると足元にも及ばない。
「あの頃は戦争だらけの世の中でしたから仕方ないのかもしれませんが、誰もが豚を殺す事に積極的でしたわね。豚に殺されるくらいなら1人でも多く道連れにしようと考える者ばかりでしたわよ」
当時は誰もが目に復讐と地獄を宿していた。あの時代にあった悲惨な状況故かもしれないが、当時を知るリーズレットにとって現状は温すぎる。
僅かに参戦した東部戦線でも感じたが、戦争はもっと悲惨なモノであるべきだ。
前世の頃は人を人と思わず殺し、全身に血を浴びて、銃が使えなくなったら相手の肉を食い千切るような見習い淑女だらけだった。
相手への恐怖。戦争への恐怖。失うモノへの恐怖。
それらを感じ取り、知っているからこそ、人は戦争を止めようと言うのだ。
だが、今のリリィガーデン王国軍は綺麗すぎる。これではいつか終わりが来ると感じてしまう。
「マムの部隊を設立しますか?」
「気に入った者がいたら引き抜きましょう」
オブライエンの問いにそう返すリーズレット。だが、この訓練場にはいなさそうだった。
野外射撃場に足を運んだリーズレットはラックに立て掛けてあった銃を取る。
先ほど武器庫にあった物と同じアサルトライフル。
各部を点検した後に、射撃場を管理している軍人へ現在の最大スコアを問う。
「現在は500メートル、頭部狙い20発中18発です」
現行使用のアサルトライフルは旧式故に有効射程は350~400メートルがいいところ。スペック上の有効射程から更に100メートル程度の差は大きいだろう。
レコード保持者はリーズレットの横に控えるブライアンだった。
今、軍の中で500メートルで的の頭部に18発も当てられるのは彼だけだ。
達成したのは彼が入隊して8年目の頃。リリィガーデン軍では目標とされるほど優秀なレコードとして残されている。
息子のレコードを担当から説明される中、父であるオブライエンとしては内心喜んでいたものの……。
「そう」
リーズレットの反応は薄い。
それもそのはず。
銃を構えた彼女は600メートル設定で頭部に全弾ヒット。反動制御を念頭においたタップ撃ちなんかじゃなく、自身の体と技量で反動を完全に制御しながらフルオート射撃でやってのけた。
ブライアンとコスモス、オブライエンですら目を見開くような化け物っぷり。だというのに、彼女はお気楽に片手間程度にやってのけ、3人へ更に上があると見せつけた。
「エリートと評されるならこれくらい出来るようになりなさい。コスモス、貴女もです。豚殺しにおいて妥協は一切許しませんわよ」
この程度、アイアン・レディに所属していた見習い淑女達は全員が簡単にクリアできたと言う。当時のメンバーが如何に化け物揃いがよく分かる言動だ。
これ以降はリーズレットの凄まじさが軍人達に披露された。
野外の格闘場で組手をすれば、ブライアンとの体格差を物ともせずに優雅な動きで足を払い、バランスを崩させてから腕を取って投げ飛ばす。
木製のナイフを持ったブラックチームメンバーと対峙すれば瞬く間に相手のナイフを絡め捕って喉元へ寸止め。
同体格のコスモスとの戦闘ではパワー・ハイヒールの使用を許可させた上で何度もコスモスを地面に転がす。
総じてリーズレットはその場からあまり動かない。対戦相手が汗だく、息切れしているにも拘らずリーズレットは常に涼しい顔で汗ひとつかいていない。
戦場で見せた激しいながらも優雅なダンスとは違う、静かに洗礼された動きで相手の力を利用した動きで封じ込めるように戦ってみせた。
「コスモス。元気で情熱的なのはよろしくてよ。しかし、今の貴女には優雅さと気品が足りません。淑女を目指すのであれば人から向けられる目線を感じ取りなさい。常に冷静に、一瞬でも上品さを失ってはなりません」
「はいッ!」
ただ、彼女は自分の力量を披露しただけではなく対戦した相手の欠点を指摘して伸ばすべき長所や技術を教える。
教え方や訓練方法も的確で、受けた相手は納得していくのだ。
軍の司令官であるオブライエンはリーズレットの能力に対して改めて恐怖を覚えた。
先日の騒動も含め、今回の訓練でも。周囲を見る観察力、状況判断に加え、1人1人を高みへと導く手腕はさすが大組織を率いていた伝説の淑女であると言うべきか。
確かに彼女は『優秀』という言葉では言い表せない。建国の母達が『伝説』と評して愛し続けた事に再度納得してしまう。
一通りの訓練が終われば、軍人達は男女問わずリーズレットへ尊敬の眼差しを向けている事からオブライエンの感想は適切といえるだろう。
「北に向かう時はコスモスも同行なさい。貴女は基礎が出来ているので後は実戦あるのみですわ」
崇高な淑女の魂、気品と優雅さは実戦で磨かれる。そう思っているリーズレットは基礎の出来上がっているコスモスを戦場へ誘った。
「はいッ! 勿論ですッ!」
本人もやる気である。リーズレットの胸の中では彼女に対してより期待が高まった。
「視察は終わりでよろしいかしら?」
「ハッ。感謝申し上げます!」
空が茜色に近づいて来た頃、リーズレットは視察を終えた。
「貴方、この後で時間がありまして? サバスに相談したい事がありましてよ。軍にも関係ある事なので同行して下さると助かりますわ」
「ハッ。お供させて頂きます」
感謝を述べるオブライエンに時間の都合を問うと、彼は2つ返事で了承。
オブライアンだけでなく、誰もが今のリーズレットに誘われれば時間を作るに決まっている。
「しかし、軍に関係ある事とは? 銃の事ですか?」
視察の件でガーベラの補佐官であるサバスへ提案をしに行くのだろうか、と思ったオブライエンであったがリーズレットは首を振る。
「装備ではありませんわ。私、東と南の豚へプレゼントを差し上げようと思いましてよ」
リーズレットはニッコリと笑う。
笑顔に対して一瞬ぶるりと震えたオブライエンにエスコートされながら彼女は王城へと帰還した。
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