49 次はどうしましょう?
敵に情報を流していた愚か者、ヨハン伯爵が空の彼方へとぶっ飛んで行った翌日。
リーズレットへ向けられていた態度や見えぬところで囁かれていた陰口は一切合切消え去った。
「あら、ごきげんよう」
「ひっ、あ、お、おはようございます」
廊下ですれ違った貴族達は昨日の無慈悲な豚入り弾丸、裏切れば容赦なく家族諸共皆殺しという方向性に恐怖を覚えずにはいられない。
「ありがとうございますわ」
「い、いえ……」
食事時、リーズレットの食事を配膳するメイド達は皿を持つ手が震えていた。
カタカタと食器を鳴らしてしまい、何度も謝罪をしながら命乞い。
きっと彼女は陰口を囁いていた者なのだろう。全部知られていた、という事実を知って殺されるんじゃないかと恐怖しているようだ。
この日以降、配膳もサリィの仕事になった。
ただ、彼女に恐怖していない者も存在する。今回の件で恐怖どころか尊敬と憧れをより増した者が一部存在しているが、そちらを紹介しようと思う。
「マムより預かりました証拠品を調べたところ、彼等が王家殺害を実行した事は事実であると認められました」
まずは1人。情報部のサイモンである。
彼はリーズレットが持ち帰った証拠品をすぐに調べて、当日にはバード伯爵の尋問も開始。
仕事の早さから優秀であると十分に評価できる。今まで能力を発揮できなかったのは、内に豚が潜んでいたからという理由に尽きる。
彼に続いてもう1人。
「ヨハン、バードの親族を全て拘束しました。加担した軍人の家族も同様です」
豚入り弾丸を撃った直後から信頼できる軍人――ブライアンとコスモスを臨時の指揮官として選抜。その後、相手が逃げる暇を与えぬよう即時拘束を命じたのはガーベラの補佐官であるサバスであった。
彼は元々リーズレットの仲間であるグロリアの血を引く家系の1人。今回の件で祖先が尊敬していた理由を目撃し、より敬意の念を深めたと言って良いだろう。
「バードの尋問も終了し、先代女王陛下と先代補佐官閣下を殺害した事を認めました」
尋問の結果、ガーベラの母親である先代女王は毒殺。父親は視察をするよう勧めて、その道中に事故を装って殺害。
毒殺には数名のメイドが関わっていたようだがこちらは既に口封じとして殺害されており、父親の事故偽装は加担していた軍人が関与しているという。
2人はガーベラとお茶を飲むリーズレットへピンと背を伸ばしながら報告を終える。
「いいでしょう。これからも私が出したリストに乗っている者の動向には注意なさい」
「「 ハッ! 」」
彼等の手にはこの2ヵ月間でリーズレットが調べてリストアップした要注意人物が記載される紙があった。
軍事行動をバックアップする情報部としても、貢献者へ爵位を与える者を選定するガーベラの補佐官としても有難いリストと言えよう。
「お姉様、ありがとうございます」
自分の為に動いてくれたリーズレットへ改めて感謝を述べるガーベラ。
両親の死が殺人だったというショッキングな事実が判明したものの、自分がお姉様に愛されているという実感が沸いたのかショックの度合いは少しばかり緩和されているようだ。
落ち着いて見えるのも両親の死から時間が経ち、既に向き合っていたという事もあるだろう。
「むう」
一方で頬を膨らませるのはコスモスだった。
「まぁ。頬を膨らませてどうしましたの?」
クスクスと笑うリーズレットはコスモスの頬を指で突いた。
「私もマムのようになりたいんです! 教官として私に訓練を施してくれませんか!?」
「訓練? よろしいですわよ」
淑女を目指す見習い淑女に手解きするのは望むところ。2つ返事でOKを出すとコスモスは年相応の可愛らしい笑顔で「やった」と喜んだ。
「マム、よろしいですか?」
そのやり取りに挙手したのはサイモン。
「マムは戦争に介入なさいますか? 今後の動きを教えて頂けると助かります」
情報部としてもレディ・マムが戦争に介入するのかどうかは知っておきたい。本音を素直に口にすると、リーズレットは少々考え込んだ後に予定を述べた。
「マギアクラフトには魔法少女という厄介な存在がおりましてよ。彼女達を放っておくとまた窮地に追いやられるでしょう。彼女達は私が処分しますわ」
リーズレットにおいて敵は戦争中の3ヵ国じゃない。その奥にいるマギアクラフトだ。
マギアクラフトの魔法少女が使う魔法は厄介極まりなく、銃撃すらも無効化する魔導具持ち。対抗できるのはリーズレットくらいである。
彼女達を野放しにすれば、再びリリィガーデン王国にマギアクラフトの手が伸びてしまう。
「対抗するには情報を得る必要がございましてよ」
サイモンに「戦争に勝つにはまず情報だろう?」と問う。
彼が頷くのを見て、リーズレットは各地にリトル・レディの目と声が行き届くよう『ノード』と呼ばれる装置を設置するべきだと考えていた。
「となると、まずはリリィガーデン王国の領土を取り戻す必要がありましてよ。各地に前線基地を置き、ノードを設置してマギアクラフトの情報を集めます。拠点を見つけ次第、ぶっ殺しに参りますわよ」
サイモンは「なるほど」と小さく呟いた。
ここまでを纏めると……3ヵ国を押し出し、領土を取り戻しながらノードを設置。リトル・レディの監視範囲を増やしながらマギアクラフトの動きと本拠地を探る。
「それと、アイアン・レディが各地に設置した拠点から装備や兵器を回収したいですわね」
こちらも優先すべき任務だろう。3ヵ国が占領した土地にはアイアン・レディの拠点がある土地もある。そこを奪い返し、アイアン・レディが当時と同等の強さを持つ事はマギアクラフトとの闘いにおいて必要不可欠。
「なるほど。わかりました。その上でご提案がございます」
「聞きましょう」
今後の予定を聞き終えたサイモンはリーズレットに提案があると述べる。
「北の小国、ラディア王国との戦線を支えているマチルダという名の女性伯爵がおります。北を押し返す際はその方とお会いしては如何でしょう?」
北部戦線を支える女傑、マチルダ・ローマイン。
彼女はラディア王国に占拠されたリリィガーデン王国北部にある山岳地帯を領地運営していた女伯爵であったが、敗走して土地を奪われて以降取り返そうと必死に戦っているという。
女性伯爵でありながら銃を手に前線で部下と共にラディア兵の攻撃を食い止め、首都まで寄せ付けぬ防波堤として機能しているようだ。
ただ、やはり戦力差もあって押し返すには少々力が足りない。そこにレディ・マムが加われば北部を取り返せるんじゃないか、という提案だった。
「北部の山脈を取り戻せば鉱山も戻ります。金属が潤沢になれば軍の兵器開発も捗るかと」
加えて、北部には大量の鉱山資源が眠っている。ラディア王国が占拠して以降、相手に採掘されてしまっているが取り戻せれば国として大きな一歩を踏み出せる。
ただ、サイモンが北部を推す理由は他にもあるようで。
「それにマムはきっとマチルダ伯爵を気に入ると思います」
サイモンの言葉にサバスも深く同意した。彼女はレディ・マムを目指して戦いに身を投じ続け、現在は40歳の女性である。
生涯現役、死ぬ時は戦場で、と真顔で言うタイプの女性だそうだ。
「なるほど。確かにアイアン・レディ好みの人材ですわね」
マチルダという女性の話を聞いて、確かにリーズレットは「会ってみたい」と思った。
女性でありながら戦闘に身を投じて、男顔負けの戦果を築き上げる女性。まるでアイアン・レディの初期メンバーのようじゃないか。
「彼女に会いに行くのは構いません。ですが、その前に南と東に一手打ちたいですわね」
リーズレットが北に注力している途中、東と南にも……とは中々難しい。
北部を攻略している間、足止めできるような一手が欲しい。リーズレットは頬に指を当てながら悩み始めた。
が、横にいるコスモスがソワソワし始めた。
きっと訓練の件を忘れていないか不安になっているのだろう。可愛らしい見習い淑女にクスリと笑ったリーズレットはコスモスの頬を撫でる。
「東と南の件は考えておきますわ。北に向かうのも、軍は準備期間が欲しいでしょう?」
北にリーズレットが向かうのであれば、軍としても連動して北への作戦を展開したいだろう。
「お姉様。その間にコスモスへの訓練と軍の現状についてご意見頂けませんか?」
もしよろしければ、と話を切り出すガーベラは準備期間中にコスモスの訓練と並行して軍の現状――首都に滞在している軍人達の練度や現在軍で使われている銃器などの評価をしてくれないか、と提案。
「よろしくってよ。では、午後から始めましょう」
午後から始めると言って、それを聞いたサバスは急ぎ軍へと通達を開始した。
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昼を食べた後にコスモスと共に軍の施設へ移動し始めたリーズレット。
城から軍の施設へ向かうには中庭を経由していくのが早いとコスモスの先導で道を行く。
「あら?」
中庭を通っている途中、庭師が綺麗に咲く紫色の花をバッサリと切り落としているのが見えた。
紫色に咲く花はいくつか見た事があるものの、庭師が切り落としている花は見た事がない品種。
それにしても、せっかく咲いた花を切り落とすのは少々勿体無いのではと横目で見ながら思っているとコスモスがリーズレットの向ける目線で気付いた。
「あれはムラサキソウですね」
「ムラサキソウ?」
随分とストレートなネーミングだ。初耳である花を名を繰り返すと、コスモスが花を切り落とす理由を話し始めた。
「綺麗な花なんですが、この国では毒草に認定されている花なんです。すり潰して加工すると麻薬になってしまうので」
どうやらムラサキソウは過去に幻覚作用を持つ麻薬として使われていたようだ。
過去には医療用の麻酔薬のような使い方もされていたようだが、副作用が強烈すぎて使用禁止になった経緯を持つ。
投与すると常に夢の中にいるような感覚へ陥り、中毒性がかなり強い。中毒症状に陥った患者は感覚と思考が鈍る事から使用者が日常生活で事故や自殺が多発したという。
「麻薬……」
リーズレットは庭師に切り落とされていくムラサキソウの花をジッと見つめながら考え始めた。
「あれはリリィガーデン王国内で多く咲いておりまして?」
「ええ。雑草のようにどこにでも咲いていますね。国民は見つけ次第、国か軍に報告する義務があります。確か主な群生地は南だったような?」
何でも生命力が強く、刈ってもわんさか咲いてしまうようで。継続した処理を行わなければならないようだ。
「ふふ。良い事を思いつきましたわ」
「良い事、ですか?」
「ええ。軍で用事を済ませたらサバスに相談してみましょうか」
ニッコリと笑顔を浮かべたリーズレットは再びコスモスを促して中庭を歩き始めた。
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