48 裏切り者の末路
リリィガーデン王国に戻ったリーズレット達が乗るヘリは城を通り越して西の海岸へ向かった。
首都西側海岸沿いにある岩場の表面がスライドすると地下最深部にある兵器ハンガーへと繋がる兵器用ハッチが出現。ヘリポートの上に着地するとそのまま最下層へと運ばれていく。
リーズレット達はヘリから降りると通路と階段を利用してリトル・レディがいる城の地下施設へと向かい、そこから王城内部を目指す。
地上階に続く階段を登ると何やら慌ただしく走り回る軍人達が横切って行くのが見えた。
「あ! 陛下! リーズレット様!」
地下から戻った彼女らを見つけて声を掛けたのはガーベラの侍女である侍女長のクレア。
「コスモス少佐とブライアン少佐がヨハン伯爵とバード伯爵を拘束しました! 一部抵抗する者もいたようで城と軍の宿舎では大騒ぎに……」
彼女は駆け足で近寄って来ると焦る姿を隠さずに状況を伝える。
ガーベラは「まさか」と言いながらリーズレットへ顔を向けると、向けたれた本人は満足そうに頷く。
「ええ。豚の正体は拘束した彼等ですわよ」
リーズレットはクレアにコスモス達がどこにいるかと問い、城に併設された軍施設の地下にある牢屋にいると聞かされた。
「どういう事なんですか? あの2人がスパイであると?」
現場に向かいながらガーベラがリーズレットに詳細を問う。
「ええ。ここ2ヵ月間、内部の情報を聞き込みしながら首都に監視網を敷きました。怪しい動きをする者がいないかをドローンで空から監視していましたのよ」
情報収集の結果、敵が動き出したと思われる3年前から国内での活躍が著しく地位の変動があった者をピックアップ。
数名に絞った後に候補者の日常をリトル・レディにドローンで空から監視させていた。
しかし、相手はなかなか尻尾を出さない。
そこでガーベラを餌として誘い込む作戦を決行。1日ずつ、候補者1人1人に行先を告げて動き出すのを待っていた。
最初に接触したのがヨハン伯爵。リトル・レディが監視する中、彼が軍部に出勤するタイミングを見計らって鉢合わせるよう動いたのがガーベラを迎えに行った朝の出来事である。
ネクタイがズレていると言いながら服に小型盗聴器を取り付けてリトル・レディによる監視を継続。
リーズレット達が首都を出ると告げた後にヨハンは動き始めた。
マギアクラフトが渡したであろう通信機でグリア共和国のマードックへ真っ先に連絡を取った……後にまさかのバードと接触。
盗聴器越しにガッツリと2人がスパイ的な会話をする音声が録音され、2人とも大慌てな城内と軍に対して慰問に向かった事を黙って見過ごしていたのだ。
軍には知らせず、ガーベラが敵に確保された後にリーズレットへ罪を擦り付けるつもりだったのかもしれない。
「まさか1人目で当たるとは思いませんでしたわ。しかも、もう1匹も釣れるなんて」
1人ではないと睨んでいたものの、まさか結託するほど密接な仲だとは思いもしなかった。
前世での経験上、スパイ活動というものはいくら内部に同じ役目の仲間がいようとも各自のスタンドプレーで行うのが主流だと思っていたが。
「まぁ、今回は特別運が良かったですわね。相手がアホなだけだったかもしれませんが」
相手を泳がせながら連絡先のマードックを押さえて証拠を入手。確定したら端末を渡しておいたコスモスに両名を確保するよう連絡を入れたというのが今回の流れだ。
「馬鹿な女のフリをした甲斐がありましたわね。皆、私が遊び回っているだけの女だと勘違いしていたのでしょう?」
監視していたからバッチリ知っていますわよ、と城の皆が会議の場でリーズレットに対しての小言や文句、メイドや執事が影で行っていた噂話をスラスラと口にするリーズレット。
「そ、そうだったのですか……」
「申し訳ございません」
知られていた事に冷や汗をかくガーベラと部下達の無礼に謝罪を口にするクレア。
「構いませんことよ。私がそう仕組んだのですから」
ニコリと笑って気にするなと言うリーズレット。そんなやり取りをしていると目的地に到着した。
軍施設に到着すると門の前にいた軍人達が揃って敬礼する。
「マム。陛下。お待ちしておりました」
中で到着を待っていたブラックチームの1人がリーズレットを見つけると牢屋へと先導し始めた。
「まさか、あの2人がスパイだったとは……。現在、他のメンバーと信頼できる者達が関係者の屋敷と親族を押さえています」
彼は怒りを露わにしながらも状況を伝える。
内部に潜む豚のせいで何人もの仲間が死んだ。ブラックチームのメンバーはどう処罰するのか、と問う。
「ふふ。お楽しみですわよ」
問いに対してリーズレットはとても楽しそうに笑みを零した。
「マム! 陛下!」
地下牢へと降りると牢屋の中には例の2人。それと彼等に加担してたと思われる数名の軍人が拘束されていた。
牢屋の前にはコスモスとブライアン。情報部のサイモンと数名の重鎮が待機しており、拘束するよう指示を出したリーズレットへ揃って説明を要求する。
事の次第を説明し終えると、2人は当然「違う」「誤解だ」などと喚き始めた。
「そう言うと思いまして、ちゃんと証拠も用意しましてよ」
サイモンにマードックから押収した書類と通信機を手渡す。
「え? あっ……」
結局のところ、サイモンはタイミングを逃して苦労していたネズミ捕りの助力を乞う事は出来なかった。
ガーベラを連れ出したリーズレットの『道楽』が終わってから訪ねようと思っていたが、今日になってコスモス達が急に動き出してネズミを捕まえたと言われたのだ。
しかもその指示を出したのはリーズレット。情報部が見出せなかった情報の数々と捕まえるまでの華麗な動きに圧倒されっぱなしであった。
「その書類に豚共の名前がありましてよ。それと……」
リーズレットはもう1つの手土産を開封する。そう、それは血に染まった麻袋だ。
彼女は中にある物体を掴むとヨハンとバードへよく見えるよう牢屋の鉄格子に『切断したマードックの頭部』を押し付けてみせた。
「ほぉら。貴方達のお仲間でしてよォ?」
「ヒッ!?」
濁った眼をしたまま生首となったマードックの顔を見て、ヨハンは思わず悲鳴を上げた。
まさか自分もこうなるのか……と身を震わせる。
「あら? まさか貴方達もこうなると思いまして?」
怯える2人にクスクスと口を抑えながら笑うリーズレット。だが、彼女の目は笑っていない。
「貴方達には色々と教えて欲しい事がございましてよ。特に国のトップを殺した件は皆もよく聞きたいでしょう?」
リーズレットがそう言うと、誰もが彼女へと顔を向けて固まった。
「国のトップを殺した?」
ブライアンが辛うじて言葉を絞り出すと、それに頷くリーズレット。
「ええ。2人がマギアクラフトに見出されたのは5年前。4年前から互いに動き出し、戦争開始前からスパイ活動は始まっていた……と、この豚は言っていましたわよ」
マードックの髪を掴みながら手を掲げるリーズレットに対し「まさか」と震える声で口にしたのはガーベラだった。
「おかしいと思いませんでしたの? 国のトップが相次いで死亡。病死と事故を装って貴方の両親を殺したのはこの2匹の豚ですわよ」
リーズレットは確信を持ってそう告げた。
ガチガチに守られているであろう国のトップが次々に死ぬなどおかしいにも程がある。
こちらは酒場で軍人から聞いた事であったが、両者の死亡原因を調査・確認して正式に認めたのはヨハンとバードを含めた数名の軍幹部だったと言うじゃないか。
しかも、2人が行ったという決定的な証拠はマードックが語り、リーズレットがそれ聞いている。
勿論、他の幹部もまだ疑っているので監視は継続中だ。
リーズレットはガーベラの顔を見ながら告げる。
「貴女の両親を殺し、まだ未熟な貴女を女王として引っ張り出す。そうすれば短期間で王国を堕とせると思っていたようですわよ」
確かにガーベラは民にも慕われていて優秀かもしれない。
だが、場数も少なく歳も若い。優秀だがまだ未熟な少女だ。
彼女の両親の目を掻い潜って活動するよりは抹殺した後に、未熟な王女が成長する前に舞台を整えた方が格段に良い。
ただ、それでも3年もの踏ん張りを見せたのは敵も予想外だったようだが。
「貴方達が……! 私の……!」
表情に怒りを滲ませて、爪が食い込むほど強く拳を握りしめるガーベラが2人の裏切り者を睨みつけながら声を漏らす。
他の重鎮達やコスモスとブライアンも目線だけで射殺せるような鋭い眼力を向けていた。
「「 ………… 」」
沈黙は肯定か。2人は顔を反らしたまま黙ったまま。
「んふふ」
しかし、彼女は沈黙を許さない。
何度も敵へ示した通り、リーズレットの前で沈黙など無意味だ。
「さて、どちらを残しましょう?」
怒りに染まる皆の前でリーズレットは心底楽しそうに問う。
皆からの返事はない。よって彼女は2人を指差しながら「どちらにしようかな」と交互に行き来させて選び出した。
「貴方にしましょう」
選ばれたのはヨハン。
「王城にいる関係者全員を集めなさい。とっても良いものを見せて差し上げますわ」
ニッコリと笑ったリーズレットはガーベラにそう言うと、拘束している者達も含めて全員が外に連れ出された。
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「さぁ、さぁ! いよいよお楽しみタイムですわよォ!」
全員揃って連れ出された先は首都の外にある『ピッグハウス・ブレイカー』が設置された場所だった。
設置場所から300メートル程度離れた場所で陣取ったリーズレットは、とても楽しそうな笑顔で拘束された者達を見下ろす。
「これから裏切り者達がどうなるかを教えて差し上げましょう!」
スパイ活動をしていたヨハンとバード、彼等に加担した軍人達は勿論の事。他にも監視対象となっている者達、これから裏切るかもしれない者達へのアピールとして。
パチン、と彼女が指を鳴らすと巨大な弾丸を両手で持ち上げながら登場したのはロビィ。
彼が地面に降ろした巨大な弾丸の腹にある蓋を開ける。弾の中心部分は空洞となっていて、薬莢部分は通常の弾丸と同じ仕様となっている事が説明された。
ロビィの説明が終わるとリーズレットはヨハンの顔をニコリと笑いながら見て言った。
「さぁ、入りなさい」
人に対し、弾丸の中へ入れと彼女は告げる。
誰もが首を傾げるが、彼女は本気だった。
「い、嫌だ! やめろッ!」
抵抗するヨハンの髪を強引に引っ張りながら巨大な弾丸の中へと押し込んだ。
「さぁ! 見学者である皆に彼の罪を教えましょう! それは国のトップを殺し、国を破滅へと導こうとした罪!」
そして――
「私の大事な仲間の子を殺した罪です」
華が咲き誇るような笑みを浮かべて、リーズレットはヨハンの顔面を蹴飛ばした後で蓋を閉めた。
銃弾の中で顔面を抑えながら丸くなるヨハンはまるで棺桶の中に入ったみたいじゃないか。
ロビィに溶接して密封するよう命じて弾の準備は完了。
「豚入り弾丸を詰めなさい」
『ウィ、レディ』
ロビィは修理が完了したピッグハウス・ブレイカーを起動。弾を込めるシリンダー部分がスイングアウトして、ロビィが手動で豚入り弾丸をシリンダー内に挿入。
ガチャン、と撃鉄が動き出すとシリンダーが回転。自動で装填されている部分までクルクルと回り始めた。
回転が終了すると次は発射方向の指定。指定先はグリア共和国方向へ向けられた。
今まで修理できずに置物状態だった長距離砲が動く事に驚きの声を上げる見学者達。
前時代では防衛用の要として使われていた兵器であるが、現代に生きる彼等はどのような挙動をするのかも想像つかないだろう。
だから、そう――
『完了しました。いつでも発射可能です』
「よろしい。発射なさい」
『ウィ、レディ』
ロビィが遠隔操作用の端末にあるタッチパネルをポチリと押した。
「ボン・ヴォヤージュ!」
リーズレットの挨拶と同時に撃鉄が落ちる。弾丸の底をぶっ叩き、発射された弾丸は空の彼方へと撃ち出された。
あっという間に見えなくなった弾丸を見上げながら固まる見学者達。
起動して撃ち出す姿に感動する者はいない。それよりも皆の考えは「中に入った人間がどうなるか」という事に尽きる。
「ああ、中の豚は着弾地点の上空で外装がパージされ、空中で放り出されますわ。空から人が落ちてきたら敵はどう思うのでしょう? 私の知る限りだと阿鼻叫喚でしたわね」
前世の頃、20連発豚入り弾丸を敵地に撃ち込んだが敵への精神的な攻撃の威力は絶大だったと彼女は語る。
そう補足した後に彼女は言った。
「裏切り者の末路はとっても悲惨ですわね? 私、裏切りという行為が大嫌いですのよ。ですから、次も……これを使うかもしれませんわ」
リーズレットは見学者全てに警告した。
裏切ればどうなるかを。彼女が愛した者達の子を殺したらどうなるかを。
アイアン・レディ――否、レディ・マムと敵対すればどうなるかを。
「さて、残りの豚は立場を理解しまして?」
「い、いやだああああ!! 助けて、助けてくれえええ!!」
残る1匹の豚に顔を向けると、彼はガタガタと体を震わせ泣き喚きながら必死に命乞いを始める。
「そうですわねぇ……。貴方が素直に全て話せば助かるかもしれませんわよ? もし、話さなければ一家纏めて空の旅にご招待ですわね」
「話す! 話します!!」
何度も懇願するように叫び続けるバードを連行するよう命じたリーズレットはサイモンの顔を見て告げる。
「貴方、情報部でしたわね。どんな手段を使っても全て吐き出させなさい」
「イエス、マム!!」
命じられたサイモンは直立不動で綺麗な敬礼を取りながら、まるで新兵のような返答を返す。
「そこの貴方。法務部のトップでしたわね」
次に命じるの裁判等を行う法務部の者へ。
「ハッ! そうでありますッ!!」
「加担した軍人は全て殺しなさい。スパイ活動をしていた2名の家族も全員死刑にしますわよ」
「ぜ、全員、死刑ですか? 彼等の家族も?」
「当然ですわ。国のトップを殺した輩ですわよ。私の仲間の血を引く者を裏切り、殺した罪は重罪でしてよ。国の政治に関わる者全てにこの事実を伝えて、今回の件を見せしめになさい」
リーズレットの指示は現在の王国にとって少々重いようだ。リリィガーデン王国の法では直接関与していない家族や親類は国外追放となるのが一般的。
しかし、彼女は決定を変える気はない。
容赦がないように思えるが、彼らが王家を陥れ国家転覆を図ったのも事実。逆恨みで関係者が再び牙を向く可能性を潰す事も考慮に入れれば妥当とも取れる。
世論としてもこの辺りは意見が分かれる可能性があるものの、リーズレットは強気に押し通す。
「私はガーベラを守る責任があります。反乱分子は1ミリたりとも許しはしませんわ。私のモノに害為す輩は全て殺すのが私のやり方ですわよ」
彼女は豚を狩る獣のような獰猛な目で国の重鎮達を見た。
先日まで遊び回っているだけの腑抜けた伝説、所詮は女、などと言われていた彼女は既になく。
演技を終えた彼女は恐怖支配を得意とする最強の淑女へ顔と態度を戻っていた。
「お姉様……」
今までの演技は全て自分の為だったと知ったガーベラは瞳を潤ませながらリーズレットを見た。
「約束したでしょう? 貴女を守ると。もう怖いものは無くってよ。私が全てぶっ殺して差し上げますわ」
そんな彼女にリーズレットは微笑みながらガーベラの頬をそっと撫でた。
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・余談
グリア共和国 北部の街
マードックが支配していた街が強襲されたとして近くの駐屯地から派遣されたグリア軍は屋敷の惨状を見て恐怖に震えていた。
屋敷の周辺に転がっているのは元仲間達の肉片と瓦礫の山。
穴だらけになった屋敷の中には指揮官であったマードックの首無し死体に加えて、彼の家族が撃ち殺されていたのだ。
「ひでえ……」
街の住人から事情を聞くと空を飛ぶ黒色の何物かが屋敷とグリア軍を攻撃していたという。
グリア軍上層部からは攻撃したという黒色の物体について情報を集めるよう指示されたが、これといって有力な情報を得られなかった。
情報収集に加えて、到着した軍は同時に現場の後処理も行わなければならない。
肉片になった元仲間達をかき集め、しっかりと埋葬しなければ疫病などの原因になりかねないからだ。
「街じゃあ、リリィガーデン王国住人の呪いだとか言われてるぜ?」
この惨状を目撃したのは軍だけじゃなく、当然街の住人も目にしているのだ。
地獄のような光景を目に見た住人達は、元々この土地に住んでいたリリィガーデン王国の住人――グリア軍が占拠した時に処刑された者達の怨念や呪いのせいだと言い出す輩まで現れた。
原因となった黒い物体の正体が明確にわからない以上、そういった迷信に話が傾くのも頷ける。
現実主義な軍人達はあり得ないと一蹴したが……。
「あ? 何の音だ?」
屋敷の周りで死体処理を行っていた軍人の1人が空で「バン」と何かが破裂するような音が鳴った事に気付く。
空を見上げれば正体不明の物体が真っ直ぐこちらに落下してくるじゃないか。
「おい!! 何か降って来る!!」
敵の新兵器か!? と慌てた軍人は仲間に叫びながら、逃げるよう指示を出した。
指示を出して数秒後、空から落下してきた物体は駐車していた魔導車のルーフに落下。落下の衝撃でルーフがひしゃげて、歪んだフロントガラスが割れて飛び散った。
「一体何だ……?」
飛び散ったガラスの破片から顔を腕で防御していた軍人は恐る恐る目を開けると――
「ヒッ!?」
落下して来たのは人の体だった。落下の衝撃で頭部が弾けたのか誰なのかはわからない。
だが、壊れた魔導車の上から滴る血と辛うじて四肢の原型が残っている事から『人である』という事だけが分かった。
「やっぱり呪われているのか!?」
人が空から落ちてくるなどあり得ない。一瞬だけ見えた謎の物体はドラゴンライダーじゃない事は確かだ。
「一体何なんだよオオオ!!」
グリア軍は恐怖のどん底に落とされ、早々に街から引き揚げる事となった。
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