44 愛する淑女達へ
パーティーが終わった後、リーズレットは王城に部屋を用意されたが部屋には直行せずにサリィを連れて地下に降りた。
行先はロビィとリトル・レディが待つ遺産の部屋。
辿り着くとリーズレットはアップに纏めていた髪を解き、軽く首を振っていつもの髪型へ。
『如何でしたか?』
「ずっと笑っているのも疲れますわね」
リーズレットは質問してきたロビィにそう返し、頬をむにむにと手で揉み解す。
「我慢した甲斐があって、大体見えましてよ。信用できそうなのは数名といったところでしょうか」
パーティーに参加したリーズレットはリリィガーデン王国の主要メンバーや豪商達のような、国において一部の権力を持つ者達を観察していた。
その中にいるほとんどはリーズレットを敬ってはいるものの、自身の地位を高めるために利用しよう……などと考えている輩が多くみられた。
「気になった者は家柄を聞きましたが、ほとんどがアイアン・レディと関係性がある者でしたわね」
リーズレットを利用しようとは考えず、単純に憧れや尊敬の念を寄せてきた者は建国の母達と呼ばれた3人と関係がある家――所謂、直系の子孫や分家と呼ばれるような間柄の者達。
この辺りはさすが元仲間達の子孫といったところか。
「気になっている事もありますし、一手打ちますわよ。サリィも明日から王城のメイド達と交流して最近の噂話を集めて下さいまし」
「お任せ下さいですぅ」
噂話というのは馬鹿にできない。サリィにそちらの情報を集めさせながら、自分も動きだすと宣言した。
「ロビィ、そちらはどう?」
次に遺産として残されたアイアン・レディの装備品について。
『小型タレットと偵察用の小型ドローンがダース(12機)で残っていました。あとは地下にナイト・ホークが3機格納されています』
ナイト・ホーク――アイアン・レディが使っていた黒いヘリコプターである。
速度も速く、夜の闇に紛れる黒い塗装。加えてローター音を極限まで抑えて無音状態にして、前時代の魔導レーダー対策ともう1つの特殊機能を持ったステルス機。
移動手段としても優れ、強力な武装を備えている事から敵に奇襲を仕掛けるにはもってこいだ。こちらが残っているのは心強い。
『自走式のロケット砲はありませんでした』
「そう……。外にあるピッグハウス・ブレイカーは修理できまして?」
『どの程度破損しているかにもよりますが、予備の部品がありましたのでそちらを流用すれば可能かと』
「そちらもすぐにチェックして下さいまし。出番があると思いますわ」
『ウィ。レディ』
遺産の状況を把握したリーズレットは次にリトル・レディへ問う。
「リトル・レディ。私が転生した事について情報は残っておりますの?」
この時代で記憶を取り戻してから常に考えていた事だ。
自分が転生した理由はフロウレンスは夢を叶えて欲しかったからだと言っていた。
だが、なぜすぐに転生させなかったのか。
転生させる技術があったのにも拘らず、敵組織に狙われていたにも拘らず、何故フロウレンス達はその時に転生させなかったのだろうか。
特定の者を転生させるという技術も気になるが、それよりも理由が気になる。当時アイアン・レディの皆が抱いていた気持ちが気になる。
『Dr.アルテミス主導で行われた『Lady Revive 計画』の一部がございます』
「Lady Revive 計画?」
『はい。アーカイブに計画内容と技術に関する事は削除されておりますが、実行された記録が存在します』
リトル・レディには計画の詳細は残されていなかったものの、アイアン・レディに所属していた者達が行動していた当時の様子を語り始めた。
『計画自体はレディが死亡する前より準備されています。レディの死後、すぐに転生させる計画は本格化しました』
計画自体はリーズレットが死ぬ前――老衰でほとんどベッドの上から動けなくなった頃から準備されていたという。
Dr.アルテミスと呼ばれた天才技術者。転生者である彼女が考え、主導した計画で全構成員が関わった記録が残されている。
『計画がスタートした直後、敵組織による襲撃が激化。技術流出を恐れたDr.アルテミスは計画をユリィチーフと共に持ち出し、アイアン・レディの隊を各地へ分散させて敵組織の侵攻を食い止めようと動き出しました』
フロウレンスのように各地に存在した拠点を封印するチームや敵組織の攻撃を抑えるチームなどに分けられたようだ。
『Dr.アルテミスとユリィチーフによって計画は進められましたが、大陸中央で世界規模の災害を観測。そのタイミングで私のネットワーク網は破損し、チーム全体が孤立しました』
そのタイミングでリトル・レディは全構成員の情報を収集できなくなったと語る。
「ですが、私は転生しました。計画は成功したという事ですわね?」
『イエスです。私が最後にDr.アルテミス、ユリィチーフと接触したのは封印を施される時でした。お二人は特定の遺伝子情報をデータベースに登録して封印の最終解除キーに設定。マーガレット、グロリア、イザベラの3名に移送と守護を命令しております』
ここからはリリィガーデン王国の者達が3人を『建国の母達』と語る歴史が始まる。
彼女達はリリィガーデン王国を敵組織から守ると同時にリトル・レディの封印を守っていたようだ。
「特定の遺伝子というのはなんですの?」
『レディ・マムの体内にはDr.アルテミスが開発した特殊な遺伝子が組み込まれております。私はそれが転生の重要な要素となっていると推測します』
凡人とは違う、特別な遺伝子。それが何らかの方法でリーズレットの――今世に生まれたローズレットの体内に組み込まれているらしい。
転生技術において重要な役割になると同時に封印を解く為の鍵になっていたと彼女は語る。
『ですが、これらは重要な事ではありません。レディ、貴女は敬愛されていました。私を含め、アイアン・レディ全ての者達に。貴女を思わなかった日はなかったでしょう。貴女が再び生を取り戻す事を誰もが望んでいました』
端末に備わったカメラで彼女は見ていた。封印される直後まで、ずっと。
泣きながらキーボードを叩いて、愛を貰った者達がリーズレットに対して愛を返そうとするアルテミス達の姿を。
『レディ。私も貴女が幸せになる為ならば協力を惜しみません』
「……ありがとうございます、リトル・レディ。私は夢を追いますわ。ですが、その前にやる事がありましてよ」
皆がリーズレットの幸せを望んだ。だからそれを叶えよう。
だが、それよりも前に清算すべき事がある。
愛すべき子等を窮地に追い込み、害した全ての者達を殺す。
組織、その子孫達、過去に襲撃に関わった系譜は全て根絶やしにしなければいけない。
それがアイアン・レディを創り上げ、彼女達を愛したリーズレットの責任である。
『イエス、レディ。私の力を全て、貴女に捧げます』
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翌日、リーズレットはコスモスとガーベラを連れて城の中庭を訪れた。
そこには建国の母達と呼ばれた3人と共に戦った者達が埋葬された墓が存在する。
特別大きな墓石に名を刻まれた建国の母達。彼女らの墓の前にリーズレットは花束を添えた。
彼女の後ろに控え、友との再会を見守るのはグロリアの直系であるコスモスとマーガレットの直系であるガーベラの2人だけ。
残念ながらイザベラの直系は過去の戦争で血が途絶えてしまったと2人から聞かされた。
「リトル・レディとも話しましたわ」
花束を添えたリーズレットはそう言って、昨日決めた事を心の中で3人へ呟いた。
この場にいる2人は愛すべき友の子孫。彼女達を守り、導くのはリーズレットの責任でもあると。
リーズレットは伝えたい事を心の中で呟くと、そっと立ち上がる。
左胸に握った拳を当てて、アイアン・レディ式の敬礼を取ると彼女は墓の中で眠る3人へ告げた。
「マーガレット、グロリア、イザベラ。私、リーズレットは3名を淑女と認めましょう。同時に、退役を許可します」
リーズレットがそう告げると爽やかな風が吹いた。
墓地に植えられた花の花びらが舞う。まるで彼女達の名誉ある退役を祝福するように。
「これまでの働きに感謝致します。私は貴女達の想いを連れて、幸せを目指しましょう」
この時、リーズレットは墓石の向こう側で敬礼する3人の戦友を見た。もう既にこの世にはいないはずだが、確かに彼女達の姿があったのだ。
彼女達は微笑みながらリーズレットと同じように敬礼して。他者には聞こえぬ言葉で――愛していると言った。
「私も貴女達を愛していますわよ」
リーズレットは仲間に向ける優しい笑顔を浮かべて、最後の別れを済ませる。
少しばかり俯いた彼女は表情に決意と、敵へと向ける獰猛な笑みを浮かべながらコスモスとガーベラへと振り返った。
蘇った淑女は花びらが舞う中、戦友達が眠る墓石を背に。愛すべき戦友達にその背中を見送られながら。
「さぁ、戦争の時間ですわよ。愚かな豚共に、私が本物の戦争を教えてあげましょう」
愛すべき淑女達が残した若き見習い淑女2名を連れて墓地を後にした。
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