前日譚 3 : 帝国崩壊
その日、帝都は燃えていた。
リング聖王国が帝国領土となってから20年。帝国は転生者の技術を使って大陸の統一を目指した。
抵抗する他国を侵略して領土を奪い、帝国に勝てないと降った国には傀儡として。時には同盟国を増やしながら事実上の世界征服を着実に進めていた。
完全統一まであと1歩。
皇帝はあと1歩だったのに、と奥歯を噛み締めて悔しがる。
人生、そう上手くいかない。
帝国特有の男尊女卑思想、帝国貴族によって行われ続けた低級国民への搾取と弾圧。
国民の内に燻っていた差別への怒りが遂に爆発。帝国内には各地でレジスタンスが誕生し、クーデターに発展。
ただ、大陸最強の武力と国力を持つ帝国にレジスタンスだけでは敵うはずがない。彼らを手助けしていた者達がいた。
それが最強の傭兵団。伝説の淑女、レディ・マム率いる『アイアン・レディ』である。
敵対組織の妨害を蹴散らしながら各地に誕生した転生者を保護して独自の技術力を確保。同時に圧政を繰り返す国を潰し、傭兵団理念と一致した革命戦争に介入を続けて規模を膨らませ続けた。
結果、アイアン・レディの力は1つの国と言ってもおかしくない規模にまで膨れ上がった。
各地に存在する拠点やセーフハウス。各国の政府を監視する諜報員。転生者の持つ異世界技術によって開発された最新装備と兵器の数々。
軍事力や諜報力だけで言えば帝国を凌ぐ。
どこにでも存在する、世界一小さな最強の独立国家。戦いをメシの種とする者達からはそう例えられるほどに。
帝国は今、その小さな国と戦って負けた。
帝都内にはアイアン・レディが所有する機動戦車――二足歩行形態に変形する戦車に囲まれ、空は無音で飛ぶ黒い航空機に制圧される。
メインストリートには革命の炎が上がり、綺麗な街並みはレジスタンスの放った炎で崩れ落ちる。
帝都最奥にある帝城は玉座の間以外をものの数分で制圧された。
世界最大の国の中核を制圧したのは、特殊な金属繊維で作られた軽量ながら耐衝撃性に優れる黒色の戦闘用ドレスを着用し、黒いフード付きのコートを纏う淑女の集団。
「なぜだ……!」
玉座に座りながら帝国軍に守られた皇帝は問う。
黒い淑女達を率いる、黒いフード付きコートと赤いドレスを着た淑女に。
赤い戦闘用ドレスを着た淑女の顔にはガスマスクが装着されていて素顔は見えない。頭にはコートのフード。フードの間からは長いドリルのような巻き髪が露出する。
赤い淑女は皇帝の問いに答えなかった。彼女は肘から上を挙げて、静かに振り下ろす。
振り下ろされた腕と同時に淑女達の持つ最新式の銃が帝国軍人を射抜いた。圧倒的な連射力と貫通性。
そして、徹底的に訓練された兵士としての高い練度。
思い上がっていた帝国産の豚共は秒であの世に出荷された。
「なぜだ……! なぜ、帝国を潰す……!」
皇帝はもう一度、赤い淑女に問う。
死ぬ前に理由が聞きたい。あと一歩だった大陸統一、失敗の原因が知りたい。
赤い淑女はガスマスクを取って素顔を晒した。
アイアン・レディの創設者にして『レディ・マム』と呼ばれる彼女は、傭兵団創設から20年経った今も変わらず美しい。
「男尊女卑の思想がこれ以上世界に蔓延すると、私の目指す素敵なお嫁さん生活が現実にならなくてよ?」
レディ・マム。リーズレット・アルフォンス 40歳。
彼女は未だ独身だった。
何度かチャンスはあったものの、見事に婚約破棄を繰り返された。そして地獄の殺戮ショウが開演する。
美しい容姿もあって何度か本気で結婚を申し込んでくる男もいた。だが、付き合ってみれば誰もが男としての『理想の女性』をリーズレットに強要した。
結果、性格の不一致や結婚後の生活に難ありとして破断。余談であるが、こちらの男性陣はひっそりと見習い淑女達の手によって消された。
「貴様、まだ結婚を諦めていなかったのか……?」
「当然でしてよ」
皇帝は「マジか」と小さく呟いた。
結婚に年齢は関係ない。人が愛し合うのに年齢は関係ない。
だが、それは一般女性の話である。
確かに歳をとっても尚、彼女は美しい。だが、行動と立場に難がありすぎる。
最強の傭兵団を率いるレディ・マム。
敵を豚と罵りながら容赦なく銃弾を撃ち込み、周囲には怖い見習い淑女が溢れかえっているのだ。
彼女に相応しい男なんて、この世にいないとさえ思える。
コミックの中か最近開発された魔導映像作品に登場する完全無欠のスーパーヒーローくらいしか釣り合いが取れないだろう。
「クソ、クソ……」
皇帝は玉座に座りながら、両手で顔を覆った。
まさか帝国滅亡の理由が『理想のお嫁さん生活』だなんて。彼女がまだ結婚を諦めていなかったなんて。
「殺せ……」
皇帝は力を抜いて背中を玉座に預けた。もう反抗する気力すら沸かない。もう自分は終わったのだと諦めた。
「貴方を殺すのは私ではなくってよ」
そう言って、リーズレットは玉座までの道を譲る。
リーズレットの代わりに歩み寄って来たのは黒い戦闘用ドレスを着た見習い淑女。彼女はガスマスクを取ると――皇帝とどこか似た雰囲気の顔を晒す。
「そうか。お前は……」
彼女の顔は自分が娶った女の1人と似ている事で察した。
名前すらも覚えていない、自分の娘であると。
「母上の仇ッ!」
男尊女卑の思想を改めさせようと奮起した末に、処刑された側室の子。
彼女の名はフロウレンス。
レディ・マムに拾われ、アイアン・レディの一員となって力を得る為に厳しい訓練をこなし、遂に仇を討つ機会が巡って来た。
彼女が握るハンドガンから弾が飛び出し、皇帝の額に穴が開く。
ハンドガンを握る腕が降りると、彼女は背後からそっと抱きしめられた。
「フロウレンス、気が済みまして?」
「はい……。ありがとう、マム」
彼女は体を反転させるとリーズレットの胸に顔を押し付けて、ようやく母の仇を討てたと涙を流す。
抱き合う2人にそっと歩み寄る存在がもう1人。
「マム。帝国の転生者は保護した」
フロウレンスの頭を胸に抱くリーズレットへ報告したのは、アイアン・レディにおいてもっとも優秀な開発者。
転生者であり、皆からはDr.アルテミスと呼称される少女だった。
銀髪のショートカットに切り揃えた彼女はブカブカの白衣を引き摺りながら、リーズレットに抱き着くフロウレンスとの間に体を割り込ませる。
ちょっと! と不機嫌になるフロウレンスにもお構いなし。リーズレットの腕を取って、自身の頭に手を置く。
撫でろと催促しながら、不機嫌なフロウレンスを横目に見てニタァと笑った。
「そう。では、私達も戻りましょう。ユリィに暖かい食事を作っておくように伝えて下さる?」
保護した転生者の子供達が到着次第すぐに食事が出来るように、と伝えるとアルテミスは通信機を起動して連絡を取り始めた。
「転生者の中に良い男はいるかしら?」
「マム。保護した子達は全員女の子だって情報ですよ」
唇を尖らせていたフロウレンスはリーズレットの言葉を聞くと小さく笑いながら言った。
つくづく良い男に縁がない。
「新生帝国になれば、帝国男児もマシになるのでは?」
「帝国のフニャチン共が祖先にいては、国が生まれ変わっても望み薄ですわね」
こうして、帝国は革命の炎で焼かれた。
レジスタンスを率いていたリーダーの女性が新しく女帝となって、アイアン・レディに敬意を払いながら新生帝国を率いていく事となる。
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時間は少し巻き戻り、皇帝が死んだ直後。
路地裏には1人の男が耳に小型通信機を当てて通話をしていた。
「もう帝国は終わりだ。転生者も回収されてしまった」
男は路地の外をチラチラ見ながら、通話が繋がっている者と会話を続ける。
「彼女は大きくなりすぎた。組織もだ。もう誰の手にも負えない。彼女が死ぬのを待つしかない」
男は世界最強の女性を脳裏に浮かべながら言った。
「もう無理だ。計画を見直して……アンタが作った女だろうがッ!」
通話相手の返答が気に入らなかったのか、男はつい大声で叫んでしまった。
急いで口を手で抑え、路地の外を覗く。周囲には誰もいない事に安堵して、再び会話を続けた。
「とにかく、急ぎ戻る。全員を招集させた方がいい。それから――」
そこまで言いかけた時、路地の外に人影が見えた。男は黒いドレスを着て武器を持つ相手と目が合った。
「あれ? 武器屋の店主さん?」
「お、おお!」
武器屋の店主は通信機の端末をポケットに素早く捻じ込みながら愛想笑いを浮かべる。
「どうしたんですか?」
「どうしたんですか、じゃねえよ! 戦火に巻き込まれないよう逃げてたんだよ!」
いつもの調子を演出しながら、アイアン・レディの構成員に「大変だったんだぞ!」と大げさにリアクションを取った。
「そうでしたか。でも、もう終わりましたよ」
「そうかい。今回も死なずに済んだぜ」
フゥ、と武器屋の店主はため息を零す。本当に『今回も』死なずに済んで良かったと毎度思う。これはなかなか精神的にキツイ。
「じゃあ、私は行きますね」
「おう。お嬢さんによろしくな」
武器屋の店主は見習い淑女に手を振って別れると、再びポケットの中にある通信機を耳に当てた。
まだ回線は繋がっている事に安堵して、疲れた顔を浮かべながら言った。
「とにかく、魔女の館に戻る。計画を練り直そう」