42 レディ・マムの帰還
地方の街で一泊したリーズレット達は朝から再び首都を目指して出発。
首都の街が目視できる距離まで到達したのは昼を過ぎた頃であった。
運転席に座るリーズレットは首都の外に設置された巨大な砲――リボルバーのような回転式シリンダーを用いた大型の長距離砲を見てつい笑みを零した。
「懐かしいですわね」
元アマール王国が所持していた長距離砲。アマール王国が使っていた頃の正式名称を『星屑一号』という。
長距離とあるように首都から領土の端まで届くほどの射程を誇り、防衛用として猛威を振るっていた前時代の兵器である。
「あれを知っているのですか?」
「ええ、勿論ですわよ」
なんたって技術提供したのはアイアン・レディだ。国内に拠点を置かせてもらい、組織に干渉しないという約束を結ぶためにアイアン・レディ主導で製造した防衛用兵器である。
アマール王国が実在していた頃はこの砲があったおかげで領土を守っていたと言っても過言ではない。
ただ、今では外装がボロボロで稼働している形跡がない。既に過去の産物として置物化しているようだ。
「ピッグハウス・ブレイカーが使えれば防衛戦は容易になりますわね」
リーズレットはアイアン・レディ内で開発された当初のコードネームは『ピッグハウス・ブレイカー』――豚小屋壊しの名で砲を呼ぶ。
この名で提出したものの、アマール王国に却下されたという裏話をコスモスに語ると「でしょうね」と返されてしまった。
「ですが、国の技術者は再使用できないと」
長距離砲に使われているのは異世界技術だ。リリィガーデン王国の技術屋も復活させようとしたものの、数年前に諦めたという。
それも当然だろう。転生者が持ち合わせていた特殊技術を現代人が使いこなすのは不可能に近い。
「遺産の内容次第では……」
リーズレットはリリィガーデン王国に残されている遺産の中に、ロビィのような開発補助用ゴーレムがあれば復旧できるかも、とは思っているものの望みは薄い。
一旦そちらは置いておき。
まずはリリィガーデン王国首都である。
フロントガラス越しに見えるのは巨大な街。
街の外周には一部フェンスが設置され、魔獣除けらしき対策があった。
そこから奥に目をやれば、区画整理されているであろう綺麗な街並みと一番奥にはアマール王国が作ったものと同型の城が見える。
海側には船が停泊された港もあるようで首都としてはラインハルト王国やベレイア連邦の首都よりも遥かに大きい。
先導しているブライアンが乗った魔導車は入場ゲートの手前で止まると、ゲートを警備していた軍人に一言二言告げると警備兵は敬礼してからゲートを開放。
入場ゲートも他国とは違い、巨大な鉄門を使用していない。軍人がゲートの開閉ボタンを押すとフェンス状の両開き扉が開く様子には前時代の面影が残っていた。
首都の中に入ると他国と違って、独自の歴史を持つリリィガーデン王国の文化がよく見える。
メインストリートは広く作られ、魔導車がすれ違って通れるよう2車線に。両脇に並べられた商店と車道の間には歩行者用の通路が設置されていた。
住宅や商店など建造物のほとんどがコンクリート製。区画整理されているおかげで商業区画と住宅区画が別々に揃えられ、海側に工業区画が集中していた。
コンクリート製の建物の中に風格とアンティークさが残る前時代の建物も混じり合っているのが、よりこの街を彩るアクセントとなっていた。
メインストリートを進んで城へと近づくと、道には街路樹が植えられていたり公園があったりと街の中で自然と触れ合える場所が増えていく。
「マムがいた頃と比べてどうですか?」
リーズレットが運転しながら街並みを見ていると、助手席のコスモスが問う。
「昔よりも綺麗ですわね。昔はもっとゴチャゴチャしていましたわ」
前世の頃は今よりも戦争が苛烈だったせいもあって、街の中には軍用施設が多かった印象がある。
この街を設計したのが誰なのかはわからないが、せっかく綺麗に整理されているのだ。このまま維持した方が良いとリーズレットは口にした。
首都について雑談していると城の目の前に到着。先導していたブライアン達が魔導車から降りたのを見てリーズレット達も外に出た。
「この車は軍に保管させますので、ご安心を」
「私が置いて参ります」
ブラックチームのメンバーにキャンピングカーを任せ、コスモスとブライアンがリーズレット達を連れて城の中へ。
既に連絡をしていたおかげか、城の玄関には警備隊の隊長クラスと軍の幹部が勢揃いしてリーズレットを迎える。
「ブライアン少佐。この御方が?」
「はい。レディ・マムをお連れしました」
ブライアンは幹部の男性にハッキリと「レディ・マム」であると告げる。
幹部達は表情で驚きを露わにしたものの、内心はまだ信じていない様子が感じ取れた。
「上で陛下がお待ちです」
幹部達が玄関にあったエレベーターを手で示す。それに乗って3階に行くと、赤絨毯が敷かれた白い壁の廊下があった。
廊下を歩く途中、リーズレット、サリィ、ロビィの3人は幹部達に囲まれた。
まだ信じていないが故に、敵のスパイであると思われているとも取られる行動を露骨にされてしまうが、リーズレットは気にしない。
幹部達に歩く姿をチラチラと見られながらも、いつも通りに堂々とした態度で進む。
警備が厳重な扉の前に案内され、扉の両脇にいた警備隊が扉を開く。
扉の先は舞踏会に使われそうな広いフロアだった。室内には廊下と同じように赤絨毯が敷かれており、10人の男女と薄ピンク色のドレスとドレスと同じく薄ピンクの長い髪に銀色のティアラを乗せた少女がリーズレットを待つ。
リーズレット達が集団の中央にいる少女へと歩み寄ると、少女はやや緊張した声音を発した。
「貴方様がレディ・マムですか?」
何ともシンプルでストレートな質問だ。
だが、リーズレットを見る誰もが緊張しながら彼女の返答を待つ。
「ええ。そうですわよ。私は嘗てアイアン・レディという組織を創り、レディ・マムと呼ばれておりました。リーズレットと申します。死ぬ前はリーズレット・アルフォンスと名乗っておりましてよ」
ごきげんよう、と淑女らしく挨拶すると少女以外、10人の男女からは様々な声が漏れた。
伝説の淑女が前世で名乗っていたフルネームを聞いて信じる者、まだ疑う者、敵の罠ではないかと油断を見せぬ者……様々な考えを表した表情を浮かべる。
「貴方様のお言葉を信じます。私、リリィガーデン王家は代々アイアン・レディの遺産を守ってきました。それをお返ししたく存じます」
緊張する少女はそう言った。
これからリーズレットを遺産に通じる扉へと案内し、その扉を開けて中身を受け渡すと。
コスモスが説明してくれた通り、これが本人かどうかの確認作業。事前に知っていたリーズレットは頷きを返す。
警備隊とこの部屋にいる全員で目的地へ……行く前に、少女の隣にいた老人が小声でコソコソと少女に耳打ちをした。
すると、緊張感を露わにしていた少女は小さな声で「あ!」と何かに気付く。
「あ、そ、その! も、申し遅れました! 私、リリィガーデン王国王家。現女王のガーベラ・リリィガーデンと申します!」
だいぶ遅れた自己紹介を赤面しながらするガーベラ。やっちゃったぁ、と声を漏らす。
緊張していたせいか、手順をすっ飛ばしたようだ。なかなかに可愛らしい少女であると、リーズレットは笑みを浮かべた。
「ふふ、ごきげんよう。ガーベラ」
「あう……」
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微笑ましいやり取りを終えて、リーズレット達は城の地下へと案内された。
地下1階に降りるとコンクリートの壁に囲まれた通路が続き、更に先を行くと分厚い鋼鉄のドアが姿を現す。
「陛下、私が開けます」
「ええ」
この鋼鉄製の扉は本命ではないようだ。
初老の男性が鍵を扉の脇にあったボックスに差し込んで捻る。その後、出現したレバーを引くと鋼鉄の扉が自動でゆっくりと開いた。
扉の向こう側は洞窟のように先が真っ暗で、岩をくりぬいたような通路が続く。
警備隊とブライアンがランタンに火を灯し、道を照らしながら先頭を歩き始めた。
コツコツと皆が鳴らす靴の音が反響する道を行き止まりまで進むと金属製の扉が一枚。
扉の表面は経年劣化しているものの、扉の中心にアイアン・レディのエンブレムが刻まれているのがわかる。
「ここからはレディ・マムとお仲間の方々、陛下のみが進む事になっております」
200年以上開けられていない扉の前にリーズレット達3人とガーベラが歩み寄る。
ここが本命。この扉を開けられる者は建国の母達、もしくはアイアン・レディの創設者であるレディ・マムだけだと言い伝えられた伝説へと続く扉。
開けられれば、彼女は本物である。
扉に歩み寄ったリーズレットを誰もが固唾を飲んで見守る中――彼女は扉に取り付けられた入力装置に触れる。
『指を置いて下さい』
指一本分空いているソケットに指を置くと、指の腹を小さく細い針で浅く刺された。
リーズレットの指から血が少量流れ、それが機器に採取される。
『設定された遺伝子を検知。封印を解除します』
しばらく待つとピピピ、と電子音が鳴って扉が開く。それを見た者達全員が今度こそ揃って驚きの声を発した。
「本物……!」
「本物のレディ・マム……!」
彼等の目の前にいる赤いドレスを着た女性は本物のレディ・マム。
建国の母達が待ち望んだ本物。それが示された事で、全員の態度は一変する。
「リーズレット、お姉様……!」
リーズレットの後ろにいたガーベラは目を輝かせ、小さな声でそう告げる。
声に振り返ったリーズレットはガーベラに微笑むと、
「さぁ、中へ行きましょう」
驚愕する者達を置いて、仲間達と共にガーベラを連れて中へと進んだ。
リーズレット達が扉を潜ると、背後の扉は自動で閉まってしまう。中は非常灯だけが点いている状態であった。
キョロキョロと薄暗い道を探るように進むガーベラとは対照的にリーズレットは堂々と道の真ん中を進む。
天井が低い通路を進んで行くと、行先は特別広い空間だった。
低かった天井は見上げるほど高い天井へと変わり、広い空間の中央には巨大なタワーのような物が置かれている。
タワーからは何本も太いケーブルが伸びて、周辺に複数設置された箱のような物体へと接続されていた。
『レディ、これは』
「ええ。メインフレームですわね」
城の地下……。いや、城を上に建設する事で隠された空間にあったのは『レディ・ネットワーク』の中核となるメインフレームシステムであった。
ガーベラとサリィが口を開けてタワーを見上げる中、リーズレットとロビィは操作端末へと近づいた。
ロビィが裏側まで行くと主電源用のレバーを引いた。その間にリーズレットが端末に収納されたキーボードを引き出して、再起動の準備を始める。
主電源が起動すると真っ暗だったタワーに淡く光が灯った。同時にリーズレットの前にあったモニターが息を吹き返す。
『 Lady Network.... Please stand by... 』
モニターに文字が表示され、キーボードの両隣にあったソケットがカチャリと開く。
開いたソケットはまるで銃を差し込むような隙間。リーズレットはホルスターからアイアン・レディを抜くと両方のソケットに差し込んだ。
『 Authentication.... 』
モニターに再び文字が表示され、今度はキーボードの上部にあった扉と同じ認証用の機器の蓋が開く。
先ほどと同じように人差し指を置くと、扉と同じように血を一滴採取された。
『 All Complete... system Reboot.... 』
システム再起動に必要な認証作業を終えると、フロアの奥からリアクターが完全起動する独特な音が聞こえた。
起動したリアクターはメインフレームを構成する全ての機器にパワーを供給。太いケーブルで繋がっていた複数の箱型装置が赤い光を発していく。
最後は巨大なタワー型の中央装置が起動して、タワーに赤いラインが3本走ると上部には赤色で描かれたアイアン・レディのエンブレムが空中投影された。
『メインフレームシステムオンライン。お帰りなさいませ、レディ。貴女の帰還を待ち望んでおりました』
メインフレームシステムに備わった女性型の音声ガイドがリーズレットの帰還を歓迎すると同時に、フロア全体の灯りを点ける。
「お久しぶりですわね。リトル・レディ」
メインフレームシステムにインストールされた音声ガイドの名は『リトル・レディ』
彼女はアイアン・レディ全ての情報を司り、同時にレディ・コンタクトレンズを通して情報を与える支援AIだ。
「貴女は拠点から移されましたの?」
『はい。マーガレット、グロリア、イザベラの3名が率いる隊によってこの場に移設されました。移設と同時に封印を施され、レディの帰還を待つよう命じられたのが最後のオーダーです』
メインフレームシステムが敵に奪われないよう、アイアン・レディの拠点から移設したと彼女は告げる。
「その方々は建国の母達です……」
背後で圧倒されていたガーベラがようやく正気を取り戻し、リーズレットの傍に歩み寄りながら言った。
彼女の言葉にリーズレットは頷きを返す。
『レディ。封印が解かれた後、こちらを渡すよう命令されておりました』
リトル・レディがそう告げると、傍にあった保管箱がプシュッと音を立てて開く。
中には一枚の写真。
「これは……」
写真はアイアン・レディの全隊員が映った集合写真だった。
写真は色褪せ、何度も触ったであろう跡が残る。リーズレットは懐かしい写真を見ながら微笑むと裏面を見た。
そこには『愛すべきマムへ』と書かれた文字があった。
『アイアン・レディ全員が貴女の帰還を信じておりました』
「そう……」
リトル・レディは皆の想いを語る。
リーズレットは写真の表面に映る愛すべき者達をじっと見て、
「ありがとう。遅くなってごめんなさい」
そう言って、写真へと口づけした。
読んで下さりありがとうございます。
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