41 リリィガーデン王国と女王
東部戦線から西にあるリリィガーデン王国首都へリーズレットを案内するブライアンとコスモス達。
移動時間は魔導車で2日ほど掛かるため、道中にある軍事基地で一泊するつもりであったがリーズレットの希望で基地ではなく街の宿を取る事となった。
リリィガーデン王国において軍人とは一般人にとって、代わりに戦ってくれる兵士として尊敬されてはいるものの決して特権階級扱いではない。
宿を取るにしてもしっかりと料金を払わなければならないし、質の良い部屋が空いてなければ諦めなければならないのだ。
そのため、案内人の彼等は基地の方が上級階級用の貴賓室を借りられるのでそちらの方がリーズレットに対して礼を尽くせると思っていたのだが……。
「街にいるイケメンを発掘しますわよ」
「イケメン……?」
夜になった頃、街に到着したリーズレットは意気揚々とメインストリートを歩き出す。
街に立ち寄りたい理由がイケメン探しというのだからコスモスもブライアンも首を傾げるばかり。
「やはり、リリィガーデン男児は日焼けしている方が多いのですわね!」
フンフン、と鼻息を荒くしながら街行く男達を見るリーズレットは少々不審者気味である。
「日差しが強いのもありますが、首都以外は農地や漁師街として成り立っている場所が多いですからね」
リリィガーデン王国の気候は安定しているものの、やや日差しが強い。
加えて首都近郊に魔導具の生産を行う工業地帯が集中しているので、地方は農地や海漁で生計を立てている家庭が多い。
この街も食料生産地として成り立っているので外で仕事をする男達がほとんど。そのせいで日焼けしている者が多い。
しかし、ワイルドな男性も好みであるリーズレットにとってはウェルカム。
一方でコスモス達にとってはリーズレットがイケメンを探している理由が理解できなかった。
その理由を聞けたのは街の料理屋に入って席に着いた時だ。
「私、結婚相手を探していますのよ」
コスモスがイケメンを探している理由を問うと、リーズレットはそう言った。
「結婚、ですか?」
訳を聞いたコスモス達が抱いた感想は「意外」と思う他無く。
伝説の淑女という戦いに身を投じ続けた事を描いた本を読んで育ったせいか、そのイメージが先行して結婚という女性らしい夢に結びつかなかったようだ。
「私は今も昔も目指しているモノはお嫁さん生活でしてよ」
伝説の淑女も女性なんだなぁ、と乙女らしい一面に男性陣は頷き合った。
「リーズレット様ならば選び放題なのではありませんか?」
ブラックチームの1人がそう言うとコスモスも含めて全員が同意する。
リーズレットは美しい。他国でも目を引く美しさを誇っていたが、彼女の美貌はリリィガーデン王国でも同じように注目されるだろう。
それに伝説の淑女ともなれば国内の政治家や豪商など地位が高い家の者達が挙って婚姻を結ぼうとしてくるに違いない。
「やはり私好みの男でなければなりませんわ。それとジェントルメンでなければ。貴方はどう?」
地位も大事だが、自分を大切にしてくれる男性が良い。そちらに重きが傾きつつあるリーズレットは酒を片手にブライアンへ色気のある目線を送った。
「……光栄ではございますが、自分は既婚者ですので」
「そう。残念ですわね」
ブライアンが既婚者なのは本当だ。仮に既婚者じゃなかったとしても、ブライアンはリーズレットを妻に迎える事はないだろう。
自分ではこの女性を支えきれない、と先の戦闘を見て感じてしまっているが故に。
「お嬢様。結婚するのは良いですが、お嬢様に相応しい相手でなければダメですぅ」
侍女であるサリィが、やはり地位も大事だと意見を述べる。
彼女も彼女なりにリーズレットの相手を気にしているようだ。サリィにとっても将来的に仕える主人になりえる相手なので当然かもしれないが。
「マムに相応しい結婚相手ですか。王室には男性がおりませんしね」
「この国は女性がトップに君臨せねばなりませんの?」
コスモスがジュースを飲みながらそう言うと、そういえばとリーズレットが疑問を口にした。
「はい。レディ・マムを称える建国の母達が残した風習で国のトップは女性と定められております。王室男児がいたならば、女王の補佐役となりますね」
疑問に答えたのはブライアン。
彼はもし王室に男児がいれば確実にリーズレットの婚約者として立候補していただろう、と語る。
「今の女王はどんな方ですの?」
「陛下は17歳の女性です。母である先代女王陛下が病気で亡くなり、3年前に女王となりました」
現女王であるガーベラ・リリィガーデンが女王に即位したのは丁度戦争が始まる前の事。
まだ14と若い歳でありながら女王に即位し、父親に支えられながら国の運営を始めたそうだ。
しかし、彼女を支えていた父親も地方への視察中に事故死。両親が亡くなった直後に戦争が勃発してしまったという。
「それは……。随分と波乱万丈ですわね」
「陛下は私の従妹でもあるのですが、立派にやっておられます。民からの人気も高いですし」
コスモスの家は王室に連なる家系であったが、既に王位継承の権利を放棄している。
誰も見ていない所では従妹同士、旧知の仲として接しているようだ。その彼女から見てもガーベラという女王は立派に国を支えていると評価する。
「首都で会ったら話を聞いてあげて下さいませんか? 陛下は……ガーベラはマムの物語が大好きな子なので」
コスモスは軍人としての立場ではなく、彼女の従妹としてリーズレットにお願いした。
他国からの侵略を受け、戦争中という状況の中で大好きなレディ・マムと直接会話できる機会を設けられれば。それが彼女の精神状態が幾らか和らげればと気遣って。
「ええ。よくってよ」
リーズレットもガーベラに対して少し引っ掛かる部分がある。それを含めてコスモスの願いを快諾した。
「良かった。きっとあの子も喜びます」
リーズレットの返答を聞いて、コスモスは嬉しそうに微笑んだ。
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リーズレット達が街で談笑している頃、リリィガーデン王国の首都にある王城では――
「はぁ、はぁ!」
執務を終えて夕食と風呂を済ませた女王ガーベラはナイトドレスを着た状態でベッドの上で寝ながら本を読む。
彼女は好きなシーンを読み終えると本を閉じて、何度も甘い吐息を零すほど興奮を露わにしていた。
読んでいる本がスケベなんじゃない。
読んでいる本は健全だ。だが、彼女が少々特殊なだけである。
「お姉様……!」
日々のストレスを発散する方法として、彼女が選んだのはレディ・マムの本を読みながら『憧れのお姉様と出会った』というシチュエーションを妄想する事である。
「お姉様……! 私、お姉様の事をずっとお慕いしておりました!」
本日の妄想の舞台は自分が敵兵に攫われ、それを助けに来たのがリーズレットであった……という設定である。
しっかりとセリフを口にして自身の感情を昂らせるほどの熟練者っぷり。
「ガーベラ。噂通りの可愛い子猫ちゃんですわね」
リーズレットのセリフは裏声で。やや声が低めなのは彼女が本人の声を聴いた事が無いので仕方ない。
彼女の脳内ではリーズレットに抱きしめられて頬を撫でられるというシーンが映し出されていた。
「きゃぁぁぁ!」
本を抱きしめながら自分の妄想に興奮して、ベッドの上でゴロゴロと転がるガーベラ。
「ああ! お姉様! お姉様!!」
絶対に会えない存在、本の中にいる憧れの存在。彼女はリーズレットをお姉様と呼びながら妄想に耽る。
だとしても、こんな姿は他人に見せられまい。民からの人気が高く、家臣達からも高評価を受ける女王が日々ベッドの上で妄想しながらゴロゴロしている姿など見せるわけにはいかない。
「はぁ……」
興奮が収まってきたガーベラはため息を零した。
妄想する度に憧れの存在に会いたいという気持ちは高まっていく。それが叶わぬ願いだと知りながらも、思わずにはいられない。
理由は簡単だ。
侵略されつつある国の将来。考えれば考えるほど、ネガティブな方向に思考が偏ってしまう。
従妹であるコスモス。軍人達や家臣達も懸命に国を支えてくれている。
だが、それは彼女の重荷にもなっていた。
一時期は自分の首を差し出せば戦争が終わり、人々は幸せになるのかも……とさえ思い詰めた事もあった。
「はぁ、どうすれば――」
「陛下ァァァッ!!」
「きゃぁぁぁ!?」
戦争が終わるのだろうか? そう考え始めた時。彼女の人生が大きく変わる報告を持った侍女長が部屋のドアをぶち破って登場したのだ。
「何!? 何事ですか!?」
肩で息をしながら、目をバッキバキに血走らせた侍女長――クレアはズンズンと大股でガーベラのいるベッドまで歩み寄った。
いつもはクールでお淑やかな所作を心掛けるクレアらしからぬ行動に怯えながら、ガーベラは彼女が差し出した情報端末を受け取った。
「嘘でしょ!?」
情報端末には軍部から預かった報告書が表示されており、それを読んだガーベラは思わず声を上げる。
本来ならばガーベラの出した素の口調を注意せねばならないクレアだが、彼女もまた冷静ではない故に注意になど意識が向かない。
それも当然。報告書の中身は――
「あのレディ・マムが東部戦線に!?」
既に亡くなっている人物がこの世に復活したという荒唐無稽な報告。
普通ならば信じられない。
しかし、現地から王城の軍部へ報告をしてきた人物はガーベラが信頼するコスモスとブライアン2名の連名である。
あの2人が虚偽の報告をする訳がない。しても得など一切ない。
「これ、本当……?」
「わ、わかりません……」
困惑するガーベラとクレア。
報告書の最後には、1日後には首都に到着すると記載されていた。
「どうすれば良いの!?」
「わかりませんよぉ!」
ガーベラとクレアは2人揃ってワチャワチャと混乱しながら騒ぎ始める。
こうして彼女達の眠れぬ夜が始まった。
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