35 東部戦線 2
リリィガーデン王国軍に所属する女性軍人の中でも一際輝く女性は誰?
王国の政治に携わる者、軍人、国民、リリィガーデン王国で暮らす全ての者にそう問えば、挙げられる者の名は1人しかいない。
リリィガーデン軍コードネーム:ブルーコスモス。
本名、コスモス。
リリィガーデン王国に伝わる伝説に肖って、女性のみで構成されたブルーチームのリーダーを務める女性だ。
王国の双璧を担うエリート特殊部隊は男性のみで構成される『黒:ブラック』と女性のみで構成される『青:ブルー』が存在するが、コスモスは2年前に歴代最年少でブルーチームリーダーに就任した際にブルーコスモスという名を女王から授かった。
その名の如く美しい青い髪と青い瞳はブルーチームに就任する為に持って生まれたとさえ囁かれ、コスモスのように美しい容姿を持った17歳の乙女。
彼女の祖先は伝説の組織アイアン・レディに所属していた構成員の1人であり、その末裔であるという事実も彼女の強さとチームリーダーに相応しいと裏付ける理由になるだろう。
若く美しいながらも建国の母達が残した技術――青いドレスアーマーに身を包み、銃を片手に前へ前へと行く姿は誰もが勇気づけられる。
彼女を見た者は誰もが言うだろう。あの伝説に登場する『淑女』と同じようだ、と。国のトップである女王すらも彼女をそう称える。
事実、彼女の奮闘が無ければリリィガーデン王国は既に3ヵ国に蹂躙されていただろう。
女王が率いる王国の象徴であり、国1番の名誉と呼ばれる『淑女』に最も近いと囁かれる女性は、今日も伝説に恥じぬ戦いをしようと配置された東部戦線で敵兵を屠る。
「進めッ! 敵兵を撃てッ!」
敵が進軍を始めると防衛線を維持する要、ブルーチームは自軍を鼓舞するように前線へ飛び出す。
5人の女性軍人で構成されたブルーチーム。ブルーコスモスは中央に、右翼・左翼には2人の部下が向かう。
「青い奴等が来たぞ!」
敵軍でも彼女らの認知度は高い。何たって短期終結するはずだった戦争を3年も引き延ばした原因だからだ。
リリィガーデンが生産する独自の魔導具を駆使して一瞬で接敵され、容赦無く仲間を殺される。敵軍からは『青い死神』と異名付けられた要注意人物。
戦場で青いドレスを着るなど自殺志願者としか思えぬ装い。だが、憎たらしいほど攻撃が当たらない。
「奴らを止めろ!」
敵が使う魔法銃から発射された弾が飛び交い、魔法使いの能力を増幅させるスティックを握った魔法使いが様々な魔法を使って攻めて来る中、アサルトライフルを構えたブルーコスモスは一番先頭に躍り出る。
青いドレスのスカートを風で広げながら自軍が掘った塹壕を飛び越えて空中でトリガーを引いた。
タップ撃ちされた弾は敵兵の体を貫き、前線を構築する歩兵を次々に狩って行く。
敵歩兵のど真ん中まで侵入し、ほぼゼロ距離での近接射撃戦闘。
正面の敵を撃ち、横から向かって来た相手の腕を取って盾にして前進。接敵した相手の顎を蹴り上げて、真横にいた敵を撃ち抜く。
また前進。
銃座が備わっている魔導車のボンネットを足場にしてジャンプ。空中で射手を撃ち殺し、着地後は敵の腹に向かって180度の連続射撃。
「死ね、クソ女ァ!」
別の敵兵が死角からブルーコスモスに向かって魔法銃を撃った。
気付くのに遅れた彼女は体を向けた瞬間に肩に弾がヒット。仰け反るが、倒れない。
弾が当たったとしても、建国の母達が残してくれたドレスアーマーの防御力はピカイチだ。着弾の衝撃で多少は痛みが伴うが、それでも貫通はしない。
再び彼女は銃を構え、撃ってきた相手を逆に撃ち抜く。
周辺にいた敵兵は全滅。そのタイミングでブルーコスモスは左右に目を一瞬だけ向けた。
左右共に青いドレスを着た頼もしい部下が敵兵を屠っている。再び視線を前に向けて、敵陣方向を注視すると陸からの増援は無し。
代わりに見えたのは空からの増援。ワイバーンに鞍を装備して敵兵が背中に跨り、銃と投下用の魔石爆弾をぶらさげた厄介者。
「各員、ドラゴンライダーが接近。直にブラックチームが増援に来るけど、注意しなさい」
『コピー』
チーム全体に通信を送りながらリロードを終えて、再び前に走り出す。
彼女が走り出したと同時に空からの銃撃と爆撃が始まった。
魔法銃の弾がドレスを掠り、真横で爆発した魔石爆弾の熱波が襲う。
銃撃も爆撃も鬱陶しい。だが、今の装備ではドラゴンライダーを撃墜できない。
彼女らの任務は地上部隊の掃討と自軍の戦線をけん引すること。
優秀な兵士は与えられた任務を全うすべしと教えられたブルーコスモスは、空からの攻撃を躱しながら地上部隊を狙い続けた。
左右ジグザグに走りながら爆撃を躱し、敵兵の胴を撃ち抜く。時には塹壕に転がり込んで敵の魔導車に向かって魔石爆弾を投擲。
青いドレスを汚しながら戦っていると、有難い通信が入る。
『こちらブラックチーム。現場に到着した。今から支援する』
通信に返事をした直後、頭上を飛んでいたワイバーンが撃ち抜かれて騎手ごと地上へと落下した。
「相変わらず良い腕だ」
敵の翼に当てて機動力を奪ってから胴を射抜く、正確な射撃。年上だが共に戦う戦友であり、同じ隊長格のブライアンが行った射撃だと一目見ればわかる。
負けてられないな、とブルーコスモスは塹壕から飛び出して地上部隊の掃討を再開した。
例の報告もあって連邦軍の地上部隊は動きが鈍い。恐らく、事件があった中央へと精鋭部隊や優秀な指揮官が引き戻されているのだろう。
(首都を攻撃して大統領を殺した、か。会ってみたいな)
まさか首都を攻撃して大統領をも殺すなど。敵の心臓をぶち抜いたと言っても過言ではない。
まるで伝説に登場する淑女のようじゃないか。
敵の攻撃を恐れず、何者にも負けず、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに突き進んで、的確に相手を撃ち壊す全リリィガーデン軍人憧れの存在。
建国の母達が敬愛し続けた淑女。明確な目標として語られ続ける最強の女性。
リリィガーデン軍において永久欠番となっている『赤』と最高位の称号とされる『淑女』を象徴する人物。
出撃前に情報部が寄越した報告を読んで、自分が目指す存在がチラついた。
「負けられないわ……!」
自分の中には建国の母達のうち1人の血が流れているのだ。
自分もいつか、伝説の淑女のようになりたい。
戦争で死んでいった同胞の為にも、祖国の為にも、このチャンスを活かす。
これ以上領土を奪われたくない。建国の母達が必死に守って来た土地を取り返す。
彼女の奮起は戦果として明確に表された。地上軍はほぼ全滅。最後の魔導車を爆破して、ブラックチームが狙撃するワイバーンの数も半数以下に。
あとは前線を上げて、今は連邦領土となっている先の丘まで自軍を押し上げて確保すれば良い。
あと少し。あと少しで東部戦線反撃のキッカケが作れる。
そう思った矢先に――
『コスモス! 今すぐ下がれッ!!』
ブラックチームのリーダーであるブライアンから通信が入った。
「どういう事だ?」
ここで撤退? そんな事、あり得ないだろう。
だが、通信機越しに聞こえる必死な叫びの理由はすぐに分かった。
『東から巨大なドラゴンがこちらに向かって来る!』
言われて空を見上げると、ワイバーンよりも2倍は大きい赤色のドラゴンがこちらに向かって来るのが見えた。
あれは何だ。初めて見る。
ドラゴンの背中には連邦兵が3人騎乗して、魔法銃を構えていた。
猛スピードでやって来たレッドドラゴンは戦場へ侵入。上空を一度旋回した後に、丘を目指して進軍していたリリィガーデン軍に首を向ける。
このレッドドラゴンが初手に起こした行動は従来の銃撃や爆撃じゃない。
空中でホバリングしたレッドドラゴンは口をガパリと開けて、炎の塊を吐き出したのだ。
悲鳴すらも叫ばせぬ業火がリリィガーデン軍を一瞬で焼いた。直撃を受けた者達は文字通り灰となって、地上は真っ黒に焦げた跡だけが残る。
「なッ!?」
さすがのブルーコスモスも絶句して、ドラゴンに対しての感想が出ない。
目の前で起きた、多くの仲間が殺されたという現象。それはまるで悪夢を見ているような感覚に陥ってしまう。
『コスモス、逃げろッ!』
通信機から聞こえるブライアンの声でようやく我に返る。辺りを見回して仲間の位置を確認してから全軍撤退と大声で叫ぶ。
自軍は砦へと引き返し始めるが、騎手による銃撃と爆撃が開始。加えて、もう一度炎の塊が地上に落とされた。
被害甚大。
たった今までそこにいた味方歩兵がゴッソリと消えていく。
「あ、ぎッ!? 離し、てッ……!」
聞き慣れた声が耳に届き、そちらに顔を向ければブルーチームの仲間が滑空して来たドラゴンに胴を噛み付かれていた。
チームメイトの悲鳴は空へと上がっていき、ブルーコスモスの脳裏にはこの後、彼女がどうなってしまうのかが過る。
「離せええええッ!!」
彼女は必死に仲間を助けようと地上から発砲を繰り返した。
同タイミングで空中を旋回したドラゴンに向かって発砲されたブラックチームの弾もドラゴンの胴に当たる。
だが、分厚いドラゴンの皮には効果無し。口に生えた牙でドレスアーマーごと体を貫かれたチームメイトは空中で死体を放り投げられた。
撤退していく仲間が1人、また1人と殺されていく。
ブルーコスモスが砦まで撤退した頃には、リリィガーデン軍の数は半分以下に。
「この、クソ野郎ッ!」
ふざけるな。
たった1匹のドラゴンにここまで仲間を殺された。
しかも、相手はこちらを弄ぶかのように攻撃していて、空中からは背に乗る連邦軍人の笑い声まで聞こえてくる。
ふざけるな。
ブルーコスモスは砦の中に入り、階段を駆け上がった。
ブラックチームのいる屋上に辿り着くと、
「あ、おい!? コスモス、待てッ!!」
助走をつけて思いっきりドラゴン目掛けて飛んだ。
建国の母達が残した技術の1つ。脚力を強化するパワー・ハイヒールの力を用いたハイジャンプ。
パワーの充填に時間が掛かる為、ここぞという時しか使えないが……それが今だと彼女は判断した。
砦の前で飛んでいたドラゴンと同じ高さまで飛んだブルーコスモスは空中でアサルトライフルを構える。
ドラゴンの皮が硬いのであれば騎手を殺せば良い。咄嗟の判断で狙いを騎手の頭部に向けて発砲。
3人中、一番前にいた者を殺したものの他2名は殺害できず。
「やれェ!!」
意外な方法で仲間を殺され、激昂した連邦兵はレッドドラゴンにブルーコスモスに噛み付くよう命令を出す。
忠実に動いたレッドドラゴンは空中にいた彼女の体に噛み付いた。
「あぐッ!?」
鋭い牙がブルーコスモスの右半身、肩と脇腹、右ふとももを貫いた。
激痛で悲鳴を上げながらも彼女は諦めない。口の中にある銃のトリガーを引いて、口内に弾を撃ち込んだ。
「ギャオ!?」
口の中に銃弾を撃ち込まれたレッドドラゴンは首を激しく振って痛む様子を露わにする。
すると、噛み付かれていたブルーコスモスは遠心力を以って口から勢いよく振り飛ばされた。
「コスモスッ!!」
ブルーコスモスは国境よりも連邦領土側へと放り飛ばされ、遂に姿が見えなくなってしまった。
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