29 首都での邂逅
火グマ団と捕まえたマギアクラフト調査隊メンバーに現場を案内させたリーズレットはロビィに調べるよう命じていた。
セーフハウスを調べ始めて1時間程度。報告する為にロビィが戻って来た。
『レディ、調査が完了しました』
ロビィの調査によるとここのセーフハウスは前時代で襲撃を受けておらず、帝国領バンカーと同じように封印されていたようだ。
瓦礫の山に埋もれていた事、地下への入り口が崩れてうまく隠れていたことが発見の遅延に繋がったようである。
ただ、そうなってくるとマギアクラフトの調査隊がどうやってこの場所を見つけたかが問題になってくる。
それを中年男性に問えば、
「上からの命令だ……」
としか答えない。いや、彼も発見までの経緯や詳細は知らないようで、そうとしか答えられないようだ。
ただ「組織の上層部からこのポイントに遺跡があるから調べて来い」と言われて、動くのが調査隊の役割であると力無く話した。
「他の装備や設備はどうでしたの?」
『ハンドバッグ型タレットが4台、ハンドクリーム型ファイアクラスターマインが2つは回収できました』
ハンドクリーム型ファイアクラスターマインは当時よく販売されていたハンドクリーム(円形の箱)に偽装させた物である。
床をコロコロと転がせて、相手の足元で中身のクラスターマインが爆裂する広範囲型のグレネードだ。こちらも見た目はハンドクリームなので女性がバッグの中に忍ばせていても違和感がない。
『それと、こちらも』
「それはレディ・コンタクトレンズですわね?」
ロビィが最後に取り出したのは目に張り付けるコンタクトレンズ。特殊な素材を極薄加工して作られた物で魔導データ通信した情報を拡張現実として表示させる優れ物。
目に見た相手をターゲット化させて、タレットやクラスターマインに情報を同期させれば狙い撃ちも可能になるデータ通信支援装備。アイアン・レディが開発した装備品の中では標準装備となっている定番品であった。
『しかし、システムはオフラインです。メインフレームシステムと魔導ネットワークノードがシャットダウンしているので肝心の通信機能が使えません。各ガジェットとのデータリンク、通信機による専用回線も現状では使用不可です』
各拠点にあったネットワークノードが破壊されたのか、それともデータ通信を行う為の核となる魔導メインフレームシステムが破壊されたのか。
どちらにせよ、通信機能がシャットダウンしていて暗号化された専用通信回線及びレディ・コンタクトレンズによるデータリンク機能を使用したデータリンク支援が使えない。
現状ではただのコンタクトレンズ……いや、視力補助機能はないのでただの『特殊素材で作られた薄い膜』と言うべきか。
「持ち出された物の内訳はわかりまして?」
『恐らく銃火器とアタッチメントでしょう。セーフハウスに設置されていたネットワークノードはデータストレージが抜かれた状態で全て破壊されておりました』
ロビィの報告を聞いた後、リーズレットは中年男性の顔を見下ろす。
ビクリと肩が跳ねた男は首を縦に振って持ち出した物を肯定した。
「……そうだ。中には前時代に使われていた銃器が大量に保管されていた。データストレージは我々が来た時には既に抜かれていた」
「では、銃器をベレイア首都の支部まで運びましたのね?」
「ああ……」
最初に運び出したのはアイアン・レディが使っていた銃器類のようだ。大量に保管されており、経年劣化等による暴発の恐れて最初に移送したと男は語る。
「首都にまだ保管されていまして?」
「……わからない。発掘した全ての物は本社に一度集めている」
男は本社の回収隊が到着していなければ、ベレイア首都のマギアクラフトが契約している大型倉庫にあると漏らす。
「では、首都に向かって倉庫とやらを覗いてみましょう」
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翌日、リーズレット達はマギアクラフトの中年男性を連れてベレイア連邦首都まで移動した。
到着した頃には夕方も終盤。もうすぐ夕日が沈んで空は暗くなるだろうといった頃合いだが、物を取り返そうと考える彼女らにとっては都合が良い。
首都の傍に魔導車を停めて、中年男性を拘束していた縄を解く。
「倉庫まで案内して下さいまし」
「構わないが……。中に部外者は入れられんぞ」
マギアクラフトの倉庫には遺跡で発掘された物や開発研究所がある本店から届いた製品などが保管されている。
盗人や部外者が入らないよう倉庫前には警備員が当然配置されているし、社員証を提示しなければ例え正規社員であっても入る事はできない。
「貴方、そこそこの役職に就いているのでしょう? 上からの指示だと言って警備員を動かす事など簡単ではなくて?」
「馬鹿言うな! そんな事すれば私が疑われて……!」
未だ保身を気にする男にリーズレットはクスリと笑う。
「貴方は家族がいまして?」
「え……?」
突然何を言いだすんだ、と思った中年男性。
リーズレットは何も書いていない紙を折って、傭兵の男に渡した。
「これを持ってマギアクラフトの支店に行き、この男の名を出して直接渡したいと言いなさい。当然、いないと言われるでしょう。そこで家まで届けると言って家の場所を聞いて来なさい」
リーズレットの指示を聞いた中年男性は「まさか」と顔を青ざめる。
「家の場所を聞いたら家の外に爆薬を仕込みましょう。この男が言う事を聞かなければ家族を殺しますわよ」
なんという鬼畜の所業。彼女は男の家族を人質にして操ろうと言い出したのだ。
「姉御、やべえっすね。悪党だって自覚している俺らでもそこまではやらないっすよ……」
「人の子じゃねえや」
傭兵達はリーズレットの考えにドン引きしながら、ボソボソと小声で話し合う。
「何か言いまして?」
「「 いえ、何でもやります 」」
反対したら殺されるんじゃないか、という恐怖に負けて傭兵達は従う姿勢を見せた。
「ま、待ってくれ! 分かった! 指示通りにする! だから家族だけは……!」
この男にとってその作戦は効果的であった。彼には愛妻と今年で4歳になる娘がいたのだ。
「さぁ、行きなさい」
「へい」
中年男性の懇願には耳を貸さず、リーズレットは傭兵を送り出した。
30分程度待ったところで作戦通りに家の場所を聞き出した傭兵が戻ってくれば、もう従う以外に選択肢は無い。
中年男性と護衛役として偽装させた監視役である火グマ団の傭兵を傍に1人付け、リーズレットとサリィは付かず離れずの距離で後を追う。
マギアクラフトの倉庫まで辿り着くと、
「すまない。上の命令で誰にも見せるなと言われているんだ。君達は待機所まで戻ってくれないか」
中年男性は指示通りに警備員として雇われていた傭兵達を待機所まで帰還させる。
倉庫の鍵を開けて扉を開くと後方を振り返った。すると、既に運搬役として連れてきた傭兵達と共にリーズレットが笑顔を浮かべて立っていた。
「……これで良いだろう?」
「ええ。よろしくてよ」
満足気に中へ入って行くリーズレット。
倉庫の中にはマギアクラフトが販売する魔導具とセーフハウスから回収されたと思われる銃器が並ぶ。
銃器用のラックに立て掛けられたアサルトライフルを1丁手に取って刻印を調べると、確かにアイアン・レディのマークが小さく刻まれている。
リーズレットは口角を上げて銃をラックに戻した。
「野郎共。これを運び出しますわよ。ついでに魔導具も好きなだけ持ち出しなさい」
「へへ! さすが姉御だぜ!」
アイアン・レディ製の銃はリーズレットが。倉庫にある魔導具は傭兵達の取り分として。
傭兵達への報酬だ。倉庫にある魔導具を奪って他の街で売り捌けば大金になる。
今回の仕事は確かにリスクが高いが、リターンとしてはかなり大きい。
傭兵達は言われた通り、喜々として仕事に取りかかった。銃を箱に詰めて外へと持ち出し始める。
ここまで強制的に協力させられた中年男性は傭兵達の背中を見送りながら「終わった……」と小さく呟いた。
果たして脅迫されていた事に対してか、それとも今後の人生に関してか。どちらにせよ、彼の人生はそう長くない。
「あれ~? なんか変なことしてるねぇ~?」
倉庫の中で銃を集めていた傭兵達、指示していたリーズレットとサリィ、今後の人生に絶望していた中年男性も。
全員が声の方向へ振り返った。
外から腕を後ろに回し、ダークブラウンでショートカットの髪を風に揺らしながらニコニコと笑顔を浮かべる少女。
少女の装いは白いブラウスに黒いミニスカート。そして、短いケープと羽織っていた。
「ここで何しているの~? それは私達が回収した物だよ?」
「貴女は……」
「ま、まさか――!」
ただならぬ雰囲気を纏いながらも笑いながら首を傾げる少女を見て、態度を変えたのはリーズレットと中年男性だけだった。
リーズレットは少女を睨みながらホルスターに手を伸ばし、中年男性は今にも腰を抜かしそうなくらい恐怖と驚きが入り混じった表情を浮かべる。
「おい、嬢ちゃん。ここは危ないからお家に帰んな」
少女から漂う雰囲気に気付かない傭兵の1人がそう話しかけると、少女は傭兵の男に顔を向けて口を三日月のように変形させた。
「え――」
傭兵の男が気付いた時にはもう遅い。少女が男の腹を人差し指でトンと突くと――
「あ、あああああッ!!??」
指で突かれた男の体が燃え上げり、一瞬で火達磨になりながら絶叫を上げた。
「チッ!」
ホルスターからアイアン・レディを抜いたリーズレットが少女に向かって容赦なく発砲。
だが、銃口から飛び出した銃弾は『見えない壁』に遮られるようにして弾かれる。
「貴女……!」
銃弾を防いだ見えない壁。明らかに魔法だ。それも、リーズレットはソレを見た事がある。
「もう。聞いていた通りせっかちだね。でも先に裏切り者を処分しなきゃ」
少女は一歩前に出て、倉庫の中で腰を抜かしていた中年男性に顔を向けた。
「貴女は執行部隊の……!」
「正解だよ」
中年男性が何とか絞り出した言葉を肯定した少女は短い木の枝のようなスティックを『何も無い空間から』取り出して先端を向ける。
スティックの先が淡く光ると中年男性の体は発火して、先ほどの傭兵と同じように絶叫を上げながら燃えて絶命した。
「貴女、聖女……いや、魔女ですわね?」
燃えながら死んでいく男の死体をチラリと見た後、リーズレットは再び少女を睨みながら銃口を向けて問う。
銃弾を防ぐ見えない壁は、前世で戦った聖女が使っていた魔法の1つ。
だが、あの聖なる豚とは雰囲気が違う。あれよりも攻撃的な雰囲気と風貌。最近よくチラつく魔女の存在。
銃器らしき物は持っておらず、魔法だけで人を殺す少女。
リーズレットは半信半疑、実在するかも疑わしい不確定だった存在の名を然も確信したかのように告げる。
「んー、半分正解。ようやく会えたね。お姉様」
少女は口元に三日月を浮かべながらスティックの先端をリーズレットへ向けた。
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