19 美しすぎる淑女
砦でレジスタンスの仲間と合流したリーズレット達は王都へ辿り着く。
道中にあった駐屯地や小規模基地の攻略は簡単だったという感想に尽きる。
リーズレットの言った恐怖による支配の効果は絶大。誰もが赤いドレスを着たリーズレットを視認すると動きが鈍る。
まるで氷漬けになったかのように動かず、怯える様子がリーリャからしても一目でわかるのだ。
彼女はリーズレットの手腕を大いに認め、同時に自分ではとても制御できぬ存在であると再認識する期間だったろう。
リーズレットの恐怖支配によって障害らしい障害もなく、問題も起きずに順調に進んで王都東側に到着。彼女達が乗っていた魔導車はエンジンを停めた。
ラインハルト王国王都の周辺には前時代に栄えていた帝国の名残で廃墟になった街の残骸がいくつも存在する。
今では風化して崩れてしまっているが、未だ崩れずに残っている建物には明らかに戦争で出来た穴や兵器で使ったと思われる薬莢が地面に埋まっていたり。
とてもじゃないが綺麗ではない。
よくあるファンタジー世界のゴブリンが住む森があったり、山があったり……そんな自然溢れる景色とは無縁な荒廃した景色が360度広がっている。
とはいえ、レジスタンス達にはありがたい。これらの残骸の影に魔導車を隠して、ロビィに留守番を頼みつつ王都の中に潜む仲間と会う手筈となっていた。
「なぜ私までコソコソとしなければなりませんの?」
現在時刻は夜の12時。少し離れた場所に停車した魔導車から徒歩で王都を囲む壁を目指す。距離としては500メートル程度くらいだろうか。
道中の戦闘においては目に見えた効果もあって、闇夜に隠れながらコソコソと移動している状況に不満を口にしたのはリーズレットだった。
しかし、そんな彼女に対してリーリャは一枚の紙を見せる。
「貴方は指名手配されているようだぞ?」
砦を落とした後、補給で立ち寄った小さな町にいたレジスタンスの仲間から受け取った手配書。
それにはリーズレット……いや、ローズレットとピッタリ一致する特徴が描かれた似顔絵があった。
「プラチナブロンドの髪に緑色の瞳。似顔絵もそっくりじゃないか」
似顔絵はローズレットを知る人物から顔の特徴を聞いたのか、美しい容姿をこれでもかと表現されていた。
彼女の目立つ美貌が描かれた手配書が配られていて、本人が街をうろつこうものならすぐにバレる。
というか、彼女の容姿はリーリャ達同性である女性から見ても美しい。立ち振る舞いも気品と自信に満ち溢れているせいか人の目を引く。
リーズレットの容姿とオーラが仇となってしまう。そんな彼女が堂々と入場門に現れたら確実に止められる。
「今回の革命は思想を変えるのが目的だ。なるべく貴族に嫁いだ女性には犠牲者を出したくない」
リーリャとしてはなるべく搾取されている一般人や思想によって弱者として扱われる女性達に被害を出したくない。
この考えには貴族家に嫁いだ女性も含まれる。例え貴族側に属したと言えど扱いは物に近いからだ。
街の入り口で見つかったリーズレットがドンパチを始めて、街の中全てが火の海に……という状況は避けたい。リーリャの目標はあくまでも王都内にある軍の施設だけだ。
故に作戦当日までは騒ぎを起こさず入念な準備を進めたい考え。
「貴方も王族に逃げる暇を与えず、簡単に捕らえられるならそちら方が良いだろう?」
「そうですわね」
ここ数日でリーズレットの思考もだいぶ理解できた。
だからこそ、リーリャは王都に潜伏している仲間から得た情報を元に考えた作戦を彼女に伝える。
「2日後、王城では貴族と王族が集まる会議があるそうだ。王城に集まる貴族と王族は男だけ。そこを強襲すれば無用な犠牲を出さずに済む」
王城に集まる王族と貴族の当主――男尊女卑思想を推す男達をまとめて駆逐できる。これほどの好機を逃がす手はあるまい。
「そういう事でしたらよろしくてよ。私の目的はあくまでも王族ですので」
「ああ、わかっているさ」
リーズレットの目的はあくまでも王族。王国の中核である王族を全員ぶっ殺した後、リーリャ達が国をどうしようが関係ない。
自分の障害になるのであれば後々潰す……程度の認識である。
一行が徒歩で王都東側に近付くと、王都を囲む壁の傍に立っていた男が手招きをしているのが見えた。
「おい、こっちだ」
手招きする男の容姿は平凡だった。どこにでもいそうな服装に身を包んだ男はリーズレットの顔を見てビクリと肩を震わす。
「あんた、手配書のやつか?」
「そのようですわね」
王国が勝手にやっている事だ、肖像権の侵害であると長い髪を払いながら言うリーズレット。
「本物もえらいべっぴんだな。さすがに目立つぜ」
やはりリーズレットの美貌は人目を引く。リーリャだけではなく、この男も追及した事でリーズレットの中でようやく真実味が増した。
「準備が終わるまでアジトにいてもらうよ」
「それなら良いが……。まぁ、ほとんど準備は終わってる。あとは各地から集まる仲間を待ちながら王城の会議当日を待つだけだ」
そう言って男は背後にあった壁のブロックを1つ抜き取る。抜き取って出来た隙間に手をかけて、ぐっと押すと壁の一部として偽装されていた扉が開かれた。
王都内部に侵入し、特に変わった特徴もない長屋に案内された一行。男が家の中にあった床板を外すと地下へ続く梯子が現れた。
梯子を下るとレジスタンスのアジトとなっており、中には数名の構成員が魔法銃の点検を行っている。
リーズレットは地下の一室を拝借し、あとは時を待つばかり。
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襲撃当日の朝、起床したリーズレットが部屋を出るとアジトには懐かしい顔がいた。
「やっぱり! リーズレットさん!」
「ココ?」
アジトにいたのはホープタウンの町民であるココだった。彼女の傍には雑貨屋を営んでいたドワーフの親父の姿も。ココと一緒に気付いた彼は片手を挙げて挨拶をしてきた。
「どうしてここに? レジスタンスの一員でしたの?」
「リーズレットさんが町を去ったあと、レジスタンスの人が勧誘に来て。もしかしたらリーズレットさんも参加するかなって思ったから……」
彼女はあの日以降、国の思想に対して「変えたい」という思いが強くなったそうだ。
1人の女性として、1人の人間として国を変える為にレジスタンスへ参加したと言った。
「私、頑張ります。みんなと一緒に国を変えます」
「そう。頑張りなさい」
過去の弱かった自分を捨てたココにリーズレットはニコリと微笑む。ココはうっとりとした目で頬を赤く染めながら「はい……」と小さく呟いた。
それから1時間後。遂に作戦が開始させる。
「皆、準備はいいか。なるべく一般人として自然に城まで行くんだ」
リーリャは王都に集まったレジスタンスに地下アジトに集められていた魔法銃を配布。
構成員には一般人として偽装しながら城に近づくよう命じる。
木箱に入った銃を運ぶ運搬屋、籠の中に果物と銃を入れた農民、バッグの中に銃を隠した旅行客として。それぞれ不審者とは思われないよう変装しながら城に向かって散って行った。
「リーズレット、君は――」
「結構ですわよ」
リーリャが何かと目立つリーズレットへ青い服に着替えるよう、服を手渡そうとするが本人は首を振る。
「赤いドレスは目立つだろう?」
ただでさえ目を引く美貌を持っているのだ。そこに赤いドレスなど問題外である。
「私のアイデンティティですの。私に変装は不要ですわ」
しかし、リーズレットは頑なに拒否。不要不要と言う彼女に折れたリーリャは仕方なく変装を諦めた。
「城に到着したら始めてよろしいのでしょう?」
アジトのカモフラージュになっている長屋を出る前に、リーズレットはリーリャに問う。
「ああ、構わない」
変装したリーリャは頷きを返す。
「わかりましたわ。行きましょう、サリィ」
「はいですぅ」
長屋の引き戸を開けて、銃の入った大きなバッグを持ったサリィと共に外へ出るリーズレット。
美しいプラチナブロンドの髪と赤いドレスが陽の光を浴びる。
胸の両脇にはホルスターに入った銃が見えているのにも拘らず――彼女の存在はこの汚らしい世界とは不釣り合いだと思ってしまう程、美しい。
リーズレットの気品溢れる所作や歩き方も相まって、まるでスポットライトに当たっている舞台女優を見ているかのような錯覚に陥る。
彼女を見た世界の評論家は、もはや完成された美、美の化身であると言うに違いない。
それを至近距離で見るリーリャは思わず自分の両目を手で擦って我に返った。
滅茶苦茶目立っている。これはマズイ。
そう感じたリーリャであったが、もう追求はできない。恐る恐るリーズレットを監視しながら彼女も城を目指す。
だが、不思議な事に問題は起きない。堂々と街の中を歩き、陽の光をスポットライトにして歩く彼女は注目の的だ。
王都で暮らす一般人の誰もが彼女へ振り返る。
しかし、声を掛ける者は1人もいない。まるで近づくのが、声を掛ける事さえ恐れ多くあるような……。リーズレットからはそんなオーラが漂う。
斜め後ろに付き添うサリィの存在もより高貴なイメージを増幅させているのか、誰もが真っ直ぐと城を目指すリーズレットに道を譲る。
「あ、う……」
道を譲るのは手を伸ばしかけた王国兵でさえ同様だった。
赤いドレスの悪魔――そんな噂が軍に蔓延しているからだろうか。最近は赤いドレスを着ている女性を呼び止める王国兵は多かった。
だが、リーズレットには話しかけられない。呼び止めることすらもできない。
気品に溢れた立ち振る舞いをする美女と噂にある残虐な悪魔の姿が重なって、神秘的でありながら畏怖を本能が感じ取る。
体が満足動かず息苦しさすらも覚える王国兵は、己の足を一歩下げて道を開ける事しか出来ない。
(なんだこれ……!?)
これから城を襲撃するというのに、リーリャは己の持つ常識や理解を越える現象に頭がどうにかなりそうだった。
堂々と道を行くリーズレットはあっという間に城の前に辿り着いた。
美の化身が目の前に歩いて来た事で門番達は固まった。
当然ながら、彼等には赤いドレスの悪魔が来れば捕まえろ等と命令が下されている。
だが、彼等も他の連中と同じく動けない。息をする事すら出来ない。
そんな彼等にニコリと微笑むリーズレット。彼女は両脇のホルスターから銃を抜いて銃口を向けながら――
「くたばって下さいまし。クソ豚共」
美の化身が絶対口にしないセリフを言いながらトリガーを引いて、門番の頭部に銃弾を撃ち込んだ。
読んで下さりありがとうございます。
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