18 終わるまであと何日?
「酷いありさまだ……」
戦闘――と呼んでいいのかもわからない、一方的な攻撃が終わった後の砦に向かうリーリャ達。
彼女達は確かにリーズレットの味方だと言えるが、その顔は恐怖で歪んでいた。
当然だ。360度見渡す限り地獄である。
そこかしこに落ちているのは瓦礫と誰のモノかも判別不可になった豚肉の一部。地面は血で染まり、まるで地面が血を啜っているようであった。
それらが元は敵であったとしても憐みの感情を向けてしまうほど酷い光景だ。
「これは第三王子かしら……?」
砦だった場所の敷地内に入ったリーリャは吹き飛んだ魔導車の下敷きになっている死体を見つけた。
軍服だったであろう着衣は燃えてしまっているが、辛うじて残っていた勲章から相手が元王族であったと推測。
果たしてこれが第三王子なのか、第二王子なのかは不明だが……。
今までレジスタンスが苦労していたのは一体なんだったのだろうか、と思うくらいあっさりと王族が2人も死んだ。
リーリャとしては少々複雑な気分だ。例え、彼女が使うすさまじい威力の武器を自分が所持していたとしてこうも簡単に出来ただろうか?
「貴方は何者なの?」
リーリャは瓦礫の山の上で風にたなびくドリル巻髪を手で抑える彼女に問う。
「淑女ですわよ」
まるで答えになっていなかった。
なんだ淑女って。淑女ってどういう意味が含まれてんの? と疑問が過る。
だが、考えるのは止めた。無駄だと思ったからだ。
淑女。それで良い。きっと彼女は淑女というカテゴリの何かだ。自分達とは違う、別の何かであるとリーリャの本能が叫ぶ。
「やっぱり、いい匂いですわね」
まだ所々燃えている建物の匂い。爆発した後の独特な火薬臭。豚肉が焦げる匂い。
彼女は瓦礫の山の上でスゥと胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
美しい容姿と赤いドレス、綺麗なプラチナブロンドのロングヘアー。ロケーションが違えば絵画にでもなるんじゃないか、と思えるくらいリーリャの目に映るリーズレットは所作も見た目も美しい。
この灰と色々な物が焦げる匂いはリーリャはとても良い匂いとは思えないが、リーズレットにとってはそうらしい。この辺りも彼女が自分達とは違うと知らしめる要因だろう。
「次は王都ですわね」
「いや、ちょっと待ってくれ。このまま王都に攻め込むつもりか?」
次はいよいよ敵の本拠地だと言うリーズレットに嫌な予感を感じたリーリャが問う。
「そうですわよ?」
リーリャの嫌な予感は的中した。そうだけど? と言わんばかりに首を傾げるリーズレット。
これにはさすがに待ったをかける。
「待ってくれ。王都に攻め入る際は仲間を集めたい」
リーリャもリーズレットならば王都を制圧するのも可能であると確信を持って言える。
だが、制圧した後が問題だ。東側の拠点は潰したものの、王国西側は手付かずである。
そちら側を支配する貴族や軍が王都奪還に来れば当然ながら防衛しなければならない。対し、リーズレットは王から情報を聞き出したいと言っている。
目的が果たされれば彼女は王国から興味を失う可能性が高いとリーリャは読んだ。
故に制圧後の王都防衛に対して万全の状態が整えられるよう準備してから突入したい。
「時間を掛けていては相手に好機を与えてしまいますわよ」
「大丈夫だ。通信機で連絡して……王都に侵入している仲間にも準備させる。最低でも3日間、加えて私達が王都まで辿り着くまでの2日間。トータルで5日間でどうだ?」
リーリャ達が近場に潜む仲間達と合流し、王都に向けて出発。道中の軍事施設を通り抜ける、もしくは攻撃しながら最速で進んで2日。
その間に王都に侵入済みの仲間から現地の情報をもらいながら工作を行い、到着次第戦闘を開始。
この間に遠方にいる仲間を王都まで移動させる。制圧後は全てのレジスタンスが揃った状態で防衛ができるという、現状で考えている作戦を提案した。
「よろしいのではなくて? ただし、間に合わなくても私は一人でも王から情報を聞き出しますわよ」
リーズレットとしては「どうぞご勝手に」といった具合か。彼女なら1人でも王都を落とせるだろう。
「ああ、大丈夫だ。それでいい」
スピード勝負なのはリーリャも理解している。だからこそ、リーズレットの行動にもなるべく便乗したい。
彼女無しでは厳しいと十分に理解しているからこその返答であった。
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「はぁ、はぁ、へぇ、ひぃ……」
東側の拠点から逃げた王国兵は仲間達がいる小規模駐屯地に向かって必死に走り続けた。
魔導車にも乗らず、必死に恐怖と戦いながら。
背後から迫って来るかもしれない。足を止めれば殺されるかもしれない。その想いが彼を駆り立てる。
夜になっても走った。途中で川の水を飲んでいる最中、背中を撃たれるんじゃないかという恐怖が彼を襲う。
道中にあった前時代の残骸が風に揺れて崩れ、音が鳴ればそこに潜んでいるのかもしれないという恐怖に襲われる。
精神的に追い詰められ、彼は既に狂っていたのだろう。
だが、生きたいという気持ちは捨てられない。必死に『生』を掴み取ろうと1日半程度も走り続け、ようやく仲間達のいる駐屯地へ辿り着く。
見えて来た駐屯地に手を振って、最後の力を振り絞った。
「お、おい!? どうした!?」
「悪魔だ……! 悪魔が出た! あああああッ!!」
王国兵の男は仲間にそう告げて体をブルブルと震わせる。足を止めれば脳裏には破壊される砦と死んでいく仲間達の姿がフラッシュバックした。
とんでもない精神的な障害を負っていると判断された彼は駐屯地の医務室へと搬送。
「ああああッ! いやだあああ!! 死にたくない!! 死にたくない!! 逃げなきゃ、逃げなきゃああああ!!」
軍医が何とか落ち着かせようとするが、彼は頻りに「悪魔が来る」と叫ぶ。
「鎮静剤投与の準備だ!」
薬物投与の効果もあって錯乱状態は収まったものの、口から吐き出される説明はどう考えても荒唐無稽なものばかりであった。
曰く「女の恰好をした悪魔が砦を一瞬にして灰に変えた」「仲間の体を穴だらけにして大地を血に染めた」「仲間の首を千切り取り、滴る血を飲んでいた」など。
最初は誰も信じていなかったが、完全に怯えた様子で続く状況説明。続けていくと凄惨な記憶がフラッシュバックしたのか、再び錯乱する様を見て軍医や他の兵士も次第に恐怖を抱き始めた。
「と、とにかく王都に伝えなければ」
どうにか得られた情報を王都に知らせ、その情報が王城に伝わった時は砦陥落から2日が経っていた頃だった。
「では、息子達は……?」
「残念ながら、死亡したと……」
会議の場で報告を聞いた王と貴族達。王は顔を青ざめ、貴族達は騒めき立った。
「本当に生き延びた者は悪魔が出たと言ったのか?」
「はい」
王に問われた軍人は頷いた。
「ですが、悪魔なんて存在するわけが――」
王都に住む貴族の1人が鼻で笑いながら『悪魔』の存在を否定するが、その言葉は王の耳には届かない。
王は冷や汗が止まらない。喉が急速に乾いていき、手が汗ばんでいくのがわかった。
ヤツが再び現れたのは真実であった。『王都で事件を起こしたのはやはり赤いドレスの悪魔であった』と確信してしまったからだ。
「――父上。父上。どうしました?」
王都で共に暮らす長男――次期国王となる第一王子の言葉でハッと我に返った。彼の目には様子に疑問を抱く息子と家臣達の顔が映る。
「……少々、席を外す」
「え? あ、はぁ……」
様子がおかしい王を見て疑問符を浮かべる息子や文官達を置き去りにして自室へと戻った。
王は自室に遠距離通信機を用意するよう指示を出し、用意が終わると指定の番号をダイヤルしながら耳に受話器を押し当てた。
プルル、となるコール音。受話器を握りしめる手に自然と力が入る。
自分でも焦っているのがわかった。だが、自分ではどうする事も出来ない。
だからこそ、連絡するのだ。助けてくれるかもしれない相手に。
「……私だ。力を借りたい」
王は通信先の相手に事情を説明。赤いドレスの悪魔が現れた可能性があると告げる。
王国の王族と同じく、連絡した相手も悪魔に対して脅威を抱いている相手だ。力を貸してくれるだろうと思っていた。いや、思い込んでいた。
「どういう事だ!? 悪魔が現れたのかもしれないのだぞ!? お前達も会合の度に警告していたじゃないか!!」
だが、王が叫んでいる状況を見れば相手の答えはわかるだろう。
力を貸して欲しいという願いに対して、相手の答えは『NO』であった。
自分達でどうにかしろの一点張り。怒りが収まらぬ王は受話器を叩きつけるように通信を切った。
「クソ! クソ! クソ!!」
執務机の上にあった物を腕で払い飛ばし、怒り散らす。だが、状況は変わらない。
「どうすれば……!」
王はその場に座り込んで頭を抱えるのであった。
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