127 7年後
リーズレットの転生、マギアクラフトの傀儡となった3ヵ国との戦争及び黒幕である魔女の殺害。
これらの出来事はリリィガーデン王国の中でも歴史的な出来事として語り継がれている。
一連の出来事は本になって出版されるほどであり、中心人物となったリーズレットの人気は更に高まる事となった。
戦争が終わってから今年で7年。
元々3ヵ国の領土だった土地は全てリリィガーデン王国の領土となり、各地には軍の施設も作られて平和が維持されていた。
激しい戦争、元敵国民との諍い、反抗勢力。終結後も問題は山ほどあったが、たった7年で平和と呼べるほどまで治安を回復させたのは女王であるガーベラの手腕もあったからだろう。
軍人として尽力した主力メンバー達は勲章を贈られた。
輝かしいエリートコースを歩む者、現場至上主義として死ぬまで現場に拘ると言い出す者。
進む先は様々であったが、彼等は今でも国防の要として重要視されている。
協力者だった傭兵団に所属している者達は軍による監視が付いてはいるものの、報奨金と身の安全を約束されて平和なリリィガーデン王国国内で暮らし始めた。
とある傭兵団のリーダーは完全に足を洗って、報奨金で土地を購入すると農業を始めたなどという噂もあるとか。
さて、一番気になるのは歴史的な出来事の中心人物。リーズレットがどうなったか、だろう。
ヴァイオレット殺害後、全てを終えた彼女はリリィガーデン王国に戻った。
帰還後にはサリィとラムダを連れて「約束を果たしてくる」と言い残して東へ向かった。
旧友との約束を果たして国に戻った彼女は国から土地を貰う。前々から言っていた、南にある海沿いの土地である。
真っ白で綺麗な砂浜の近くに豪華な屋敷を建設すると、サリィとラムダの3人で暮らし始めたのだ。
マチルダやコスモス、ガーベラがたまに訪ねてくる程度。あとはのんびりと海を眺めながら静かに暮らす。彼女が夢に見た理想の暮らしが遂に実現したと言っても良いだろう。
そう、彼女は夢を叶えたのだ。
サリィの紳士教育プログラムをクリアしたラムダと結婚したのが5年前。
そして、今は――ベッドの上で本を読むリーズレットの隣には、大好きな母親とのおしゃべりに疲れて昼寝する小さな女の子の姿があった。
「ふふ」
すぅすぅと寝息を立てる娘はリアラレットと名付けられ、今年で3歳を迎える。母であるリーズレットの愛を一身に受けながら育っていた。
娘の長い髪の毛の一部が口の中に入って「あむあむ」と夢の中で食事しているような動きを見ると、リーズレットはまるで聖母のような笑顔を浮かべて髪の毛を指で掬ってあげた。
こういった何気ない時に幸せを感じる。
夢だったお嫁さん生活と愛しき娘の成長を見守る日々。この幸せをくれたのは間違いなく仲間達のおかげだろう。
リーズレットの寝室には写真が飾られていた。中には前世で共に過ごしたアイアン・レディの仲間達が映る集合写真や個人個人の写真。
現在の仲間であるコスモス達と撮った物も。
毎日、彼女は感謝と愛を口にして。ガーベラと共に決めたアイアン・レディ設立記念日には城の庭園にある墓地へ赴いて。
お喋り上手になってきた娘にも愛すべき者達の話を聞かせて。
本当に心から幸せな日々を彼女は過ごしていた。
そんな幸せの日々の一幕、屋敷に来客を告げる玄関のドアベルが鳴ったのが聞こえた。
ただ、リーズレットが直接出迎える事は無い。メイド長のサリィが集めた見習いメイド達が対応するのだが……。
コンコン、とリーズレットの寝室のドアがノックされてドアを開けたのは美しい女性に成長したメイド長のサリィだった。
「奥様。ブライアン様がお会いしたいと訪ねて来ました」
「あら? どうしたのかしら」
屋敷のベルを鳴らしたのは父の後を継ぎ、軍の司令官となったブライアンだったようだ。
彼はここ最近『仲間の仇』を見つけて討ちに行くと言っていたが、いつの間にか帰還していたようだ。
リーズレットは眠る娘の頬にキスするとブライアンの待つ客間へと向かった。
サリィが開けてくれたドアを通り、ブライアンの前に姿を見せるとソファーに座っていた彼は立ち上がって綺麗な敬礼を見せた。
「マム。突然の訪問、申し訳ありません」
「構いませんわ。貴方も仇を討ちに行く、と言っていましたが帰ってきていましたのね」
「ハッ。つい先日帰還致しました。そちらの方は無事に終える事が出来ました」
「そう。良かったわ。それで、本日の用件は?」
雑談を交えながら、訪れた理由を問う。すると、ブライアンの顔に緊張感が増した。
「こちらを」
取り出したのは一枚の紙。どうやら手紙のようだが。
顔を緊張で険しくした彼は手紙をリーズレットに差し出すと、前線で共に戦っていた頃と同じように腰の後ろで手を組んだまま直立不動でリーズレットの反応を待つ。
そんな彼が待つ、手紙を読んだリーズレットの反応は――笑顔を浮かべて手紙をグシャリと握り潰した。
「ガーベラは?」
「既に軍へ準備をさせております。アイアン・レディ隊の1番隊から3番隊は既に西大陸へ向けて出発。4番隊はレディ・マムで待機中です」
アイアン・レディ隊とはリリィガーデン王国に新設された実力が確かな者しか配属されないスペシャルチームである。
教官はマチルダ、先頭となる1番隊のリーダーはコスモス。2番隊は嘗てのグリーンチームリーダーであるガウインが務めている。
他にもマギアクラフト戦争を経験した軍人達が配属しており、名実ともに最強のチームと言えるだろう。
「そう。私の旦那様は城に赴いていたと思いますが」
「ハッ。その……。閣下も1番隊と共に向かいました」
どうやら手紙の内容を見てラムダも我慢ならなかったようだ。ブライアン曰く、怒声を撒き散らしたコスモスと一緒になって戦地へ我先にと向かって行ったらしい。
「しかし、ラウディーレ王国は頭がイカれましたの? 私の娘を嫁に寄越せとは大きく出ましたわね」
手紙の内容は簡潔に言えば「リーズレットの娘を王子の嫁に寄越せ」である。それも手紙の内容は随分と上から目線での要求であった。
リーズレットの存在は国も国民からも女王よりも上の特別な存在として捉えられている。
リリィガーデン王国を建国した建国の母達を育てた人物であり、国に平和を齎した人物。象徴と呼ぶに相応しい。
当然ながら彼女を雑に扱う事も、彼女の娘であるリアラレットを指名する事も、リリィガーデン王国においては最大級の不敬となる要求である。
西大陸にあるラウディーレ王国とはリーズレットがヴァイオレット殺害において踏み込んだ時期から、国同士の交流は持ち始めたが。
あちらもリーズレットがどんな存在であるか知っているはずである。なのに、この要求をするとはどういう事だろうか。
よって、現在の王城では西の芋野郎共へ向けて怒声が飛び交っているようだ。
「情報部によりますと、ラウディーレ王国の反王派はリアラレット様を次期王の妃に迎えて我が国との繋がりを持たせようと。その先にあるのは我が国の技術を吸収する事が目的のようです」
しかし、とブライアンは更に話を続ける。
「ですが、今回の件はそれを逆手に取った王族派の行動なのではないかと推測されます。我々に国内干渉をさせて不穏分子を炙り出す……もしくは排除させようとしているのでは、と」
簡単に言えばラウディーレ王国内に蠢く勢力争いに巻き込まれたというべきか。
ただ、リアラレットを妃に迎えて技術を頂くという狙いは、恐らくどの勢力も狙っている事だろうと情報部が収集した情報も付け加えられた。
「そう」
可愛い可愛い娘を嫁に寄越せなどと上から目線で言われるだけで腹が煮えくり返りそうなリーズレット。
それだけではなく、娘を勝手に田舎の政争に巻き込むとは。
あり得ない話だが、この要求を仮に飲んだ際、可愛い娘がどうなるかは容易に想像できる。
遠い異国の地でずさんに扱われるかもしれない。用済みになったら排除されるかもしれない。
過去、婚約破棄を受けたリーズレットは同じような思いを娘には味あわせたくないと心に決めていた。
自分が幸せになったのだから、娘にも幸せになってほしい。正真正銘の母親となったリーズレットにとって、この気持ちは当然の想いだろう。
そんな彼女がこの事態を受けて……。どんな行動を起こすかは簡単予想できる。
「豚共は誰が主人なのか分かっていないようね?」
リーズレットの目に嘗て戦場で見せていた鋭さが戻った。いや、隠していたのが表に出たと言うべきか。
久々に感じる淑女の威圧と殺気。それを感じたブライアンの背筋がぶるりと震えた。
「……そのようで。マムもお越しになられますか?」
「ええ。勿論。最近は運動不足を感じておりましてよ。丁度良い機会になるでしょう?」
ブライアンは内心で「嘘だろう」と呟いた。
リーズレットは出産を経験しても尚、その戦闘能力に衰えを見せない。
数年間も戦場に出ず、出産した後に『産後の運動』と称してコスモス達と訓練を行ったが結果は全勝。
近接戦闘訓練では現役バリバリの軍人共が手も足も出ず、射撃訓練でも相変わらずのノーミス。全ての項目で満点どころか天井をぶち抜く勢いで、過去自身が打ち立てた最高スコアを更新させたのだ。
最強。いや、無敵の淑女は健在どころか未だ成長中である。
「そうですか。マチルダ様の言った通りですね」
ただ、彼女が戦場に出るという言葉を聞いてもブライアンは驚きもしない。
「彼女はなんと?」
「私は豚狩りの準備をして待っているから迎えに行って来い、と言われました」
軍の司令官となった今、爵位も立場もブライアンの方が上である。
だが、未だ『北の女傑』と異名を持つ彼女に尊敬を抱くブライアンは頭が上がらないようだ。
しかも女傑は教官業務を放り出してリーズレットと共に戦場へ向かう気満々の様子。
「彼女らしいわね」
ふふ、と笑ったリーズレットは立ち上がると後ろに控えていたサリィへ振り向いた。
「サリィ。あの子をお願いね」
「承知しました」
見習いメイドとサリィを連れて自室へ戻ったリーズレットは、彼女の象徴たる赤い戦闘用ドレスに身を包む。
その姿も久しぶりですね、と零したブライアンと共に彼の乗って来たヘリで城へと向かうのであった。
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城の北側にあるヘリ着陸場に降りたリーズレットは城の中へと向かって行った。
目的地はガーベラの執務室だ。本当に事を起こして良いのか、と確認を取りに行ったのだが……。
「長距離弾道ミサイルであのクソ忌々しい国を消してしまいなさい!!」
「まだ完成しておりません、陛下」
「くぅぅぅ!! 私の!! 私の可愛いリアラちゃまを嫁に寄越せなどと言ったクソ国家をこの手で粉砕できないのが!! 悔しい!!」
ガーベラの怒声と机をドンドン叩く音がドア越しに聞こえ、怒り狂う彼女を冷静な様子で相手をしている声の主は補佐官であるサバスである事が廊下からも分かった。
「ガーベラ、入りますわよ」
ドアをノックして執務室に入ると、怒りで顔を真っ赤にしたガーベラがリーズレットに駆け寄ってきた。
「お姉様! 手紙を見ましたか!?」
「ええ」
「あんな国、消してしまいましょう!! リアラちゃまは私の子と結婚してもらうんです!! 他所にはあげません!! 絶対です!!」
ここ7年、手腕を発揮して女王としての威厳を見せつけてきたガーベラであったが今の彼女はダダっ子そのものである。
というのも、彼女が最近抱く夢は自分が息子を産んでリアラレットと結婚させる事であったからだ。
彼女は常に国を継承すべき者へ託すべきだと考えていた。リーズレットに国のトップになってもらいたい気持ちは今でも抱いている。
だが、リーズレットには拒否されてしまった。じゃあ、彼女の娘にと方向転換した次第である。
王家にリーズレットの子が入る事で国を正真正銘のアイアン・レディ創設者であるリーズレットの物となる……という図式が彼女の頭の中にあるようだ。
因みに、ガーベラはまだ未婚である。
「まだ生まれてもいない貴女の息子と結婚するかは置いておいて、ラウディーレを対処するのは賛成でしてよ。貴女の中ではどうするのが理想だと考えていまして?」
ふぅ、とため息を零しながらガーベラを落ち着かせたリーズレットは女王として相手の行く末をどう見ているか問う。
「……放っておいて力を蓄えられ、私達の子供が苦労する未来は望みません。この機会に乗じて徹底的にやります」
「そう。わかりましたわ」
国としての意思を確認したリーズレットはガーベラの頬を撫でると「行って来る」と告げた。
そのまま城の階段を降りて、玄関まで向かうと――
「マム。既に準備完了しております」
そこには愛銃を持ち、敬礼したマチルダがいた。
彼女の後ろにはアイアン・レディ隊が控え、全員揃って敬礼する。
「ええ。コスモスとラムダの動きは?」
「既に乗艦していたアルテミスを降り、航空機と共に王都制圧に向けて動き出しました。王都の半分は制圧済みであると通信が来ております」
2人は相変わらずどちらが上か、どちらがリーズレットの右腕として相応しいかと競うようにラウディーレ王国の制圧を進めているようだ。
「早く行かなければ出番が無くなりそうですわね」
「はい」
階段を降りてマチルダの横を通り過ぎるリーズレット。マチルダの後ろに控えていた軍人達は左右に別れて道を譲る。
城の玄関を出て、背後に精鋭達を引き連れた彼女は華が咲き誇るように笑った。
「では、豚狩りに向かいましょう。娘の輝かしい未来を邪魔をする者は――」
全員殺しますわよ。
婚約破棄されたので全員殺しますわよ ~素敵な結婚を夢見る最強の淑女、2度目の人生~ 完
最後まで読んで下さりありがとうございます。
1発モノの短編だったはずが思いの外感触がよく続きを急遽書いた本作でしたが、皆様の支えもあって無事に完結する事が出来ました。
面白かったと思ったらブクマや下にある☆を押して応援して下さると作者の自信と励みになります。
繰り返しになりますが、最後まで読んで下さりありがとうございました。




