125 最後の手助け
ヘリに乗り込んだリーズレットはレディ・マムまでの帰還中、溶岩が流れ込む島を窓から見下ろしていた。
コスモスの話ではリリィガーデン王国軍がマギアクラフト兵を制圧完了した直後に爆発が鳴り響き、溶岩が噴き出し始めたようだ。
航空機を持つリリィガーデン王国軍は上空に避難できたが、マギアクラフト兵はそうもいかない。
制圧時に捕虜となっていた数名は助かったものの、態勢を整えて再度戦闘に臨もうと撤退した兵士達は未だ島の中にいるはず。
彼等がどうなってしまうかは……想像するに容易い。
「どうしました?」
窓の外を見続けるリーズレットにコスモスが問いかけた。
リーズレットの気掛かりはマギアクラフト兵達の行く末ではなく、殺したヴァイオレットの事だ。
「いえ……」
ヴァイオレットは魔女と恐れられ、マギアクラフトという組織を作った女。
前世のリーズレットが手に負えなくなると身を隠し、組織の影すらも消すという事をやってのけた人物。
彼女の額に鉛弾を撃ち込んだ。確かに殺した。
だが、彼女は邪魔者が自然と消えるとジッと身を隠す我慢強さ、執念がある。それは必ず目的を達してやろうという強い意志があると言える。
そこまでした彼女が本拠地に残り、勝てるかどうかも分からないリーズレットに戦闘を挑むだろうか?
しかも、最後は呆気なく……大人しく殺されるだろうか?
考えている間にサリィの操縦するナイト・ホークはレディ・マムの甲板に着艦。続々とイーグルやナイト・ホークが着艦して搭乗していた軍人達が降りて来た。
マチルダは念のために点呼を取らせ、全員が生還している事を確認させる。
「マム、如何なさいましたか?」
甲板で再会したマチルダもリーズレットの顔を見た瞬間にそう口にした。
彼女の表情はそれほど険しいのだろう。
『マム。ブリッジへ来て下さい』
マチルダに返答しようとしたところで、艦内放送を用いたリトル・レディがリーズレットをブリッジへ呼んだ。
まずはそちらに移動しよう、と主要メンバーはブリッジへと移動する。
「何がございまして?」
『はい、実は――』
そう言いながら、リトル・レディはブリッジの巨大モニター一面にデータ化された資料等を表示させる。
重なるように表示されたウインドウ。パッと見ただけでも50以上のデータが表示されるが、リトル・レディはこれでも『一部』であると告げた。
「これは?」
一番手前に表示されたデータを見るにアイアン・レディやリリィガーデン王国に関わるような事は記載されていない。
『マギアクラフトの内部資料です。恐らくは、データストレージに保存されていたものでしょう』
リトル・レディの返答にマチルダ達から驚きの声が上がった。
「制圧した本部にあったのですか?」
コスモスが本部にあった端末からデータを引き抜いたのか、と問うが……。
『いいえ。島が爆発する数分前に私達のネットワークへアクセスがありました。それも、Dr.アルテミスの独自コードで』
島の外、海からレディ・マムのリアクター修理と対空防衛、島内の監視を行っていた頃。
突如、アイアン・レディのネットワークにアクセスが検知された。
不正アクセスかと調べればアクセスした者が使用するアクセスコードはアルテミスが使用していたもので、しかもアクセス先は島の中からである。
現在、ネットワークを使用できるのはリトル・レディ、ロビィ、リーズレットと限られた者しかアクセスはできない。
ただ、昔と同様のネットワークが構築されていて万が一に備えて過去に存在した構成員の持つ個々のアクセスコードも使用可能になっているのだが……。
しかし、アルテミスの死亡は確認されている。遺体も確保されているし、リーズレットも遺体を確認済みだ。
ここで考えられるのは、生きているはずのない亡霊――アルテミス本人か否かという事。
リーズレットを転生させた張本人も転生したのか、それとも敵がアルテミスのアクセスコードを使ったのか。
どちらが正解か分からぬリトル・レディは不正アクセスだった場合に備えてカウンター策を用意しながら、アクセス者の行動を見守った。
すると、どうした事か、島の中にある端末からマギアクラフトの内部情報と思われるデータが次々に送信されてくるではないか。
『精査したところ、データ内にウイルス等のトラップはありませんでした。純粋に敵の保有していたデータが送信されてきただけです』
敵がアルテミスのコードを使用してアイアン・レディのネットワーク内に情報を送信するだろうか? この考えは否だろう。
では、アルテミスが生きていて敵の内部に潜んでいたか?
その考えもあり得る可能性を秘めているが、アルテミスがコンタクト無しにアクセスしてくるのは考えにくい。
リーズレットの復活と再会を渇望していた彼女であれば、隠れているよりも身を晒して一緒に戦う道を選ぶだろう。
この推測については彼女をよく知るリーズレットも同意する。
では、どういう事なのか。
リトル・レディに備わった演算装置は様々な推測が計算行い、一番可能性が高い推測を語る。
『本艦を見つけた際、拠点はマギアクラフトに荒らされていました。敵は拠点内にあったデータストレージを持ち出していましたが、そのストレージ内にDr.アルテミスはウイルスを仕込んでいたのではないでしょうか?』
敵は拠点を見つけて培養槽に浮かぶアルテミスを殺した。
彼女を殺したマギアクラフトは更に地下に隠されていたレディ・マムに気付かず。アルテミスが用意したデータストレージを持ち去った。
中には偽装用と言えど、本当にアイアン・レディが研究していた本物のデータも含まれていただろう。
相手はウキウキでホクホク状態だっただろうか? しかし、それ自体が罠である。
データストレージにはウイルスが隠されていて、敵側がアクセスすると同時に相手のストレージに入り込む。
魔女は爆発と溶岩の噴火によって島自体の消滅に加え、島のどこかにあった端末を後に回収されないよう、しっかりとデータの削除すらも計画していたに違いない。
全ての痕跡を消す為に。だが、それはアルテミスの先読みによって阻止される。
データ削除のコマンドが入力され、ストレージ内のデータデリートが開始される……この反応がウイルス発動のキーになっていたんじゃないか。
大元は爆発と共に吹き飛んだので真実を確かめる術はないが、と付け加えながらリトル・レディは推測を述べた。
『最後の最後まで我々はDr.アルテミスに助けられたと言うべきでしょう』
相手が気付かなかったのは、このネットワーク技術に関してアイアン・レディに所属していた転生技術者達の方が敵と比べてずっと先にいたからだろう。
あくまで推測であるがリトル・レディが言った通り、最後の最後までアルテミス達に助けられたのだと思いたいのが本心だ。
最後の締めとして、リトル・レディはモニター上にとあるデータを表示させる。
「これは……」
表示されたのはリリィガーデン王国がある東大陸とは違った形の大陸図。西大陸と呼ばれている場所の地図であった。
この地図と共に表示された文字データには、マギアクラフトの一部が西大陸に渡って行っていたであろう行動の痕跡が見られる。
「ああ、なるほど。そういう事ですわね」
表示されたデータを読み解いて、険しかったリーズレットの顔にようやく笑顔が浮かんだ。
確かにリトル・レディの言う通りだ。最後の最後まで彼女は愛すべき仲間に助けられた。
この助けがなければ、また歴史が繰り返すところだっただろう。
「ふふ……。そうと分かれば、よろしいですわね?」
『はい。既にリアクターの応急処置は済んでいます。航行・攻撃共に可能な状態となっています』
「よろしい。では、最大船速で向かいなさい。王国軍も準備をしておくように」
リーズレットはリトル・レディとマチルダへ指示を出した。
目的地へ向かいながら戦闘の準備を行うように、と。
『ラジャー』
「承知しました」
目的地では邪魔が入るかもしれない。
だが、邪魔するのであれば誰であっても皆殺しにしてやる。
ニヤリと笑ったリーズレットは艦長用の席に座り、脚を組みながら呟いた。
「今度こそ息の根を止めてやりますわ」
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