123 母と子
「ここで降りますわ」
島の上空を飛ぶイーグルの中でリーズレットはパイロットへ向けて、然も当然のように言った。
『え!? 敵の真上ですよ!?』
彼女の声に反応したのは彼女と行動を共にしてまだ日の浅い副操縦士であった。
真下からは敵の大型魔法銃による弾がバンバン飛んできて、この中に着陸するなど的になるようなものだ。
彼の考えは正しい。ただし、着陸するという目的であればだが。
『マム、準備が整ったら合図を。出来る限り、限界まで高度を落します』
困惑する副操縦士を他所にメインパイロットである男は『いつも通り』と言わんばかりの応答を返した。
横にいる新人の顔を無言で見て、口角を吊り上げる。まぁ、見てろ。そう言いたげに。
「マム。私もご一緒に――」
「いいえ。貴女は初めてでしょう? お手本を見せて差し上げますわ」
コスモスも共に行く、と言い出したがリーズレットはそれを断った。人には何事も初めてがある。
初めての者に対し、こうやるんだと一度は必ず手本を見せてやるのがリーズレット式の教育。それは例え見習い淑女となった者に対しても変わらない。
「次は一緒に行きましょう」
「……はい」
リーズレットは少しションボリとした表情を浮かべるコスモスの頬を撫でてから装備の準備を始めた。
片手には愛用の軽機関銃。背中にはパラシュート。軽機関銃の予備弾薬は無し。
敵の真上に落ち、ど真ん中での戦闘となるのは確実。そんな中で戦うには軽装すぎるが、これで良し。
「補給用の弾は任せますわね」
「はい。すぐに追いつきます」
コスモス達の顔を見て、リーズレットはパイロットに合図を出した。
すると彼女の乗るイーグルは敵の掃射が飛んで来る中、100メートルほど高度を落とす。
機体内の側面にあったボタンを押してプラットホームを下げると、ゴウゴウと吹き荒れる風の音とイーグルのローター音が耳を占拠する。
「行きますわ」
『ご武運を!』
走り出したリーズレットは開いたプラットホームから駆け降りて高度500メートルからのダイブを開始。
自由落下するリーズレットは棒のように体を真っ直ぐにして頭から落下した。
すぐに体を丸めて空中で一回転、足を地上に向けるとパラシュートを開く。
ただ、開いたのは一瞬だった。フワフワと悠長に空中落下している暇は無く、パラシュートを使用したのは減速効果を得るためだけである。
空中で減速し、地上まで残り200メートルに差し掛かると背負っていたパラシュートを脱ぎ捨てる。
生身のまま地上へ落下して、着地の瞬間にパワー・ハイヒールを起動させて見事に着地を決める。
顔を前に向ければ航空機を攻撃していた敵地上部隊がすぐ傍に。ニコリと笑ったリーズレットは持っていた軽機関銃を向けて――
「ロックンロォォォォルッ!!」
軽機関銃のセーフティを解除した彼女は、地面に設置されたガトリング砲タイプの魔法銃を撃つ敵へ向けて射撃を開始した。
突然空から降って来た淑女に驚き、対応が遅れたマギアクラフト兵は次々に穴だらけになっていく。
悲鳴が鳴り響き、血肉が飛び散っては地面を赤く染めあげる。
マギアクラフト側は悲鳴が味方のモノだと気付くと、リーズレットへ銃口を向け始めたが遅すぎた。
既に彼女はエンジン全開。軽機関銃をぶっ放しながら、マギアクラフト兵の中へと潜り込んでいく。
彼女が華麗に舞う姿は流石と言うべきか、いつも通りと言うべきか。敵との同士撃ちを誘いながら戦場を縦横無尽に駆け回る。
まだ生きている者達を肉の盾にしながら敵の陣形をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
戦闘が開始されてから5分も経たぬうちに空へ向けての掃射はぐっと数を減らす。となれば、人員輸送の為に飛んでいたイーグルは続々と着陸態勢を取り始めた。
森を切り開いて整備された場所に着陸したイーグルからはリリィガーデン王国軍が飛び出す。
我先にと飛び出したのはコスモスとラムダだった。
2人共、リーズレットに追いつくべく全力で駆け出す。先に到着して援護した方が、より愛を示している。そう張り合うように、1ミリのリードも許さぬと並走して。
「GOGOGO!!」
「マムを援護せよ!」
ブライアンやマチルダは全体の指揮を執る為か、中盤に位置しながら歩兵部隊に向かう方向を指示していく。
「マム!」
「リズ!」
いち早くリーズレットの元へと到着したコスモスとラムダは、彼女の両脇を駆け抜けた。
コスモスはアサルトライフルを連射しながら。
ラムダは片手でナイフを振るい、相手の首を切り裂きながら。
「ブラックチーム! 支援だ!」
ブラックチームはやや後ろに位置取って、3人が狙っていない者達を優先して射殺していく。
「後退ッ! 森に後退しろ!」
リリィガーデン王国軍の上陸を許したマギアクラフト隊は徐々に後ろにあった森の中へ逃げようと後退し始めた。
だが、いつの間にか敵の後ろへ潜んでいたのは狩人から熟練の軍人に変わったグリーンチーム。
挟み込むように敵の背中を撃ち、茂みから飛び出した者はナタで首を掻っ切る。
「ふふ」
迷いなく動く自軍の行動を見て、リーズレットは思わず笑みを零した。
出会った時は劣勢も劣勢、軍としても未熟だった彼等が随分と成長したものだ。
まだ粗削りではあるものの、コスモスは見習い淑女として戦場を駆けまわる。マチルダやブライアンも指揮官として優秀な才能を見せている。
グリーンチームの面々も自分達の経験を最大限に活かして。
更にはラムダが加わった事で突破力も得る事が出来た。
故に彼女は足を止める。常に戦場で動き回り、敵の視線を独り占めし続けていた彼女が。
「マム、如何致しましたか?」
足を止めた彼女にマチルダが追い付いて来ると、戦場で佇む彼女へと問いかけた。
「マチルダ。ここは貴女達に任せましてよ」
リーズレットはニコリと笑って、その笑顔に彼女達への信頼感を乗せて見せる。
「……ハッ。お任せ下さい」
彼女の向ける信頼感を察したのか、マチルダは静かに敬礼と共に命令を受け取った。
「サリィ、貴女は軍を支援なさい」
『はいですぅ!』
全て任せる、そう指示を出したリーズレットはゆっくりと1人で奥へと向かう。
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リリィガーデン王国軍とマギアクラフト隊が戦闘する地点を抜けて……。
奥にあった花畑へと到達した。
色とりどりの花が咲き誇る中、アンティークなテーブルと椅子が置かれて。そこでお茶を楽しんでいたのは1人の女性。
リーズレットの中にある懐かしい記憶が蘇る。
広い屋敷の中で母と呼んだ記憶。甘えようとしたら突っぱねられた記憶。何の愛情も感じない冷たい目線。
お母様。そう呼ぶべきか悩むリーズレットだったが――
「ヴァイオレット」
結局、リーズレットは女性を母とは呼ばず。いや、母と呼ぶべきではない。関係性は偽りだったのだから。
「ふふ。久しぶりね」
ソーサーにカップを置いたヴァイオレットは、女神のような笑みを見せつけるが目は全く笑っていない。
遂に長き時を経て再会を果たした母と子。
再会の舞台が花畑の中という事もあってか、2人の周囲には神秘的な空気が漂う。
「随分とブスになったわね。まぁ、昔の体とは違うのだから当然よね。せっかく、私の美貌を与えてあげたのに」
「あ"?」
が、そんな空気など秒で終わった。
リーズレットの顔は険しくなり、ヴァイオレットへ射殺すような視線を向ける。
……ここで今一度確認しておくが、リーズレットは決して醜い容姿を持っているわけじゃない。それどころか、世界有数の美少女と呼ばれるほどの美貌を持っている。
しかし、ヴァイオレットは己が一番と思っているのだろう。本人がそう思っていてもおかしくないくらい、彼女は本当に女神のように美しいが。
「無駄に歳を重ねた豚が随分と余裕ですわね? 追い詰められている事すらも気付かないほど頭がイカれていまして?」
ヴァイオレットが『ブス』とジャブを放つのであれば、リーズレットは『豚』とストレートを放つ。
女神のような笑みを浮かべるヴァイオレットの表情、頬の肉がピクリと動いた。
「ムカつくガキね。産んでやったのにも拘らず、敬意が無いわ。まぁ、貴女はただの実験動物に過ぎないけどね?」
「産んでくれた事には感謝していましてよ? ただ、私の仲間を殺した事はいただけませんわね。私に怯えたまま、世界のどこかで縮こまっていればよかったものを」
どちらもお互いの主張を一方的に口にして一歩も譲らず。
「最後に聞かせて下さる? 貴女の目的はなんですの?」
リーズレットはヴァイオレットに問うた。
自分を創り出した理由。愛すべき仲間を殺した理由。長年暗躍していた理由――その先に何を見ているのか。
「世界征服……と言えば良いかしら? 私は私の理想とする世界を創りたいだけよ?」
ヴァイオレットはとてもシンプルな答えを口にした。
シンプルで大きな目標ではあるものの、目指す世界はヴァイオレットとマリィが頂点に君臨するだけの世界である。
他の有象無象などは自分達の為に働き、死んでいくだけ。この広い世界をたった2人で独占して、全てを手にする世界。
他人への愛や配慮などは一切なく、ただ2人だけが幸せを享受できれば良い。そんな自己中心的な世界の創造。
真意を詳しく述べればこんなところだ。
だが、世界征服と聞いたリーズレットは鼻で笑う。
「三下らしい理由ですわね」
品が無く、クソのような理由であると。
「その三下に仲間を殺されたのはどこの誰かしら?」
「私が死ぬまで怯えながら隠れていたのはどこの誰でして?」
「…………」
「…………」
互いに譲らぬ舌戦はここまで。
ヴァイオレットが立ち上がるとリーズレットは軽機関銃の銃口を向ける。
「仲間の元へ送ってあげるわ」
「ハッ。額にケツの穴を作って差し上げますわよ」
この言葉を最後に、淑女と魔女の戦闘が遂に始まった。
読んで下さりありがとうございます。




