120 魔女はどこへ
地下3階へ降りたリリィガーデン王国軍は両手を真っ赤に染めたリーズレットが死体を見下ろす姿を発見した。
「マム! ご無事ですか!」
「ええ」
どこか不機嫌そうなリーズレットだったが、声を掛けたマチルダは爆発元がリーズレットではない事を確認すると安堵の息を吐く。
「大きな爆発と振動を感じましたが」
「コイツが原因ですわ」
リーズレットは床に転がっているベインスの死体を顎でしゃくる。彼の手にはスイッチが握られていて、それを見たマチルダは彼が爆発させた張本人だと言葉の意味に気付いた。
「爆発はこの下のようですわね」
リーズレットのいた地下3階よりも下で爆発したという事は、最下層と思われる地下4階で爆発が起こったのだろう。
彼女達は捕虜となった老人達を連れて地下4階へ向かった。
階段を使って下へ降りると電子錠が取り付けられたドアがあった。当然ながらパスコードは分からない。
捕虜となった老人達が開けられると思いきや……。
「限られた者しか開けられん。ベインスと魔女しか許可されておらん」
思っていたよりもこの老人達は下っ端なのだろうか。とにかく、彼等では開けられない。
となると、取れる行動は1つである。
「下がっていなさい」
リーズレットは軍人からショットガンを受け取ると電子錠に向かってぶっ放した。
マスターキーと呼ばれる開け方である。電子錠を壊し、パワーハイヒールを起動してドアを蹴破ると中を伺う。
広々としたフロアの中には確かに爆発の痕跡があった。
設置されていたであろう機器は爆発の衝撃で吹っ飛んで部品が散乱しており、千切れたケーブルが蛇の死体のように転がって。
物資箱の中に入っていたであろう薬品や素材の一部が燃えていた。
何より目に付くのは中央にあったであろう、謎の魔導具だ。
輪っか状だったと思われるそれは、本体の半分も残っていない。
「あれは何ですの?」
部屋の中央にある魔導具の残骸は明らかに重要そうだ。どんな物だったのか老人に問うリーズレットであったが、老人達は首を振った。
「わからん。この部屋に私達は入れなかったからな」
そう答えた老人を睨みつけるリーズレット。舌打ちも鳴らして露骨に機嫌が悪くなったのがすぐに分かった。
「では、魔女の行方は?」
「それも……」
分からない、と言おうとしたと思われる老人の頭部に銃口を向けると驚くべき早さでトリガーを引いた。
額に穴が開いた老人は地面に倒れ、倒れた仲間を見た残り2人の老人は恐怖で悲鳴すらも上げられなかった。
「さて、次の方」
「ヒッ!? アツゥ!!」
額をぶち抜いたリーズレットは硝煙を上げるアイアン・レディの銃口を次の老人の額に押し付けた。
「まさか、貴方まで分からないと仰るわけありませんわよねぇ?」
下の階へ向かう道中、コスモスから地下2階での戦闘を聞いたリーズレット。
王国軍は犠牲者も出してこの老人達を確保したのだ。それが、何の情報も持っていなかったなど笑い話にもならない。
「待て! 待ってくれ!! 確かに魔女のいる場所はわからん!! だが、情報端末があるはずだ!」
「ベインスはどこかに物資を送っていた! きっと輸送データが残されている!」
残り2人の老人は必死に声を上げて自分達の知る情報を出来る限り吐いた。
「チッ。上に戻りましょう。端末を調べますわよ」
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王国軍の報告、老人達への尋問で地下2階に情報端末がある事がわかると、そちらに場所を移動した。
地下2階を情報部に任せ、リーズレットは地上にいたロビィも呼び寄せるとベインスの使っていた端末を調査させた。
有益なデータが残っているか精査を進めていると……。
「研究データらしき物はほとんど削除されていますね」
マギアクラフトの持っていた異世界技術、生体工学を始めとしたほとんどの技術データはベインスが抹消してしまったようだ。
今となっては魔法少女の作り方も分からない。培養槽の中に漂う魔法少女らしき少女達も覚醒させる方法は分からず、彼女らをどうするべきか悩むところである。
「この辺りは軍に任せましょう。魔女の居所は分かりまして?」
「輸送データを探っていますが、大陸中に配送記録があります」
「エリクサーや魔法少女といった、この世には珍しい技術を保有していたのです。恐らくは……。もっとも安全な場所を作るはずですわ」
マギアクラフトはアイアン・レディのように最先端どころかオーバーテクノロジーを保有していたのだ。
大陸中で暗躍をしていたのであれば、敵の手が届かぬ安全な場所を確保しているはずだと推測した。
特に前世でもマギアクラフトの本拠地どころか、存在すらも明るみになっていなかった。
全盛期のアイアン・レディが持つ情報網でも引っ掛からなかったという事は、大陸の目立つ場所には拠点を構えないだろう。
この拠点すらも前哨基地や囮に過ぎないのかもしれない。
「前時代の地図と重ねてみましょう」
キーボードを操作するロビィのカタカタと鳴らす音がしばらく続き――
「ここはどうでしょう?」
端末のモニターにロビィが表示させた地図には連邦北部から更に北、海のど真ん中で何もない場所であった。
「ここに何が?」
「地図上には何もありませんが、物資を輸送したデータが1件だけありました」
大陸内ではなく、大陸から船で数時間は掛かるような距離である。
そんな場所に何の用があるのだろうか。しかも物資を輸送しているとなれば、物資を使う何かがあるはず。
「リトル・レディに座標を送信して調査させなさい」
「ウィ、レディ」
しばらくして、2階にいた情報部の者達が調べた端末には魔女の居所がわかるものは無かったと知らされた。
最後の望みとなったロビィの見つけた座標。リトル・レディの調査結果を待っていると……。
『レディ。指定された座標に孤島があるのがわかりました』
地図上には何もなく、ただの海とあったが実際には小さな島が存在しているとリトル・レディからの回答があった。
「ビンゴですわね」
リーズレットはマチルダ達と共に地上へ戻ると部隊を編制して魔女のいる島へ向かうのであった。
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一方、その頃。魔女達は綺麗な花で埋め尽くされた花畑の中で優雅にお茶を楽しんでいた。
木製のテーブルの上にはティーセットと2人が好きなお菓子が置かれて。
爽やかな風と花達の香りを楽しみながら余裕の表情を浮かべていた。
「ヴァイオレット。そろそろ向かわないと」
ヴァイオレットの対面に座るマリィはポケットから懐中時計を取り出して時間を確認しながら告げる。
「貴女だけ先に行きなさい」
しかし、彼女はお茶を一口飲むとニコリと笑ってマリィへ返す。
マリィは「は?」と短く漏らしながら、心底言っている意味が分からないと言わんばかりの困惑した表情を浮かべる。
「最後のボタンを押す必要があるでしょう?」
「そんなもの、誰かにやらせれば良いでしょう?」
貴女がやる必要がない、とマリィは一刀両断する。
「それにね。あの子が来るでしょう? 最後に顔を見ておきたいわ」
「顔を見ておきたいって……。そんなに愛着湧いてないでしょう?」
「ええ。でも、私達を最後まで邪魔してくれたじゃない? 最後にあの子の顔が歪むところ、見たいわ」
そう言って、ヴァイオレットはサディスティックに笑う。
「お礼も言いたいしね?」
ふふ、と笑い声を漏らすヴァイオレットにマリィはため息を零す。
「死んだらどうするの?」
「死んでも良いじゃない?」
マリィの質問に対して「一体、何の問題があるのか」とヴァイオレットは首を傾げる。
「私は負けるのは嫌いなの。男の次にね。でも、私は負けないでしょう? 負ける要素がどこにあるの?」
「そうだけど……。はぁ……」
マリィは優秀な頭脳を持っているが、こういった言い合いでヴァイオレットに勝った事がない。
今回も彼女の負け……と、言うよりはヴァイオレットは自分で決めた事を絶対に曲げないと知っているから彼女が折れるしかなかった。
「わかったわよ。じゃあ、これ」
マリィは左腕にはめていた腕輪を外し、テーブルの上に置いた。
「ありがとう」
ヴァイオレットは置かれた腕輪を手に取ると、椅子から立ち上がった。
少し遅れてマリィも立ち上がると、2人はお互いの腰に手を回して顔を見つめ合う。
「向こうで待ってて」
「わかったわ」
しばし抱きしめ合った2人は体を離すと、マリィがその場から名残惜しそうに立ち去っていく。
ヴァイオレットは風に揺れる長い髪を手で押さえながらマリィの背中に笑顔を向けた。
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