112 迎撃開始
時間は戻り、連邦首都を制圧したリリィガーデン王国軍の軍人達は空に打ち上がったミサイルを見上げていた。
誰もが顔に「まさか」という表情を張り付けながら予想する。
あの打ち上がったミサイルが向かう先は――自分達の祖国なのではないか、と。
「本部との通信は!?」
打ち上がったミサイルの行く先が祖国であることを確信したマチルダは通信兵に叫ぶ。
「繋がりました!」
通信用の増幅器を背負った通信兵が端末を持ってマチルダに駆け寄ると、端末を受け取ったマチルダは怒声に似た声を上げた。
「本部! 今、空に敵の兵器が打ち上がった!」
『こちらでも確認した。マムの予想通りになったな』
通信相手は声から判断するにオブライアンのようだ。
彼もまた首都から空を見上げていることだろう。
ただ、彼の声音にはどこか諦めに似た感情が含まれている。
『リトル・レディの計算によると、改造したピッグハウスブレイカーでは着弾までに破壊できる数は3発が限界のようだ』
首都の外に設置された長距離砲ピッグハウスブレイカーは防衛・迎撃用として改造されたものの、構造的に連射が難しい。
最速で弾のリロードを続けても3発迎撃するのが限界であると試算された。
『首都にある予備のイーグルとナイト・ホークは全て出撃させて迎撃を試みるが……。首都がダメージを負う可能性は高い』
首都では一般人を首都脱出による避難が早急に開始され、女王であるガーベラはリトル・レディがある地下へと隠れるよう指示が出された。
だが、それでも安全かどうか確実性は無い。
「こちらも狙われているでしょう」
敵の狙いは首都、そして連邦を制圧したばかりのリリィガーデン王国軍主力部隊だろう。
マチルダがそう言いながら後ろを向くと、敵のミサイルを撃ち落すべく砲を空に向けて迎撃態勢に入ったサリィの戦車が見えた。
『私は最後まで首都で指揮を執る。首都が堕ちた場合は君達が生き残りをまとめて指揮を執れ』
「それは……」
最悪の場合に備えての打ち合わせ。
マチルダはそんな事言うなと叫びたくなるが、再び空に顔を向ければ彼が告げる理由も納得できる。
あれが1発でも堕ちれば首都など簡単に消し飛ぶんじゃないか。嫌でも危機感と焦燥感を感じてしまう。
「マチルダ様!」
通信中の彼女に情報部の軍人が叫び声を上げた。
「次は何事だ!?」
「そ、それが! 敵の拠点を探っていたら連邦北部の海に謎の物体がありまして。小さくて完全には捕捉できませんが……。あ、データの更新が、ん!? 友軍機!?」
情報部の持っていた端末はアイアン・レディ製である。当然ながらそれはリトル・レディともリンクで繋がっている。
端末のデータが更新され、ドローンの高性能カメラが辛うじて捕らえた海に浮かぶ謎の物体は友軍機であると補足情報が表示された。
数秒後、更にデータが更新。
「これは……船?」
端末には戦艦のフォルムが映し出される。
『お嬢様です』
戦車の中から外に向けてサリィの声が響く。
「え?」
『お嬢様が守ってくれますぅ』
サリィは戦車の中で主の登場に目を輝かせるのであった。
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『システム起動。発進シークエンスを開始します』
リトル・レディがレディ・マムの炉に火種を落とす。
動力部にある6機のリアクターが一斉に動き出し、拠点内部に唸り声のような起動音を撒き散らし始めた。
『施設内部に注水を開始』
6機のリアクターがアイドリング状態になると、施設内を水で満たすべく海水が注入され始めた。
同時にリアクターから排出された魔素の粒子が戦艦を覆うように薄い膜を作る。
「潜航も可能ですの?」
リーズレットは艦の全てを司るリトル・レディに問う。
形は異形であるが、船とカテゴライズされる兵器がまさか潜航も可能だとは思ってもみなかったようだ。
『イエスです。本艦は魔素粒子技術を用いて、水中での戦闘も可能となっております』
「ふふ。それは愉快ですわね! アルテミス達が顔を寄せ合って考えていた物なだけありますわ」
リーズレットは返答に思わず笑ってしまった。
さすがは組織の頭脳達が寝食も忘れるほど何日も部屋に篭って考えた兵器なだけある。
これはまさにアイアン・レディ技術部の集大成。いくつもの異世界が作り出した技術を集め、分野問わず使えるモノは全て集めて凝縮させた。
アルテミス達の最高傑作にして最強の兵器と言えるだろう。
『注水完了。ドック解放します』
注水が終わると目の前にあった隔壁が開いて行く。先には外に繋がる発進用の出口があった。
『レディ・マム、発進します』
発進用の出口にはオレンジ色のランプが灯って道を示す。
ゆっくりと動き出した戦艦は水の中を進み、施設の中から海へと出る。
『浮上を開始』
海に出た戦艦は浮上して、海面へと出た。
ブリッジのモニターには大海原が映し出され、個別のウインドウに空に打ち上がったミサイルの姿が表示される。
『敵が発射したミサイルは16発です。着弾予想地点を表示します』
リトル・レディが計算して導き出した着弾予想地点のほとんどがリリィガーデン王国領土内。
それと連邦首都を制圧したであろう軍の主力部隊に向けて。
1発でも落ちれば首都は消し飛ぶ。迎撃兵器は用意したものの、この数を対処するには苦しい。
アルテミスが残したこの戦艦が無ければリーズレット達の負けは確定していたと言っても過言ではない。
「改めて、あの子達には感謝しないといけませんわね。……迎撃用の武装はありまして?」
『イエス。本艦にはバトル・フェアリーを5機搭載。対地上攻撃用にミサイル:レディ・バスターを。対空迎撃装置としてバルカンが4機、加えてリアクター直結の主砲が用意されております』
この武装に加え、水中用の武器も別に用意されているのだから驚きである。
「よろしい。連邦北部に向けて移動しながら迎撃しますわよ」
『ラジャー。リアクター出力上昇』
ヴゥゥゥゥとリアクターの回転数が上昇していく音を鳴らしながら、レディ・マムの後部に取り付けられたブースターが赤色の粒子を排出し始めた。
魔素を変換して赤色の粒子に見えるそれは、巨体である戦艦の周囲に風の膜を作り出すと戦艦はゆっくりと移動を開始。
30メートルほどゆっくり進んだあと、後部にあるブースターから魔法の風が一気に排出された。
あっという間にトップスピードまで到達すると、そのまま進路を連邦北部へ向けて進み始める。
『目標捕捉』
モニターには大陸の空と憎き敵が撃ったミサイルの姿が表示された。
「バトル・フェアリー全機投入なさい!」
『イエス、レディ。システムオールグリーン。全機データリンク完了。バトル・フェアリー射出口、開きます』
リトル・レディが準備を終えるとブリッジ後方にある5つの射出口のハッチが開く。
ドドドドド、と連続で射出されたのは細長いミサイルに似た筒状の物。
射出された筒は敵の放ったミサイルに向けて飛んで行くと、途中で外装をパージする。
外装をパージして飛び出したのは翼が折りたたまれた無人高速戦闘機――バトル・フェアリーであった。
折りたたまれていたY字型の翼が展開すると、ソニックブームを生み出しながら目標へと接近していく。
『バトル・フェアリー、目標捕捉。迎撃を開始します』
無人機ならではの音速を越えるトップスピードを維持しながら、今にも地上へと向きを変えようとしていたミサイルに搭載している主兵装である機関砲で攻撃を開始。
5機のバトル・フェアリーは1発ずつミサイルを撃墜すると、他のミサイルを通り越していく。
すぐに反転して残りのミサイルに向けて攻撃を開始。16発あったミサイルは全て撃墜された。
これで王国首都と連邦首都にいる主力部隊の危機は去ったか。
しかし、ブリッジには警告音が鳴り響く。
『敵基地と思われる地点からミサイル発射を確認。魔導レーザー誘導を検知。狙いは本艦のようです』
敵もミサイルを迎撃したレディ・マムを捕捉したのだろう。すぐに撃墜するべく行動を起こしたようだ。
敵が撃ったのは対首都用の大型ミサイルではなく、敵兵器攻撃用の高速ミサイルであった。
「対空戦闘用意ッ! 続けて対地攻撃の準備をなさいッ! 豚共の拠点をクソ溜めに変えてやりますわよッ!」
『対空戦闘用意。迎撃開始』
専用の昇降機で甲板に姿を現したのはCIWS、回転式の銃身を持ったバルカン。
加えて、戦艦を護衛するように空を飛ぶバトル・フェアリーが次々に飛んできた高速ミサイルを迎撃していく。
『敵基地を捕捉。ロックオン完了』
「撃ちなさいッ!」
『レディ・バスター発射します』
ブリッジ前方すぐにあったハッチが開き、中からミサイルが2発飛び出した。
白い煙を吐き出しながら空へと飛んでいき、ロックオンされた敵の基地へ向かって落ちていく。
リーズレットはモニター越しにミサイルの姿を見守る。
マギアクラフト隊は落ちて来るミサイルを迎撃すべく、魔導兵器の砲を空に向けるが……。
レディ・バスターは敵基地上空でバラバラになった。自壊したのではなく、中身を飛び散らせたのだ。
途中まではミサイルとして。だが、接近した途端に中に詰まった50を超える杭状の小型爆弾が拡散して地上へ落ちる。
地面や魔導兵器に突き刺さった杭は爆裂し、最悪の拡散爆弾として敵の基地に配備された魔導兵器を木っ端微塵に吹き飛ばした。
勿論、魔導兵器の近くにいたマギアクラフト兵も無事では済むまい。
敵基地上空を通過したバトル・フェアリーからの映像では敵が用意した兵器の6割は破壊できたようだ。
「おーっほっほっほっ! たまりませんわねッ! 豚共の泣き叫ぶ声が聞こえないのが残念ですわァ!」
『追撃なさいますか?』
「……んふ。いいえ、攻撃は中止しますわよ」
外に展開された敵を全て殺すにはあと1発撃ち込めば完了しそうだが、少し考えたリーズレットは敢えて攻撃を止めた。
「連邦首都の主力部隊に通信を繋ぎなさい」
『イエス、レディ。通信を繋ぎます』
リーズレットは口角を上げてニヤリと笑う。
主力部隊の指揮を執るマチルダと通信が繋がると、彼女は北部にある敵基地へ全速力で向かうように命令を下した。
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