110 秘密拠点
連邦首都へ進軍を開始するリリィガーデン王国軍と別れたリーズレットはロビィの操縦するナイト・ホークで北に向かった。
目指すは連邦領土内北西、大陸の端。数時間の飛行で視界には海が見えてきた。
海、そして波が押し寄せる崖。崖は海面から500メートル程度の高さがあるだろうか。
しかし、データが示す場所には以前の機動戦車が見つかった時のように山があるわけじゃない。
ただ、海と崖があるだけだ。
「データではこの真下のようですわね」
リーズレットがドアを開けて真下を覗き見れば、海と崖の丁度真ん中と言うべきか。
崖の下には浜辺も無く、押し寄せる波の勢いも激しい。
さすがに水上着陸など出来ないので、リーズレットとロビィは崖の上に着陸することにした。
「ロビィ、ビーコンを」
「ウィ、レディ」
ナイト・ホークから調査用ビーコン――円柱型で先端にチューリップの蕾が付いているような形をした魔導具を持ち出して地面に設置。
ロビィが側面にあった小さなコンソールを使用して機器を起動すると、チューリップの蕾が花開くように可動した。
「リトル・レディとのリンクを確立。繋がりました」
チューリップの花の先端にある小さなライトがチカチカと点滅し始めると、リーズレットのインカムにリトル・レディからの応答が入る。
『リンクを検知。遠隔操作でスキャナーを起動します』
ロビィに代わってリトル・レディが遠隔操作でビーコンを操作始める。
次の瞬間、ビーコンからドンと音が鳴った。ビーコンの底から杭が出て、地面に撃ち出された音だろう。
ピコン、ピコン、と音が鳴ってこの周辺地下に何か建造物があるかの調査が始まった。
『レディ、地下施設を発見しました。データを送信します』
調査が終わると、リーズレットが装着していたレディ・コンタクトレンズに調査データが表示される。
下を向いて地面を見ると、視界に映る地面と重なるように地下施設と思われる場所の輪郭が透けて強調表示された。
「入り口は……。崖の真下ですわね」
AR表示されたデータによれば、崖の真下には洞窟があってその先に入り口があるようだ。
しかし、その入り口は海水で満ちている。長い年月が経って元々陸だった場所が海に侵食されてしまったのだろうか。
「装備を持って来て正解でしたね」
この状況は想定の範囲内だ。過去と現在の地図を重ねれば、秘密拠点が示す場所は海の中にある可能性は十分に予想できた。
ロビィは自分とリーズレットの分の探索用スーツを取り出す。
ビニール製のような材質で作られた防水スーツは背中に着る為の部分があって、着込むとマスコットキャラクターの着ぐるみのように丸々とした見た目である。
顔の部分には大きな透明のレンズが備わっており、水の中でも視界を確保できるよう設計されていた。
この着ぐるみのような探索用スーツを着て、背中に酸素供給と推進装置が合体した装置を背負い、スーツの中で呼吸用のチューブを口にセットすれば完成である。
「行きましょう」
シュコーシュコーと独特な空気の循環音を鳴らしながら、リーズレットは崖の上を駆け出す。
その姿にいつものような優雅さや気品は無かった。
丸々と太ったペンギンがぴょこぴょこぴょこ、と一生懸命駆けるような可愛らしい姿である。
駆け出したリーズレットは崖の先端まで行くとぴょんと飛んだ。そのまま足から着水して、海の中へと潜り込む。
続いて同じようにスーツを着たロビィも後に続いた。
2人は海の中へ入ったら背中の装置を起動。装置の小型ながらもパワフルな回転力を実現するスクリューが回り出し、入り口のある洞窟を目指す。
少々濁った海の水で満たされた洞窟を進み、行き止まりに大きな口を開けたハッチを発見した。
傍にあった電子錠は破壊された後があり、この大型ハッチは既に解錠されてしまっているようだ。
この状況を見てリーズレットの顔が険しくなる。まさか、と嫌な予感を感じているのだろう。
開いていたハッチの中に入り、海水で満たされた通路を進んで行く。通路は上へ向かっているような構造で、海水がまだ届いていない部分に到着。
現在地は崖の真ん中よりもやや下くらいの位置だろうか。
この崖そのものが建物と言えるような構造になっているようだ。
水から出て、スーツを脱いだリーズレットとロビィはその場にスーツを置く。
「入り口が開いていたという事は、敵が既に?」
「可能性はあります」
マギアクラフトが先に見つけたのだろうか。
視線の先に伸びる灯りの無い施設の廊下を、ロビィが頭部に備わったライト機能で照らすが特に荒らされた形跡がない。
『人と思われる熱源はございません。ですが、警戒はなさって下さい』
リトル・レディからの通信を聞きつつ、リーズレットはフラッシュライトを片手に持ち、もう一方の手にはアイアン・レディを抜くと構えながら進み始めた。
廊下を進んで行くとだだっ広いフロアに出た。
ロビィの放つ光を頼りにフロアの状態を調べると、フロアにはアイアン・レディで使われていた機器の一部が散らかっており、見るからに荒らされた状態であった。
恐らくここに設置してあったであろう主要装置だけを回収したのか、ケーブルを引っこ抜いて投げ捨てられた状態の機器がいくつも転がっていた。
不要な物は残し、必要な物だけ盗まれたような状態と言えばいいだろうか。
「やはり、敵が先に来たようですわね」
その様子を見てリーズレットはマギアクラフトが先に見つけたのだと悟った。
雑にケーブルを抜いて、引き千切ったような跡を見ると舌打ちを鳴らす。
「……レディ、あれを」
そんな彼女に隣にいたロビィがフロアの奥を指差した。
先には割れたガラス製の大型培養槽が見える。
以前、アドラの研究施設で見たラムダが作られた時に使用された物と似ている培養槽。
ロビィに進路を照らしてもらい、ゆっくりと近づくリーズレット。
だが、近づくにつれて彼女の心臓の鼓動は早くなる。
「まさか……」
彼女の視線の先にあったのは――培養槽の傍で横たわる人型の死体。
うつ伏せになって倒れている死体は、少女のような体格だった。
死体の頭部には見覚えのある銀髪。
それを視認した瞬間、リーズレットは心臓の鼓動と同じように歩みが早くなる。
うつ伏せになっている死体に手を伸ばし、触れると死体の向きを変えた。
「ああ……うそ……」
死体の正体はアルテミスであった。
彼女は腹部を銃で撃ち抜かれ、死亡していた。
恐らく培養槽の中に入っていたのか、中に入っている状態で撃たれて外に倒れたのだろう。
ユリィのようにアルテミスの死体は、死亡してからまだ時間がそこまで経過していない。
「アルテミス……」
リーズレットは彼女の体を抱きしめて、ごめんなさいと呟いた。
「マム」
ロビィは彼女に声を掛け、天井へ指を差した。
リーズレットがロビィの指し示す先を見ると、そこには偽装された監視カメラがあった。
「もしかしたら、ここで何が起きたのか記録が残っているかもしれません」
「端末は? 探しなさい」
リーズレットはアルテミスの死体をそっと地面に寝かせるとロビィと共に端末を探し出した。
「マム、こちらに」
ロビィが目的の端末を見つけ、リーズレットを呼ぶ。
何台も情報処理用の機器と繋がった端末を見つけたようだが、端末の傍に並ぶ情報処理用機器は銃で破壊されてしまっている。
しかも、肝心のエネルギー供給先であるリアクターがどこにもない。
繋がっていたであろう太いケーブルは切断され、先は持ち出されてしまっているようだ。
「リアクターが無いのではなくて?」
「はい。ですが、この端末には補助用のエネルギータンクが備わっています。リアクターが無くても数時間だけなら起動するでしょう」
そう言って、ロビィは発見した端末から壊れた機器に繋がっているケーブルだけを抜いて
どうやら施設にはメイン供給用のリアクターの他に補助リアクターが存在するようだ。
ロビィが端末のキーボードを叩き、黒い画面にコマンドを打ち込んでいく。
コマンドを打ち終えるとロビィは自分の胸をコンコン、と軽く叩いた。すると胸のパーツが開いて、中にあったリンク接続用のケーブルを引き出す。
「リンク装置確認。データ通信……ビーコンとのリンク接続を開始。リトル・レディ、準備ができました」
ビーコン、ロビィに備わった通信装置を経由してリトル・レディが施設内の端末に入り込む。
パチパチ、とモニターが何度か瞬きするように白黒の画面を繰り返すと施設内の端末とリンク接続が完了したようだ。
『レディ、施設の管理システムとリンクを確立しました。ご指示を」
「この場所で何が起きたのか、監視カメラの映像は残っていて?」
リーズレットの命令を受け、数秒黙ったリトル・レディは再び応答した。
『破損した映像データの一部を見つけ、復元しました』
補助用端末に保管されていた一部データと壊れたサブストレージ上に残っていたデータを修復したようだ。
この端末にあったデータストレージが奪われていることもあって、全てが見られるわけではないとリトル・レディは前提を述べてから再生する。
「これは……やはりマギアクラフトのようですわね」
ノイズの入る映像が映し出され、そこに映っていたのは黒いアーマーを着た集団が拠点の内部に侵入してくる様子だった。
マギアクラフト兵に護衛されるように囲まれ、集団の中心にいるのはローブを着た人物。
映像が荒く顔は見えない。
ローブを着た人物が周囲にいるマギアクラフト兵に何かを言った後、マギアクラフト兵は拠点内にあった装置を回収し始めた。
そして、問題のシーンが映る。
ローブを着た人物が魔法銃を持ったマギアクラフト兵と共にアルテミスが入っていた培養槽に近づき……ローブを着た人物の隣にいた兵士が銃を撃ったのだ。
「このクソ豚野郎ッ!! 絶対にぶっ殺しますわよッ!!」
映像を見たリーズレットは怒りに顔を染め、奥歯をギリギリと噛み締めながら吼える。
映像の中にいる人物には声が届くわけもなく、ローブを着た人物とマギアクラフト兵は拠点内にあった物を奪って去って行ったようだ。
ふぅ、ふぅ、と何度か深呼吸をして落ち着きを取り戻したリーズレットはリトル・レディへ問う。
「……他にはありませんの? アルテミスからのメッセージは?」
『該当ファイル無しです』
盗まれたのは拠点に設置されていた工作機械とリアクター。加えて、端末のストレージであるとリトル・レディは状況から推測して告げる。
彼女の推測ではアイアン・レディで使われていた工作機械とリアクターというアイアン・レディ独自技術の結晶、及びそれらの技術を含んだ研究データの奪取が相手の狙いだったのでは、と言う。
そして、運悪くここでリーズレットを待っていたアルテミスは殺害されてしまったのだろう。
「彼女は生き返らせませんの? 私のような転生やラムダのような技術で」
『……残念ですが、不可能でしょう。それらの技術はDr.アルテミスが作り上げました。奪われたストレージに技術が残されていたかもしれませんが』
辛うじて生きていた端末から拠点内の全てを掌握し、全てを見通す目となる最高の支援AIであるリトル・レディであっても情報が無ければ何もできない。
『ですが、Dr.アルテミスが残した物を全て奪われたわけじゃありません』
「どういうことでして?」
『この真下に独立した空間があります。そこに補助リアクターの反応がありました。どうやら別の施設がこの真下にあります』
リトル・レディからデータが送信され、真下にある施設への道順と施設全体をスキャンした空間画像が示される。
どうやらフロアを抜けた先の廊下を進むとアナログ式で作られた別のハッチがあるようだ。
リーズレットとロビィは目的地を目指して進み始めた。
廊下の先には物置きのような小部屋があって、中には雑貨類や本など他愛も無い物が集められた部屋があった。
その部屋の中にある本棚の下に床と同じ材質と色で偽装されたハッチを発見。
開けると下の施設まで続く長い梯子があったが、先は真っ暗で何も見えない。
しかし、リーズレットは止まらない。長い梯子を下りると、再びアナログ式の密封ドアがあった。
施錠している棒を外し、丸いハンドルをぐるぐる回してドアを開ける。
ドアの先には上層階と同じ廊下があって、先に進むと――
「これは……」
果てにあったのは超巨大なドック。
フラッシュライトの小さな光とロビィの照明がドックを照らすと、そこには何か巨大な物があるようだ。
「補助リアクターを探しましょう。施設を動かしますわよ」
「でしたら、あそこの端末で操作できると思います」
リーズレットとロビィは近くにあった端末に近寄り、ロビィが操作を始めると狙い通り補助リアクターが動き出した。
フロアの奥からヴゥゥゥ、と独特のリアクター音が鳴り響く。続いてロビィが端末を操作して施設全体にエネルギーが行き渡るよう設定すると遂に照明が点いた。
眩しい光に一瞬だけ目が眩み、何度か瞬きを繰り返すリーズレット。次第に目が慣れて、彼女の視界に映し出されたのは――超巨大なドックに相応しい大きさの戦艦であった。
「これは機動戦艦……かしら?」
現代で生産されている木製の船とはあまりにかけ離れた重厚感とハイテク感溢れる金属で出来た船は、SFの世界に登場ような巨大な戦艦と表現すれば良いだろうか。
ただ、設計段階でのスケッチ図や構想は前世で聞いてはいたものの、実物を見るのはリーズレットも初めてであった。
機動戦車やナイト・ホーク等を収容しての海洋運搬及び前時代での海戦を想定した兵器。
アイアン・レディの転生技術者集団によって構想自体は告げられていたものの、彼女が前世で生きていた頃には設計・構想の段階までで終わっていたはずの代物である。
「まさか、アルテミスが完成させましたの?」
「そのようです。端末にデータが残されております」
ロビィは端末に表示された銘を告げる。
――アイアン・レディ製 機動戦艦 試作壱番 旗艦『レディ・マム』
ロビィが告げる銘を聞いたリーズレットは、強く手を握りしめながらその姿を見上げた。
読んで下さりありがとうございます。
面白いと思ったらブクマや下にある☆を押して応援して下さると作者の自信と励みになります。




