108 破壊の先
時間は連邦首都攻撃が始まった日の朝まで遡る。
連邦領土内北部、北部の街から更に北上した大陸北端にある2つの山、地元民からは「双子山」と呼ばれる背の高い山があった。
左右どちらの山にも頂上と呼べる場所があるが、右の頭の方が大きい。この2つの山の麓には荒野が広がって、殺風景な景色が広がる。
右側にある山の麓には小さな洞窟が存在していた。洞窟の入り口は特に厳重な警備が敷かれているわけでもない、自然に出来たようなただの洞窟だ。
だが、北部の街に住む人々は昔から「あの山には近づくな」と先人から言われ続け、その教えを守って来た。
忠実に教えを守って来た連邦人の中には時より、教えを聞かずに洞窟を見に行く者も確かに存在した。
彼等の話では洞窟の前に何台もの魔導車が停まっていた、洞窟の中から人の声がしたなどと報告された事もあったが、翌日になって他の者が現地へ赴くと報告された魔導車や人の声などは存在しない。
勇気を振り絞って洞窟の中に足を踏み入れた者もいたが、浅い洞窟はすぐに行き止まりが見えてくる。
先人達は何をもって、あの洞窟には近づくなと言っていたのか。北部に住む住民は謎を抱えたまま今まで生きてきた。
しかし、北部に住む連邦人はようやく知る事となった。あの山に何が隠されていたのかを。
連邦首都の攻撃が始まった頃、双子山の左側にある山がグラグラと揺れた。
突如震えだした山の様子は北部の街からも観測が出来た。山が揺れている、と指差す住人が次に見たのは山の麓付近から土砂崩れが始まった光景であった。
山肌が崩れ、中から現れたのは兵器を搬出する装置だった。
中から「ビービービー」と警告音に似たブザーが鳴ると地下施設に繋がるエレベーターを備えた搬出口のシャッターが開かれた。
巨大なエレベーターに乗って山から出て来たのは大型のミサイルを2発搭載した自走発射台。
ゆっくりと動き出した発射台は外に出て所定の位置で停止。それが5度繰り返され、双子山の麓には計5台の自走発射台と10発の大型ミサイルが。
遅れて地下施設からエレベーターに乗って上昇し、外に現れたのは黒いアーマーを装着した兵士が1度に100以上。
エレベーターは何度も地下施設と地上との往復を繰り返して、遂には2000人のマギアクラフト兵が外で待機する形となった。
「ようし、準備にかかれ!」
黒いアーマーを装着するマギアクラフト兵の中にヘルメットの形が他とは少し違う物を装着する者がいた。
具体的にはヘルメットにアンテナらしき短い棒が2つ備わって、側面に白いラインの入ったペイントが施された者。
彼等のヘルメットはマギアクラフト兵を統率する指揮官を表す物であった。
指揮官達は部下に指示を出し、技術者達が発射準備をする間に万が一襲われないようにと予め計画していた警備活動を開始する。
「……隊長、どうしますか」
警備を始めた者達――マギアクラフトの正規兵と言える彼等を見て、小声で囁いた傭兵が隊長と呼ぶ者。それは連邦首都から撤退してきたジェイコブであった。
「どうもこうもねえ。様子見だ。まだ、な」
ジェイコブは並んだミサイルを見上げながらそう言った。
傀儡国家を失くしたマギアクラフトがどう動くのかと思いきや、用意したのは……いや、用意されていたのは大型のミサイルである。
技術者曰く、1発で連邦首都クラスを消滅させるほどの威力があるというが果たして本当なのだろうか。
「さすがにリリィガーデン王国もこれを撃ち込まれちゃ終わりじゃないですかね?」
ジェイコブの部下はマギアクラフトの技術者が漏らしたミサイルのスペックを信じているようだ。
しかし、問われた本人はヘルメットの中からミサイルへ疑惑の視線を向ける。
「だと良いがな」
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一方、地下施設内では技術者達やマギアクラフト兵が慌ただしく動き回っていた。
研究区画にいたベインスは魔法少女マキが望む通り、彼女の体に因子を組み込み終えたところであった。
「ふぅ……。なんとかなったか……」
因子を組み込み、拒否反応が出たら死亡してしまう。賭けに近い行為であったが、結果はなんと成功した。
因子を組み込めるよう調整された体ではないのにも拘らず、成功したのはマキの執念だろうか。
「さて、次は体の調整を――」
「ベインス様」
作業を続けようとキーボードに再び手を置いたところで、背中に声が掛かる。振り向けばベインスの部下が立っていた。
「魔女様がお呼びです」
「ヴァイオレットが?」
「はい。あちら側で待っていると伝えるように、と」
「分かった」
メッセンジャーになった部下に頷くとベインスは機器をこのままにしておくように、と厳命してヴァイオレットの元へ向かい始めた。
向かった先は施設の最下層。限られた者しか入室できぬ、マギアクラフトにとっても最重要機密階層と言うべき場所だ。
広々としたフロアの中央には『ポータル』と呼ばれる輪っかの形をした装置が置かれ、壁沿いに並んだ多数の装置から太いケーブルで繋がっていた。
ポータル手前には端末があり、ベインスが端末の上に手を置くと生体認証が行われる。
スキャンが終わり、ベインス本人であると認められると沈黙していたポータルに太いケーブルを伝ってパワーが流れ始めた。
エネルギー供給を終えたポータルは「ヴゥゥ」と低い唸り声に似た起動音を鳴らし、輪っかの中央にあった空間が歪んでいく。
ポータルは青白い渦のような不可思議な現象を発生させると、やがて鏡のようにクリアな景色を映し出す。
ポータルに映し出されたのは、ベインスがいる地下施設とは全く違う場所。青空と花畑が映る楽園のような場所であった。
ベインスはポータルに映った景色に向かって歩き出す。手を伸ばせば、ずぶずぶとポータルの中へ入り込んで行くではないか。
まるで鏡の中に入るように、ベインスの全身はポータルが映し出す景色の中へと入って行く。
ポータルを通過し終えるとベインスは軽い眩暈を感じて手で頭を支えるように添えた。
「毎回……。こればっかりは慣れんな」
ゆっくりと深呼吸したベインスは再び顔を上げて、先を見る。
視線の先には花畑が広がり、美しく咲いた花の中でテーブルと椅子を置いてお茶をする2人の女性が見えた。
彼女達は綺麗な白の外壁と赤い屋根を持つ屋敷、自然豊かな大地を演出するように育った木々を背景にして優雅なティータイムを行っているようだ。
2人の女性――1人はスミレ色のロングヘアーと純白のドレスを着たヴァイオレット。
もう1人、ヴァイオレットの対面に座る女性はフード付きのローブに身を包んでいて顔が見えないが、組織に所属する者達からはマジック・クリエイターと呼ばれる人物であった。
「ベインス、貴方も飲む?」
彼がやって来た事に気付いたヴァイオレットはベインスを手招きして、近付いて来た彼に紅茶の入ったポットを見せながら問う。
「急いでいる。遠慮しておこう」
「そう。急いでいるのは魔法少女の件かしら?」
ヴァイオレットの言葉にビクリと一瞬だけ反応したベインス。だが、すぐに動揺を隠して平静を取り戻した。
「そうだ。マキの体は因子に耐えられた。最強の魔法少女が生まれるだろう」
「へぇ。そう」
ベインスにとって、マキの体に因子が定着したのは喜ばしい事だったろう。
だが、ヴァイオレットは興味が無い、と言わんばかりに表情が変わらない。
「量産する計画だったでしょう? 計画を捻じ曲げる気かしら?」
彼女は1つ1つの経過や進歩、それらには興味がない。彼女が求めているのは、自分が求める結果が完璧に成される事だけだ。
マキがどれだけの執念を持っていようと、その執念が成功に導いたのだろうと、全くもって興味はない。
ヴァイオレットにとって魔法少女とはただの兵器、駒にすぎぬ。
「分かっている。量産計画もしっかりと進めているさ。だが……」
ベインスは仕事はしっかりとする。反発や反抗する気はない、と意思表示はするものの、疑問は感じていた。
「どうして大陸を破壊するかって?」
「そうだ。あのミサイルを使うのに、どうして魔法少女の量産を進めるんだ?」
ベインスの疑問をヴァイオレットが先に口にした。
ミサイルを大陸中に撃ち落せば、この大陸に住む人々の多くは再び死に至るだろう。
前時代――あの事故を起こした時よりも、より直接的な手段によって多くの人が死ぬ。そして、この大陸にある『国』というコミュニティは壊滅するだろう。
そうなれば反抗勢力なんぞほぼいなくなる。だというのに、対敵対組織用に開発された魔法少女を量産するのは何故か。
もう1つ。時間を掛けて回復させた人間の数、傀儡国家を創り上げたのにまたこの大陸を破壊するのは何故なのか。
「この大陸はもう必要ないでしょう? ただの実験場だったんだし」
ベインスの問いにヴァイオレットはシンプルな答えを口にした。
「偶然の産物だった因子が完成した事で殺戮人形計画とそれに付随する研究も終わり。それに、あの子が保護した転生者が生み出した技術データも回収したのよ? これ以上、この大陸に固執する意味はないわね」
よって邪魔者諸共、今後の計画を邪魔する者が出ないように大陸に住む人々を皆殺しにする。
「私達の本命は西大陸。こんなボロボロでスカスカな大陸なんて、敵対勢力ごと全部消してしまえば手間が掛からないでしょう?」
大陸中にミサイルを落として一掃する。まるでゴミ掃除を行うようなニュアンスでヴァイオレットは告げた。
「成果を持って資源豊富な西大陸の征服に向かうわ。あちらも一掃したら、ようやく私達の考える理想の世界が創造できるというわけ」
素晴らしいわね。
ヴァイオレットはそう言って、華が咲き誇るように笑った。
彼女の笑顔を見てベインスの肩がピクリと跳ねる。
「そうかい……」
彼がリーズレットを忘れられない原因はヴァイオレットの笑顔にあるのだろう。
「ええ。貴方も仕事を終えたらすぐに来なさい? でないと、巻き込まれて死んじゃうわよ?」
フフ、小さな笑い声を漏らしたヴァイオレットはカップに入った紅茶を飲み干すと立ち上がった。
「それじゃあ、よろしくね。行きましょう、マリィ」
「ええ」
立ち上がったヴァイオレットはマジック・クリエイター――マリィと呼んだ女性に手を差し出した。
2人の女性は手を繋ぎ、ベインスを残して花畑の先にある屋敷へとゆっくり歩いて行く。
「我ながら面倒なモノを作っちゃったわね」
マリィはヴァイオレットの手をぎゅっと握り締めながら、フードの中で後悔と焦りを混じらせたような表情を浮かべる。
「でも、おかげで男なんて汚物には負けない体が手に入ったでしょう?」
ヴァイオレットはマリィの浮かべる表情とは真逆の嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
「戻って準備を進めましょう? 不老の薬に加えて、私達が使う器は完成したのよ。あとは中身をバックアップするだけ」
心配しないで、とヴァイオレットはマリィに微笑む。
「そうね……」
彼女の笑顔を見て、気を落ち着かせたのかマリィもニコリと笑った。
そして、2人は揃って呟くのだ。
私達は――永遠に一緒。ずっと終わらない。
読んで下さりありがとうございます。
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