5 ホープタウン
夜が明けてリーズレットは殺害した2人組の男が乗っていたオフロード仕様になっている魔導車に乗り換えて南を目指す。
道は相変わらずガタガタであるが、大きなタイヤのおかげで揺れは前日よりも少ない。
「どこかでご飯を買わなきゃですね~」
ぴこぴこと獣耳を揺らすサリィが言う通り、彼女が持ち込んだ食料は2食分だけだった。
「そうですわね。この先に街か村があればいいのですが」
今のところは見渡す限り建造物は見えない。前時代に建てられたビルが壊れ、瓦礫になっていたり小さなハゲ山がぽつぽつと見えるだけ。
「あ、お嬢様。看板がありますよ」
サリィが見つけた看板を指差した。
『ホープタウン この先200km』
と、書かれた看板。
リーズレット達はそこを目指す事にした。街道を南に直進、魔導車の燃料である魔石の内包魔力メーターが半分以下になった頃にホープタウンらしき場所が見えた。
町と付いているが、規模的には村レベルだろうか。
入り口には街の名が書かれたアーチがあって、町を囲む柵や壁はない。使われている家や商店らしき建造物が10軒程度。他にも家屋はあるが、ボロボロで人が住んでいないのが見てわかる。
町の中央には半ばで折れた巨大銅像の両足だけがあり、入り口に『ホープタウン』と書かれた金属製看板が立っていた。
リーズレットは減速しながら町の中へ入ると、第一村人として発見した赤毛の女性に声を掛けた。
「もし。少々よろしいかしら?」
「え、あ、はい?」
魔導車の窓から顔を出したリーズレットを見て、ドキリと体を跳ねさせる女性。
美しい容姿とセットされた髪型を見て貴族の女性だと察したのだろう。
「この辺りで食料を買えるお店と金品を換金できるお店はありまして?」
「え、えっと……。お店はあるにはありますが、お貴族様が利用するような店では……」
ラインハルト王国では女性の地位は低い。といっても、貴族家に属する女性はまだマシと言える。
最底辺なのは庶民に属する女性だ。その上に貴族の女性。よって、彼女は自分よりもリーズレットの方が上であると察した。
小汚い店に貴族のお嬢様を入れていいものか、と田舎娘なりに配慮したセリフだった。
「私、淑女ではありますが貴族ではなくってよ?」
「え?」
そんなお上品な言葉遣いなのに貴族じゃない? 淑女? と首を傾げる女性。
どこでも問題ない、とリーズレットに言われて女性は町に唯一存在する総合雑貨店を教えた。
町の中心近くであると教わった店の前に魔導車を停車して、店を見上げる。
『カパの総合雑貨』
と、看板が掛けられた木造店。外見は完全に西部劇に出てくるような酒場だった。
スイングドアを押して中に入ると、薄暗い店内の奥にあるカウンターで居眠りする男がいた。
「もし。よろしくて?」
リーズレットとサリィがカウンターに近づき、眠る男の耳元でコンコンとカウンターをノックした。
音と呼ばれた声で起きたのか、男はガバリと寝ぼけた顔を上げる。
「あ、お、おお。セニョリータ!」
寝ぼけて、目を開けた瞬間に美人。思わず声を上げた男はヒゲ面のドワーフだった。
「あ、すまねえ。お貴族様か」
遅れて思考も覚醒し始めたのか、ドレス姿のリーズレットを見て謝罪するが当の本人は首を振る。
「違いますわよ。ところで、ここで食料は購入できまして?」
「おお、できましてよ」
親父はまだ覚醒しきってなかったがカウンター横の棚を親指で指し示す。
陳列されているのは主に缶詰類。あとは密封袋に入ったスナック菓子や水の入ったボトルが並ぶ。
水はそのまま陳列されているにも拘らず、なぜか酒類だけはしっかりと冷蔵ボックスに入って置かれていた。
「近くの町から行商が来る回数が減ってな。あんまり種類はねえんだ」
「構いませんわ。サリィ、1週間分を見繕って下さる?」
「はい!」
サリィが棚に向かうと、リーズレットはバッグから宝石を取り出してカウンターに置いた。
「換金できまして?」
全部が無理でも一部だけ、そう思っていたがドワーフの親父は首を振る。
「いや。この町にある金全部をかき集めたって宝石1つ換金できねえよ」
「そうですか」
残念ですわね、と零してリーズレットは宝石を仕舞った。
「セニョリータ、お貴族様かい? にしても、王国南に女2人で来るには危険だぜ」
リーズレットは貴族じゃないと否定しながら、なぜかと問う。
「南に遺跡があるだろう? あそこの中身を得ようと王国軍や傭兵が行き来してる。王国で女の立場は弱いだろう? すぐに攫われて酷い目に遭っちまう」
「貴方は違うように見えますわね?」
「そりゃそうさ。徹底男尊女卑思想法なんて王都の連中か、ゴロツキくらいしか真に受けてねえよ。ひでえ法律だぜ。まったくよ」
地方や僻地にはそれほど思想が浸透していないようだ。まともな人種がまだ残っている事にリーズレットは感心する。
ドワーフの親父曰く、女性を物としか思っていない連中が町に来ると、大体酷い事が行われるそうだ。
そうなった時、町の連中は庇わないだろうと。庇えば殺されるのが分かっているからだ。
町の女性も覚悟して暮らしていると彼は呟いた。
「ほんと、ひでえ世の中だよな……」
成すがまま、成されるがまま。大事な自分の娘が酷い目に遭っても抵抗できない。抵抗すれば親子共に殺される。
恐怖と思想に支配され、抑圧された国。
今のリーズレットには彼等の考えも理解できる。全てを思い出すまで、自分もそうだったからだ。
ただ、そのままは良くないと思う。全てを思い出す前、抵抗してライルの手を払った自分はまともな部類の人間だったのだろうと再認識した。
「だからよ。用が済んだらさっさと出て――」
ドワーフ親父と会話していると魔導車のエンジン音と犬の鳴き声が聞こえてきた。
「きゃああああ!」
次に聞こえてきたのは女性の叫び声。
ドワーフの親父が慌てて店の窓に近づくと舌打ちを鳴らす。
「チッ! 傭兵の連中だ!」
この付近で活動する傭兵が町に来て物資を奪ったり、女性を襲ったりと好き放題しに来たと教えてくれた。
「セニョリータ! 店の奥に隠れておけ!」
そう言ったドワーフの親父は心優しい、まともな人物なのだろう。
一般的な女性ならば従ったかもしれない。だが、彼女は違う。
「いいえ。私は淑女ですので、あのようなサノバビッチから隠れるなどという行為は不要ですわよ」
リーズレットはニコリと笑った。ドワーフの親父が年甲斐もなく見惚れるくらいの笑顔を。
「サリィ、ここで待っていなさい」
「はい、お嬢様」
「あ、おい!」
サリィに店の中で待つよう指示を残し、ドワーフの親父の制止を聞かずに彼女はスイングドアを押して外に出た。
外に出ると2台の魔導車。それと狼型の魔獣を連れた4人のモヒカン男がいた。
「あ~ん? べっぴんがいるじゃねえかよ~?」
モヒカンの男は今にも町の女性をひん剥いて乱暴しようとズボンのチャックに手を掛けたところだった。
しかし、捕まえた女性――町で最初に出会った赤毛の女性よりも美しいリーズレットを見てターゲットを変更したようだ。
「ちょっとよろしくて? 死にたくなければ私にその魔導車を寄越しなさい」
リーズレットとしては何とも都合が良い。魔導車を奪えば魔導車の燃料である魔石を奪える。奪えばタダで車を走らせられる。
別に女性を助けようとした訳じゃなかった。結果的にそう見えてしまうかもしれないが。
「ハッ! 威勢のいい女だぜ! 魔獣に追いかけまわされても同じ事が言えるかね!」
モヒカン男達は「ゲヘヘェ!」と下品な笑い声を上げながら、魔獣の首に繋がっているリードを離した。
男達の脳内では魔獣に襲われて恐怖したリーズレットを見て楽しみ、恐怖に染まったところを更に絶望へ叩き落す遊びをしようと画策していたが……。
「グルル」
放たれた2匹の黒い狼型魔獣は尻を蹴られてリーズレットへ向けられた。
威嚇する狼魔獣だが、リーズレットは2匹に見下すような視線で指示を出す。
「お座り」
「グ、グルル……」
2匹の狼は野生的な直感で見た。リーズレットの瞳の奥にある地獄を。殺戮に対して何の躊躇もしない淑女の力を。
「お座りなさい」
「キャイン!」
狼達は屈した。お座りどころか、腹を向けて服従のポーズ。
「動物は人語を話す豚と違って従順だから好きですわよ」
そう言うリーズレットと服従する狼達を見て、モヒカン男達は「何を言っているんだ」と冷や汗を掻いた。
2匹の見た目は狼に近いが、凶悪で人を喰う魔獣だ。
加えて、魔獣の首にあるのは服従の首輪という魔獣を使役する為の魔導具である。
使用者に対して絶対服従。襲えと命令したら絶対に襲う。
だというのに、腹を見せながらだらしなく舌を出して「ボク達、無害ですワン」と言いたげに目をキラキラさせる狼達。
首輪の効果と狼魔獣としてのプライドはどこにいったのか。ファッキンモンスターですらこのザマである。
「こ、このクソアマァ!」
動揺しつつも、男達は腰からハンドガン型の魔導銃を抜いてリーズレットへ向けた。
向けてしまった。
「残るは人語を喋る4匹の豚ですわね。か弱き淑女に銃を向けたのですから……覚悟はよろしくてェ? ファッキンサノバビィィッチ?」
赤いドレスを着た淑女は華が咲き誇るような笑みを浮かべた。
さぁ、淑女による殺戮ショウのはじまり、はじまり。
読んで下さりありがとうございます。
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