102 連邦西部制圧
マキが生み出した炎の壁は半径500メートル程広がって、効果時間は1時間以上という恐ろしい結果を残した。
高さと効果範囲を増した壁は、まるで生きているかのように炎の触手を伸ばして飛んでいたナイト・ホーク一機を飲み込み、瞬時に溶かしてしまうほどの威力を見せる。
マギアクラフトの研究員が発現した炎の壁を見れば、あれは『大魔法』であると言うだろう。
空を飛ぶ航空機が一瞬でやられてしまっては、逃げた魔法少女の追跡は断念せざるを得ない。
ただ、速度的には箒の方が断然早く元々追跡は困難と言える状況であった。
となれば、誰から情報を得るか。リーズレット達は自然と前を向く。
前にいるマギアクラフト隊に聞けば良い。
最大の障害であった魔法少女はリーズレットとラムダが退けたのだ。魔法少女が撤退した事でフリーになったサリィの機動戦車が大隊へ襲いかかる。
連邦軍を殲滅してマギアクラフト隊の指揮官でも捕らえられれば万々歳か。
「クソがッ! あのガキ、勝手に逃げやがってッ!」
魔法少女が撤退した後は酷いありさまであった。
魔法防御兵器を残し、ほとんどの攻撃用魔導兵器が破壊されてしまった。さすがの悪戦苦闘にジェイコブも悪態を露わにする。
魔法少女と魔導兵器を用いてリリィガーデン王国軍をその場に釘付けにするはずが、相手の戦車1台と1人の女性に良いようにやられてしまう。
相手を釘付けにするどころか、自分達が今まさにその状況だ。
展開した魔法防御の中に閉じこもり、一歩でも外に出れば地上と空からの攻撃に晒される。
どうしてこんな状況に? とジェイコブへ問えば確実に彼は「クソガキへの躾けが足りていない」と返すだろう。
「いよいよ愛想が尽きそうだぜ!」
叫びながら彼等は展開された魔法防御を出たり入ったりしながら前方から迫るリリィガーデン王国軍に向かって魔法銃を撃ち続けた。
どうにか自分の部隊だけでも撤退できるよう足掻くが状況は変わらない。
その理由は向こうに一騎当千の英雄が揃っているからだろう。
「前進ですわよ! 魔法防御を崩せばこちらと変わりませんわ!」
サリィの操縦する機動戦車の装甲に腰かけながらロケットランチャーをぶっ放すリーズレット。
彼女と共に機動戦車に乗っていると思いきや、地面に飛び降りると人外めいた速さで突撃してきて歩兵の首を狩ると同時に魔導兵器を破壊するラムダ。
何より、ジェイコブが一番厄介だと感じるのはサリィの機動戦車だろう。
もはやあの重装甲で高火力を持ち合わせ、それでいて高機動。あの化け物兵器を止める手段が見つからない。
「……魔法防御隊は徐々に後退しろ! 連邦軍は前に出て敵の進行を少しでも止めろ!」
ジェイコブはすぐに考えを切り替えた。
自分の隊が生き残る事を優先させるべく、連邦軍を捨て駒にしようと決めた。
「ジェイコブ隊長!」
「下がるぞ! 可能なら隙を見て一気に首都まで撤退だ!」
ゆっくりと後退していく魔法防御に追従しながら魔法銃で応戦するジェイコブ率いるマギアクラフト隊。
「クソがよ……。魔法少女なんてモンも当てにならねえ。結局は負け戦ばかりじゃねえか」
元々は傭兵だったジェイコブは優秀な腕を買われてマギアクラフトと契約を交わした。
歩兵として活躍したジェイコブはエリート部隊の隊長まで至ったが、凡人にとってこの世界は厳しすぎるのか。
自分よりも強い存在である魔法少女。その魔法少女を蹴散らす敵の総大将たる女。
上には上がいて、自分が今立っている高さすらも分からない。
「だが、まだ死なねえ。俺は死なねえ!」
確かなのは死にたくないという意思だけだった。
死んだら終わり。
何度負けても良いが、死ぬのだけは御免だと。
どうにか自分達が逃げられる隙を探すジェイコブに部下が叫び声を上げた。
「隊長! ドラゴンライダー隊です!」
彼の願いは天に通じたのか。連邦首都がある方角から空飛ぶドラゴンに跨った50以上のドラゴンライダーがやって来た。
「あれは……。まだチャンスがありそうじゃねえか」
ドラゴンライダー達は所属部隊を識別する為に部隊のマークを描いた布をドラゴンの腹に装着しているのだが、それを見る限りドラゴンライダーは連邦中央本隊所属のようだ。
大統領命令で増援としてやって来た部隊かもしれない。もしかしたら、ドラゴンライダーだけではなく地上部隊の増援も向かってきている可能性もあった。
「連邦部隊は前へ出ろ! ドラゴンライダーに続け!」
ドラゴンライダー50機が空を飛ぶナイト・ホークやイーグルと戦闘を開始した。
それと同時に連邦軍の歩兵隊と魔導車隊を前に出し、少しでも相手をかく乱しようとするが結局は機動戦車に蹴散らされてしまう。
ドラゴンライダーすらも発射された小型ミサイルに追いかけられれば爆発四散。
「チッ! 化け物共がよォ!」
だが、ジェイコブは新たな命令を発する事はしなかった。
連邦軍の指揮官が阿鼻叫喚の叫びを上げて、雑兵共は肉の盾となる。
このままでは連邦軍は壊滅?
結構。それで良し。
一瞬でも自分達の壁になってくれて、少しでも相手を足止めできればいい。
「よし、俺達は撤退する! 行け! 行け!」
連邦軍の中に混じっていた黒いアーマー部隊が徐々に後列へ下がり始めた。
しかし、それを阻止しようとする者もいる。
「逃がさんッ!」
リーズレットのロケットランチャーが連邦部隊を吹き飛ばした事で敵の前線が崩れた瞬間、魔導車に乗って前線を突破したのはブライアン率いるブラックチームだった。
彼は虎視眈々とジェイコブ達へ至る隙を待ってたようだ。嘗て共和国で部下を殺された恨みを晴らそうと、ブライアンはスコープを覗き込みながらジェイコブを狙う。
「邪魔すんじゃねえ!」
撤退を開始していたジェイコブは迫って来る魔導車へグレネードを投擲。
運転手だったブライアンの部下はハンドルを大きく切って爆発を回避したが、ジェイコブは爆発している間に後方にあった魔導車へ乗り込もうとしていた。
ドアを開けたジェイコブを逃すまいとブライアンはトリガーを引く。
狙いは頭部のヘルメットだったが、揺れて安定しない魔導車に乗っていたせいか弾はやや下にズレた。
「ぐあッ!?」
だが、外れはせずにジェイコブの肩に命中。ジェイコブは肩を押さえながら魔導車に乗り込み、部下の運転で去って行く。
ブライアンは去って行く魔導車に向けて銃を撃つが、結局は逃走を阻止できなかった。
「クソッ!」
当てる事は出来たが仕留めきれなかった。成す事が出来なかった自分への怒りに顔を染めるブライアン。
「追いますか!?」
「いや、ダメだ。反転して別部隊を支援する!」
ブライアンは復讐よりも国益と軍への貢献を選択した。優秀で真面目な彼ならば当然の選択とも言えるが、顔には未練が浮かんでいた。
しかし、ブライアン達の奮闘もあってリリィガーデン王国軍は連邦大隊の撃滅に成功。
このまま全軍で連邦首都を目指すか。それとも北へ向かう部隊を編制するか。
リーズレットは再び選択の機会を与えられたのであった。
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