101 2人の魔法少女 2
「逃がしませんわよォォォォッ!!」
マキを地上に引き摺り下ろしたリーズレットは再び空に飛ばれる前に勝負を決めようと突撃した。
両手に持つアイアン・レディを連射しながら対魔法少女戦のセオリー通りに体術による近接戦闘を仕掛けようと急接近。
「チッ! うざったいのよ!」
マキは手から炎の鞭を生み出した。
生み出された鞭は新型魔導具によって強化されているのか、連邦首都で戦った時よりも威力が増しているように見える。
以前はゴウゴウと燃えて見た目通り、炎が鞭になっていたが今回生み出したモノはマグマを鞭にしたような、より鞭に近いしなやかさ感じられる形になっていた。
マキが鞭を振るうと火の粉が飛んだ。火の粉が地面に落ちると地面にあった石がジュワッと溶ける。
石すらも一瞬で溶かしてしまう鞭に人の体が触れたらひとたまりもないだろう。火傷どころじゃ済まない、下手すれば体の一部が焼き切れるかもしれない。
「ハッ! 所詮は芸の無いファッキンマジカルビッチですわねェ!」
だが、マキの振るう驚異的で高火力な鞭を前にしてもリーズレットは止まらない。
それどころか獰猛な目を彼女に向けて、まるでマキが喰われるだけの憐れな子兎であると証明するかのように鞭を掻い潜って近づいて行く。
彼女も言うように、所詮は魔法少女。
魔法しか撃てぬ、魔法しか能のない、魔法に頼るだけの愚か者。
「おーっほっほっほ!! クソガキがァ! 死んで下さいましィー!!」
鞭を潜り抜けたリーズレットは恐怖を植え付けるように、銃弾が弾かれると知りながらマキの顔面に連射した。
この行為で彼女は思い出したであろう。
首都で一度負ける寸前だった事を。仲間が助けに来てくれなければ、あの場で死んでいた事を。
「ほらほらァ! 私を殺すんでしょう? 殺すと言いましたわよねェッ!?」
本物の戦争を、本物の闘争を、本物の戦いを潜り抜けて来たリーズレットには劣るのだ。
彼女のトラウマを掘り起こすような、顔面ゼロ距離射撃を終えたリーズレットは回し蹴りを見舞う。
マキは脇腹に蹴りを喰らい、そのまま吹き飛んでしまった。
「マキッ!」
未だ空を飛ぶアリアは吹き飛ばされたマキを助けるべく、氷の槍を放とうとするが……。
「だめですぅ~!」
サリィの発射したミサイルがアリアのケツを捉えた。
「ぐうう!! 邪魔ッ!!」
彼女はずっとサリィにマキへの援護を封殺されている。
しかも、サリィは前方に展開する連邦とマギアクラフトの混成部隊を攻撃しながらという有能っぷり。
やはり淑女と淑女付き侍女はスペックが違う。いくら装備を強化しようと魔法少女なんぞは足元にも及ばないのか。
「調子に乗るなぁぁぁ!!」
吹き飛ばされたマキが怒りに顔を染め、叫び声を上げる。
すると彼女の体から衝撃波と共に炎が撒き散らされた。
灼熱の炎が散って周辺の大地をドロドロに溶かし、衝撃波と共に噴出した熱波だけでも火傷してしまうんじゃないかと思えるほど熱い。
「私は、もう負けないッ! お姉様なんかに負けないんだからああああ!!」
ヒステリックな叫びを上げたマキの左腕に装着された魔導リングが眩しい光を発した。
すると、彼女の体には炎と同色である魔素のオーラが纏う。
マキは手をリーズレットへ向けると炎の渦を撃ち出した。
炎の渦は蛇の形になって、大口を開けるとリーズレットを追尾するように動き出す。
彼女の体に喰らい付こうと炎の口をガチリと閉じるが、リーズレットは寸前で回避する。
「チッ!」
マキがブチギレているせいか、炎の蛇の動きは単純。
だが、単純に効果範囲が広い。掠ってもいないのに、蛇が放つ熱波を至近距離で浴びただけでリーズレットが着るドレスの一部がチリリと焦げた。
しかも、蛇が這った後を残すように地面の一部が魔法の炎で燃え始める。
「リズッ!」
ラムダがフォローしようとするが、
「お止めなさい! 食らうとマズイですわ!」
リーズレットが制止する。これは近接戦に特化したラムダが相手するには分が悪いと判断したようだ。
「死ねッ! 死ね死ね死ねッ!」
銃を撃って炎を散らそうとするが、マキは炎の蛇でリーズレットの放つ弾丸を口で飲み込んだ。
当然、灼熱の炎によって弾自体が溶かされる。炎の蛇に撃っても効果は全く見込めない。
「だったらッ! こちらですわッ!」
そう叫びながらリーズレットは術者であるマキに銃弾を撃ち込んだ。
こちらも魔法防御で弾かれる。が、撃ち込んだ瞬間に彼女はラムダを一瞬だけ見た。
言葉を口にせず、何かを訴えるかのような眼差しで。
すぐにマキの顔を見ると、せっかく距離を取った炎の蛇へ向かって走り出す。
「ファァァァック!!」
走りながらグレネードを持ち、口でピンを抜くとマキへと投げる。
彼女の足元で爆発を起こしたグレネードは土を巻き上げた。
恐らく魔法防御でマキ本人は無傷だろう。だが、それで良い。
空へと舞う大量の土と土煙で彼女の視界を遮るのが狙いだった。
見えなければ操作もできまい。リーズレットは炎の蛇とぶつかる直前でスライディング。
「ぐっ」
一瞬だけ熱波を浴びながら蛇をすり抜けて、マキへと駆ける。
彼女の視界を塞ぐ土煙を突破して――
「オラァァァッ! ですわよォォォォッ!!」
土煙の中を突破して来たリーズレットに目を剥くマキ。
「あぎッ!?」
リーズレットは彼女の顎に飛び膝蹴りをお見舞いした。
彼女が地面を転がるのは何度目だろうか。地面を転がり、全身汚れ塗れになったマキは痛みに耐えながら立ち上がろうとするが――
「これで終わりだねッ!」
リーズレットが一瞬だけ送ったサインを察したラムダが距離を詰めていた。
まさに以心伝心。リーズレットが隙を作るのを待ち構えていたラムダは、右目の色を赤に変えて爆発的な加速を発現させながらナイフを振り被った。
マキはラムダを目で捉えてはいたものの、体を動かすには時間が足りない。
彼の持つナイフはマキの首筋を狙う。万事休すか、と思われたが。
「マキッ!」
割って入ったのはアリアだった。
箒から飛び降りて氷の盾を発動するとラムダのナイフを受け止める。
が、リーズレットはこの機会を諦めない。
「邪魔でしてよォォォッ!!」
アイアン・レディを連射して氷の盾を破壊する。駆け出しながら素早くリロードを終えて、再び連射。
「くっ!」
再び氷の盾を生み出そうとする間、アリアは魔法防御で銃弾を防ぐ。その際、アリアの右手の指に装着している指輪がキラリと光った。
その光を目撃したリーズレットはアリアの装備を見た。首元、胸、腕、と視線を巡らせ魔法少女が持っているペンダントが無い事に気付く。
剥き出しの弱点だったペンダントを廃止して指輪に代えたか。もしくは左腕に装着している腕輪か。
「ラムダッ! 手首!」
リーズレットはラムダに狙う部位を伝えた。明確な言葉ではなかったが、ラムダが察するには十分な量である。
再び氷の盾を発動しようとするアリアへ駆けながら銃を撃ち、魔法の発動が少しでも遅れるよう集中力を乱す。
「あっ!?」
アリアがあと少しで氷の盾を発動しそうだった時、リーズレットは彼女の腕を上に弾いた。
「チェック、ですわね?」
そう言って笑うリーズレット。彼女の背後、影となった部分からラムダが飛び出すと――アリアの右手首を切断した。
「ああああああッ!?」
「アリア!?」
切断された手首から血を流し、絶叫するアリア。
マキは慌ててアリアの服を掴み、後ろに引いて位置を入れ替えようとするが……。
「ざぁんねん」
華が咲き誇るように笑ったリーズレットが既にアリアの頭部に銃口を向けていた。
マキにはこの瞬間、全てがスローモーションに見えていただろう。
「マキ、逃げて」
そう言ったアリアの言葉が、マキの耳に張り付くように聞こえた。
同時に銃声が鳴るとリーズレットの放った弾はアリアの首に命中した。
命中した弾はアリアの首を貫通すると、首に出来た穴からはドクドクと血が流れ始めた。
「アリアァァァァッ!!」
マキがアリアの体を抱き寄せるが、状況は変わらない。アリアの首と切断された手首からは大量の血が流れ、ヒューヒューとか細い息だけが聞こえるだけ。
「やっぱり。ペンダントから指輪に変えましたのね?」
ニコリと笑うリーズレットがそう言うが、マキの耳には全く届いていなかった。
「アリア!! アリア!!」
焦るマキはアリアの首を押さえて周囲に顔を向ける。後方にアリアが放り出した箒を見つけた。
今すぐ本部に帰れば。本部の医務室ならばアリアを救えるかもしれない。
医療の知識など持ち合わせぬ彼女はこの場で荒々しくとも応急処置をするという事など思いつきもしなかった。ただこの状況、敵の真ん前で応急処置など論外であるが。
友を失いたくないと焦るマキはアリアの体を抱いて立ち上がり、箒が転がっている位置まで駆け出す。
「あら? 逃げますの?」
当然、リーズレットは逃がす気は無かった。
銃口を地面に転がる箒へ向けてトリガーを引こうとするが……。
「黙れええええ!! 邪魔するなァァァッ!!」
マキは強烈な絶叫に似た叫びと同時に、自分達とリーズレットの間に炎の壁を生み出す。
今まで以上に素早い魔法の発現と威力を見せたそれは、リーズレットを拒絶するように巨大な炎の壁に成長した。
「死なせないッ! この子だけはッ! 死なせないからァァァッ!!」
巨大な炎の壁を発現させても尚、マキは叫びながら魔法を発動した。
「なっ!?」
「リズ、引いて! 危ない!」
巨大な炎の壁がどんどんと厚みを増して行き、流石のリーズレット達でもどうにもできない程になった。
徐々に範囲が広がって行く炎の壁は広がるにつれて地面をドロドロに溶かしていく。近くにあった魔導車の残骸を飲み込むと一瞬で溶かしてドロドロの液体へ変えた。
リーズレットも人生初めて見るほどの魔法。魔導兵器でならば可能だろうが、人間自体がこんな広範囲で高威力な魔法を人が生み出すなど瞬間など、さすがに見た事はなかった。
可能にした理由は新型魔導具である、術者の魔力増幅を行う腕輪のおかげなのだが……。
魔導具を作り出したマギアクラフトの技術者が見ても、これは明らかにオーバーロードと言うだろう。
故に炎を生み出したマキの体にも大きな負荷が掛かる。マキの髪は真っ白に変化して、腕輪を付けていた左腕はミイラのような状態になってしまう。
魔導具本体にも強烈な魔力が一瞬流れた事で腕がミイラ化したと同時に砕け散ってしまった。
「待ってて、絶対に、助けるから!」
それでもマキはアリアの体を抱いて箒に跨った。
空を飛び、戦線を離脱してマギアクラフト本部を目指して去って行く。
「お嬢様! 空を飛んで逃げたですぅ!」
戦車の中から去って行く姿を捕捉したサリィが知らせると、リーズレットはまだ広がっていく炎から逃げながら舌打ちをした。
「チッ! ラムダ! 戦車に飛び乗りなさい!」
「うん!」
魔法少女をまたしても逃してしまった。腹立たしいが、今は炎から逃れるのが先決。
リーズレットとラムダは機動戦車に飛び乗ると、サリィに炎から逃げるよう命じた。
読んで下さりありがとうございます。
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