97 腐敗
リリィガーデン王国 王城にて。
冬も中盤を越えた頃、窓の外には相変わらず雪が降っていた。
リリィガーデン王国の首都も雪で染まり、道には子供達が作った小さな雪だるまが飾られて。
侵略されていた側にも拘らず、今となっては形勢逆転。連邦内部は荒れている状態であるが、リリィガーデン王国の首都は子供達が雪遊びするほど平和そのものであった。
平和な首都を見下ろしながら城の廊下を歩くサイモン。彼の手には届いたばかりの報告書があった。
サイモンは城のメイドにリーズレットがいる場所を聞き、オブライエンと会議中だと知ると会議室へ向かった。
「マム。西部と南部から興味深い報告が届きました」
会議室の中にいたリーズレットにグリーンチームから届いた報告書と併せて東西販売拠点の売上を記載した報告書を見せた。
すると、リーズレットは小さく笑う。
「ふふ。ようやく芽が出ましたわね」
彼女はそう言ってオブライエンに報告書を手渡す。彼も報告書に目を通すと、リーズレットが笑った理由を把握した。
「そのようですな……」
どうやら『冬のプレゼント作戦』は上手くいったようだ。ストレスが爆増した連邦人と難民達はクスリを買い漁っている様子。
冬に突入してから売上は増加傾向となり、難民から連邦軍人まで様々な者が買いに来るようだ。
それどころか金の無い難民達は連邦人から金やクスリを奪う事件が多発。連邦内では難民による暴動が起きる寸前、対する連邦人は厄介で面倒な難民を排除せよと対立関係が急激に悪化。
難民兵への待遇は更に悪くなり、街で暮らす非戦闘員である難民達にも風当たりが強くなって差別的な行動が増えているようだ。
「しかし、良い事ばかりではありません。西部にある販売拠点の1つが摘発されました」
販売員だった傭兵は問答無用で銃殺。荒らされた拠点の中に品物と金は残っていなかったようだ。
「ふむ……。拠点を失ったのは確かに……。でも、悪い事ばかりじゃありませんわね」
この金と品物の行方はどこに行ったのか。足取りは追えていないが、連邦軍人の間でクスリが蔓延しているとしたら着服している可能性は高い。
着服した軍人がクスリを使用し、他の仲間にも配ってくれれば良いが。
「よろしい。ここで一気にクスリを放出なさい。冬の間に汚染を広げて春になったらクスリを変えましょう」
冬の間、ストレスを感じながら暇を持て余している連邦人にリリィガーデン王国からの更なるプレゼントを配ろうじゃないか。
販売拠点にあるクスリを格安で売ったり、商品の入った箱をわざと放置して、連邦人達が良い夢を見られるよう大出血サービス!
「効果を高めた新薬は既に完成しているのでしょう?」
「はい。既に十分な量は確保してあります」
国民総ジャンキー化……とはいかないものの、かなりの数が汚染されているだろう。
特に西部、南部はジャンキーだらけ。東部も徐々に数が増え、中央に流れつつある。
より効果の高い新薬へ切り替えたら連邦のジャンキー共はどんな行動を起こすのだろうか。
「ふふ、楽しみですわね」
結果が待ち遠しい。そう言いながらリーズレットは笑った。
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1週間後、プレゼント作戦は決行された。
西部南部の前線基地近くでは木箱の中に粉と液体が詰めて露骨に放置する。
木箱の周囲には魔獣に襲われて撤退したかのように偽装して。
それを見つけた巡回兵は飛び上がりながら喜んだ。奇声を発しながら中身をポケットに詰めて基地まで戻って行ったのだ。
前線基地はこれで良し。
次に街の方では相変わらず販売を通して拡散を続けているが、売り子は現地で雇った悪徳傭兵にチェンジ。
販売価格も半額以下にして稼ぎの悪い者も簡単に買えるようにした。
「まいど」
売り子が元共和国貴族にクスリを売り終えて、拠点へ戻ろうとした時――
「そこのお前! 止まれ!」
街を巡回警備する連邦軍兵5人組が売り子を捕まえた。彼等は売り子を軍の施設まで連行すると、売り子へ無意味な暴行を加えて販売拠点の場所を吐くよう命じた。
当然、拷問に近い暴力を受けた売り子は屈してしまう。自分が採用され、商品が品切れになったら来いと教えられた場所を吐いた。
連邦軍はすぐに売り子が告げた場所へ急行。少しボロい元商店だった建物内へ突入すると、中には誰もいなかった。
「おい、これ見ろ!」
しかし、建物内には『お宝』が残されていたのだ。
木箱の中にみっちりと詰まった粉の袋があるではないか。
「やったぜ! ははッ!」
「こりゃあ随分と楽しめそうだ! 他の奴等も誘おうぜ!」
木箱を大事そうに抱えた軍人達は非番の仲間を誘ってクスリと酒をキメるパーティーを開催するようだ。
彼等は心底楽しそうに笑い声を上げて去って行く。
「……行ったか?」
「みたいですぜ」
突入してきた軍人達が木箱を抱えて去って行ったあと、火グマ団の傭兵達は建物の床下に用意した秘密の地下室から這い出て室内を見渡した。
特に調べもせず、本当にクスリが詰まった木箱だけを持って出て行ったようだ。
「クスリってのは怖いねぇ」
連邦軍人達は本気でクスリの蔓延を止めようなどと思っていない。
奴等は金を惜しみ、タダでクスリを手に入れたかっただけなのだろう。
欲望に満ちた人間が堕ちるところまで堕ちると、あの軍人達のようになってしまうのか。
それともクスリの依存性が高すぎて頭と心がイカれてしまったのか。
「……俺はこんなクスリを蔓延させようって考える姐御の方がこええよ」
火グマ団のリーダーはボソッと呟いた。
彼の呟きを聞いた傭兵達も一瞬だけ言葉を失くし、確かにと返す。
「さっさと次の拠点に移動するぞ」
傭兵達は別の拠点に行って同じく木箱にクスリを詰めて放置した。
その後、一般人に紛れて住宅街へ。本当の拠点であり、彼等が生活する場所は連邦の中流家庭が住む地区にあったのだ。
アウトローが行き交うようなガラの悪い場所にある拠点は全てカモフラージュである。
クスリの販売を始め、儲けが多くなってからは傭兵達の恰好も汚らしいものから小奇麗な恰好へ変わった。
今の彼等は外見から悪徳傭兵とは想像もできぬほど、一般人らしい恰好をしている。
「あら、こんにちは」
「ああ。どうも。今日も寒いですね」
リリィガーデン王国の情報部に指示された通り、近隣住民との交流も上々。
自分達は力仕事をしており、仲間内で1軒家を借りて家賃を節約している設定である。
冬の昼下がりに買い物を終えた近所の奥様とにこやかに会話する姿からは、彼等が敵国に属していて連邦を破壊する作戦に携わっているとは思えない。
「今日のお仕事はもう終わり?」
「ええ。雪も降ってますしね。仕事になりませんよ。今日はみんなで昼から一杯やろうって決めました」
奥様からの質問にも淀みなく答える。
途中で購入したワイン瓶を掲げ、これから家で酒を飲みながら温まるつもりだと言って。
奥様と会話を終えた傭兵達は家の中へと入った。肩や頭に付着した雪を払い、リビングへ向かう。
カーテンを閉めたら、男達は少し小さな声で話し合う。
「冬が終わって、一仕事終えたら血濡れの刃と合流だ。その後、連邦を脱出する」
リーダーがこれからの予定を確認すると部下達は静かに頷いた。
「西へ向かうんですよね?」
「ああ。リリィガーデン王国軍が迎えに来てくれる手筈になっている。あっちに着いたら俺らも晴れて自由の身よ」
悪さしなければ生活は保障してやる、と情報部から言われている彼等は仕事を終えたらリリィガーデン王国で暮らすつもりだった。
今までの稼ぎに加え、国からの恩賞を得てゆっくり暮らす。静かな余生が彼等を待っているだろう。
「リーダーは向こうに行ったらどうすんですかい? 傭兵からは足を洗うつもりで?」
「勿論だ」
傭兵稼業なんぞ続けるつもりはない。悪事なんぞからも足を洗うつもりだとリーダーは告げる。
いや、むしろ……リリィガーデン王国で悪事など働けまい。
なんたってあの国には最強の女性がいるのだから。それに軍も自分達をしばらくは監視するだろう。
「とにかく、これが終わったら……。田舎でゆっくりと暮らすさ」
火グマ団リーダーはテーブルの上にあったワイングラスにワインを注ぎ、一気に飲み干した。
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