96 崩壊の芽吹き
リリィガーデン王国による小規模攻撃からの即撤退といった嫌がらせに近い攻撃が始まってから2ヵ月が経った。
大陸の冬が去るまで大体4ヵ月程度であるが、攻撃を受ける西部と南部の前線基地では例年通りの冬とは違う一味違ったスリリングな冬を過ごしていた。
今回はこの攻撃がより効果的に作用した南部基地の様子をご覧頂きたい。
「…………」
「…………」
元共和国軍人が難民兵となった南部基地であるが、基地の中にある宿舎では難民兵が一塊になって床に座り込んでいた。
彼等は魔法銃を抱き、目の下には濃い隈が出来上がっている。
ある者はジッと扉を見つめながら。ある者は親指の爪をガリガリと齧りながら。
戦争が一時的に停戦し、平和なひと時を過ごせると思いきや――遠くから銃声が響いた後にガンガンガン、と鍋を叩くような音が聞こえて来た。
「敵襲!!」
連邦正規兵の声で立ち上がった難民兵は外へと飛び出す。
そして、敵がどこにいるかも分からない状態で基地を覆うフェンスまで走り出す。
「うわああああ!!」
雄叫び……。いや、発狂した精神病患者のような声を上げて、基地の外へと銃を乱射した。
「ああああッ!!」
「クソッ! クソッ!! クソがあああ!!!」
辺り一面真っ白な世界に向かって魔法銃を撃ち続け、難民兵達の持つ銃の銃口が赤熱しながら白い煙を吐き出す。
絶え間ない連射によって魔法銃の銃口が熱で変形しないよう、リミッターが起動して弾が出なくなってしまった。
「ああ! ちくしょう! ちくしょう! あいつらが、あいつらがあああ!!」
撃てなくなった魔法銃を手で叩きながら、早く早くと言葉を口にして焦る難民兵達。
カチャン、と魔法銃から音が鳴って再び撃てるようになると銃を構え直すが――
パン、と音が鳴って横にいる仲間の頭部が弾け飛んだ。
「あ」
ああ、隣の仲間が死んだ。今まで起きた襲撃と同じであれば、次に死ぬのは自分か。
そう覚悟した難民兵はその場で立ち尽くす。
が、いつまで経っても死なない。
早くこの地獄から解放されたいのに、全く敵は自分を撃たない。
代わりに死んでいくのは別の仲間達。頭部、心臓、首……致命傷を受けた仲間達が雪の積もった地面に倒れて白を赤に染めていく。
「なんで……」
基地の先、白い雪の山がいくつも見える先から飛んで来る銃弾は自分には当たらない。
「殺してくれ! 殺してくれえええ!!」
難民兵の叫び虚しく、その日の襲撃は終わりを告げた。
正規兵に死体の片付けを命じられ、身も心も満身創痍の難民兵達が死んだ仲間の死体を処理を終えると与えられた宿舎へ戻る。
そこで再び眠れぬ日々を過ごすのだ。次の襲撃まであと何時間だろうか。
正規兵達が対策を練るも、相手はそれをすり抜けてやって来る。
巡回に出た難民兵は敵に狩られ、連邦を挑発するようなオブジェに早変わり。
連邦中央政府からの後方支援を要請するも、吹雪が続く中では後方からの輸送部隊も動くに動けず。
前線基地に運び込まれる物資や支援の到着は遅延が続く。
「今日の飯だ」
そんな状態で割りを食うのは難民兵達である。
残り少なくなってきた食事のほとんどは正規兵が喰らい尽くす勢いで食べて、難民兵に渡される食事は芋が1つあれば良い方である。
そんな生活がもう2ヵ月は続いている。
遂に難民兵のストレスは限界を迎えた。
宿舎の中にいた難民兵の男が魔法銃を持ってフラフラと立ち上がり、外へ向かって行った。
「おい。貴様、何をやっている?」
丁度その時、外には仲間に隠れて夢のクスリを使おうとしていた正規兵の姿が。
ストレスで精神がおかしくなった難民兵は目を虚ろにした状態で正規兵へ魔法銃の銃口を向けると、
「おい!? 何のマネだ――」
躊躇う事すらなくトリガーを引いた。
「へへへ……」
胸を撃たれ、血を流す正規兵が持っていた『粉』を奪い取ると封を開けて思いっきり吸い込む。
「あははは!」
先ほどまで彼の頭の中には闇が満ちていただろう。恐怖と絶望に染まり、生きる気力さえ失くしていた。
しかし、今はどうだ。
粉を吸い込んだ彼の頭の中には電気がバチバチと弾け、雪が降り積もっていたはずの世界は暖かい太陽の光が降り注ぐ緑の大地に変わっていた。
「ああ! 最高だ! 最高だよおおお! さいごう"ッ!?」
歓喜の声を上げていた男の胸を何かが貫いた。衝撃を受けた男は地面に倒れ、胸から流れる血が雪を赤く染める。
彼の背後には銃声を聞きつけてやって来た3人の正規兵がいた。
精神に異常をきたした難民兵が正規兵を銃殺したと察知すると、躊躇い無く彼を射殺したのだ。
「イヒヒ……。温かい、あったかい……」
胸を撃ち抜かれても尚、粉を吸引した男は笑っていた。
「チッ。狂いやがった」
その笑い声が不快だったのか、正規兵は更に魔法銃を撃ち込んで絶命へ追い込む。
「おい、こいつ粉持ってやがったぞ」
「んだよ! 勿体ねえな! 難民のゴミ共にやるくらいなら俺達が使うべきだ!」
本来であれば仲間のはずだが、正規兵は難民兵に向かって罵詈雑言と唾を吐いた。
更には憂さ晴らしするように死んだ難民兵の死体を蹴飛ばし続ける。
正規兵である彼等は満足な食事量と居心地の良い宿舎で生活しているが、リリィガーデン王国の襲撃でストレスが溜まっているのだろう。
彼等の見せる凶暴性には粉や液体の影響もあるかもしれないが、精神状態はまともとは言えない状態である。
しかし、この日。この基地では転機が訪れる。それはとっても、人として邪悪な転機と言えるだろう。
死体を蹴ってストレス発散していた正規兵の背中を難民兵達が覗いていたのだ。
仲間が正規兵から粉を奪ったところから一部始終を見ていた彼等の脳裏に過る。
『与えられないなら、奪えば良いじゃないか』
『あいつらだけ良い思いをしているのはおかしい』
『国を失った自分達は手厚く保護されるべきなのに、前線に立たされて戦うのが保護されるべき自分達であるのはおかしい』
プツン、と難民兵達の中にあった人としての理性が切れる。
理性を失った難民兵の手にある物は何か。銃だ。
人を殺せる道具を持っているではないか。
「ふひっ」
邪悪に笑った難民兵達は銃口を正規兵に向けて……撃った。
「ぎゃあ!?」
「お、お前達!?」
再び鳴り響く発砲音。それも複数である。
敵の襲撃ではなく、内側からの攻撃に正規兵は慌てふためいた。
「殺せェー!」
「奪え! 奪えッ!」
理性を失った難民兵は獣となった。外にいた3人の正規兵を銃殺した彼等は正規兵用の宿舎へ突撃。
寝ていた者を殺し、宿舎の食堂にあった食い物を喰らう。己の欲望のままに動く獣となったのだ。
「馬鹿共がッ! 殺せ!」
勿論、正規兵も黙っているわけがなかった。暴動を鎮圧するべく銃を持って、獣となった難民兵を殺して行く。
最終的に勝ったのは連邦正規兵達であったが、連邦軍に30名以上の死傷者が出た。
激しい戦闘音が鳴り響く南部前線基地。
その様子を遠くから見守っていたリリィガーデン王国軍グリーンチームの隊長ガウインは双眼鏡を下ろすと……。
「憐れだねぇ」
そう言いながら敵基地で起きた様子を事細かに記録して、それを情報部へ伝えるよう部下に命じた。
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