95 地獄の冬
大陸では夏が過ぎ、秋の姿を見せず一気に冬が訪れた。
気温が下がって雨の日が続いたと思っていたら、雨があられに変わって雪へと至る。
大陸に住む者は例外なく暖炉の火を絶やさず、または温風を出す魔導具のスイッチを入れて過ごす日々が続いていた。
この日も朝から雪が降り、昼を過ぎた頃から吹雪へと天候が変化した。
といっても、大陸に住む者ならば毎年の事である。今年も去年と変わらないな、そう言って過ごす連邦人は多かった。
連邦西部に新設された巨大な前線基地には大量の難民兵が派兵されていた。
西部という事もあってラディア人の難民兵が多く、正規兵の指示に従って雑務をこなす日々が続く。
彼等にとって故郷を失ってから初めての冬。
難民キャンプで過ごしていた彼等は満足に食事も摂れず、吹雪が吹き荒れる外で暮らすのかと不安になっていたが徴兵により基地へ派兵された事によって寒さは何とか凌げている状況だ。
口減らしの為に最前線へ送られ、正規兵の弾避けに使われる。
難民兵の悲しき現実は意外にも受け入れられていた。いや、受け入れざるを得ないと言うべきか。
家族と共に連邦へ逃れた難民のほとんどは家族を食わせる為に。
父親、あるいは若い男が戦場へ行く事で街に残した彼等の家族は優先して安全な仕事を与えられ、食料配給の順番が先頭に近くなる。
中には家族の大黒柱が生贄になった、などと言う者もいるが、ほとんどの者は仕方がないと諦めているのが実情。
大事な家族が食事にありつけるように。それに派兵されるのも悪い事ばかりじゃない。
家族とは離れ離れになってしまうが、基地では食事が与えられる。簡単な物ばかりだが飢えはしない。
加えて、広い基地の中で暖を取りながら眠れる事。極寒の中、簡素なテントで暮らすよりもマシである。
特に今は冬という事もあって敵軍の軍行は停止したと知らされた。
地獄のような戦争の中、束の間の休息。訓練や警備は続くが、死ぬ心配はない。
難民兵にとっては心休まる季節だろう。
「う~、さむさむ」
「さっさと巡回して待機所に戻ろう。寒くて敵わん」
この日も難民兵が小隊を組んで基地の周辺を巡回警備する任務に当たっていた。
連邦正規兵は任務を難民兵に押し付けて暖かい室内で酒を飲んだり、街から届いた食料の大半を喰らうが素直に任務をこなせば正規兵からおこぼれは回って来るのだ。
悪くはない。全てを失い、失ったままの現実よりは。
「戻ったら酒、飲みたいな」
「酒も良いが……。街からアレを持って来たんだ」
難民兵が白い息を吐き出しながら基地の周囲を見て回っていると、1人の男が酒よりも良い物を持って来たと言う。
「粉?」
「そう」
「どうやって入手したんだ? 金稼げたのか?」
西部には難民が溢れていた。金を稼ぐにもライバルは多く、安定した収入も見込めなければ1日食う分を稼ぐ事すら難しかった。
だというのに、巷で噂の粉を入手したと言うじゃないか。
粉1袋で4日分の食事代とほぼ同額。難民達にとってはかなりの高級品に分類される。
「共和国北部から逃げてきた共和国難民が持ってた。元共和国兵士だったらしいが、足をやっててな。徴兵もされずに裏街で死にそうになっててさ。譲ってくれ、と言ったら親切に渡してくれたよ」
「……へえ? 奪ったんじゃなく?」
ニヤつきながらそう言った仲間に対し、同じくニヤニヤと笑う難民兵。
「そうとも言うね」
男達は難民であるが兵士になるくらいだ。体力はあり余っているし、歳も若い。
難民同士の中に序列や独自の秩序が生まれた西部では『力』ある者が幸せを得られる。そんな世の中の仕組みが出来上がっていた。
故に、難民兵は不幸な共和国難民を笑う。
同じく故郷を失った境遇だったのにも拘らず、連邦西部に流入したラディア人は共和国人に対して自分達の方が上だと言い張った。
それは自分達が連邦人に嫌な顔をされ続けた境遇を味あわせる為か。それとも自分達の食い扶持を奪われないようにする為か。
どちらにせよ、西部ではラディア人が共和国人を迫害する空気が出来上がったのだ。
「連邦の奴等に横取りされないうちに使っちまおう」
「そうとなりゃ、さっさと終わらせようぜ」
ニヤニヤと笑う難民兵は先ほどよりも歩幅を大きくして、早足で歩き始めた。
といっても、地面は雪が積もっている。それほど俊敏に動けぬはずもない。
これが彼等にとっての命取り……。いや、油断していたのだから当たり前か。
「まったく、歩きにくい――」
ヒュンと風を斬るような音が鳴った瞬間、水風船が破裂するような音が鳴り響いた。
「あ? え――」
真横で鳴った音に気付き、もう片方の男が顔を向けると再び同じ音が鳴る。
2人の男は真っ白な地面に倒れ、積もった雪を赤く染めた。
「……前進」
基地の前方、西部に残る小さな森の中から黒いコートを着て闇に溶け込む部隊がサクサクと雪を踏みながら現れた。
殺した難民兵の死体を放置して、ブラックチームは基地へと近づく。
巡回していた難民兵が死亡したのにも拘らず、基地の中からは暖かい場所でくつろぐ兵士達の笑い声が聞こえた。
先頭を行くブライアンは何も言わぬが、内心ではどう思っているのか。
呆れ、もしくは嘲笑っているのだろうか。
「投擲」
ブラックチームはグレネードを両手に持ってピンを抜くと基地の中へ放り込んだ。
なるべく人の声がする方向へ投げ込んだが、結果は関係ない。投擲した瞬間、来た道を走って逃げる。
相手は卑怯と罵るだろう。だが、それで良い。
数秒後、基地の中で複数の爆発音と人の悲鳴が木霊する。
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連邦南部基地にて。
こちらも西部と同じく大きな基地が存在していた。
西部のように新設された基地ではないが、嘗ては共和国との国境警備も兼ねていた事もあって設備は常に最新の状態に更新されている。
共和国が堕ち、リリィガーデン王国軍が共和国側から進軍すると読んだ連邦南部は最新式の魔導兵器を導入。
対空装備もあって対イーグルへの対応も窺わせる。
「我々は故郷を失ったが、連邦兵と共に敵を撃つのだ! そして、共和国を復興させる!」
元共和国兵士の多くが逃げた先という事もあって、難民兵のほとんどが元共和国人であった。
こちらも難民小隊が雪の積もる道を巡回をしながら仲間達へ復讐の炎を焚きつける。
「当然さ。最新式の兵器と銃を与えられたんだ。今度こそ勝つに決まってる」
「おうよ! 敵をぶっ殺して前の生活を取り戻すんだ!」
彼等の胸には共和国軍の勲章が取り付けられていた。配給された連邦軍服の襟には共和国軍の徽章があって、彼等は元士官であったことを示していた。
彼等は口にした通り、元の生活を忘れられないのだろう。
軍の士官ともなれば給料は良く、貴族には満たないが上流階級に近い位置であった。
そんな者達にとって、今のような食うに困る生活は我慢ならないだろう。前のように何1つ不自由無い生活が恋しくてたまらないだろう。
「俺達は最強の共和国兵! 負けたのは上が無能だったからだ!」
「ああ! そうさ! 俺達は――」
パン。
鬱憤を発散するかのように、叫びながら巡回していた元共和国兵の頭部が弾けた。
「敵――!?」
西部の難民兵よりは反応が早かった。だが、撃たれてから気付くなど遅すぎる。
いや、気付かないのも無理はない。
彼等の敵は――元狩人で構成されたグリーンチームは音も無く近づくのだから。
「掃射開始」
雪の積もった地面を這いながら有効射程まで近づいたグリーンチームは片足立ちになって軽機関銃による掃射を開始した。
彼等の全身は白。グリーンチームの象徴たる緑の制服は白にして。
リリィガーデン王国の特殊部隊は定められた色を身に纏う事が誇りとされるが、彼等にとってはそんな風習などクソ食らえ。
彼等が最強の兵士から学んだ事は1つ。
必殺である。
敵は必ず殺す。獲物は必ず狩る。色がどうこうなどと、そんなものに価値は無し。
どんな手段を用いたとしても敵を殺す。腕が使えぬなら喉元を食い千切ってでも殺す。
例え自分が死のうとも、1人でも多くの敵を道連れにして国に貢献する事こそが誇りである。
「敵が見つけやすい場所に吊るすぞ」
真の死兵と昇華した狩人共は彼女の教えを忠実に守った。
穴だらけになった難民兵の死体を近くにあった瓦礫の山を利用してロープで吊るす。
そして、死体の口にメッセージを書いた紙を詰め込んだ。
メッセージの内容は『ずっと見ているぞ』と。
数時間後、別の巡回兵が死体を見つけてメッセージを見つけるとその場でくしゃくしゃになった紙を広げた。
その瞬間、足元に1発の弾を撃ち込む。
慌てて敵兵が魔法銃を構えて警戒するが、身を隠しながら雪と同化したグリーンチームは見つからない。
相手を嘲笑うように銃弾を撃つと慌てて基地の方へ去って行った。
「よし。次の攻撃は半日後に行う」
「ラジャー」
連邦領土内の西と南。そちらに派兵された兵士達は眠れぬ日々が続く。これがリリィガーデン王国からのサプライズプレゼント。
今年はいつもと違った冬を過ごせて彼等も楽しんでくれている事だろう。
読んで下さりありがとうございます。
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