エルフの里
「ここがゴルゴン大森林か……」
野宿をし、夜が明けた朝早く目的地に到着する。
目の前には来るものを拒むかのように木々が生い茂った森が広がる。霧がかかってもいるため遠くまでは見通せない。何十人もの人が手を広げてやっと一周できるかといった太く、高い木が特徴的だ。
「ここからは歩いていくのでついてきてください」
「了解した」
ノインに行っていいよと優しく撫でられたアースバードは森の中へ解き放たれると勝手にどこかへと消えていった。帰巣本能があるのだろう。
大森林の中を先導して歩くノインについていく。
ここに来るまでの道中で詳しい事情を聞いた。
どうやらここにはエルフの里があるらしいのだが、魔物を侵入を防ぐための結界があるらしい。そしてその結界を抜けるためには同族のエルフが共にいないとダメだということだ。
肝心のクエストはと言うと、エルフは森の声を聞いて暮らしているのだが、異変を知らせる声がしたかと思ったらそれを最後に声が途切れてしまったらしい。
エルフは魔法を使える者が多いが、ここの魔物は魔法耐性が高く全く効かない。それ故森の声に従って魔物を避けて行動しているのだが声がなくては結界に籠るしかない。だから冒険者に異常を調べて欲しいということだ。
「今もそうだが、里を出る時に魔物には遭遇しなかったのか? ノインも危ないだろう?」
歩きながら、前を進むノインに疑問をぶつける。
「私は里の中で一番の魔法使いなんですよ。万が一魔物に襲われても何とか対処できる。だから里を代表してギルドまでいったんです」
ノインは振り返って、少し微笑んで答えた。
「なるほど……」
危険を伴うが仕方なかったのだろうと納得した後は黙々と森の中を歩いた。
霧で視界が十分ではない中、ノインはずんずんと進んでいく。
やがて青い光の壁がある場所に着いた。
「触ってもいいか?」
「どうぞ」
少し興奮気味に前に出ててしまった。
ノインに確認すると肯定の返事を貰えたので、結界に触れる。
触っただけでは変化はない。ただの壁だ。
思い切って押してみる。
驚くべきことに微動だにしない。
半透明で奥がわずかに見える壁なのに不思議な感覚だ。
「これが結界です。エルフ以外は手を繋がなければ通れないのでヨハネ様のお手を……」
「……わかった」
お互いおずおずと言った様子で手を差し出しあった。
ノインは恐る恐る手を俺の手を握ると、優しく引いてくれた。
「行きます」
さっきまでピクリとも動かなかった壁に突き進むノイン。
壁に叩きつけられるのじゃないか、ノインだけ通って俺だけ通れないのじゃないか。ノインが壁を素通りして、壁の中に引っ張られる。
まさにその時は心臓がバクバクと脈を打ったが、壁をすり抜けてその奥に行くことができた。
「はーっ……。これはすごいな」
「ふふふっ。ようこそ、ここがエルフの里です」
膝に手をついて心を落ち着かせていたが、背筋を伸ばして前を見るとそこには驚くべき景色が広がっていた。明らかに人工的に手入れがされた里。
いつの間にこんな場所に来ていたのか木の上に作られた、里というよりも町かというような場所だった。
「あっ、族長!」
里に足を踏み入れた俺たちに近づいてくる影が一つ。
白銀の長い髪に青い瞳、ノインに似ている。
「無事でよかった……。その方が?」
彼女はノインを確認してほっと胸を撫でおろしたと思ったら、俺に向かって一言告げた。それを間に入ったノインが代弁する。
「そうです。ヨハネ様、この人がこの里の族長ナーリンです。私の母でもあります」
呆気にとられ、口をあんぐりと開けてしまった。
ナーリンだという彼女はとても若い。
ノインの姉だといった方が腑に落ちるくらいだろう。
エルフは成人後、そのまま姿で一生を過ごすというのは本当らしい。
「私達は弱く、里の外ともあまり関わりを持ちません。人間の金はわずかにあったもののみ。報酬があまりないにも関わらず、この度はクエストを受けて頂き、里を代表して感謝します」
胸に右手を当てて、優雅に一礼。
これがエルフ流の感謝の仕方なのだろう。
「俺としても気分を変えたいと思っていたところだ。金はあまり必要としていない。ここを満喫できれば十分だ」
「そういっていただけると助かります。まだ来たばかり。私達の家で休んでいきますか?」
「睡眠は十分にとったから問題ない。それよりもクエストの方に取り掛かろう。事情は聞いた。問題解決は早い方が良いだろう」
「重ね重ねありがとうございます。異変を知らせる声は里の北側から聞こえてきたのを最後に聞こえなくなってしまいました。里の北側の大森林で何かあったのかもしれません……」
方角はよくわからないが族長が向きを変え、そちらの虚空を見つめている。
恐らくその方向が北側だろう。
「では、ヨハネ様。私がお供させていただきますね。この森はエルフの助けがないと迷ってしまいますから」
ノインが明るく、有無を言わさない勢いで俺に迫った。
確かにノインがいなければ、この森の中を正確に進むことなどできないだろう。
だが俺の本職は斥侯だったんだ。それなりに魔法も使えるから大丈夫だという自負があるが万が一のこともある。ノインがどの程度の魔法を使えるのかによって邪魔になる可能性もあるが選択肢はない。もちろん俺よりも強いという可能性もあるのだが。
「頼んだ。結界がある場所は俺だけでは進めないしな」
「頼まれました。それでは母さ――族長、いってきます」
「無理はしないでね……」
ナーリンの心配そうな声を背にエルフの里の北側、異変が起こったとされる方角へと歩いて行く。やはりと言うべきかそこにも結界があったため、ノインと手をつないで素通りした。
「さて、異変調査と言うことだがやはりまず原因と考えられるのは魔物だろう。奴らは害をなすだけではなく、魔力の流れをも狂わせるからな」
「まずは魔物を探してみるということですか? ですが、私が森を抜ける時も入る時も一度も魔物にはあいませんでした。魔物にも異変が起こって消えてしまったという可能性もあるのでは?」
当然の疑問だ。しかし、異変調査という抽象的な依頼が敬遠される理由は明確な答えがわからないこと。地道に考えられる可能性をつぶしていくしかない。
「それは調べてみればわかること。俺はパーティーを組んでいたんだが雑務をこなしていてね。支援魔法だけは得意にならざるを得なかったんだ。まぁ、得意と言ってもたかが知れてるけどな」
地面に両手をついて魔法を使う。
「《エコーマッピング》!」
手のひらから音波を発生させて、その反響で地形や敵の存在を感知する魔法。
パーティーの斥侯役なら最低限使えなければならない魔法だが、俺は感知できる距離には自信がある。かなり遠くの方までも手に取るようにわかる。仮にもSランクパーティーにいたのだ。
「確かに魔物は少ないが、遠くに一匹だけ確認できる」
立ち上がってノインに告げる。
「すごいっ! ヨハネ様はすごい冒険者なのですね!」
興奮気味にノインが反応してくれるが、たいした存在ではないと軽く手を振って返す。
「そうでもないさ。さあ気合を入れて魔物の元へと向かおう」
「はいっ!」
こうして森の中を正確に進めるノインと魔物の方向がわかる俺が肩を並べて目的地に向かって行くのだった。