冒険者ギルド
町へと戻った俺は冒険者ギルドの建物内へと入った。
建物内を見回したが、『龍を喰らうもの』はいないようだ。
昼前の時間帯のせいか、ギルド内は比較的空いている。
並ぶ必要のないカウンターへと進み、受付嬢へと話しかけた。
「パーティーを抜けたので冒険者カードの更新を頼みたい」
「えっ、Sランクパーティーの……。本当によろしいのですか?」
『龍を喰らうもの』は多少名も売れているから、驚かれるのも無理はない。
解散ならまだしも、Sランクまで上り詰めておいて脱退者が出るのは決して多くはない。厳密にはクビになったからもっとひどいけどな。
「ああ」
「わかりました。カードの提示をお願いします」
すぐに冷静な態度を戻した受付嬢は流石と言うべきか。
懐からカードを取り出して渡した。
受付嬢はそれを受け取ると奥へと行き、ちょっとして戻ってきた。
「手続きが完了しました。ご確認のほどよろしくお願いいたします」
丁寧に渡されたカードを確認する。
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名前:ヨハネ
性別:男
種族:人族
ランク:C
パーティ:なし
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パーティーを抜けた場合、ランクは3段階下がる。
気軽にパーティーを入れ替えできないようなペナルティが課されているのだ。
その人にあった適正ランクを維持することも目的なのだろう。
そうすることでクエストの失敗を減らし、死亡率を低くする。
冒険者ギルドとしては最適なルールだ。文句などあろうはずもない。
ルール通りSランクパーティーを抜けたからCランクになった。
俺はCランク前後が適正だったからよかったのかもしれない。
やり直すにはちょうどいいスタートだ。
自分の力でSランクまで再び上り詰めればいいのだ。
「ありがとう」
受付嬢に礼を言って、カウンターを後にした。
近くにある掲示板、クエストボードの前へと移動する。
受けられる依頼はCランク以下。
討伐系に採取系、調査系などなど多種多様な依頼が並ぶ。
このランクの依頼はどれも五十歩百歩。難易度や成功報酬に差はないだろう。
しかしなるべくパーティで受けるようなものではなくソロ向きのものが好ましい。
「一人だから簡単そうなものを選ぶべきか……」
パーティーが揃わない間、Cランクの間はとりあえずクリアできるクエストをこなしつつ、メンバー集めとランク上げを重視していった方が良いだろう。
そう考えてクエストを吟味している時に奇妙なクエストが目に入った。
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C
・仕事内容:ゴルゴン大森林の異変調査
・報酬:銀貨2枚
・場所:ゴルゴン大森林
・依頼主:エルフ族のノイン
・備考:行き帰りの手段と費用は依頼主負担
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(これは……)
受領日は3日前。ランクが低いクエストは早くさばけるはずなのに未だに売れ残っている。
それもそのはず、大森林の調査なんて範囲の広いクエストは当然パーティー向け。にも関わらず、銀貨2枚は安すぎる。
しかも行き帰りの費用がかからないといっても馬車で行っても3日はかかる。
要は安い上に時間もかかる割の合わないクエストだ。
「仕方ない……か」
俺の手持ちは金貨数十枚。当分の間金には困らない。
それに今はこの町を離れたい気分だ。
前パーティーとは鉢合わせしても構わないが、避けられるのなら避けた方が良い。誰かがこういうクエストをやれなければならないのなら、俺がやろう。
クエストボードから依頼書を剥がしとると、それをカウンターに持っていった。
「これを頼む」
受付嬢はそれを確認すると安堵の表情を浮かべる。
「ありがとうございます。このクエストだけずっと残っていたのでどうしようかと悩んでいたところなんです。依頼者にもどう説明すればいいのかと……」
「構わないさ」
受付嬢はカウンターから判子を取り出すと、ポンッと依頼書に受領マークを押した。
「はい、受領完了しました。実は依頼者があそこのテーブルにいるので彼女から直接依頼内容をうかがっていただけますか?」
「了解した」
彼女ということは依頼主は女か。
指差されたテーブルに座っている人物に近づく。
全身を隠すように身につけているローブ。顔も半分隠すように頭深くかぶっている。その正面に座ってから話しかけた。
「俺がクエストを受けた。よろしく頼む」
彼女は驚いた様子だったが顔は隠れていたため、どういう反応を示したのかはわからなかった。
「あ……ありがとうございますっ! もうあきらめようかと……。内容もあれですし……」
一応割の合わないものだという認識はあったのか。
それでも諦められない事情があるということかもしれない。
「ははっ。その自覚はあったのか。詳しい話は移動しながらにしよう。少しでも早い方が良いだろう?」
立ち上がって、彼女にも促す。
笑われたのが恥ずかしかったのか、少し見える顔を赤らめていた。
すぐに彼女も立ち上がると、被っていた頭部分のローブをめくりあげた。
「ノインですっ! クエストの方、よろしくお願いします!」
彼女は頭を深く下げた。
耳は長く、髪は白銀。瞳は青い。
ノインはエルフ族に違わぬ美貌の持ち主だった。
「ヨハネだ。短い間だけどよろしく」
こうして挨拶もほどほどにギルドを出た。
向かうは馬車乗り場。遠距離移動のため安価な足が必要だからだ。
そこは馬単体のレンタルや売買も行っている場所である。
当然のように手配した馬に乗って目的地に向かうのだろうと考えていた。
馬車乗り場の奥、きれいに整備された馬房に行こうとする。
「ちょっと待ってて下さいっ!」
俺をその場に留まらせるとノインはパーっとどこかへ行ってしまった。
それを疑問に思っていると、頭上から頭を何かにかじられた。
「なんだっ!?」
反射的に後ろに飛びのって振り向くと、目に映ったのは黄色い鳥。
地竜アースバード。空を飛べない鳥と竜の中間の生物。
無尽蔵の体力に圧倒的速度、あらゆる地形を踏み越えていける能力から移動手段として大変に価値のある生物だ。基本的には1人用でパーティーには向かないが。
ノインにはふふふっと笑われている。
「1人で助かりました。この子なら1日とかからずにつけますから」
撫でられるがままのアースバード、知能が高く人に懐きやすいというのは本当らしい。こいつが移動手段とは驚きだ。だがひとつ疑問がある。
「どうやって?」
アースバードは一頭だ。
まさか……。
「申し訳ありませんが、私の後ろに。この子は私じゃないとダメなので……」
「……仕方……ないか」
アースバードが膝を折って乗れと合図してくる。
ノインは少し前に詰め、鞍の場所をあけてくれた。
アースバードが立ち上がるとわかる。
乗ってみると、やはりと言うべきか揺れが大きい。
「あの……危ないので私の腰に手を……」
恥ずかしいがこれも仕方ないのだと自分に言い聞かせた。
手綱を持つ、ノインの腰に手を回す。細く、華奢な体だ。
後ろから抱き着いているような格好になってしまう。
「っ……。いきます……」
「頼んだ……」
こうしてアースバードはぐんぐんスピードをあげながら走り出した。
俺とノインは暫くの間、顔を赤らめながら無言の時間を過ごしていた。