運命の出会い
俺はいつの間にか町の外、森の奥深くにいた。
ただ気が付けばここにいたのだ。夜遅くこんな場所まで来るなんて魔物に襲って下さいと言っているようなものだ。
もしかしたら無意識の内に自分の実力を知りたいと思ったのかもしれない。
自分には剣の才能もない、魔法の才能もない。
それでもだましだまし、できることだけをやってきた。
そうやってパーティーの役に立とうと思ってきた。
でも俺個人の実力はどうだろうか。
リックには精々Bランク、Cの可能性すらあると言われた。
そこで森をあてもなく歩き回っていた俺の前に大きな影が現れる。
「ちょうどいい。かかって来い」
Cランクモンスター、バーサーカーベアだ。
4つの足で歩いていた時も大きかったが、2本の足で立ち上がると俺の倍はあろうかという巨躯が目の前に立ちふさがった。
Cランクモンスターになら一人でも余裕で勝てるはず。
俺はSランクパーティーにいたんだぞ。
「ガアァァッ!」
太い腕を振り下ろし、俺に襲い掛かってきた。
キンッと金属音が木霊する。
剣で何とかその一撃を防いだものの、体は宙に浮き、吹き飛ばされる。
「くっ! 《ファイアボール》!」
初級火系統魔術のファイアボール。
左手を突き出すと、そこから小火球が3つ敵に向かって発射された。
「グオオォォォォッ!」
バーサーカーベアの体に直撃。するとバーサーカーベアは雄叫びを上げ、体に燃え広がった火を消そうともがいている。
「うおぉぉぉ!」
その隙に距離を再び詰めて、斬りかかると深く剣が入る。ザシュッと斬った剣から確かな手ごたえがあったが、まだ絶命はしていなかった。
ブンッと振り払ったバーサーカーベアの手をまともに受け、木の幹へと激しく叩きつけられた。
「グハッ! ウグゥッ!」
口からは激しい吐血。身体がバラバラになりそうなほどの痛みが走った。
骨もいくつか折れているかもしれない。木に背中を預け、激しく呼吸する。
バーサーカーベアはフラフラになりながらも迫って来る。
「《ソニックブーム》! 《ソニックブーム》! 《ソニックブーム》!」
初級風系統魔術を連続して放った。
無数の風の刃がバーサーカーベアを切り刻んだ。
そして、俺にあと一歩のところでドシンと音を立てて倒れこむ。
ようやく絶命したのだ。
「ハァハァ……。何とか、勝てた……。……ぐっ……うう……」
やっとの思いで勝てたのも束の間、不甲斐なさに自然と涙が溢れた。
ポタポタと流れた涙は地面へと落ちていく。
Cランクモンスターにやっとの思いで勝てる程度。
下手をすれば死んでいたかもしれない。リックなら、シャルアークなら、『龍を喰らうもの』全員が一撃で倒せるモンスターだ。
実力が彼らほど無いことはわかっていたが、俺はこの程度かよと悔しさで胸が締め付けられる。
実力もない。スキルも使い勝手が悪い。俺は……俺は……。
こうしてひとしきり泣いた後、どこかの宿にいこうと立ち上がった時だった。
「ん……?」
僅かに聞こえてくる、誰かの激しくも弱い息遣い。
どこかで聞いたことあると思ったら、深いダメージを追った人間のそれと同じだった。パーティーを組んでいた時もたびたび聞いた音。
誰かが危ないのかもしれないと思い、耳を澄まして音が聞こえてきた方向へと歩みを進める。進むほど鬱蒼とする森。
さらに森の奥深く、さっきの俺と同じように木の根元に背中を預け、肩で息をしている人がいた。体中切り傷を作り、血にまみれている。
「大丈夫かっ!?」
まだ生きていると慌ててその人に近づいた。
だが、近づいて行くにつれわかった。 青肌、夜の森の中でも光る白黒逆転した目。間違いなく魔族の女性だった。纏った黒い服は破け、紺色の長い髪にも所々血が付着している。
「あんたも追手か……? もう私に抵抗する力はない、好きにしろ……」
魔族は人間を襲う敵だ。
しかし瀕死の彼女を襲う気にもならない。
投げやりな感じが自分に重なった部分もあったのかもしれない。
「恵みの神よ、かの者に癒しを与えん、《ヒーリング》」
「あんたなにを……!?」
彼女の体の傷は少しだけ治ったものの、深い傷には効果がなかった。
「すまない。俺は初級治癒魔術しか使えないんだ」
「私は魔族だよ……。それに何人も人間も襲ってきた……」
「これは俺のエゴだ。たいしたこともできないから、気にするな。それにここに敵はいない。安心するといい」
彼女は険しい表情だったが、わずかにふっと微笑んだ。
「最後は一人寂しく死んでいくと思ったんだけどね……。人間も捨てたものじゃないのかも……」
彼女はもうすぐ死ぬのだろう。目を瞑って最後の時を待っている。
俺にはもうどうすることもできない。
「手を……握ろうか?」
何かできないかと考え、彼女の悲しそうな顔を見てふと口から出た。
冷静に考えてみれば気持ち悪かったかもしれないと後悔したが、意外な答えが返ってきた。
「お願い……」
そうして彼女の手を両手で優しく包むように握った。
彼女の手は冷たく、命の灯は消えかかっていた。
「あったかい……最後までこうして……傍にいて……」
「ああ。わかった。傍にいる」
森の中、月の光が照らす中の静寂。
それ以上二人とも何も話さず、ただその時を待っていた。
しばらく後。
突然彼女がこういった。
「ありがとう」
そしてその言葉を最後に彼女の手は力なくだらりと下がった。
彼女は死んだのだ。
「……おやすみ」
もう聞こえていない彼女につぶやいた。
一度だけ、極わずかな時間だったのにもかかわらず涙が出た。
情が移ってしまったのだろう。
このまま彼女の遺体をここに放置していくのははばかられた。
魔物に食い荒らされるかもしれない。誰かに何かされるかもしれない。
俺は何を思ったのだろう。意味なんてない。
ただ何となく口をついて出たのだ。
「【吸収】……」
そう言うや否や、手を握っていた彼女が一瞬にして俺の中へと消えたのだ。
「なっ!? どういうことだ!?」
困惑するのも当然だ。
こんなことが起こるなんて想像もできるはずがなかった。
同時に、頭の中に声が響く。
――【吸収術】レベルアップ、レベル2になりました。【消化】【吸収スロット】が使用可能になりました。【吸収術】及び【消化】は1日1コマンドのみ実行できます。現在の吸収スロット【魔族ナイア】――
唐突なレベルアップを知らせる声。こんなもの初めて聞いた。
それにレベルアップだと。今までレベルアップしなかったものがなぜ。
彼女を吸収したのが原因なのか。
誰かを吸収することがレベルアップ条件だったのかもしれない。
吸収術は攻撃だけを吸収するものじゃない。
あらゆるものを吸収することができるということなのか。
それよりも、彼女はどうなってしまったのか。
俺と同化してしまったのだろうか。
それに【消化】とは何だ。【吸収スロット】とは何だ。
あらゆる新たな情報で頭がこんがらがった。
吸収と消化は1日1回。
それならとりあえず今日は寝よう。
あまりに多くのことがありすぎた。
何よりも彼女は俺の中へと消えたのならどうすることもできない。
魔族ナイアが彼女だったんだろう。
こうして森の中、来た道を帰り新たな宿探しに行った。