吸収術師、追放される
「ヨハネ。お前にはパーティーを抜けてもらう」
パーティーの泊まっている宿屋、『竜の羽休め亭』。
そこの隣にある、大きめの酒場でパーティーのリーダーであるリックに宣言される。一瞬頭が真っ白になった。
「……理由を教えてくれないか? これでも全力でやってきたつもりだ」
「全力だと? はっ、笑わせてくれるぜ。はっきり言って、お前は俺らパーティーのレベルにない。Aランクどころか精々Bランク止まりだ。Cの可能性すらある」
冒険者ギルドで最高位のSランクパーティー『龍を喰らうもの』。
『剣士リック』、アタッカー。
『剣士シャルアーク』、アタッカー。
『戦士アリオト』、タンク。
『魔術師レメリー』、アタッカー兼サポート。
『僧侶ネフィリア』、ヒーラー。
そして『雑用係ヨハネ』、マッピング、斥侯。
この6人組でやってきた。確かに一芸に秀でたメンバーに比べて俺は見劣りするかもしれない。それでも与えられた仕事をこなしてきた。
決して目立つことはないが影のサポート役に徹してきたはずだ。
剣で戦い、魔法の援護や注意を引きつけたり。どれもレベルの高いものではなかったがその場その場で必要とされることでうまく立ち回ってきた。
「実力が足りないことは認めるが、俺が役に立ってきた場面も多々あったはずだ。スキルでもそれ以外の面でも」
「確かになかった言えば嘘になる。だがお前のスキルは1日1回しか使えない。役に立たない場面の方が多いだろう? はっきり言って邪魔なんだよ」
「……」
リックの言葉に言い返すことができなかった。
俺はスキル持ちだ。滅多にスキル持ちはいない。
それがあったからこそ実力に差があってもこのパーティーに迎え入れられた。
そう、俺のスキル【吸収術】は1日1回だけどんな攻撃でも吸収できるというものだ。だがそれで何回も危ない場面の乗り越えてきたと言うのに。
「俺達は段々強くなってきた。そんな中でお前が役に立つ場面も減ってきた。スキル持ちは珍しい。だからお前を入れてやった言うのに一向にスキルレベルは1のまま。ただ飯ぐらいと言われても仕方ないだろう」
リックの言う通り俺は珍しいスキル持ちにもかかわらずスキルのレベルが一切上がらなかった。
パーティーが危なくなった時、敵が最大の攻撃を放った時、幾度となく攻撃を吸収しようとも仲間を救おうとも変わることはなかった。
「そーそー。成長しないアンタが悪いんだよぉ? 今までアタシたちのおこぼれを貰えてただけ感謝しなさいよぉ」
レメリーが追随して俺を責める。
悪意を隠すことない様子からリックと同意見なのだろう。
「そうですよ。あなたの雑務仕事は誰だってできる。プライドさえ捨てればね。スキルと言う付加価値があったから仕方なくあなたを入れていたに過ぎない。遂にその時が来たというだけですよ」
シャルアークは俺を常に下に見ていたのだ。
長い黒髪をいじりながらここぞとばかりにまくし立てた。
「『龍を喰らうもの』はそろそろ本格的に迷宮踏破を視野に入れることにした。ここらでいらないお前を清算しようってわけだ」
リックはレメリーとシャルアークに同意見だと首を振って肯定し、再びしゃべり始めた。
迷宮踏破だと。だったらなおさらだ。
「余計俺の力が必要じゃないのか。今まで以上に危険な敵がいる。一度だけでも攻撃を【吸収術】で防ぐことができるのは大きいはずだ」
「最初に言ったろ。お前は俺らと実力差がありすぎる。一度だけ防げるといってもそれ以外は邪魔なんだよ。だったら新しい有能なメンバーを新しく加えようってことだ。それこそお前より優秀なスキル持ちとかな。アリオトもそう思うだろう」
リックの隣で腕を組みながら無言で聞いていたアリオト。
アリオトはその巨体を動かすことなく、じっと考えた後ぽつりとつぶやいた。
「うむ……。無理をすべきではないと思うのである。自分にあった場所に行くのもまた勇気である」
瞑っていた目を開いて伏し目がちに告げた。
遠回りな答えだがアリオトも同意見なのだろう。
言い分はわかった。だがまだ納得はできない。
「俺はパーティーに足りない部分を必死で補ってきたと思っている。だけど全員にいらないと言われればそれまでだ。だからネフィリアの意見も聞かせてくれ」
アリオトの隣でアリオトと同じく無言でやりとりを聞いていたネフィリア。
メンバーのサポート役という同じ役割で一番仲良かったメンバーだ。
せめて1人は俺がパーティーに必要なのだと、言って欲しかった。
ネフィリアならもしかしたら、そんな希望をもって彼女が口を開くのを待つ。
「……実力差があるのは事実。【吸収術】を使うためとは言え、危ない時だけ攻撃に飛び出して身を晒すなんて危険だもん。万が一がヨハネにあって欲しくない。だから……」
ネフィリアも言いにくそうにはしているが同意見か……。
理由がどうであれ満場一致で抜けろと言われるのはキツイものがある。
何よりネフィリアのダメ押しがショックだった。
同じ価値観を持った仲間だと思っていたのは俺だけだったのか。
5人もいて誰も反対しない。誰も引き留めもしない。
俺はこのパーティーに必要とされていない。
いや、邪魔だということがよくわかった。
「……わかった。迷宮、がんばれよ」
脱退宣告を受け入れ、酒場を去ろうとした俺の背中にリックがもう一声かけてきた。
「おっと、宿にはよるなよ。多少金ももってるだろ。荷物は置いていけ。あれは俺らのものだ」
もうそれ以上何を言うつもりもなかった。
今更残してきたものも欲しいとは思えない。
「ああ……」
「わかったらとっとと消えてくれ、金輪際会うこともないだろうしな」
どこかへ行けと顎をしゃくって答えたリック。
俺が消えることが大層うれしい様子だった。
俺の事なんてホントにどうでもいいんだなと悲しい気持ちになってその場を去る。心にぽっかりと穴が開いた気分だ。
「せーせーしたー。さすがリックだねぇ」
「次のメンバーはもっと優秀な人を連れてきましょう。そうすれば迷宮踏破も夢じゃありませんよ」
背中からレメリーとシャルアークの意気揚々とした声が耳に入ってきた。
もうどうでもいい。
こうして足取り重く、あてもなくさまようのだった。