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青春は不完全である。  作者: 窯谷祥
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本の妖精は他人の人生を左右する 02

 カラオケルームに八人が入って、各々自分の入力した曲を歌う。俺はその空間で相変わらずスマホをいじっていた。


「ねー歌わないわけ?」


 絵理沙が移動して、俺の隣に腰掛けた。短すぎるスカートから、艶めかしい太ももが覗く。確かに俺は絵理沙の言う通り、何かと理由を付けて自分の番をすっ飛ばしていた。それが絵理沙はどうも気に食わないらしく、どこか不機嫌そうに聞いてくる。


「時期に歌う」

「そう言ってずっとスマホ見てんじゃん」


 言われても尚、俺はスマホの画面から視線を動かさなかった。


「もしかして未練?」

「は?」


 俺はその言葉を聞いてスマホの画面から視線を移動させ絵理沙を見た。


「だって、一日中元気なさそうだし」

「いや、いつも通りだって」

「でもタイミング的にそうじゃん」

「未練なんて無いって」


 そう、これっぽっちも。


「本当にそうなの?」

「ああ、マジでない」

「ふーん。その根拠は?」


 そう言って絵理沙はカラオケ特有の照明の暗さと、人数の割には小さい部屋の体の距離感を利用して、ずいっと体を近づけてきた。

 顔はいたずら気に笑い、足を少し絡めてくる。


「何だよ」

「根拠を聞いてんの」

「根拠、ね」

「そ」

「で、これか?」

「察しいいじゃん」


 俺はため息を付く。絵理沙がこういう奴だということは俺も元から知っていたし、俺だってもう既にクズだ。

 俺は席を立った。


「お、どうした?」


 隼人が聞いてくる。


「トイレ」

「あ、じゃあ私もー」


 そう言って絵理沙が立ち上がる。それに対してその場にいた人は深く言及しない。そして俺と絵理沙はカラオケルームを出た。




「…………ふ…………んっ」


 トイレ付近の廊下の曲がり角。絵理沙が俺の首に手をまわして、そこから俺と絵理沙はキスをしていた。俺が壁にもたれかかる形で、足を絡めてくる。

 暫くキスをして、俺は口を離した。


「で、これが根拠になるのか?俺に未練が無いっていう」

「そ、そーだよ」


 息を切らしながら絵理沙が言った。


「まったく、意味わからねえ」

「そういうくせに一緒にここに来たじゃん」


 唇を舌で舐めながら、いたずら気な笑みを見せる。その顔は俺を挑発しているようにも伺えるが、真っ赤に染まっていた。


「こうでもしないと機嫌悪くするだろ?」


 俺がいくら本心から未練がないと言っても、絵理沙はそれを信用しなかっただろう。俺がクズだからこそできる合理的な解決法だ。


「…………」


 そう言うと絵理沙は俯き黙り込んだ。


「おい」


 俺が呼ぶと、絵理沙がゆっくりと顔をあげる。


「尚大ってさ、優しいよね」

「は?」

「だってさ、ぶっちゃけ私のことなんて好きなんて思ってないでしょ?」


 それに対して俺は何も言わない。確かになんとも思っていない。だがここで口にするほど俺は世間知らずではない。


「ほらね」


 だけど絵理沙は俺のそんな態度で、逆に何かを確信したようだった。


「そうやってホントのことは口にしない。何とも思ってない証拠。でも何とも思ってない女の機嫌取りにキスまでする?普通」


 絵理沙は真っすぐ俺を見ている。


「私がもしそんな立場だったら絶対にしない。だから尚大は優しい」


 納得はしない。俺自身が日常に飽きて、こんな世間的に見ればみっともない行動をした結果、偶然それが絵理沙の中で優しいと受け止められた。ただそれだけのことだ。


「べつに俺は…………」


 優しくないと言おうとした時、それに被せるようにして、


「私は尚大が好き」


 絵理沙が言った。そしてぐっと、先ほどよりも体を密着させて、


「私は尚大が好き。でも尚大は私のことをどうも思ってない。そうだよね」

「そうだな」


 俺の言葉に絵理沙は顔色一つ変えない。それどころか、それを予期していたかのようにも思えた。


「あっそ。でも私はそれをフラれたなんて思わないから。だから私はどんな手を使っても好きにさせてみせるから。今までの女忘れさせてやるからね」


 そして強引に口を付け、舌を絡めてきた。


 結局その後、カラオケルームに戻った俺は歌を一曲も歌わず、絵理沙も何一つ変わった様子を見せることは無かった。




 毎日ほとんど同じように時間が過ぎていく。隼人や絵理沙と会話して、勉強して、部活に入っていないため運動をする機会は少ないが、体育の授業で定期的に体を動かす。カラオケの日はあんなことがあったが、それ以降絵理沙とは特に何もない。

 それに加えてこの前転入してきた中林さんもある意味クラスに馴染んでいた。

 まるで空気のようだった。

 転入してからの数日は周囲にも興味を持った人が集まって賑わっていたが、最近では中林さんが一人で本を読んでいる光景が当たり前になっていた。

 ほんの好奇心だった。

 俺は中林さんに声を掛けていた。


「何読んでるの?」


 俺が声を掛けるとゆっくり顔を上げて、俺は中林さんと目が合う。


「あ」


 何かに気が付いたように中林さんが言う。


「なに?」

「あ、あの………上技さん、ですよね?」

「そうだけど」

「この前はありがとうございました」


 そう言って中林さんは開いていた本にしおりを挟んで閉じてから、頭を下げる。

 この前、と言うのは転入初日のことを指しているのだろう。


「ああ、まあ」


 今更感謝されて、どう反応すればいいか分からず曖昧に声を返してしまった。


「それでなんでしょうか」


 要件は言ったつもりだけど聞こえていなかったのだろうか。


「何読んでるのかなって思って」


 俺は素直に声を掛けた理由を言う。

 そして机の上にある本を指差した。


「本に興味あるんですか?」

「あんまり無いけど………いつも読んでるから面白いのかなって」

「そうですね………面白いですよ」


 そう言って中林さんは視線を本に落とす。


「ふーん」

「良ければ読みますか?」

「え?でも読んでるだろ?」

「いいですよ。もう何週もしていますから」


 そう言って中林さんは少し分厚い本を差し出してくる。

 そこまで進められて断ることもできず、俺はそれを受け取った。


 その日、少し遅めの時間に帰宅した俺は一人で作り置きされた夕食を温めて食べた。そして自室に戻ってカバンを雑に地面に置いた。

 ベッドに横になりスマホを触る。特にやることも無いときはスマホを触る癖はどうも抜けない。暫く意味も無くスマホの画面を眺めていた時、俺は不意に思い出した。


「あ、本」


 ベッドから体を起こして、カバンの中に入っていた中林さんから借りた本を取り出す。『メテルニア冒険譚』。理知的な見た目の中林さんの割にはファンタジーの雰囲気を感じる本に、人は見た目によらないと実感しつつ、俺は本のページをめくる。

 その本は主人公のメテルニアが旅をする十二の短編集だった。別に内容はそれほど深くない。人に何かを訴えかけるような深い言葉も無い。

 ただメテルニアが、自分を探して冒険に出るのだ。メテルニアの素性はその本に一つとして書かれていなかった。性別は勿論、容姿にまつわる何もかもが。

 その本にはファンタジーならではの様々な種族が出てくる。メテルニアは旅で、それらの種族に出会っては自分が何者かを知るために、それらの種族の真似をする。メテルニアは何でも出来た。それぞれの種族の特徴を見るだけで模倣し順応してしまう。そして真似しているはずが、気が付けばその能力は本来の種族よりもはるかに上回っていた。

 十二の短編集。様々な種族が特徴的に描かれている。だけどそれらの結末はどれも一緒だった。結末は決まって、メテルニアが自分から立ち去るのだ。


「はっ…………」


 十二の短編集のうち、四つを読み終えた俺は嘲笑する。これを初対面の俺に渡してきた中林さんは人の心でも読めるのだろうか。俺はふとそう思った。


「これ、俺そっくりだ」


 家には誰もいないから自然と独り言が増える。

 それにしても、あまりにも類似しすぎている。何でもできるが故に特徴を持たない。毎日がつまらない。だから変化を求め、その場を去っていく。

 短編集はまだ続く。だけどそこから先を俺は読む気になれなかった。また同じ結末だと分かり切っているからだ。また他の種族の特徴をまねて、追い越して、そして自ら立ち去る。

 こんな物語のどこがおもしろいのか。

 そんなことを考えているとふとある事を思い出した。「面白いですよ」という中林さんの言葉。

 俺にとっては心底面白くない物語を、どうして中林さんは面白いと言ったのか。そんな疑問は俺の頭の中に広がる。

 気が付けば絵理沙の告白なんかよりも、色濃く脳裏に焼き付くその言葉。俺はその晩、まともに寝ることができなかった。




「おはよ」


 朝、俺は少し早い時間に登校して、教室で別の本を読んでいた中林さんに声を掛けた。俺が声を掛けると、中林さんはゆっくりと顔を上げた。


「あ………おはようございます」


 控えめに笑う中林さん。


「あのさ、」

「はい」

「昨日貸してくれた本、途中まで読んだ」


 一々報告することではないと思った。だけどどうしても本の内容について話して、そして意見を聞きたかった。

 すると中林さんが明らかに嬉しそうに反応した。


「ど、どうでしたか?」


 目は輝いている。

 そしてそれに対する俺の感想は決まっている。


「途中までの感想だけど、全然面白くない」

「え?」


 中林さんは目を丸くした。


「聞きたいんだけど、あの話のどこが面白いんだ?」


 俺は自分の感じたことをありのまま話す。


「俺からすればあの話、途中までだけど全部結末は決まっているよな?自分から去っていくって。正直メテルニアの心が変わる結末も後に出てくるとか可能性はあるけど、現状俺は、メテルニアは何も変わらないと思ってる。だから心底面白くない」


 つまらない同じ結末が延々と続く本は当然面白くない。最後まで読んでいないよはいえ、同じ結末が四回も続けば、結局後の話もそうなるのだろうと、自然にそう思えてくる。

 それに対して中林さんは答える。


「確かに、結局あの物語はどれも結末は一緒です。メテルニアは最後の物語でも自分から種族の集落を去っていきます」


 ネタばれ、とそんな細かなことは一々指摘していられない。俺は黙って耳を傾ける。


「じゃあどうしてメテルニアは去ったんでしょうか」

「それは周りが………いや、自分自身が何でもできるせいで、興味が薄れたからだろ。だから変化を求めて去っていったんじゃないか?」


 俺の感想に中林さんは何故かぱあっと顔を明るくした。


「そういうとらえ方も………あるんですね」


 中林さんは目を瞑った。そしてゆっくり口を開く。


「私は自分は何でもできて、何にでもなれる才能こそがメテルニアの魅力であり、優しさの象徴だと思うんです」


 開いた目は俺を見る。


「例えば妖精の都へ行った時です」


 それは物語の二つ目だったか。確か、人間の都市を去って、次に行き着いた場所の物語。妖精は弱すぎる種族で、知識はあっても力がない。故に他の種族から迫害を受けていた。そこでメテルニアは人間の都市で得た経験を活かし、妖精が他種族の迫害から身を守る力を与えた。メテルニアは妖精たちから歓迎された。しかし結果としてメテルニアは何も言わず自分から妖精たちの元を去っていった、という話。


「メテルニアは何でもできる才能を使って妖精を守りましたよね?それって優しさじゃないですか?」

「確かにそうだな。そうともとれる。でもだったらわざわざ自分の居場所を作ったのにどうして去ったんだ?」


 もはや俺と中林さんの話は空想だった。お互いが抱くメテルニアという何者かの持つ感情のぶつけ合い。でもそれを俺は止めることができなかった。


「それも優しさじゃないでしょうか。勿論私の勝手な妄想です。メテルニア自身の才能は妖精を救いました。そのおかげで居場所も見つかりました。でも結局は自分が何者か分からない以上、その才能は危険すぎて、妖精を思って自らその場を去ったのかな、と」


 中林さんはどこか照れたように言う。

 あくまでそれは優しさ、と考える中林さん。確かに本にはメテルニア自身の感情が書かれていない。

 俺みたいに優しさは全くなく、自分が行動した結果、妖精を助けて居場所を入手した。ようは自分が変化を求めてとった行動の副産物に妖精を助けていた、というとらえ方もできる。

 逆に中林さんのように、メテルニアの行動が全て、他種族を想う優しさから来るのだとしたら、確かに主人公のメテルニアは優しく何でもできる魅力的な存在で物語は面白いだろう。

 この時俺が感じたのは価値観の違いだった。確かに同じメテルニアという主人公を見ているのに、捉え方によって物語は面白くなったり、心底つまらなくなる。

 じゃあそれはメテルニアに限りなく近い俺でもいえることなのだろうか。俺はふと思った。ようは捉え方、ただそれだけなのではないか、と。


「あのさ、中林さん」

「は、はい」

「メアド、教えてくれない?」

「え?」


 そんな俺の唐突な言葉に、中林さんは驚いた顔を見せる。


「俺、もうちょっと話してみたいと思って。この本の話」


 すると中林さんは慌てて筆箱から付箋とシャーペンを取り出した。そしてさらさらと英語と数字の羅列を書きだす。


「わ、私も………話したいです」


 そう言って手渡されたメアドを俺は受け取った。

 その時の俺はどんな顔をしていたのだろうか。それを知ることは俺自身にはできない。


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