本の妖精は他人の人生を左右する 01
べつに望んでこうなった訳じゃない。
ごく普通のサラリーマンの父とごく普通の看護師の母から生れた俺は、どういうわけか何でもできた。
運動はもちろん勉強だって。それに自分で言うのはアレだけど、顔も良い。もちろん望んでいないから嫌だなんて思わなかった。
才能に恵まれている人間である自分が心底好きだった。
他人からもてはやされるのがたまらなく好きだった。
それを自覚して謙虚になれと言われても多分もう無理だろう。勉強、運動、どちらもできて、更に顔がいい。しかし性格はクズ。それが俺、上技尚大という人間なのだ。
しかし何でもできてしまうというのは案外つまらないものであるということを俺は知っている。
学校生活においてクラスメイトが必死に何かに取り組んでいる中、俺は一人だけそれをすぐにこなしてしまう。周囲から凄いと褒められる。しかし同時に疎外感を感じた。そこに皆で楽しむという過程は存在しない。
いつしか楽しめるものも楽しめなくなり、俺は日常に変化を求めるようになった。経験したことのないことを経験してみることで何か日常に変化がもたらされるのではないだろうか、そう考えはじめた。
部活動に参加してみたり、彼女をつくってみたり、ヤッてみたり。
多くの経験をした。しかしどれを経験してもいつも同じ結論にたどり着く。
『まあ、こんなものか』
だからこうして高校に入学して一年経った今、二年目の春を迎え高校二年生になっても、相変わらず俺の高校生活はとても充実していた。そしてつまらなかった。
「おはよ、尚大」
朝の生徒玄関で声を掛けてきたのは宮野絵理沙。
スタイルも顔もいい。制服のネクタイは緩く、胸元が少し見え、スカートも校則を無視して、既に短いものをさらに短くしている。少し癖のある髪は肩まで伸び、女子の中でも大きな発言権を持っていた。
「おはよ」
「なに?なんか元気なくない?」
「そうか?いつも通りだろ」
俺はスニーカーから校内用のうち履きシューズに履き替える。
「ならいいけど」
そう言って絵理沙もうち履きシューズを履いた。
俺と絵理沙は二年連続で同じクラス。よく話す仲で、俺は絵理沙と教室へ向かう。
そして教室へ向かっている最中の廊下、隣を歩く絵理沙が口を開く。
「三沢センパイとはどうなわけ?」
絵理沙の顔は不機嫌に見えた。
「美香さんとは別れた」
と俺が言うと、
「え?いつ」
思った以上の食いつきを絵理沙は見せた。
「一昨日」
「なんで?」
声は弾んでいる。何故嬉しそうにする。
「美香さんは大学生で俺は高校二年。お互いの生活があるだろ」
先ほどから話題に上がっている『三沢センパイ』『美香さん』というのは現在大学一年生の三沢美香。彼女はこの前卒業していった二つ年上の先輩で、俺が気分で入部した陸上部の部長。
部活の引退と同時に告白され、俺が承諾した。
先にも言ったが、好きか嫌いかを考える以前に、俺は付き合うことで何か変化があるのでは、という感情に基づいて交際を始めたわけだが、結局は別れた。つまり何の収穫も無かったということだ。
お互いの生活がある、と言うのも別れるための都合のいい建前だ。
何度も言うが、俺は自分自身が性格のいい人間だとはこれっぽっちも思っていない。
「ふーん。別れたんだ。まあいいんじゃない」
絵理沙はどうも美香さんのことが嫌いなようだ。俺が付き合うと言えば止めた方が良いと何度も言っていた。それに別れた人間に対して『いいんじゃない』というのはどうかと思う。
「それじゃあ、今日カラオケ行かない?」
「何でそうなるんだよ」
雰囲気は一転して嬉しそうに言う絵理沙。話が繋がっていないんだが。
「えー。だって最近付き合い悪かったじゃん。私らもつまんなかったし、その埋め合わせ」
確かに美香さんとのデートで絵理沙たちとの付き合いが減っていたのも確かだ。
「わかったよ………」
俺は渋々承諾した。
そして丁度俺と絵理沙は自分たちの教室出る二年二組の教室に到着した。絵理沙が教室の引き戸を右にスライドして教室に入り、俺はその後に続く。周囲の視線が少し集まるのを感じながら俺は自分の席へ。
「おはよ」
俺が腰かけてすぐ、ガタリと音を立てながら引いた隣の席の椅子に腰掛け挨拶してきたのは羽瀬隼人。サッカー部に所属しているクールな奴。パーマのかかったふわりとした髪が特徴的だ。
「おう」
「あれ?元気なくない?」
あのさ、俺ってそんなに顔に出ているか?
そもそも俺自身は疲れていない。
「だよねー」
俺と隼人が話している時に、堂々と話しに入ってくる絵理沙。それを皮切りに周囲には徐々に人が集まり始め、気が付けば大所帯に。でもそのメンバーはいつもと変わらない。
「何かあった?」
「べつに何も」
「三沢センパイと別れたんだって」
絵理沙が言った。
「おい」
別に隠すつもりは無いが、言いふらされるのは少し気分が悪い。
周囲がかすかにざわつく。
「え、そうなの?なんで」
案の定、隼人もこの話に興味を示す。だから言いふらしてほしくなかったのだ。
「べつに深い理由なんて無いっての」
「ふ~ん。じゃあ未練とかはない?」
隼人がどこか面白がっているのか、口元に笑みを浮かべながら聞いてくる。
「ないな」
俺がきっぱり言い切る。
「うわ~相変わらず容赦ないな」
「聞いておいてそんな反応するなよ」
「あはは、ごめんって」
隼人はこういう奴だ。人をいじることが好きな、少しウザい奴。でも一緒にいて飽きないのは事実だ。
そして俺と隼人が話している時、
「それでさ、今日カラオケ行かない?」
絵理沙が提案した。
「お、いいね。尚大の慰め会」
「お前な……それよりも隼人は部活あるだろ」
先にも行ったが隼人はサッカー部に所属している。部活もほぼ毎日あると聞いていたのだが。
「あ、サボる」
「おい、エースがそんな簡単にサボっていいのか?」
ちなみにエースである。
「別にいいよ。今先輩がいなくなったばっかりで部活緩いから」
「じゃ決定ねー」
そして絵理沙と隼人は手際よくカラオケに行く人を着々と増やしていた。俺はその光景を席に座って眺めていた。
今日もいつも通りの日常が幕を開ける。
朝の予鈴が鳴り、先生が入ってくる。椚道子先生。まだ若い女の先生で新学期に伴ってこの高校に赴任してきた職員の一人だ。
「おはようございます」
先生の挨拶に反応する生徒は少ない。しかしそんないつもの空気を切り裂く存在が今日現れた。
椚先生に続いて一人の生徒が入ってきたのだ。どこか儚げで控えめな印象、ショートヘアが似合う女子。
彼女の存在にクラスが一気にざわつく。
「はい、静かにしなさーい」
先生が言う。
珍しく先生の話を聞く生徒たち。教室はすぐに静かになった。クラス中の『はやくその人を紹介しろ』という意思の表れだ。そして静かになったところで先生が黒板に白のチョークで『中林楓』と書いた。
「急な話になってごめんなさい。彼女は中林楓さん。家の事情で今日からこの高校に転入することになったの」
それじゃあ中林さん、と先生が促し中林さんと呼ばれた女子が一歩前へ出る。
「中林楓です。えっと……急な転入ですけど、これからよろしくお願いします」
そしてぺこりとお辞儀。肩をすくめて、頬が少し赤く染まる。あまり堂々とした人ではないということが明瞭に分かる自己紹介だった。
そして休み時間。中林さんは多くの女子に囲まれていて、それを離れた場所で俺は隼人と見ていた。
「意外と可愛い子だね」
「そうだな」
確かに可愛いと思った。
「狙おうかなー」
「お前、彼女いるだろ」
俺が呆れた目で隼人を見る。
「あはは、今倦怠期」
「だったら猶更だろ」
相変わらずの女たらしにため息が漏れる。
コイツは、根はいい奴だけど女の話になると別だ。俺も何となく付き合うことはあったけど、それでも二股とかそういうことはしなかった。だけど隼人はそういうことは気にしない。飽きるとすぐに別の女に乗り換える。まあ、別に隼人の好きにすればいいと思う。
「そうかなー。でももうそろそろダメだと思うんだよね。だから、」
そう言って隼人は席を立った。
そして真っすぐ中林さんのところへ。周囲にいた女子は隼人が近付くと、どこか顔を赤くしている。これが行動力のあるイケメンという奴か。
「楓ちゃん」
早速名前で呼ぶ度胸も、俺にはまねできない。
「は、はい…………」
そんな隼人の軽すぎる態度に明らかに中林さんは警戒しているように見えた。俺はその様子を席に座りながら眺めていた。
「アイツ、何やってんの?」
声を掛けてきたのは絵理沙だった。
「声かけてる」
「見たらわかる」
「(じゃあ聞くなよ)」
「何か言った?」
「いえ、何も」
絵理沙は再び隼人の方へ視線を向ける。
「ねぇねぇ。楓ちゃん今日暇?」
そんな会話が聞こえてきた。
「きょ、今日ですか?」
「そうそう。実はさ、今日放課後カラオケ行こうってなってるんだけど良かったら楓ちゃんもどう?」
隼人が言っているのは、絵理沙が提案したやつだ。相変わらず勝手な奴だ。すると俺の席の近くに立っていた絵理沙が舌打ちをした。
「チッ」
それは隼人に向けられたものということは俺にも分かった。
「どうしたんだよ」
「アイツ、また勝手に話し進めてる」
「べつにいいだろ。好きにさせておけば」
「私は気に食わない」
何が?と聞こうとしたけど、どうせ「尚大には関係ないっしょ」と言われるのがオチな気がして、俺は言及せず、再び隼人たちに目を向けた。隼人はまだ中林さんを説得している。中林さんもどこか困った様子で、目が泳いでいた。
中林さんをカラオケに誘うことを諦めない隼人に、俺が近くにいるのに問答無用で不機嫌オーラを醸し出す絵理沙。べつにこの二人は仲が悪いわけではないと思うけど、後々面倒ごとに巻き込まれるのは俺なような気がした。
俺は自分の席を立った。
「尚大?」
後ろで絵理沙が言った。しかし俺はそれに答えず隼人の元へ。
「おい」
「ん?尚大」
俺が足を運ぶと視線が集まった。その中の一人。中林さんを目が合う。しかし俺はすぐに視線を隼人に戻した。
「困ってんだろ、中林さん」
「えーそうかな?」
「明らか困ってるだろ。それに絵理沙の機嫌が悪くなってる」
「え?何で?」
「知るかよ。でもそろそろやめとけ」
俺がそう言うと隼人はチラッと絵理沙を見て苦笑い。
「じゃあ、やめとく」
俺に向かってそう言ってから、隼人は振り返り中林さんに笑顔を見せる。
「ごめんねー楓ちゃん。やっぱさっきの話しナシで」
「は、はい…………」
コロコロと話が変わる隼人を中林さんは不思議そうな目で見ていた。
「それじゃあさ、メアド教えてくれない?」
「お前な、さっさと行くぞ」
「ええー」
俺はそんな隼人の制服の襟をつかんでその場を離れた。
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