13
翌朝、俺は少し早目に家を出て、いつものグラウンドへ向かった。
七月いっぱいこちらにいられるリンナと過ごす事のできる最後の十日間。
月末の試合を最後に、行ってしまうリンナによい思い出を残そうと、少しでも練習をしておきたかった。
と、グラウンドに出た俺の前に驚くべき光景が広がった。
すでにチームの仲間達のほとんどが集合し、練習を始めている。皆、リンナが行ってしまう事を既に知っていた。
「遅いぞ、ショウグン!」
「今頃、のこのこ来て……」
誰もがいつものように笑っている。
「罰としてグラウンド十周な……」
キャプテン権限でノロヤンが命令する。
「わーったよ!」
皆の心遣いがなんとなく有難かった。
さらに遅れて、リンナが現れた。
グラウンドの反対側を走っている俺の事を放置して、皆がリンナの周りに集まっていった。
しばらくして、すぐに練習が始まった。勿論、リンナも参加している。どうやら、罰ゲームは俺だけらしかった。
「あいつら!」
ペースを上げ、周回を早める。
「ショウグン、あと七周な!」
「ズルするなよ。ちゃんと数えてるぞ!」
「頑張れー、ショウグン!」
リンナまでもが加担して、一人走る俺を、囃し立てる。
「後で、覚えてろよ、お前ら!」
仕方なく、罰ゲームを続行する。視界の端に捉えたリンナが、楽しそうに笑っていたからだ。
その日からの十日間、リンナがいなくなることに触れる者は誰もいなかった。それが、俺達が友達として仲間として、リンナにしてやれる精一杯だった。
暑い夏の最中、練習の密度はさらに上がったものの、誰も音をあげる者はいなかった。デンさんも珍しく熱血監督となって、俺達を引っ張っていた。
グラウンドには、見和小チームのメンバーの無数の声があふれ、暑い夏の日差しをものともしない。
リンナはいつものように打撃投手を買って出て、キャッチャーに俺を指名した。
――少しでも多く、少しでも長く、キャッチボールしようよ。
言葉なくしてのリンナの申し出に応えるべく、俺はリンナの速球を古ぼけたミットで受け止め続けた。
――もうじき、この感触も……。
それ以上を考えないようにして、俺達はキャッチボールで会話した。
一日、また一日と日は確実に過ぎて行く。
そして試合を翌々日に控えた練習最終日、デンさんは練習を早めに切り上げた。
「明日は一日、身体を休めて、英気を養ってこい」
商店街主催の夏祭りにでも行ってこいと、デンさんは俺達を促した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日の地区主催の夏祭りは、市の中心部で開かれるそれに比べれば、ぐっと小さなものである。
車道を通行止めにして、歩行者天国にした商店街には、小さな出店が立ち並び、地区の子供たちが大勢参加していた。
チームの奴らと参加した俺達に、どういう訳だかクラスの女子達が合流していた。いつもと変わらぬ景色の中、一人異彩を放っていたのは、浴衣姿のリンナだった。
髪を結いあげ、紺地に刺繍の施された浴衣を着た彼女は、いつもとは全く違う雰囲気を纏っていた。
「リンちゃん、可愛い……」
女子達の輪の中心で笑うリンナはいつも通りだったが、どこか眩しかった。
小さいながらも熱気漂う祭りの会場には、いくつもの出店が立ち並んでいる。
フランクフルトに、たこ焼き、鯛焼き。水風船に射的。
カブトムシやクワガタの入ったケージの前には、興味津津の子供たちが集まっていた。
「ショウグン、あっち」
リンナが俺の袖をひっぱり指差した。その先でデンさんがお面を売っていた。
「何やってんだよ……、デンさん」
「よう、来たか」
ひょっとこのお面を頭につけ、デンさんは私服にはっぴを重ね着していた。
「商店街のつきあいってやつでな……」
売り物のお面を一つ外してリンナに手渡した。変身ヒーローもののそれは、お世辞にも女の子向けとはいえない。
「持って行け」
リンナはそれを素直に受け取り、頭に着けた。
「しっかり楽しめよ!」
デンさんの声に見送られて、俺達は仲間達とともに祭りを楽しんだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。
気付けば、いつのまにか祭りは終わりの時を迎えようとしていた。
照明が落ち始めた通りの中を一人、また一人と家路へと向かう。
周囲に冷やかされながらも、俺はリンナを家に送って行った。
通りを抜けるごとに熱気が冷めていく。リンナの家についた頃には、すっかりいつもの夏の夜だった。リンナがぽつりと尋ねた。
「明日、勝てるかな?」
「勝つさ……」
「上ノ原にも?」
「楽勝だね」
「大きく出たね……」
きっと祭りの空気にあてられているんだろう。今ならなんでもできそうな気分だった。
この十日間、リンナは俺達の相手を全力でしてくれた。それに報いるためにも、俺達は何が何でも勝たなければならない。
頭に着けていたお面を外すと、リンナは俺に手渡した。
「勝利のお守り、あげる!」
明日の試合、俺は子供の頃に夢中になったヒーローのように、活躍するのだ。
「じゃあね、お休み」
軽やかに下駄の音を響かせて、リンナは家に帰って行った。
リンナの香りが少しだけ移ったお面をかぶり「やるぞー」と叫びながら、俺は家路へと急いだ。
2019/06/05 初稿




