第2章 第66話 伝説の始まり
それは本来、誰も立ち入ってはならない領域。たった一人の幼い少女を生贄とし、1本の剣を封印した場所。
その場所に今、とある男が足を踏み入れた。その男は名を持たず、あくまでも一つの道具として自分を扱っている男だ。
「ん?なんだ?」
男は怪訝そうに呟いた。男が感じたのはたった一つの気配。それはまるで人のようで人でないものの気配だった。
「あれは……人なのか?いや、でも…………」
少しずつ気配が近づくにつれ、男は自分はこんな所にいてもいいのだろうかと思い始めた。だが、時すでに遅し。男には戻るという選択肢は残されていなかった。
「一体なんなんだ?」
『お前……誰だ?』
「!?」
路地の奥、全裸の幼い少女は壁にもたれかかった死体のように佇んでいた。関節は本来の方向を忘れているかのようで、俯いてるせいか顔は見えないが、やたら妖艶に誘うピンク色の髪がそれすらも不自然であることを記していた。
『お前……誰?』
「俺に名前は無い。捨てられた身だからな」
『そう……じゃあ、仲間…だね』
幼い少女の声で男に話しかけるそれは、明らかに異常なのにも関わらず、どこか不気味な正常を孕んでいた。
「お前はいつからここにいる?」
『わかんない……』
「そうか。まぁ、いいや」
男はそう言うと、ナイフを少女の心臓に突き刺した。
『……え?』
「お前は、可哀想だな。知らなかったのか……心臓に細工がされてたこと」
どす黒い血が少女から流れる。心臓を貫かれ、残滓のような命の中、少女の顔は───
「だから殺してやるよ。最後に、お前の名前は?」
『ふふ……殺した相手の名前、聞く?』
「まぁ、俺は殺した相手の名前は覚えるさ。いつ復讐されるか分かったもんじゃないからな」
『変な人………私は───』
───笑っていた。
男は、その名前を一生忘れることは無いだろう。笑っていた少女は、それが最後の力であったかのように力なく倒れた。
「さて…帰るか」
『おい、お前か。儂の封印を解いたのは』
「ん?今度はなんだよ」
男が帰ろうとした時、さっきとは違う声が脳内に響いた。
『儂はお前が気に入った。儂を使うが良い。後悔はさせん』
「ほう?で、お前は誰なんだ?」
『儂は魔神剣が一振。名前はとうの昔に忘れた』
「ほう?伝説の1本か。いいだろう。使ってやる」
これが男と魔神剣の出会い。そして、1つの殺し屋の伝説の始まりであったのだ。




