第2章 第59話 『思い出』の花
「莉音!!」
心は叫んだ。目の前でほとんど同士討ちのような形で決着した戦いを見て、耐えきれなかったのだ。
「莉音!ねぇ莉音!!お願いだから目を覚ましてよ莉音!!!」
心は莉音に駆け寄った。見るも無残な姿の莉音からは血がとめどなく溢れ、地面の血溜まりを広げていた。
心が何度呼びかけても、莉音は目覚める気配はない。それ以上に、莉音は明らかに弱っていた。いつもなら周囲の魔力が集まって傷を癒し始めるのに、いくら待っても集まって来ない。
「これは……まずい」
苺は、そう言うと莉音に駆け寄った。苺は知っていた。この状況がどれだけ深刻なのかを。それと同時に悟った。今自分が莉音のもとに行かなければ手遅れになってしまうと。
「心…ちょっとごめん」
「……え?苺、いったい?」
「話は後。ひとまず莉音を助けなきゃ」
損傷が最も酷いのはやはり心臓。かろうじて動いてはいるものの、もうほとんど死んでいるようなものだった。か細くも必死に命をつなげようとする鼓動が、苺がかざした手に伝わった。
「……ねぇ心」
「何?苺」
「莉音と初めて会った時のこと、覚えてる?」
「もちろん。忘れられるわけがないよ」
「そうだよね。じゃあ、私の手に重ねて」
心は、苺の手の上に自分の手を重ねた。その瞬間、微細な魔力の糸が次々と傷口を覆い始めた。少しずつ…慎重に……それはまるで、柔らかい布を編んでいるようだった。
「ねぇ、心。あの時、私もいたの……覚えてる?」
「何?馬鹿にしてるの?覚えてるに決まってるでしょ。同じ孤児院にいたんだから」
「そう…だね。あのさ、正直莉音のこと、どう思って見てた?」
「う〜ん……最初は変なやつだと思ったかな。でも、少し一緒に過ごしただけでその感じは無くなったかな」
「うん。私も、同じ」
2人は、懐かしい思い出話に花を咲かせながら、莉音の処置を続けた。もう既に血は止まり、気が付けばあとは傷口を閉じるだけとなっていた。
「ねぇ、苺」
「何?」
「莉音から貰った言葉、覚えてる?」
「うん。『空を仰げば尊し、前を向けば儚し』でしょ」
「そうそう。それ、最初聞いた時全く訳分からなかったけど、今ならわかる気がする」
「確証……ないのね」
「だって仕方ないじゃん。答えわかんないんだもん」
「そうだね。だったら、これからも……ずっと莉音といたい」
「うん。だから、死なないで。これからも一緒にいよう、莉音」
莉音を魔力が包み込んだ。その光は荒野を明るく照らし、そこに一輪の花を残した。
そして、莉音は少しずつ意識が回復した。ずっと流れ込んで来た『思い出』の花を、大切に保管しながら。




