第2章 第18話 涙
黒い部分は徐々に莉音を蝕んでいるのが見るだけで分かった。でもそれの正体が何なのか分かったものはその場に存在していなかった。
「ねぇ...あれ、何?」
「俺に聞くんじゃねぇよ。あんなの見たこともねぇ。ただ、早くなんとかしないといけないってのはわかる。よし!行くぞ嬢ちゃん!」
「うん。あと、苺」
「あ?」
「嬢ちゃんって呼ばれ方、慣れないから嫌。私の名前は、苺」
「そうかよ。ま、これから手を組むかもしれない仲だ。わざわざ教えてくれてサンキューな」
二人はまるで昔から一緒に戦ってきたかのように、同時に莉音のもとに駆け寄った。その時点で肘ほどまでしか広がっていなかった黒が、もう二の腕の中ほどにまで達していた。想像以上の速度で広がっていくそれは、まるで意思でもあるかのようにうごめいていた。
「なんでこういう時に限ってシェリーがいねぇんだよ!」
龍護は大きな舌打ちとともにそう漏らした。苺は初めて聞いた名前だったが、なんとなくシェリーが誰なのか察しがついていた。そして、その言葉の意味も。
「...浄化魔法の類なら、習得してる」
「まじか!お前本当に便利な魔法使いだな!一小隊に一人ほしいレベルだわ!」
「誉め言葉と受け取ておく」
苺は、苦しそうに悶えている莉音の近く―――といっても一メートルほど離れた位置―――に正座し、周囲の魔力を集め始めた。
「...双極の天使よ...今至らんとせしは龍獄なり」
水色の魔力が苺を取り囲む。その光景を、三人の人間が見ていたことを知るものは、誰一人としていない。
「望むは永劫...その境地にて夢の道を探らん」
「おい!急がねぇと莉音が...」
「大呪文浄化の儀の17蘇生無常」
本来の浄化魔法なら5分以上かかる工程を、苺は同様の効果を持った呪術を用いることによって省略した。
「...え?い...ちご......?」
「そうだよ。大丈夫?」
「う...ん。でも...もう、――――――」
苺の呪術によって莉音の意識が回復したのはほんのわずかな時間だった。黒い部分が浄化され、皮膚も本来の色を取り戻している...ように見えたのだが、いつもより明らかに赤くなっていた。
「やっぱり、かなり体温が上がってる...」
「あれ?心、いつの間に?」
「莉音が気を失ったように見えたから来てみただけ。あと、龍護の話を聞いて少し思い当たる節があったからっていうのもあるかな」
苺も龍護も、心の存在を忘れていたわけではなかった。が、それ以上は何も感じていなかった。ましてや、そんなことを考えていたことなんて。
「早く休ませないと...そこのおっきな人も連れていくよ。ついてきて。そこにいるシェリーとかいう人も」
「あれ?ばれてた?」
「とりあえず詳しい話はあと!飛ばすよ!」
そして一同は生徒会室を目指した。誰一人いない、奇妙な廊下を駆け抜ける途中、莉音の涙に気付いたものはいたのだろうか...




