第2章 第9話 暴走
「まだ……だ。俺はまだ、やれ……」
「もうやめよ」
汗を滝のように流し、立派で鋭利だった鎌はまるで時空を超えたかのようにボロボロになっていた。戦える状態じゃない。そんなのが、誰から見てもわかった。
「もう、君は充分頑張ったよ」
私は、優しく龍護に語りかけた。これ以上能力を使ったら、暴走する。
「まだ、終わりじゃない……」
「え?」
「まだ!終わってなるものかぁ!!」
それは悲鳴だった。悔しさだけが乗せられた、龍護の心の悲鳴。それに呼応するかのように、龍護の体を外骨格が覆い始める。
遅かった。完全に手遅れだ。もう、龍護の暴走を止めることは出来ない。
「ね、ねぇ……あの人どうしちゃったの?」
「多分暴走。宿してた獣に…精神を飲み込まれた、状態……見てるだけでも、あれがかなり危険な部類って、わかる 」
「って、そんなことより!早く逃げて!!!莉音!!!!」
2人が私を心配してくれてる……でも、ここで逃げたら龍護はどうなる?今、必死に意識を保とうとしている龍護はどうなるの?
「って莉音!なんでそいつに近づくの!?暴走してるんだよ!?」
「だめ。早く戻って。そうじゃないと、本当に危ない…よ」
大丈夫。龍護だもん。私は信じてるよ。君がまだ微かな意識だけで踏ん張ってくれてるって。それに、懐かしいね。前もこんな感じじゃなかったっけ?前に戦った時も私に惨敗して暴走しかけて……
「ねぇ、龍護……」
そして私は、龍護の目の前に来た。首まで外骨格に覆われ、眼も片方だけが複眼のように無機質なものに変わってしまっていた。
「聴こえてる?莉音だよ。前もこんなこと、あったよね。覚えてる?」
私は優しく語りかけた。返答はない。だからといって、すぐに襲いかかってくる気配もない。完全に無害ってわけじゃないけど、今しかこんな風に語りかけられない。
「私はね、覚えてるよ……確か、10年くらい前だったよね。状況的にも全く同じ感じだったよ。本当に、すごい所まで相変わらずなんだから」
そう言って、私は龍護の頬に触れる。とても冷たく、本当に人間のものか疑いたくなってししまうほどだ。
「ねぇ、あの時私が言ったこと覚えてる?その感じだと絶対に覚えてない気がするけど」
触れた手からゆっくりと魔力を流し込む。血の気がなかった顔に少しずつ人間の色が帰ってきた。
「そう…だね。ちょっと恥ずかしいけど、今はやるしかなさそうだね……」
流し込んだ魔力は、少しずつ龍護の体を人間のものにして行く。
「あなたの強さは私が1番知ってる。何事にも真っ直ぐで、常に全力で、でも優しい。そんな君が、私は好きだよ」
そう言って私は、龍護の唇に自分の唇を重ねる。周りから見たら僅か数秒だったとしても、私にとってはとても長くて、恥ずかしい時間だった……




