第4章 第27話 おびえている生まれたての子鹿
莉音の剣によって斬り落とされた心の首が地面に落ちる。その光景は、その場にいた全ての人間が予想できた。朝の時間、それも教員という監視がいる前での凶行。思わず目を覆ってしまう者もいた。
まるで時間が止まっているかのように、その場全てが凍り付いていた。教員も、周りにいた生徒達も、そして斬られた心も。時空そのものが止められたかのように。
「……さてっ……と」
莉音は剣を魔力の粒子に還元し、斬られたときの姿で止まっている心の正面にしゃがみ込んだ。そこで初めて今の状況の危険性に気付いた教員は、さっきまでとは違った真剣な表情で、莉音と心の場所に走ってきた。
「ちょっと桜崎さん!!」
「はい、何でしょう?」
「どうして今須藤さんを殺したんですか!」
「え?殺してませんよ。ただ――」
莉音は完全に固まってしまっている心の頬を、ぺちっと軽く叩いた。
「ひょえっ?!えっ!!ちょ……!わた……えっ!?」
「――心が斬られたと……そう錯覚してるだけです」
「え?でもさっきの剣は……」
「あれは魔力の粒子を集めて造ったモノなので、殺傷能力はないんですよ」
「それじゃあ錯覚というのは?」
「幻覚魔法。教員のあなたなら聞いたことあるのではないですか?」
「その魔法は聞いたことありますが……その魔法は確か、効果自体が弱い魔法として扱われています。それこそ相手に直接叩きこ……」
「気付きましたか?」
「え?え……?莉音何の話して……え?」
全てを理解した教員と、この技の仕組みに気付いてもらえて嬉しい莉音。その2人の間でやはり何も知らない心。さっきのこともあり、別々の場所で練習していた生徒達が3人の周囲に集まり始めていた。
「あはは……思ったよりも大変な騒ぎになっちゃったね。こうなったら軽く説明をするね。えっと、さっきの剣は魔力を粒子化させて造ったいわゆる……なんでしたっけ?」
「魔造剣。造形魔法の一種です」
「それですそれです。その魔造剣の粒子一つ一つに幻覚魔法という魔法を付与することで、斬ると同時に相手の体内に幻覚魔法の粒子を送り込みます。なので、さっきの剣は相手を『殺す』ための剣ではなく、相手を『倒す』ための剣です」
莉音の説明を、ぽか~んとした表情で全員が聞いていた。仕組みが納得できなかったわけではなく、それをどうして今、この場所でよりにもよって何も知らなかった心で試したのかが理解できなかったからである。
「だから大丈夫なので、各々の調整や練習に戻ってくださいね。私は今から心と話しますので」
「ほえ……?」
「少しお騒がせしてしまってすみませんでした」
莉音は丁寧に深々とお辞儀をして、ある種の修羅場と化していたその場を崩した。その光景を見ながら本当に呆けた表情をしている心に、莉音はゆっくりと顔を向けた。
「さ~て」
「ひぃっ……!」
「え?ちょっと、そんなおびえないで?ごめんって謝るからほんとに」
もう完全におびえている生まれたての子鹿になってしまっている心に、莉音が優しく触れた。
「……はい、これで大丈夫」
「え?あ、ほんとだ……さっきまでの嫌な感じがなくなってる」
「うん。体内に残留してた粒子を全てなくしたからね。それじゃあ気を取り直して、次のやつから始めてくよ」
「ちょ、ちょっと待って?」
てきぱきと次の準備を始める莉音の服を、心は泣きそうな声を出しながらつまんだ。
「……立てない……」
「あはは……さすがに刺激が強すぎちゃったか~」
そんな状態の心を見て、莉音は苦笑いを浮かべながら心を壁際まで運んだ。そして、心が再び立てるようになるまで、莉音は1人で剣や基本動作の確認を行い、丁度心が動けるようになった瞬間に体育館の使用可能時間が終わってしまった。