第4章 第6話 本当の敗北
「私は本当に甘かったんだなって……」
美鶴は校舎の外に出て星空を見上げるやいなや、吐き出すようにつぶやいた。
「甘い……ね。どこが?」
「全部。これまで自分の中にあった自信も、価値観も、技量も、力も、生き方も……なにもかも、全部が甘かったんだなって感じさせられた」
「そう。でも、私は……莉音なら、そう考えるようにわざと……」
「もしそうだとしても、私は負けたの。人間としても、戦争生存者としても」
「そっか」
苺は、美鶴の少し後ろを歩きながら話を聞いていた。同意することも、否定することもせず。
「私は本当の敗北って感じたことがなかったの。さすがに戦いに負けることがなかったってわけじゃなかったけど……なんか、莉音に負けたときは今まで感じたどの負けよりも重かったの」
「重い……?」
「そう。重いの。あまりうまく言えないけど、莉音と戦って味わわされる敗北ってすごく重いの。絶望みたいな感じじゃないんだけど、絶対に勝てないって思い知らされるって言うか……」
美鶴は必死に言葉にして表現しようとするが、適切な表現が見つからずに首をかしげていた。
「……莉音の剣は、本当にまっすぐ」
「それって……」
「美鶴が言いたいこと、なんとなくわかる。でも……」
「でも?」
苺は立ち止まり、言葉を選ぶように軽く夜空を見上げている。
「……美鶴と将、多分同じ」
「ちょっとそれは聞き捨てならないんだけど?」
「美鶴が帰ってくる前。将は莉音に完敗した。それも圧倒的に」
「そんなことがあったのね。そっか~。将はお得意の奇襲を使わなかったの?」
「使った。使った上で、完敗」
「そ、それは……」
「ちなみに美鶴、小細工は?」
「そりゃもう使ったわ。序盤は私の得意分野で攻めようとしたの。相手を罠にはめ続けるって駆け引きで。でも、全部かわされた。それどころか、逆に私以上の罠を私以上の量仕掛けてきた」
そこまで言うと、美鶴は悔しさを押し殺すように拳を握りしめた。
「私は何度も読み違えた。でも、莉音はそれを全部見逃してた。多分、私の実力を測るために」
「莉音……普通は、そんのこと、しない」
「わかってる。でも……」
「ん?私がどうかしたって?」
「え?」
「あ、莉音。聞いてたの?」
「聞いてたというより、聞こえたって言うのが正解かな。で、単刀直入に言った方が良いかもしれないから言うけど」
莉音は少し恥ずかしそうに頭をかきながら、照れ笑いを顔に浮かべていた。
「私、美鶴の実力見誤っちゃってたんだ。正直、私の仕掛けに気付いてないと思ってたし」
「……え?」
「だから……って根拠にはならないけど、大丈夫!美鶴は強いよ。私が保証する」
美鶴の方を向き、まっすぐに伸ばされた腕の先でピースをする莉音は、無邪気に笑っていた。その表情は小さい子どものようだった。
「もう……莉音はずるいよ」
美鶴は、そんな莉音を見て何か力が抜けたのか、へにゃりと地面に座り込んだ。
座り込んだまま顔を上げた美鶴の表情には、さっきまでとは違う、前向きな意志が宿っていた。




