第3章 第72話 さようなら
『……そろそろ、時間だ』
獅子宮が寂しそうに告げる。それと同時に獅子宮の体は水色の魔力の粒子になり、空気中へと流れ始めた。
「うん……ありがとう、獅子宮」
『我も、最期に莉音と話せて嬉しい。本当はもっと話していたいが……時間というのは、残酷なようだ』
「ううん、最期じゃないよ」
莉音は胸に手を当て、泣きそうな目で獅子宮を見た。
「獅子宮は……パパはずっと私の心の中にいるよ。だから、最期だなんて言わないで」
『……そうだな。なら、また今度……とでと言っておこう』
「うん。あのさ、私がもう一度戦争を止めるために戦うとして、命を賭して戦うって言ったら、どう思う?」
『我は莉音を全力で応援する。可能なら手助けも。そして、本当に命を落とすようなことがあれば、我は大泣きして暴れ出すだろうな』
「あはは。ありがとう、パパ」
『その呼び方はやめろと……まぁいい。しっかりと生きろ。我はそれだけが願いだ』
獅子宮はその言葉を残して、完全に魔力となって消滅した。莉音はその前で膝から力が抜けたように座り込み、大声を上げながら泣いた。
「うっ……うぁぁぁぁぁ!!」
暗闇だけが残された獅子宮世界に、少女の声だけが響く。少女の目からは涙が溢れるように流れ、地面が濡れていく。
しばらく泣き続けた少女は、嗚咽混じりに息をしながら、ゆっくりと獅子宮がいた場所を見つめた。
「うっ……あり……がと…………パパ」
少女は止まることを知らない涙を拭うことをやめ、涙でくしゃくしゃになった顔で、不器用に笑った。
「……そろそろ……行く、ね」
莉音は立ち上がり、ゆっくりと涙を拭ってから出口の方に歩き始めた。
「……ふぅ」
出口が近づくにつれ、次第に涙が止まり始める。莉音はまだ微かに流れている涙を拭いながら足を進め、出口の前に立って後ろを振り返った。
「さようなら、獅子宮。さようなら、獅子宮世界……さようなら、私を育ててくれた神獣たち。さようなら──」
莉音は獅子宮世界に向かって笑顔でさようならを告げた。そして、出口の扉に手をかけると同時に、最後の言葉を獅子宮世界に置いていった。
「さようなら、過去の私」




